マリエルの決断
「おやめください!」
鈴音のように透き通った声が、礼拝所全体に響き渡る。
マリエルは、いつも穏やかに微笑んでいるふっくらした唇を真一文字に引き結び、理一郎の前に立った。
頭よりも先に、心が体を動かしていた。
やはり見過ごすことはできない。
教団に異を唱えて異端審問にかけられることよりも、自らの良心に背くことのほうが耐えがたい。目の前で苦しむ理一郎を救うことこそ、真の信仰の証し。それがマリエルの答えだった。
「儀典司祭様、これは間違いです! 洗脳は禁忌のはず――」
「下がれ、修道女!」
儀典司祭が冷たい声で制した。その瞬間、男が本性を現した。
「お前の任務は、物部をここに連れてくるまで。もはや用はない。ましてや口を挟むなど――」
「ですが、これは理一郎さんを改心させるための秘儀だったはず」
「それはお前を動かすための方便よ。その男は我が僕となるべき魂なのだ」
儀典司祭の言葉に、マリエルは愕然とした。教宣局の幹部が平然と嘘をついたことに、強い衝撃を受けたのだ。
自分は騙され、利用されていた。そのことを、今、マリエルははっきりと認識した。
「理一郎さん、しっかりしてください!」
マリエルは理一郎に駆け寄り、その手を握る。理一郎の手は氷のように冷たく、脈も弱々しかった。
「女神ソラリア様、どうぞご慈悲を。この方の魂を解放したまえ!」
マリエルの手から金色の光が放たれ、理一郎を包み込んだ。
光は理一郎の全身を包み、暗闇に沈んでいた意識を呼び戻そうとする。
理一郎の瞳に徐々に光が戻り、少しずつ意識がはっきりしてきた。
最初は焦点が定まらなかった目が、やがてマリエルの顔を捉えた。
「マリエル……? ここは……」
「理一郎さん、こんな目に合わせて、本当に申し訳ありませんでした」
マリエルは涙を流し、声を震わせた。言葉にならないほどの後悔と罪悪感がこみ上げてくる。
「これは星界の秘儀などではありませんでした。あなたを教団の手駒にするための洗脳儀式だったのです。私は教団に命じられ、そうとは知らずにあなたを連れてきてしまいました。本当に……おわびのしようもありません」
理一郎の意識が完全に覚醒した。頭の中の霧が晴れ、状況を理解する。
周囲を見回すと、黒いローブの人々が不気味に立ち並び、儀典司祭が憎悪の表情で自分を見つめている。
「つまり、俺ははめられたということか」
「私を許せないのは当然です。でも、今は、あなたの味方です。それだけは信じてください」
儀典司祭が肩を怒らせて近づいてきた。聖職者らしからぬ乱暴な足取りだった。
「マリエル! お前、なにをした!」
儀典司祭の声は怒りで歪んでいた。
彼はフードを剥ぎ、理一郎たちをにらみ付ける。
その顔は先ほどまでの儀典司祭のものではなかった。
それは、まさしく統一教団星教派教主イグナティウス大司教。理一郎が神殿で見た、あの威圧的な男その人だった。
「変身していたのか?」
「精神干渉で、別の姿を見せていたのでしょう。大司教は精神干渉魔法が得意なのです」
「物部理一郎よ、我が力となれ。貴様のような異端者は、我らがアストレリア神様に管理されるべきなのだ!」
イグナティウスが両手を広げると、理一郎の周囲に巨大な魔物が現れた。
炎の竜、氷の巨人、雷の鳥――さまざまな怪物が一斉に理一郎に襲いかかる。
「命を惜しむなら、我が神の僕となるのだ」
炎の竜が口を開けて火を吐き、氷の巨人が巨大な拳を振り下ろす。雷の鳥が鋭い爪で理一郎を狙い、地面には毒蛇が這い回っている。
理一郎はメガネを上げてゾーンに入り、最小限の動きでそれらを回避する。
「理一郎さん、これはすべて幻覚です」
理一郎は冷静に分析した。恐怖心をあおり、判断力を奪うための攻撃だ。視覚だけでなく、聴覚や触覚、温度感覚にまで作用している。
――脳へ偽の感覚情報を送り込んでいるのか。
それがΨ場の振動なのか、魔導子を介した作用なのか、それとも別の仕組みによるものなのか。伝達の原理までは、まだわからない。
だが、送り込まれている干渉が波として振る舞うなら、その正体を知らなくても対処はできる。
理一郎の意識に、一つの方程式が浮かび上がった。
S_C(x,t) = Σ[i=1..N] A_i sin(k_i·x − ω_i t + φ_i + π) = −S_I(x,t)
逆位相対抗信号の構成式。
精神干渉魔法は、複数の波を重ね合わせた信号を理一郎へ送り込み、実際には存在しない光景や音、熱や冷気を知覚させている。
この方程式は、その干渉信号を構成する一つ一つの波に対して、正反対の波をつくり、重ね合わせによって相殺するためのものだ。
S_Iは、精神干渉魔法によって送り込まれている干渉信号。S_Cは、理一郎が新たに構成する対抗信号。
Nは、干渉信号を構成する波の総数。iは、それぞれの波を区別するための番号だ。
A_iは各成分の振幅(信号の強さ)、k_iは波数ベクトル(波の進行方向と波長)、xは空間上の位置、ω_iは角周波数(波がどれほどの速さで振動するか)、tは時間、φ_iは位相(波の山と谷が、どの位置から始まるか)を示している。
そしてπは、位相を百八十度ずらすことを意味する。
振幅、波長、進行方向、周波数が等しい二つの波でも、一方の位相を百八十度ずらせば、一方の山にもう一方の谷が重なる。二つの波は、あらゆる位置と時刻で正負が反対となり、互いに打ち消し合う。
理一郎が操作するのは、対抗信号を構成する各パラメーターだ。
振幅A_i、波数ベクトルk_i、角周波数ω_iを、精神干渉信号の各成分と同じ値に設定する。さらに、位相φ_iにπを加え、すべての波形を正反対に反転させる。
「リリス!」
理一郎が呼ぶと、小悪魔が肩に現れた。
「主よ、ようやく呼んでくれたのぢゃな。妾はずっと心配しておったぞ。主が壊れては、妾の居場所がなくなるのでな」
「俺の脳へ送り込まれている精神干渉信号を、成分ごとに解析できるか。それぞれの振幅、進行方向、周波数、位相を特定してほしい」
「ふむ……」
リリスは瞳を深紅に光らせ、目を閉じて集中した。
「視覚、聴覚、体性感覚へ作用する波が、幾重にも重なっておる。なかなか手の込んだ術ぢゃ」
解析された波の情報が、理一郎の意識へ流れ込んでくる。
理一郎は、各成分の振幅A_i、波数ベクトルk_i、角周波数ω_iを、精神干渉信号と同じ値に設定した。
さらに、すべての位相φ_iにπを加え、干渉信号と正反対の波形を構成する。
演算は完了した。
「リリス、その理を、操れ!」
「任せよ」
リリスが対抗信号を発生させた。
精神干渉信号と逆位相の対抗信号が重なった瞬間、幻覚を構成していたすべての波が同時に相殺された。
炎の竜も、氷の巨人も、雷の鳥も、一斉に理一郎の視界から消失する。
同時に、肌を焼いていた熱も、体を刺していた冷気も、耳を打っていた羽音も消え去った。
まるでノイズキャンセリング・ヘッドホンで騒音を消したかのように、幻覚がきれいに相殺され、現実の光景だけが残った。
「なに!? 貴様、一体なにを!」
突然、何事もないように振る舞う理一郎を見て、イグナティウスが驚愕する。
「幻覚はしょせん脳波への干渉波にすぎない。逆位相の波をぶつければ無効化できる」
理一郎は冷静に説明した。
「それが物理学魔法とやらか。魔力もないのにどうして発動できる?」
「状態を改変しているのは魔力ではない。脳の演算によって生み出され、物理法則へ干渉する力だ。俺はそれを理力と呼んでいる」
それを聞いたイグナティウスの口元に、歓喜の笑みが浮かんだ。
「素晴らしい……!」
イグナティウスの脳裏に、エクリプス神殿での理一郎の鑑定結果が鮮明によみがえる。
この世界ではありえない『七桁』の未知のステータス。あれは誤判定などではなかった。
それは、強大な演算能力から生み出され、世界の『理』そのものへ干渉する力――『理力』だという。
――やはり私の目に狂いはなかった!
「ますます欲しくなったぞ、物部理一郎! その力、我らがアストレリア神の教国を築くための礎とせよ!」
イグナティウスがさらに強力な精神干渉攻撃を仕掛けてきた。
今度は幻覚ではない、脳神経回路への直接的な攻撃だ。
理一郎の頭に激痛が走る。
「うあああ!」
視界が歪み、頭が砕けるような痛みに思わず膝をついた。防汚エンチャントが切れかけているのか、白衣が土埃にまみれる。
――これも……逆位相波で……。
「主よ、奴の信号波の出力が強すぎて、今の状態では同等の逆位相波が出せん! ぢゃが精神干渉波も、外から流れ込む場のエネルギーぢゃ。幾何障壁を展開して体勢を立て直すのぢゃ!」
リリスが叫ぶが、痛みに耐性のない理一郎は、集中を維持できない。
頭の中で方程式を組み立てようとするが――。
「ううっ……!」
激痛が理一郎の思考を寸断する。痛覚中枢を直接刺激されている今、方程式を保持することができない。数式が頭から滑り落ち、ついにはゾーンが解けてしまった。
「理一郎さん!」
マリエルが遠隔治療魔法をかけようとするが、周囲の助司祭たちに阻まれ、魔法封じの枷を手にはめられてしまった。
この時、マリエルの絶対防御は、発動しなかった。
この場が星教派の聖域のため日女神の加護が弱まっていたこと、そして大司教という高位聖職者に逆らうことへの強烈な迷いが原因だった。
それでも、マリエルは叫ぶ。
「止めてください! 理一郎さんの精神が壊れてしまいますよ!」
だが、イグナティウスは勝ち誇ったように笑う。その笑顔は悪魔のように歪んでいた。
「ふはははは、傀儡を操る秘儀なぞ何通りもあるわ!」
イグナティウスは理一郎の意識を奪い、洗脳するつもりだった。
「物理法則も神の力の前では無力よ! おとなしく我が教団の下僕となれ! 力を正しく使ってやろうぞ!」
理一郎の意識が再び薄れはじめた。精神攻撃の痛みに耐えきれず、ついには床に倒れ込んでしまった。
同時に理一郎の状態と同期しているリリスからも活力が奪われ、理一郎の背中の上に横たわる。
「見よ! これがアストレリア神から与えられし、我が力よ!」
「理一郎さん!」
マリエルが叫ぶが、もはや理一郎の耳には届かない。
その時――。
* * *
夜空に光が現れた。
光は二つ。急速に近づいてくる。
やがて光が、ホウキの先に吊された魔導ランタンだとわかる。
一本のホウキにはアリアが、もう一本にはソフィアとラランドランドララが二人乗りでまたがっていた。
「待たせたね、理一郎君!」
ラランドランドララの声が夜空に響き、ホウキが礼拝所に着地した。
着地と同時に、彼女の強力な魔力の波動が辺りに広がり、一瞬にしてイグナティウスの精神干渉魔法をかき消す。同時に、まるでスイッチをオフにしたかのように、理一郎の頭痛が瞬時に消失した。
「理一郎くん!」
アリアが真っ先にホウキから飛び降りて、理一郎に駆け寄った。
「大丈夫? けがはない?」
理一郎の頭痛は嘘のように消え去っていた。アリアの姿に安堵したものの、心身ともに消耗しきっていて、言葉は弱々しかった。
「アリア……なぜここに」
「理一郎くんが星界の秘儀に行くって聞いて、どうしても心配で……それで先生に相談したの」
アリアは瞳に涙を浮かべながら自分の膝に理一郎の頭を乗せた。理一郎の憔悴した様子を見て、胸が張り裂けそうだった。
「先生が教団に問い合わせてくださったら、今日はそんな予定はないって……それでおかしいと思って」
「教団儀典局が把握していない秘儀などあるわけないからね」とラランドランドララ。「これは紛れもない外法だよ」
ラランドランドララたちの到着によって助司祭たちに動揺が走った。その隙を突いて拘束から逃れたマリエルも理一郎のもとに走ってきた。
「理一郎さん……」
マリエルは心配そうに理一郎の顔をのぞき込んでから、アリアに手かせを外してもらう。
手が自由になると、アリアの膝の上に乗る理一郎の顔に手をかざした。
「女神よ、どうかこの者を癒やしたまえ」
金色の光が理一郎を包み込む。
「……あたたかい」
理一郎の顔にみるみるうちに生気が戻っていった。
「理一郎くん……?」
アリアが理一郎の頬に手を当てながら心配そうに訊く。その手の震えが、理一郎に伝わってきた。
「ああ、マリエルの治癒魔法が効いた。もう大丈夫だ」
「よかった……本当によかった……」
アリアとマリエルが同時に安堵の息を吐いた。それからマリエルは手で顔を覆って泣きはじめた。
* * *
一方、ラランドランドララは、イグナティウスを氷のような瞳で見つめ、刃のように言葉を放った。
「さて、イグナティウス君、これはなんなのだい?」
さすがのイグナティウスも、ラランドランドララの威圧に立ちすくむ。
「ラランドランドララ……王立アカデミア総長……なぜここに。貴殿には関係のないことだ」
「関係ない? 彼は私の大切な共同研究者だよ。知らなかったのかい」
ラランドランドララの怒りは、普段の穏やかな彼女からは想像できないほど激しかった。千年を越える生涯の中でも、一、二を争う程だった。
「知ったことか! すべては星神様の御為だ。アストレリア様の御国を建てることこそ、我が使命!」
イグナティウスは再び両手を広げ、広範囲の精神攻撃魔法を発動した。
だが、ラランドランドララが片手を上げた途端、精神干渉波がかき消える。
「な、なにをした? 私の魔法が……」イグナティウスが困惑する。
「この空間では、魔力が術式へ流れ込まないようにしたんだよ。しばらくは私も含めて、誰も魔法は使えない。千年以上も生きてると、こういう技も使えるようになるんだよね」
ラランドランドララの魔法は次元が違った。イグナティウスたちが何をしようとしても、もはやどんな魔法も発動できなかった。
「くそ……このような屈辱は……」イグナティウスが片膝を突いて歯がみする。
その瞬間、周囲にいた助司祭たちが動いた。
「大司教様をお守りしろ!」
黒いローブの男たちが一斉にイグナティウスの前に立ちはだかる。大司教の護衛も兼ねた彼らは、魔法を封じられていても、まだ体術で抵抗するつもりだ。数人がラランドランドララに向かって突進してきた。
だが――。
「させません」
ソフィアが音もなく助司祭たちの前に立ちはだかった。その動きは影が滑るように静かで、誰も彼女がいつ移動したのか気づかなかった。
「秘書風情が……!」
先頭の助司祭が拳を振り上げる。だが、その拳がソフィアに届く前に――。
ソフィアは助司祭の腕を軽く掴むと、相手の勢いを利用して投げ飛ばした。まるで柳の枝が風を受け流すように、何の抵抗もなく男の巨体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。
「ぐあっ!」
「次の方、どうぞ」
ソフィアの表情は冷静そのものだった。
二人目の助司祭が襲いかかるが、ソフィアは最小限の動きでその攻撃を回避し、相手の足を払う。男は派手に転がされ、うめき声を上げた。
「なんだ、あの女……!」
「ただの秘書ではない!」
残りの助司祭たちが困惑する。
ソフィアは武器も魔法も使わず、ただ相手の動きを利用しているだけだった。だが、その体術は洗練されており、まるで舞踏のように美しくさえある。
三人、四人と次々に助司祭たちが無力化されていく。誰一人としてソフィアに触れることすらできない。
わずか数十秒ですべての助司祭たちが地面に転がされていた。
それでもソフィアは息一つ切らさず、髪も乱れていない。
ソフィアは男たちの腕を背後へ回し、魔法封じの効果を備えた手かせを次々とはめていく。
それから、片膝をついているイグナティウス大司教のもとへ進み、見下ろすように立ちはだかった。
イグナティウスが動揺した様子でまくし立てる。
「貴様、私はアストレリア教の教主、ナトューラ最高神の第一位の僕であるぞ。愚か者どもめ! 星神様の御怒りを受けたくなければ、直ちにこの愚行をやめ、我らを解放せよ!」
ソフィアが静かに言い放つ。
「私の役目は総長様をお支えすること。総長様に危害を加えようとする者は、たとえ聖職者であろうと容赦しません」
鋭い視線で見下ろされたイグナティウスは、もはや動くことができなかった。
「さすがだね、ソフィア」
ラランドランドララが感心したように言いながら、イグナティウスに近づいた。
「ありがとうございます」
ソフィアは一礼すると、まるで何事もなかったかのように、ラランドランドララの傍らに戻った。
「彼も拘束してね」
ラランドランドララの言葉にソフィアが動き、イグナティウスに手かせをはめようとする。
「凡俗め、私に触れるな! ラランドランドララ! 貴様には必ずや神罰が下ろうぞ!」
ラランドランドララも氷のような視線をイグナティウスに向けた。
「君が本当に神に愛されているなら、すでに私に神罰が下されているはずだよね。今、私が無事であることが、神意なんだとは思わないのかい」
「戯れ言を! 私は星教派の大司教だ。神は我とともにある!」
「ふーん? 異端審問でも、同じことを言えるといいね」
異端審問と聞いて、イグナティウスの顔が青ざめた。
「馬鹿な! 異端審問だと? 私は大司教だぞ? そんなはずは――」
「監察局長の考えは違うようだよ。それに三星蝕の日のことも知りたいって」
「なんだと――」
「ここに来る前に、連絡したんだよ。監察局長は、君の反教団的な思想への対応を、教義局と相談すると言ってた。教義局まで出てくるのなら異端審問は免れないよね」
その言葉に、イグナティウスは糸が切れたようにうなだれてしまった。
* * *
やがて、夜空に複数の影が現れた。大きな翼が満天の星々を遮る。
鱗に覆われた巨大な飛竜たちが次々と礼拝所前の広場に降り立った。
背にまたがった騎士たちが飛び降り、素早く周囲を警戒する。
そのうちの一人がラランドランドララの前に進み出て、片膝を突いた。
「総長殿、学都騎士団飛竜隊長グレイソンです! ご無事でしたか!」
「ご苦労さま。ちょうど良いタイミングだったよ。イグナティウス大司教とその一味を拘束してある。連行してくれるかな」
「なんと……」隊長が辺りを見回した。「我々は一足遅かったようですな。大変申し訳ありませんでした」
革鎧姿の飛竜隊員に混じってただ一人、フードを目深に被った法衣姿の男がいる。統一教団の監察官だ。
「ラランドランドララ総長殿、統一教団巡察庁監察局のマティアス・ヴェリタス監察官です。このたびは破戒者たちの捕縛にご協力いただき、大変ありがとうございました」
「ずいぶんと大物だよね。教団も大騒ぎだろうし、君も忙しくなりそうだね」
「ご心配いただきありがとうございます。後は我々が引き取らせていただきます」
「じゃあ、もう帰っていいかな」
「はい、皆さまは今日のところはこれで。日を改めてお話を伺わせてください」
それからマリエルを見て続けた。
「マリエル・ファレラ修道女、あなたには残っていただきます」
マリエルはまだ泣いていたが、小さくうなずいた。
そのマリエルの肩に理一郎が手を置く。
「マリエル、助けてくれてありがとう。君に対しての怒りはない。君も被害者だ」
「そんな……私はあなたを騙して、こんな目に遭わせてしまって……」
マリエルの声は嗚咽で途切れそうになる。
「君は最後に正しい選択をした。それで十分だ」肩に置いた手に少し力を入れる。
マリエルの泣き顔に、安堵が浮かんだ。
「ありがとうございます……」
だが、理一郎の手にはまだマリエルの震えが伝わってきた。
「教団からの沙汰が心配なのぢゃよ」リリスが理一郎の耳元でささやいた。
理一郎は教団監察官に尋ねてみる。
「マリエルはどうなるんだ? まさか破門になどならないだろうな?」
監察官は首を横に振る。
「物部殿、貴殿にも大変なご迷惑をおかけしました。まずはおわびを申し上げます。修道女については、申し訳ありませんが、調べを進めませんとなんとも言えません」
「彼女はイグナティウスに利用された。それは俺が証言する」
「今後のことは、教団の正式な調査を待つのがいいね」とラランドランドララ。「結果的には、君とマリエル君が星教派の破戒を暴いた。その事実も考慮されるはずだ。それがなければ、イグナティウスの逮捕もなかったのだから」
「俺はいつでも証言に立つ。彼女のような人がいるからこそ、あんたたちの教団にはまだ救いがある」
ラランドランドララと理一郎の言葉に、監察官はわずかにうなずいたようだった。
すべてが終わり、理一郎はアリアのホウキに二人乗りして帰路についた。
馬車で長い時間揺られるより、アリアの温かい体に触れながら短時間で戻ることを選んだのだ。




