↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
物理学魔法で解く異世界方程式 ~物理最強だと勘違い召喚された天才物理学者の異世界冒険譚~  作者: 航太郎
第10章 オスタネス大迷宮Ⅰ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/54

千年の扉

 翌朝。

 一行は野営地を発ち、聖嶺(サンクトゥス)山脈の山道を登りはじめた。

 かつての巡礼路は荒れ果てていたが、かろうじて道の痕跡は残っていた。崩れた石段、倒れた道標、朽ちた休憩所の跡。千年前、この道を多くの巡礼者が歩いたのだろう。

 理一郎は足元の石段を見つめながら歩いた。風化した石材には、かすかに文字らしきものが刻まれている。だが、それを読み取る余裕はなかった。

 山道は次第に険しさを増していく。時折、崖沿いの細い道を進まなければならず、調査団の足取りは慎重になった。

「足元に気をつけてね」

 アリアが振り返って声をかける。

 今回のアリアは制服の上に、防刃・防寒・耐熱効果の付与された丈の長いケープを羽織り、同じく特殊効果の施されたロングタイツをスカートの下にはいている。さらにロングブーツに手袋と、ゲレフ未完遺跡の時よりも重装備だ。

 彼女の足取りは軽やかだ。山歩きに慣れているのだろう。

「ああ」

 理一郎は短く答えた。十七歳の体は元の四十二歳の体よりはるかに動くが、それでも険しい山道はこらえた。

 登ること数時間。

 ついに、一行は巨大な岩壁の前に到達した。

 聖嶺山脈の断崖が、まるで天を支える壁のようにそびえ立っている。灰色の岩肌は千年の風雪に磨かれ、ところどころに苔や地衣類が張り付いていた。

 その岩壁の中央に、それはあった。

 巨大な石造りの入り口。

 周囲の荒々しい自然とは明らかに異質な、人工の構造物だった。高さは十メートルほど、幅も五メートルはある。切り出された巨石を精密に組み上げた門構えは、千年の歳月を経てなお、一分の狂いもなく直立している。

 扉の表面には、複雑な魔法陣が幾重にも刻まれていた。

 同心円状に広がる紋様、それを貫く直線、交差する曲線――幾何学的でありながら、どこか有機的な印象を与える紋様が、扉全体を覆い尽くしている。その隙間を埋めるように、見たこともない古代文字が刻まれていた。象形文字のようでもあり、ルーン文字のようでもある。

 門の左右には、風化した石像が立っていた。人の形をしているが、顔の造作は長い年月で削り取られ、判然としない。ただ、その姿勢だけが厳かに遺されている――両手を胸の前で組み、訪問者を見下ろすように佇む、門番の像。

 理一郎は真っ先に駆け寄り、扉を見上げた。

「これが……オスタネス大迷宮の入り口……」

 物理学者としての目が、その構造の異常さを捉えていた。これほどの巨石を、どうやってこの山中まで運び上げたのか。どうやって、ミリ単位の精度で組み上げたのか。元の世界の技術でも容易ではない。

 だが、それ以上に気になるのは、扉から感じる圧迫感だった。

 肌が粟立ち、胸の奥を押さえつけられるような、冷たく重い感覚。封印が周囲に何らかの作用を及ぼしていることだけは、理一郎にもわかった。

「こんなに濃密で、重くて、冷たい魔力は、初めて……」アリアがつぶやく。 

 千年の歳月を経てなお衰えぬ力が、侵入者を拒むように扉全体から放たれていた。

 バルドリックが馬を降り、扉に近づく。

「我々宮廷魔導師団が二年かけても開けられなかった封印だ。アリア殿、頼めるか」

「はい」

 アリアは深呼吸をしてバルドリックに続く。

「大丈夫か?」と理一郎。

「うん。でも、正直に言うと少し怖いな」

 アリアは自分の手を見つめた。その手に、千年の封印を解く力が宿っているという。

「俺がそばにいる。なにかあったら、すぐに助ける」

「……ありがとう、理一郎くん」

 アリアはかすかに笑い、扉へと歩み寄った。

 調査団の全員が固唾(かたず)を呑んで見守る中、アリアは扉に手を触れた。

 瞬間、風化した石像の目と扉の魔法陣が、金色に輝いた。

 光は脈動するようにアリアの手から扉全体へと広がり、刻まれた古代文字が次々と浮かび上がる。

 だが――扉は開かなかった。

 金色の光は脈動を続けているものの、扉そのものはびくともしない。アリアの額に汗が浮かぶ。

「どうした、アリア殿」バルドリックが声をかける。

「わかりません……封印は反応しているはずなのに……」

 アリアは扉へ両手を当て、さらに魔力を注ぎ込む。だが、千年の扉は沈黙を守ったままだ。

 その時、理一郎は浮かび上がった古代文字に目を凝らしていた。

 不思議なことに、その文字が――読める。

 見たこともない文字体系なのに、意味が頭の中に流れ込んでくる。

〈血の契約を継ぐ者よ。汝の意志を示せ〉

 それは確かにアリアへの呼びかけだった。だが、その下に別の一節が続いている。

〈私欲なく理(ことわり)を追究する者よ。汝もまた手を添えよ。二つの鍵が揃いし時、封印は解かれん〉

 ――二重鍵の意味が違う?

 理一郎はもう一度碑文を読み直した。

 間違いない。

 この扉を開くには、アリアの血統だけでは不十分なのだ。

「バルドリック師団長」理一郎が声を上げた。「碑文が読める」

「なんですと?」バルドリックが振り返る。「物部殿、この古代文字をご存じか」

「初見だ。だが、なぜか読める」理一郎は扉に近づきながら説明した。「扉を解錠するには、『血の契約を継ぐ者』と『私欲なく理を追究する者』が必要だとある」

「古文書の解析結果とは異なりますな」

「解釈を誤ったのかもしれない。この碑文どおりなら、鍵を開けるには二人の人間が必要だ」

「二人……?」アリアが目を見開いた。

「アルタイル家の血統だけでは不十分だったということか」バルドリックが顎をなでる。

「血統は確かに鍵の一つ。だが、もう一つは魔力ではなく、別の資格を持つ者だ」

「『私欲なく理を追究する者』」マリエルが小さく繰り返した。

 全員の視線が、理一郎に集まった。

 理一郎自身も、その含意に気づいていた。

 物理学者として、ただ世界の理を知りたい――そうした彼の今の在り様を、もっとも的確に言い当てている。少なくとも、この場でその条件に最も近いのは自分だろう。

「……試してみる価値はある」

 理一郎は右手を伸ばし、扉に触れているアリアの手に、そっと自分の手を重ねた。

「理一郎くん……」

 次の瞬間、二人の間で何かが共鳴した。

 アリアの手からあふれる金色の光が強く脈打つ。

 呼応するように、理一郎が触れた箇所から青白い光が立ち上がる。

 二つの光は渦を巻くように絡み合い、扉の魔法陣全体へと広がっていった。さらに交互に脈動し、刻まれた古代文字が一斉に輝いた。

「なんだ、この光は……」セリウスが目を見張る。

「美しい……」マリエルが息を呑んだ。

 二色の輝きが最高潮に達した瞬間、扉の奥で何かが解かれる音が響く。

 千年の扉が、ゆっくりと開きはじめた。

 冷たく湿った空気が、長い沈黙を破って外へと流れ出していく。扉の向こうには、深い闇が息を潜めていた。

「開いた……!」アリアが歓喜の声を上げる。「理一郎くん、開いたよ!」

「ああ……」

 理一郎は自分の手を見つめた。今の現象はなんだったのか。なぜ自分の手がアリアの手と共鳴したのか。

 そして、なぜ自分にだけ古代文字が読めるのか。

 疑問は尽きないが、答えは見つからない。

「見事だ、物部殿」バルドリックが感嘆の声を漏らした。「古代文字を解読し、封印の仕組みを看破するとは。君がいなければ、この扉は永遠に閉ざされたままだっただろう」

「偶然だ。なぜ俺に読めるのか、自分でもわからない」

「謙遜することはない」バルドリックは目を細めた。「『私欲なく理を追究する者』――碑文がそう記しているのであれば、君はその条件を満たしているということだ。オスタネスは千年前から、君のような存在を想定していたのかもしれんな」

 理一郎は答えなかった。

 千年前から想定されていた? それは、千年前にも自分と同じような存在がいたということではないのか。

 バルドリックが厳かに宣言した。

「これより、オスタネス大迷宮への探索を開始する。全員、いっそう気を引き締めるように」

 調査団は、千年の時を経て再び開かれた扉の向こうへ、一歩を踏み出した。

 理一郎は、入り口のすぐ内側を見上げた。

 そこにも古代文字が刻まれている。

〈異界より来たりし者よ、心せよ。汝の求むる理(ことわり)は、汝が世界をも滅ぼし得る刃なり〉

 その一文を読んだ瞬間、理一郎の足が止まった。

 異界より来たりし者――それは、まさに自分のことではないのか。

 理一郎はその不可解な警句を脳内で反芻しながら、迷宮へと足を踏み入れた。

 全員が中に入り終えると、背後で低い駆動音が響いた。

 振り返ると、千年の扉が、ひとりでにゆっくりと閉じはじめている。

 外光が細く狭まり――やがて、重い音を残して、扉は完全に閉ざされた。

 石の継ぎ目すら見分けられぬほど、ぴたりと。

「退路を確かめておこう」

 バルドリックの求めに応じ、アリアと理一郎が、内側から扉へ手を触れた。

 刻まれた魔法陣が、金色と青白い光を淡く帯びる。入るときと、同じ反応だった。

「内側からも開けられそうだ」と理一郎。

 バルドリックが小さくうなずく。

「よし。ならば、閉じ込められる心配はない」

 二人が手を離すと、光は静かに消えた。

 辺りが、ふたたび漆黒の闇に包まれる。

「主よ」リリスが耳元でささやいた。「さっきぢゃ、後ろから視線を感じたぞ」

「……擬人(シミュラ)族か」

「おそらくの。しかし、扉が閉じてしまっては奴らは追ってこれんぢゃろ」

 理一郎はバルドリックへ近づき、声を落として報告した。

「団長。扉が閉まる直前、何者かがこちらを監視していたようだ。擬人族の可能性がある」

「承知した。帰路での待ち伏せもあり得る。警戒を怠らぬよう、全員へ伝えよう」

 理一郎は黙ってうなずいた。

「明かりを」

 バルドリックの指示で、宮廷魔導士たちが魔法の光球をともした。白い光が石壁に反射し、通路の先を照らし出す。

 通路は真っ直ぐに伸び、ゆるやかに下っているようだった。

「では、行こう」

 バルドリックが厳かに、しかし力強く号令した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。