第十三話 プレス・カンファレンス
第十三話 プレス・カンファレンス
「本日は、報道各社、及び、記者の皆様にお集まりいただきまして、誠に恐縮に存じます。
また、多大なるご迷惑、ご心配をおかけしておりますクライアント様、および関係各位の皆様には、この場をお借りして、改めましてお詫び申し上げます。
誠に申し訳ございません。
それでは、プレスカンファレンスを始めさせていただきます。
では、弊社、最高情報責任者、黒木厳より、現在の状況を説明させていただきます」
司会者が一礼し、黒木にマイクを譲った。
「サイバーナイト株式会社、最高情報責任者の黒木厳です。
本日は、弊社で発生したシステム障害について、現在判明している事実、復旧に向けた対応、および今後の方針について、ご説明いたします。
まず、今回の事態により、クライアント様をはじめ、関係各位の皆様に多大なるご迷惑をおかけしておりますことを、改めて深くお詫び申し上げます。
誠に申し訳ございません」
黒木は頭を下げた。
「今回、弊社の社内システムにおいて、ランサムウェアによるものとみられる障害が発生いたしました。複数のシステムでファイルへのアクセスができなくなり、現在、影響範囲の確認と復旧作業を進めております。
現時点では、攻撃の全容、侵入経路、および情報流出の有無について、調査を継続しております。確認できていない事項について、憶測でお答えすることは差し控えさせていただきます。
一方で、復旧に向けて重要な進展がございました。
弊社では、システム移行後、旧サーバーをネットワークから完全に切り離して保管しておりました。その旧サーバーに、二週間前までのデータが残されていることを確認しております。
現在、専門の調査チームによってデータの安全性と完全性を検証しております。検証を行わずに、そのまま本番環境へ接続することはいたしません。安全性を確認したうえで、旧サーバーのデータを復旧の基準として使用する方針です。
ただし、二週間前までのデータが残っていることと、現在の業務をそのまま復元できることは同じではありません。
それ以降の注文、出荷、在庫、請求などの記録については、各部門の業務記録や取引先様との照合を行い、再構成する必要があります。
特に、直近二十四時間分のデータについては、営業日ベースで一週間以内の確認と再構成を目標としております。
これは、現時点での目標であり、すべての業務が一週間以内に完全復旧することを保証するものではございません。進捗と課題を確認しながら、優先度の高い業務から段階的に復旧を進めてまいります。
また、今回の障害に関して身代金を要求するメッセージを確認しておりますが、弊社は身代金を支払わない方針です。
身代金を支払ったとしても、データが確実に復旧する保証はありません。情報を取得されていた場合に、その情報が削除される保証もありません。
弊社は、保全されたデータと業務記録をもとに復旧を進めるとともに、原因究明と影響範囲の調査を継続してまいります。
以上が、現在の状況と弊社の対応方針です」
黒木が説明を終えると、司会者がマイクを手元に戻した。
「それでは、質疑応答に移らせていただきます。ご質問のある記者の方は、社名とお名前をおっしゃってから、ご質問をお願いいたします」
最前列の記者が手を挙げた。
「毎朝新聞の佐藤です。旧サーバーに二週間前までのデータが残っているとのことですが、今回の攻撃によって、それ以前のデータが失われたという理解でよろしいのでしょうか」
「いいえ。そのようには申し上げておりません」
黒木は答えた。
「現在確認できているのは、旧サーバーに二週間前までのデータが保存されているという事実です。それ以降のデータについては、残存する業務記録や各種の記録を確認し、どこまで再構成できるかを調べています。データの状況については、確認が取れたものから順次お知らせいたします」
「では、二週間分のデータがすべて失われた可能性もあるということですか」
「現時点で、そのような断定はできません。復旧可能なデータと、再構成が必要なデータを区別して確認している段階です」
続いて、別の記者が質問した。
「東京経済通信の山本です。身代金を支払わないとのことですが、攻撃者が復旧に必要な鍵を持っている場合、復旧が遅れる可能性はありませんか」
「可能性はあります。しかし、身代金を支払うことが、確実な復旧につながるとは限りません。弊社は、旧サーバーに保存されたデータを安全に確認し、利用可能な記録を照合することで復旧を進めます。身代金の支払いを復旧の前提にはいたしません」
「犯人側との交渉は行わないということでしょうか」
「現時点で、身代金を支払う方針はありません。攻撃者に関する情報や接触の状況については、調査に影響する可能性がありますので、詳細な回答は差し控えさせていただきます」
次の記者が手を挙げた。
「東都テレビの田中です。情報流出について、現時点で確認されていないということですが、流出していないと考えてよろしいのでしょうか」
「そのような判断はしておりません」
黒木は明確に答えた。
「情報が流出したかどうかと、データが暗号化されたかどうかは、別々に調査する必要があります。システムが復旧したとしても、それだけで情報流出がなかったことにはなりません。現在、専門の調査チームが記録を保全し、影響範囲を確認しております」
「つまり、顧客情報が流出している可能性は否定できない、と」
「はい。現段階では、否定も肯定もできません。確認できていないことを、安心していただくためだけに断言することはできません」
会場が静かになった。
さらに、記者が質問した。
「日刊ビジネスの鈴木です。今回の攻撃について、社長のアカウントが通常とは異なる接続元から利用された記録があると聞いています。社長が攻撃に関与した可能性はあるのでしょうか」
「認証記録については、調査対象の一つです。ただし、アカウントが利用されたという記録だけで、実際に操作した人物や、その人物の意図を特定することはできません」
「社長を疑っているということですか」
「特定の人物を疑うことと、記録を調査することは別です。社長のアカウントであっても、一般社員のアカウントであっても、必要な調査を行います。役職や人間関係によって、調査の基準を変えることはありません」
「社長が関係していた場合も、同じ対応をするということですか」
「確認された事実に基づいて対応いたします」
黒木は、それ以上の推測には踏み込まなかった。
司会者が会場を見渡した。
「ほかにご質問はございますか」
後方から手が挙がった。
「経済ジャーナルの小林です。今回の障害によって、御社の信用は大きく損なわれたと思います。取引先が契約を見直す可能性もあるでしょう。御社は、今後どのように信用を回復するおつもりですか」
「まず、復旧を進めることです。そして、影響を受けた業務を確認し、クライアント様に必要な情報をお伝えすることです。原因を調査し、必要な対策を講じることも欠かせません」
「それで、信用は戻るとお考えですか」
「信用が戻るかどうかを、私がこの場で決めることはできません。最終的に判断されるのは、クライアント様や関係各位の皆様です」
黒木は続けた。
「ただし、今回の障害を単に復旧させて終わりにするつもりはありません。今回明らかになった問題を検証し、システムの運用、データの保全、障害発生時の対応について、必要な見直しを行います」
「つまり、今回の危機を会社改革の機会にする、ということでしょうか」
「結果として、そうしなければならないと考えています」
黒木は、少し間を置いて答えた。
「『ピンチはチャンス』という言葉があります。しかし、被害を受けたことそのものがチャンスなのではありません。ご迷惑をおかけしている以上、まずは復旧と説明責任を果たすことが先です。そのうえで、今回の問題を検証し、これまでの仕組みを改め、同じ事態を繰り返さないための改善につなげる。それができて初めて、この言葉に意味が生まれるのだと思います」
記者たちが、いっせいにキーボードを打ち始めた。
「今回の件で、弊社が失ったものは小さくありません。業務の継続に支障が生じ、クライアント様や関係各位の皆様にご心配をおかけしました。その事実を、都合のよい言葉で覆い隠すつもりはありません」
黒木は、最後に一礼した。
「私たちにできるのは、確認できた事実をお伝えし、一つずつ復旧を進め、必要な改善を実行することです。口頭での約束ではなく、その後の仕事を通じて、皆様の信頼に応えてまいります」
司会者がマイクを引き取った。
「以上をもちまして、サイバーナイト株式会社のプレスカンファレンスを終了させていただきます。本日はご多忙のところ、ご出席いただきまして、誠にありがとうございました」
再び一礼する司会者。
会場には、最後までカメラのシャッター音が響いていた。
*
記者会見が終了したあとも、サイバーナイト株式会社の復旧作業は続いていた。
旧サーバーのデータは、隔離された環境で検証されている。
営業部門では注文記録を、物流部門では出荷記録を、経理部門では請求や入金の記録を確認する。システム上の数字だけでは照合できないものについては、取引先の記録や現場の資料も確認することになっていた。
二週間前までのデータを基準に、現在の業務をどこまで再構成できるのか。
その答えは、まだ出ていない。
また、攻撃者がどのような経路で侵入したのか。どこまで情報にアクセスしたのか。そして、ウー・シャオ――エミリー・キンスキーが今回の事件に関与しているのか。
それらも、未解決のままだった。
机の上には、彼女が残した白紙の便箋についての報告が置かれていた。
それは、彼女が送り主であることを証明するものではない。香りだけで、事件との関係を断定することもできない。
復旧作業と、攻撃の原因究明。そして、エミリー・キンスキーをめぐる調査。
それぞれを混同せず、一つずつ確かめていく必要があった。
サイバーナイト株式会社は、まだ危機のただ中にある。
身代金は払わない。
残されたデータを確認し、業務を復旧させる。
事実を調べ、必要な改善を行う。
そして、クライアントと関係各位に、経過を説明し続ける。
それが、最高情報責任者 黒木厳の示した方針だった。




