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" Cyber Crisis Management " 最高情報責任者・黒木 厳の責任 " UN POUR TOUS, TOUS POUR UN."   作者: 東曌


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新章『黒木厳 - 晴海トリトン Zタワー編』 第一話

本作は、企業の情報システム部門を舞台にした物語です。


作中には、ITに関する用語がいくつか登場します。ここで、簡単に説明しておきます。




◾️AWS(Amazon Web Services)

インターネット経由で、サーバーやデータベース、データ保管場所などのITサービスを利用できる、クラウドサービスです。企業は、自社ですべての設備を保有する代わりに、必要なサービスを契約して利用できます。




◾️MDM(Mobile Device Management/モバイルデバイス管理)

会社が貸与・保有するスマートフォンやタブレットなどを、組織として管理する仕組みです。端末の登録情報や設定を管理したり、対応する製品・設定であれば、遠隔ロックやデータ消去などを行ったりできます。


ただし、MDMに登録してあるからといって、端末の現物が必ず見つかるわけではありません。


会社のITを支える仕事には、システムを導入したり、大きな障害に対応したりする仕事だけでなく、契約の更新、端末の棚卸し、管理記録の整備といった、普段は目立たない仕事もあります。


誰かがやらなければならないのに、誰も気づかない。


本作では、そうした仕事を「見えない家事」と呼ぶことにします。


それでは、黒木厳の新しい職場を覗いてみましょう。

第一話 晴海トリトンの昼休み、誰も知らない予備iPad



晴海トリトン、Zタワー。


三つ巴物産ホールディングスの情報システム部に出向中、黒木厳は、今日も、よーやく、昼休みを迎えた。


午前中は、引き継ぎ資料を読み、上司の指示を確認し、関係部署から届いたメールを整理した。


まだ、まだ、会社全体のことは分からない。


分からないことを、分かったふりで進めるつもりもなかった。


昼。


黒木は財布とスマートフォンを持って、館内へ出た。


晴海トリトンには、飲食店もあれば、空きテナントに、ゲームセンターもある。昼時には、弁当を売りに来る店もあった。


弁当屋の前で、黒木は足を止めた。


ジャージャー麺・炒飯弁当。


八百円。


「これ、一つ。烏龍茶も」


支払いはau PAYだった。


決済音を確認して、黒木は弁当を受け取った。


席を見つけ、ふたを開ける。


ジャージャー麺をひと口食べたところで、スマートフォンが震えた。


Slackの通知だった。


――AWS契約更新の件。


黒木は画面を確認した。


契約更新の時期が来ているらしい。利用状況、契約条件、費用、承認手続き。確認すべき項目はいくつもある。


ただし、まだ自分が判断する案件なのかどうかも分からない。


黒木は、通知を未読のまま放置せず、内容を確認したうえで、午後に担当者と確認することにした。


炒飯をひと口。


今度は、別の通知が表示された。


予備iPadにインストールされているウイルスバスターのライセンス期限が、まもなく切れるという。


黒木は箸を止めた。


予備iPad。


会社が保有する予備端末なら、利用者が変わることもある。保管場所も、管理担当者も、きちんと把握されていなければならない。


午後、黒木は担当者に尋ねた。


「この予備iPad、現在どこにありますか」


担当者は、少し考えてから答えた。


「台帳上は、旧管理部門のキャビネットです」


「現物は確認しましたか」


「……まだです」


「管理者は?」


「前任者だったと思います。異動してしまったので」


黒木は、表情を変えなかった。


「パスワードは分かりますか」


「分かりません」


端末は、台帳に載っている。


ウイルス対策ソフトのライセンス期限も、通知されている。


しかし、現物がどこにあるのか、誰が管理しているのか、誰も説明できなかった。


「まず、所在を確認しましょう」


黒木はそう言った。


担当者が管理画面を開く。


「幸い、MDMには登録されています」


モバイルデバイス管理の画面には、端末の登録情報が残っていた。


黒木は、最終チェックインの日時を確認するよう依頼した。


「現物がない以上、紛失事案として報告してください。情報セキュリティ担当にも連絡を。端末の状態と業務データの有無を確認して、必要な対応を判断しましょう。遠隔消去なども、手順を確認してからです」


昼食の通知から始まった話ではなかった。


これは、会社の資産が見つからないという問題だった。


しかも、いつから見つからないのか、誰も分からない。


黒木は、一覧表に記録を残した。


――予備iPad一台、所在不明。MDM登録あり。紛失事案として対応開始。


その一行を書き終えたとき、黒木はようやく気づいた。


ここで必要なのは、大きな決断を下すことだけではない。


誰かが確認し、誰かが記録し、誰かが次の担当者に引き継ぐ。


その当たり前が、きちんと続く仕組みを作ることだった。


黒木は、机の端に置かれたジャージャー麺・炒飯弁当の空き容器を見た。


八百円。


昼食は終わった。


仕事は、これからだった。


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