新章『黒木厳 - 晴海トリトン Zタワー編』 第十一話 中国 貴州省、つながるはずの出張
第十一話 中国 貴州省、つながるはずの出張
晴海トリトンZタワーのシステム部では、海外出張に伴う端末の準備について、佐伯が少し困った顔で黒木厳の席を訪ねていた。
「副部長、少しご相談してもよろしいでしょうか。来週、中国の貴州省へ出張される方がいまして、会社貸与のノートPCとスマートフォンを用意することになっています」
黒木は手元の資料から顔を上げた。
「はい。どのようなご相談でしょうか」
「PCは社内の通常の貸出機でよいのですが、現地で社内システムに接続できるか、確認しておきたいんです。会社のスマートフォンを国際ローミングで使い、PCはそのスマートフォンにテザリングで接続する予定だそうです。ただ、中国から社内システムに接続した実績が、こちらではすぐに確認できませんでした」
「なるほど。日本国内で接続できることと、出張先から接続できることは、分けて考える必要がありますね。会社の接続方式や認証の条件によっても変わります。まず、今回利用する予定の社内システムと、会社で認められているリモートアクセスの方式を確認してください。そのうえで、国際ローミングとテザリングが契約上、利用できるかどうかも確認しましょう」
佐伯はうなずいた。
「分かりました。通信契約の担当者にも確認します。日本で事前に接続テストをすれば、ひとまず大丈夫でしょうか」
「事前テストは必要ですが、それだけで中国でも接続できると判断することはできません。現地の通信環境や接続先の制限など、国内のテストでは分からない条件もあります。確認できたことと、現地でなければ確認できないことを分けて、出張者にも伝えてください」
黒木の説明は簡潔だった。海外だからといって、特別な装置を急いで導入したり、すべての通信を一律に禁止したりする必要はない。まずは会社が認めている手段で、必要な業務ができるかを確かめる。それが最初の仕事だった。
「もう一つ、移動手段のことでも相談があります」と佐伯が続けた。「現地でタクシーを利用する場合、配車アプリが必要になるようです。ただ、会社のアカウントで管理しているスマートフォンには、出張者が自由にアプリを追加できません」
「それは、端末管理のルールがありますからね。必要だからといって、貸出端末に勝手にアプリを追加するわけにはいきません」
「はい。現地で使えるアプリを調べても、会社の端末に入れられなければ意味がありません。個人のスマートフォンを使う方法もあるとは思いますが、会社の規程を確認しないまま勧めることもできません」
「そのとおりです。今回は現地法人にタクシーの手配をお願いできないか、出張者の所属部門から相談してもらうのがよいと思います。現地法人で手配できれば、出張者が現地でアプリの登録や決済に手間取ることも避けられます」
佐伯は手元のメモに書き込んだ。
「費用の扱いは、どうしましょうか。現地法人がタクシー代を負担して、あとで三つ巴物産側に費用を振り替える方法も考えられますが」
「費用の振替については、財務経理に確認してください。現地法人での立替払いが可能なのか、どのような手続きが必要なのかは、私たちの部署で判断することではありません」
黒木は少し考えてから、付け加えた。
「支払い方法としてUnionPayを利用する案もあるかもしれません。ただ、それを会社として採用できるか、経費精算上どのように扱うかは別の問題です。選択肢の一つとして財務経理に伝え、判断をお願いするのがよいでしょう」
「分かりました。移動手段は現地法人、費用の処理は財務経理、通信と社内システムへの接続はシステム部で確認する、ということですね」
「はい。その整理で進めてください。出張者が現地で何をする必要があるのかも、所属部門に確認しておくとよいでしょう。社内システムに接続できなかった場合に備えて、事前に用意できる資料があるかどうかも確認しておけば、現地での対応がしやすくなります」
佐伯は礼を述べて席を離れた。
黒木は再び自分の仕事に戻った。海外出張の準備は、システム部だけで完結するものではない。通信の条件を確認する者、現地の業務を把握する者、移動を手配する者、費用を処理する者。それぞれが担当する範囲を明確にし、必要な情報を共有しておかなければ、出張者は現地で思わぬ手間を負うことになる。
数分後、佐伯から関係部署への確認を始めたという連絡が届いた。通信契約の条件と社内システムの接続要件についてはシステム部で確認し、タクシーの手配については出張者の所属部門から現地法人へ相談する。費用処理については、財務経理に判断を依頼することになった。
まだ、現地での接続が保証されたわけではない。だが、何が確認済みで、何が未確認なのかは明確になりつつあった。
黒木は、出張者が必要な仕事を現地で滞りなく進められるよう、各担当からの回答を待つことにした。




