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物理学魔法で解く異世界方程式 ~物理最強だと勘違い召喚された天才物理学者の異世界冒険譚~  作者: 航太郎
第8章 星界の秘儀

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さらわれたアリア

「総長殿! 総長殿!」

 伝令は息を整えると、姿勢を正してラランドランドララに報告した。

「重大な事件です。アリア・アルタイル生徒が、自宅から連れ去られました!」

「なんだと……!」理一郎の全身から血の気が引いた。

「詳しく報告して」ラランドランドララの表情が瞬時に険しくなる。

「はい。二時間ほど前、近隣住民から通報がありました。アルタイル邸の前で、ぐったりとしたアリア生徒が馬車に運び込まれるのを目撃したと。不審に思った住民が隊に連絡してくださったのです」

「それで?」

「我々が急行したところ、アルタイル邸の扉は施錠されておらず、中が荒らされておりました。アリア生徒の姿はすでになく、屋敷には誰もおりませんでした」

 伝令が続ける。

「聞き込み調査の結果、直前にパン屋の娘パニーナが、アルタイル邸を訪れていたことがわかりました。パン屋の主人によれば、パニーナは『アリア様にパンを届けてくる』と言って店を出たそうです」

「それで、そのパニーナは?」

「店には戻っておりません。調べたところ、数日前から様子がおかしかったと家族が証言しました。口調が微妙に違う、好物を食べなくなった、パンの説明を間違える――些細なことですが、思い返せばいくつも不審な点があったと」

「そう言われてみると、先日も少し違和感があった」

 理一郎は二日前にパンを買いに行った時の一幕を思い返す。

「擬態か……」とラランドランドララが眉をひそめる。

「はい。何者かがパニーナに成りすまし、数日前から生活していたものと思われます。店にも立ち、アルタイル邸にも何度かパンを届けて、監視していたようです」

「そこまでの擬態が可能だとすると擬人族の可能性が高いね」

「おそらく潜入工作員による計画的な犯行だと思われます。ただ、誘拐の目的がわかりません」

「犯行声明は出てないんだね?」

「はい」

「現場に行きたいな」

「通りに早馬車を待たせてあります」

「ありがとうね。ご苦労だけど、急いでね」


       *   *   *


「それにしてもタイミングが良すぎるんだよね」

 馬車の中で、ラランドランドララが状況を整理しはじめた。

「アリア君が大迷宮の鍵だとわかった途端にだからね」

 理一郎がうなずく。

「それが理由だと考えるのが、今のところ最も合理的だ」

「イグナティウスの自白から二時間もたっていないんだけどね。あらかじめアリア君、あるいはアルタイル邸に目星をつけてたのかな」

「あるいは、張り巡らせた網の一つだったのかもしれない」

「その場合は、かなりの規模で動いているということになるんだよね。いずれにしても――」ラランドランドララが小さくため息をつく。「情報源は、途中退席したギデオン君だと考えるのが自然だろうね」

 ラランドランドララは腕を組み、珍しく苦い顔をした。

「魔法院のトップが、擬人族とつながっているというのか?」

「以前から妙ではあったんだよ。去年、擬人族が学都の給水施設に接近した時も、南門区の倉庫群で擬人族の工作物資を摘発した時も、いち早く察知して衛士隊を動かしたのは彼だったからね。ソフィアも地下での魔物の大量発生を解決した件については疑念を抱いていた」

「つまり、未然に防いだのではなく……」

「あらかじめ計画を知っていた。そう疑うに十分すぎるほど、出来すぎている」ラランドランドララは静かに言った。「確証はまだないけどね」

 ラランドランドララの言葉に、理一郎は額に深いしわを刻んだギデオン魔法院長の顔を思い浮かべた。


       *   *   *


 アルタイル邸の中はひどく荒らされていた。

 応接室の家具は倒され、アリアの祖父が使っていた書斎の扉が破られている。

「総長殿、こちらです」

 すでに捜査を進めていた警務隊員が、書斎の奥を指さした。本棚の一つが斜めにずれており、その奥に地下への階段が伸びていた。

「ほう、こんな部屋があったとはのう」

 リリスが理一郎の肩に現れる。

 そこは、半地下の書庫で、壁一面に古い革装の書物が並んでいた。

 中央の机の上には羊皮紙が散乱している。

「これは……」その中の一枚に、ラランドランドララが目を留めた。「アルタイル家の家系図だね」

 古代文字で記された家系図を見ると、アルタイルの起源は千年以上前にさかのぼり、古い先祖には「オスタネス」の名もあった。

「オスタネスの血を引く家系……」ラランドランドララがつぶやく。「アルタイル家は、迷宮製作者の末裔だったんだね」

 別の古文書には、アルタイル家が『理の書』を守るための血族であったことが記されていた。その血には特別な力が宿っており、迷宮の封印を解く鍵となるという。

「この古文書を見て、工作員たちは、アリア君がその力を受け継いでいると確信したんだね」とラランドランドララ。

 ソフィアが別の羊皮紙を拾い上げた。

「総長、これを」

 それは比較的近年の物らしく、インクもまだかすれていない。『オスタネス大迷宮への道』という標題とアリアの父の名前が書かれていた。

「アリアの父君(ちちぎみ)は、迷宮の秘密を知っていたのかもしれませんね」

 ソフィアの言葉にラランドランドララがうなずく。

「行方不明になっていることと、関係があるかもしれないね」

 一行はしばらく部屋を改めたが、それ以上の手がかりは見当たらなかった。

 理一郎が警務隊員の一人に訊く。

「アリアの行方は? なにか手がかりはつかめたのか?」

 尋ねられた警務隊員は、首を横に振りながら答えた。

「学都の門を出た形跡はありませんので、まだ学都(ミレトス)内に潜伏中だと思われるのですが……」

「どこかに工作員のアジトがあるのぢゃろう。八方塞がりであれば――」リリスが理一郎の耳元でささやいた。「ラプラスの老魔に命じる手はあるがのう」

 確かに、宇宙のすべての物質や粒子の位置と運動量を完全に把握できる老魔であれば、それを解析することで、過去も未来も知ることができる。アリアが誘拐された時点から現在の位置までを、正確に知ることが可能だ。

 だが、その神のごとき能力を使わせるためには、大きな対価が必要だった。

 その対価とは、老魔の予見した未来を受け入れなければならないというものだ。例えば明日転んで膝をすりむく未来を告げられれば、必ずそうなる。老魔がどんな未来を見るかは、老魔自身にもわからない。もしも死を予見されれば、それを避ける手段はないのだ。その可能性がゼロでない限り、払いたくない代償だった。

「もしもアリアが迷宮の鍵であるなら、すぐに危害は及ばないだろうか?」

 理一郎の問いにラランドランドララは首をかしげた。

「そうだといいんだけどね。アリア君の何が迷宮の鍵なのかがわからないからね。まさか命ってことはないだろうけど」

 やはり一刻も早く行方を突き止めて救出しなければならない。理一郎はそう考え、決断した。

「じいさん、出てきてくれ」

 書斎の机の上に、三角帽子を目深に被った小さな老人が現れた。白髭をたっぷりたくわえている。ラプラスの老魔だ。

「呼んだからには用があるのだろう。言ってみよ」

「アリアの過去を再現し、どこに監禁されているかを教えてほしい」

「ふむふむ。簡単なことだわい。儂(わし)の能力ならば、この場所で起きた事象を再現し、そこからアリアの軌跡を現在まで辿ることができるぞい。だが――」

 老魔が顎をなでた。

「そこそこ大規模な演算となる。代償をもらわねば」

 理一郎は躊躇しなかった。

「受け入れる。アリアの救出が最優先条件だ」

「ほほう、覚悟は決まっておるのか。よかろう」

 ラプラスの老魔が杖を上げると、部屋の空気が揺らぎ、宙に映像が現れた。


       *   *   *


「パニーナちゃん、おはよう!」

 アリアが玄関に立つパニーナを笑顔で迎えている。

「おはようございます。新作をアリアさんに試食してもらいたいって、お父さんが」

 偽パニーナがパン籠を差し出す。

「わあ、美味しそう! うれしい!」

 季節の果物が乗った焼き菓子のようなパンだ。

 アリアは喜んで受け取り、一口ほおばる。

 その途端、アリアの体がぐらつく。

「あれ……なんだか、眠く……」

 アリアはその場に崩れ落ちる。

 すぐに偽パニーナが扉を開け、外で待機していた者たちを屋敷に呼び込む。

 いずれも頭巾と布で顔を隠している。擬人族の工作員だ。

「急げ。時間がない」

 工作員たちが素早く屋敷の中を探しはじめる。

 書斎、応接室、寝室――手当たり次第に家捜しをする。

 やがて、一人が書斎の本棚に仕掛けられた隠し扉を見つける。

「ここだ!」

 隠し部屋の中で、工作員たちは古文書を次々と調べていく。

 一人が古い革表紙の本を開いてつぶやく。

「これだ。アルタイルの血……、『封印の解除』……ギデオンの言ったとおりだ」

 工作員たちは重要な古文書を選び、革袋に詰め込む。

 それから、昏睡しているアリアを毛布で包んで屋敷の外に連れ出し、馬車に運び込む。

 馬車はアルタイル邸を出ると、学都の中心部を避けて東市場地区へ向かい、やがて古びた店の前で止まる。

 工作員たちはアリアを店の中に運び込み、カウンターの中に入ると、床に設けられた扉を開け、地下への階段を下る。

 地下には長い坑道が掘られ、突き当たりに金属製の牢がある。

 中では本物のパニーナが眠らされている。

 その隣に、ぐったりしたアリアが横たえられる。


       *   *   *


 映像が消え、ラプラスの老魔が杖を下ろした。

「以上だ。さて――」

「アリアは今もそこか?」

 理一郎が老魔の言葉を遮って訊いた。

「まだおるよ。身柄を移すのは今晩だと、頭巾の連中が話しとったわい。さて――」

 老魔が理一郎を見る。

「対価の時間だ。見たぞ。お前さんの未来を」

「……どんな未来だ」

 老魔のしわがれた声が一段低くなった。

「今日の午後五時半、お前さんは大事なものを失う――」

 ――大事なもの?

「どういうことだ」

 理一郎の顔色が変わる。

「言葉通りよ」

 老魔は不満げに言うと、「つまらんものを見た」と言い残してスッと消えてしまった。

「あと三時間半。まさか制限時間があるのか――」

 理一郎に焦りの色がにじむ。

 ラランドランドララが早口でソフィアに訊いた。

「あれがどこかわかるかい?」

「東市場の裏の骨董屋です。あんな所がアジトになっていたとは」

「ずいぶん浸透されていたんだね。思ってたよりも事態は深刻だよ」

 その時、アルタイル邸の捜索を指揮していた警務隊長が進み出た。いかにも百戦錬磨といった印象の屈強な体格の中年男性だった。

「総長殿、さっそく救出班を編成いたします」

「待ってくれ」

 理一郎が口を挟んだ。

「俺に考えがある」

 隊長が眉をひそめる。

「物部殿、お気持ちはわかりますが、これは治安に関わる重大事件です。素人の方々では――」

「隊長さん、まずは話を聞いてみようよ」とラランドランドララ。

 理一郎は、メリッサと二人での潜入を提案した。客を装って店に入り、彼女の幻惑魔法と自分の物理学魔法で、騒ぎを起こさずアリアとパニーナを救出する。

「警務隊や衛士隊には、店から脱出した後の移動の安全確保を頼みたい」

 ラランドランドララが首をかしげる。

「メリッサ君というのは誰なんだい?」

 理一郎は彼女がサキュバスと吸血鬼のハーフで、幻惑や変身に長けた情報商人であり、三叉の丘の件で協力してもらったことを、かいつまんで話した。

「ふーん。そんな人材が学都にいたんだ。理一郎君は顔が広いんだね。でも、擬人族は精神干渉系の魔法に耐性があるよ」

「彼女の幻惑は、相手の知覚そのものに強く介入する。近づくことができれば、耐性を突破できる可能性がある」

「なるほどね。正面から踏み込めば、人質を盾に取られるか、地下道から逃げられるかもしれない。少人数で潜入する方が安全というわけだね」

「そうだ」

「合理的だね。任せるよ」

 ラランドランドララはソフィアを見て、意見を求めた。

「なにか提案は?」

「カイラも連れていくべきです。万が一にも荒事になったときに必要な力です」

「いい考えだね。ソフィア君から頼んでくれないか」

「あの……」その時、マリエルがおずおずと声を上げた。「理一郎さん、私も参ります」

「危険だが、いいのか?」

「回復魔法が役立つかもしれません」

 理一郎がうなずく。

「ありがとう」

「では作戦を詰めていこう」

「は! 直ちに!」

 警務隊長は、アルタイル邸のリビングに臨時作戦本部を設け、指揮を執りはじめる。

 理一郎たちは、遠話器でメリッサやカイラに連絡する。二人の到着を待つ間、ダイニングテーブルで救出作戦の詳細を詰めていった。


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