闇魔法少女ミラ
午後の『魔法理論・応用』の講義が終了した後、理一郎は講師に質問があったため教室に残っていた。魔力の伝播速度と物理法則の関係について詳しく聞きたかったのだ。他の学生たちはすでに退出し、講師との質疑応答が一段落ついた頃には、建物内はすっかり静まり返っていた。
教室を出て石造りの階段を下りていくと、ロビーにも誰もおらず、がらんとしていた。午後の陽光が大きなアーチ型の窓から差し込み、床の石畳に幾何学的な光の模様を描いている。理一郎の靴音だけが高い天井に反響し、建物の静寂をより際立たせていた。
出口に向かいかけた時、ロビーの片隅に小さな人影を見つけた。
黒いボブカットの髪に黒タイツ、魔女科の制服に身を包んだ少女が、まるで誰かを待っているかのようにたたずんでいる。
ミラだった。
彼女とは先日のグラスランナー戦で顔を合わせているが、ほとんど会話を交わしたことはない。無口でおとなしそうな印象の少女だが、あの時見せた闇魔法の威力は印象的だった。
「ミラか」
理一郎が声をかけると、ミラは顔を上げる。そのミラの目が理一郎を捕らえた瞬間、彼女の無表情な顔にかすかな変化が走った。ほんの一瞬、まるで何かのたくらみを思いついたかのような表情を浮かべたのだ。すぐにいつもの無表情に戻ったので、理一郎はその変化を見逃した。
「物部……」
ミラは小さく、まるでつぶやくような声で名前を呼んだ。そしてトコトコと理一郎に歩み寄ると、黒い瞳で見上げながら言った。
「教室で落とし物をした。一緒に探して」
相変わらず簡潔で、感情の起伏のない口調だった。あまり切羽詰まった様子もなく、本当に困っているようには見えない。
「なにを落としたんだ?」
「……大切な物」
曖昧な答えが返ってきた。詳しい事情を聞こうと口を開きかける理一郎の腕を、突然ミラが掴んだ。ミラとは初対面に近い。そのミラの大胆ともいえる行動に理一郎は戸惑った。
――そういえば……。
宿場町キルケの食堂でも、ミラは横に座ってぴったり密着してきた。他人との距離感が独特なのかもしれないと思う。
「お願い」
ミラは理一郎の腕を掴んだまま、上目遣いでささやく。内気そうに見えるが、その黒い瞳には何か強い意志のようなものが宿っているように見えた。
「誰かを待っていたのではないのか?」
理一郎が訊くと、ミラは首を振る。
「わかった。案内してくれ」
ミラは小さくうなずくと、理一郎の腕を引き、今下りてきたばかりの階段へ戻っていった。
階段は重厚な石造りで、長年の使用で踏み面がわずかに磨り減っている。
「付いてきて」
ミラが先を歩き、理一郎が後に続く形になった。
ミラのスカートが、階段を上るリズムに合わせて揺れはじめる。黒いタイツに包まれた細い脚はもちろん、その付け根までがあらわになりそうになる。
「ミラ、スカートの中が見えそうだぞ」
理一郎が注意すると、ミラは振り返った。逆光でよくわからないが、理一郎の表情を伺っているようにも見えた。
「タイツだから平気」
そう答えると、ミラはさらにゆっくりと階段を上りはじめた。今度は明らかに意図してスカートの裾を翻らせながら、一段一段を踏みしめていく。黒いタイツの質感や、やわらかそうな脚の曲線が、理一郎の視界に入ってしまう。
そこで理一郎はミラの横に並ぼうと階段を駆け上がる。
だが、ミラは「ミラが先。物部は後」と、それを許さない。
――まさか誘惑されている?
まだ十五歳の少女だ。さすがにそれは考えすぎだろうと、頭を振った。
理一郎は困惑しながらも、足元だけを見て、二階、三階と上がり、やがて最上階の講義室の一つに到着した。
ミラが扉を開けて入る。もちろん中には誰もいない。
午後の日が大きな窓から差し込み、整然と並んだ木製の机と椅子に長い影を伸ばしている。黒板には前の授業で使われたであろう魔法陣の図が薄く残っていた。古い木の床がきしむ音が、静寂をより際立たせている。
「ここで落としたのか?」
「そう」
ミラは教室の中央辺りまで進むと、突然四つん這いになって机の下をのぞきはじめた。その姿勢になると、制服のスカート越しにも小さなお尻の丸みが強調される。
「手伝って」
ミラは振り返ることなく、そう言った。
「落とし物がなにか教えてくれないと、探しようがないんだが……」
「小さくて、光る物。踏むと壊れる」
ミラの答えは相変わらず曖昧だった。
さすがにこの世界にコンタクトレンズはないだろうが、靴で踏んでいけないような物なのだろう。理一郎も仕方なく四つん這いになり、周囲を見回した。
だが、講義室の床はきれいなもので、一瞥した限り光る物などなさそうだ。
「この辺りなのか? 見当たらないが」
「すごく小さい。よく見て」
理一郎は床に顔を近づけて目を凝らし、ゆっくり移動しながら、探しものに集中した。
教室の窓から斜めに差し込む午後の陽光が、ゆっくりと漂う埃の微粒子を照らし出していた。静寂の中で、二人のきぬ擦れの音と床のきしみだけが響く。
しばらくして、頭のてっぺんに何かが触れる感覚があった。
思わず顔を上げると、目の前にミラのお尻があった。触れたのは、彼女のスカートだった。
いつの間にかミラが理一郎の顔にお尻を向けるような位置に移動していたのだ。
さすがにこれではスカートの中が丸見えだ。
ミラは振り返って、理一郎の反応をうかがっているようにも見える。
理一郎は立ち上がり、近くの椅子に座った。
「ふざけているのなら、手伝わないぞ」
ミラは残念そうな表情で立ち上がり、タイツの膝を手で払いながら理一郎の隣に座った。
「あった」
「どれ?」
ミラが小さな手のひらを差し出す。飾り気のない銀の指輪が乗っていた。ミラの指には少し大きいように見えた。
「君のか?」
「おばあちゃんの。ゆるゆるだからペンダントにしてた」
反対の手には切れたチェーンがあった。
「大事な物なんだな」
「うん」
どうやら落とし物をしたというのは本当だったらしい。
「見つかってよかった」
「うん。ありがと」
しばらく沈黙が続いた。窓の外では鳥のさえずりが聞こえ、遠くで学生たちの声が響いている。教室の中の静寂と対照的な、生き生きとした学院の日常だった。
用も済んだので帰ろうと理一郎が立ち上がりかけた時、ミラが理一郎の白衣の袖を掴んだ。
「変なこと言うけど、聞いて」
ミラの真剣な表情に、理一郎は座り直してうなずいた。
「どうした」
ミラはしばらく黙ってうつむいていたが、やがて意を決したように理一郎を見上げた。
「ミラでは興奮しない?」
「?」
「物部はミラの体では欲情しない?」
「やっぱりからかっていたのか」
ミラは首を振った。
「試していた、物部で。でもずっと、全然、無反応」
「なにを試したんだ?」
「ミラ……みんなより、発育が遅い」
ミラは靴を脱いで椅子の上で膝を抱えた。
「リヴィアも、アーシャも……もうちゃんと大人の体。でもミラは……」
彼女の声には、深いコンプレックスがにじみ出ていた。
「いつになったら成長するのか……わからない。みんなと並ぶと……ミラだけ子供みたい」
ミラはうつむいた。
「恥ずかしい。このまま大人になれないんじゃないかって……不安」
理一郎は黙って聞いていた。ミラの告白は初対面に近い相手、しかも異性に対して行うには、あまりにも重い内容のように思えた。だが、彼女にとっては、これまで誰にも――親しい友達にも言えなかった悩みなのだろう。
少し考えて、理一郎は口を開いた。
「千億の銀河を探しても、同じ人間はもう一人と見つからない」
ミラが興味深そうに理一郎を見上げた。理一郎はミラの漆黒の瞳を見つめて続けた。
「カール・セーガンという天体物理学者の言葉だ。惑星や地球外生命を研究し、宇宙の広大さと、その中で一つの命が持つ価値を多くの人に伝えた人物だ」
ミラが首をかしげる。
「宇宙には無数の星があるが、ミラは宇宙でただ一人しかいない。成長のペースも、できることもできないことも、すべて君の個性で、君だけのものだ。他の誰かと比べる必要なんてない」
「同じ人間は二人といない……」ミラの表情が少し明るくなったような気がする。
「外見の成長を焦るより、まず君自身が君らしくあることを大切にするべきだ。それが一番美しいことだ。それに、今のままの君がいいという者がいるかもしれない」
「ほんと?」
ミラが理一郎の顔を下からのぞき込む。
「でも理一郎は欲情しなかった」
「所もかまわず欲情したら問題だろう」
「じゃあ、別の場所でなら、する?」
ミラがにじり寄ってきた。
「するかもしれないが、そういう状況は避けたい」
「やせ我慢? 男の子はやりたい盛りと聞いてる」
迫ってくるミラに理一郎がたじろぐ。
「だからって実際にそうするわけではない」
なんだか話が変なほうに向かっていきそうなので、理一郎は今度こそ帰ろうと立ち上がりかけた。
「もう行くぞ」
その理一郎の白衣の袖をもう一度ミラが引っ張って座らせた。
「もう一つ聞きたい」
「なんだ?」
「闇魔法を、どう思う?」
「どうとは?」
「怖い? 気味悪い?」
その質問にも、何か切実な想いが込められているように感じられた。
「いや、実に興味深い」
理一郎は真剣な表情で尋ねた。
「君の魔法は物質を消失させていたが、あれはどんな原理なんだ?」
ミラがほっとしたような表情を浮かべて説明した。
「ミラの闇魔法は、〝こっち〟と〝むこう〟の境界を操る魔法。でも……」
ミラは膝を抱えて、少し考え込むような仕草を見せた。
「物部は、もっと詳しく知りたい?」
「ああ、とても知りたい。あの黒い影はなんなんだ?」
ミラは黒い瞳で理一郎を見つめながら、ゆっくりと説明を始めた。
「あの影は普通の影じゃない。奈落への……〝落とし穴〟」
「奈落?」
「うん。この世界の……もっと下にある別の世界。おばあちゃんは〝奈落〟って」
ミラは指で床に小さな円を描くような仕草をした。
「影に触れた物は、奈落に墜ちていくのか。墜ちた物はどうなる?」
ミラは手を組んだり離したりしながら説明する。
「バラバラになる。おばあちゃんは〝編み物がほどけるように〟だって。そして……バラバラになった物は……見えないくらい小さくなって……消えちゃう。だから……」
ミラの表情が少し暗くなった。
「二度と戻ってこない。奈落に墜ちた物は……もう、この世界には帰れない」
「それで、どうやって〝落とし穴〟を造る?」
ミラは少し恥ずかしそうに答えた。
「それはわからない。ミラは、穴が開くよう命じるだけ」
ミラは理一郎を見上げた。
「影が真っ黒に見えるのは?」
「穴が光も〝呑み込む〟から。光も奈落に墜ちて……戻ってこない」
ミラは手のひらを下に向けて、ゆっくりと握りしめた。
「そして……影の周りが冷たくなる……奈落の〝冷たさ〟が這い上がってくるのかも」
理一郎は深くうなずいた。
――話を聞く限りでは、ブラックホールのようにも思えるが……。
「ミラ、君の魔法を今見せてもらうことはできるか?」
ミラは少しためらったが、やがて小さくうなずいた。
「危ないから、ちっちゃいのなら」
そう言うと、ミラが親指と人差し指の先をくっつけて輪を作った。
「影よ、出でよ」
ミラが唱えると、二人の間の床に漆黒の影が現れた。理一郎は思わず脚を上げた。
「大丈夫。ミラが堕とそうと思わなければ、触れても平気」
――なるほど、対象を任意に定められるのか。
理一郎はうなずきながら、メガネを押し上げてゾーンに入った。脳の処理速度が飛躍的に向上する。その状態で、ミラの作り出した影を観察した。
足元に広がる漆黒の影が、まるで生き物のように蠢いている。
――これは……。
理一郎の視界に、一つの方程式が浮かび上がった。
□ϕ + ∂V_eff(ϕ; ΔV_b)/∂ϕ = 0
真空の状態を表す場の変化を記述する方程式だ。
φは真空の状態を表す場、□はその時間的・空間的な変化。Veffは、場の安定状態を決める有効ポテンシャルだ。ポテンシャルの二つの谷が、現在の真空と、それよりエネルギーの低い下位真空に対応している。
そしてΔVbは、その二つを隔てる障壁の高さだ。
ミラの魔力は、影の内側だけでΔVbを引き下げ、真空を下位の状態へ遷移させている。同時に、影の縁ではφを現在の真空状態へ固定し、遷移が外へ広がるのを防いでいた。
本来、臨界を超えた下位真空の泡は、放っておけば境界を光速に迫る勢いで広げ、周囲の空間を次々と呑み込んでいく。
だが、目の前の異常な真空状態は、影の内側だけにとどまっていた。
――ミラの言う、〝こっち〟と〝むこう〟の境界とは、これか。
もちろん、極微の世界が肉眼で見えているわけではない。視界に現れた式と、光の吸収や冷気といった観測結果から、そこで起きている現象が理一郎の脳内に再構成されていた。
「ミラ、俺の鉛筆を消してみてくれないか」
「影に落として。少し上から」 理一郎は鉛筆を短く折り、その欠片を影の上へ落とした。
先端が影に触れた瞬間、鉛筆の内部に小さな下位真空領域が生じた。
鉛筆の構造が、ほどけるように崩れていく。
分子の結合が切れ、原子や原子核を成り立たせていた構造も失われる。物質は細かな粒子と放射へ変わり、そのエネルギーと情報はΨ場の中へ散っていった。
同時に、影の境界を維持するミラの魔力が、周囲から熱を吸い上げた。影の縁に白い霜が浮かび、空気が鋭く冷える。
鉛筆が消えた瞬間、ミラが指の輪をほどいた。
魔力による境界が消える。残された下位真空領域は、影の外へ広がる臨界には達していない。急速に縮み、通常の真空へ戻った。
キィーンという、耳鳴りのような音が残る。
鉛筆は跡形もなかった。
物質の情報そのものが無になったわけではない。だが、Ψ場の膨大な自由度へ散らばり、もはや回収することはできない。
少なくとも、現在の物理学で復元するのは不可能だった。
「真空遷移によって消滅させるというわけか」
ミラの魔法は、本来なら宇宙そのものを呑みかねない真空遷移を、局所的な消滅現象へと変えていた。
「実に……見事だ」
思わず独り言が声に出てしまった。
「難しいことはわからない」
「君は奈落と言ったが、地形に例えると現在の真空は〝浅い谷〟で、〝尾根〟を挟んでその横には下位真空と呼ばれる〝深い谷〟がある。通常は〝尾根〟があるから浅い谷から深い谷には行けないが、君の影はその尾根に抜け穴を掘る負エネルギー膜なのだろう」
「そうなの? でも、怖い魔法は使いたくない。だから……大きな影はつくらないよう努力している。大きくしたら……きっと、もっと怖いことが起きる……」
ミラは膝を抱えた。
「怖がる子もいる。闇魔法使いは不気味だって。暗殺にも使われてきた。暗闇の中では防ぎようがない魔法」
「危険な力であることは確かだ。だが、危険であることと、邪悪であることは同じではない。俺は魔法自体に善悪はないと考える。使う者次第だ」
「使う者次第……」
「例えば……操縦器で動かすロボットがあったとしよう」
「ロボット?」
理一郎は鉄■二十八号をイメージしていたが、ロボットという概念がこの世界にはないことを思い出す。
「いや、非自律型魔導人形にしよう。極端に単純化すれば、悪人が操れば魔導人形は悪事を、善人が操れば善行をなす。魔導人形自体に善悪はない。それと同じことだ」
「でも、ミラが間違えたら……」
「君はその力を怖いと理解し、大きな影を作らないよう、自分で制限している。力の危険を理解している証拠だ。少なくとも、無思慮に振るう人間ではない」
「物部は……ミラを信じる?」
「ああ。さっきの言葉は、身体だけの話ではない。君の闇魔法も、君にしかない一部だ。不気味だという他人の評価だけで、その価値が決まるわけではない」
ミラが納得したようにうなずいた。
「物部がそう言うと……安心する」
ミラの瞳に、希望の光が宿ったように見えた。そして――。
「ありがとう」
そう言いながら、ミラは理一郎に向かって身を乗り出した。だが、椅子の上で膝を抱えていたのでバランスを崩し――。
「あっ」
ミラが落ちる前に理一郎があわてて抱き留め、自分が下になって床に倒れ込む。その勢いで半回転し、理一郎がミラに覆いかぶさる形になった。
西日が二人を照らし、床に横たわるミラの髪が顔の周りでふわりと円を描いている。彼女の顔は真っ赤に染まり、黒い瞳が潤んでいた。
「ん……押し倒された」
ミラは息を弾ませながら、理一郎を見つめた。
「男の子だから……仕方ない」
ミラが目を閉じる。長い睫毛が愛らしい。
こうして見ると美少女ではあるのだ。
「物部……このまま……」
ミラは理一郎の背中に手を回し、脚を絡めてきた。その密着感に、不覚にも理一郎の〝男の子〟が反応してしまった。あわてて身を起こす。
「それは事実ではない。君がバランスを崩したので……」
「むー……。でも、物部はミラにしっかり欲情した」
ミラは不満そうな口調で言うが、うれしそうでもあった。
「起こして」とミラが手を差し出した時、教室のドアが勢いよく開いた。
「ミラ! ここにいるの?」
リヴィアの明るい声が教室に響いた。彼女の後ろには、アーシャとアリアの姿もある。
三人は、寝転んでいるミラとその横に座る理一郎を見て、思わず声を上げた。
「あんたたち! なにやってるのよ!」リヴィアが大声を上げる。
「あら……」アーシャが困ったような表情を浮かべた。
「ミラちゃん……」と言いながら、アリアは理一郎を冷ややかな目で見た。
「課外活動の時間よ。先生が『ミラはどこだ』って!」
リヴィアが宙に突き出したままのミラの手を取って立たせた。
「もしかして、また理一郎さんを困らせてた?」
ミラが首を振り、いつもの無表情の顔で答えた。
「困らせてない。喜ばせていた」
三人の視線が一斉に理一郎に刺さる。
「違う。落とし物をしたと言うから、探していただけだ」
「で、見つかったの? その落とし物」とリヴィア。
「あった」
「じゃあ、急いで! 指導してもらう時間がなくなっちゃう」
リヴィアがため息をつきながら理一郎に尋ねた。
「ミラが迷惑かけなかった?」
「いや、大丈夫だ。たいしたことではない」
「ほんとに?」
アリアが少し疑うような目で理一郎を見る。
「ああ」
「そういえば」リヴィアが思いついたように言った。「理一郎さん、普段は依頼とかどうしてるの?」
「一人で行くことが多い」
「一人? それって、危険じゃないですか?」アーシャが心配そうに眉をひそめた。
「よかったら今度――」リヴィアが提案した。「私たちと一緒に行かない? 理一郎さんの物理学魔法、すごく興味があるの」
「そうですね」アーシャも続けた。「ご一緒していただければ、私たちも……心強いです」
「だったら」アリアが提案した。「今度みんなで一緒に行ってみようよ?」
その提案に、三人の表情が明るくなった。
「ほんと?」リヴィアが目を輝かせた。
「ぜひ、お願いします!」アーシャもうれしそうだ。
「……楽しみ」ミラも小さく微笑んだ。
「決まりね」
アリアの表情も和らいだ。どうやら機嫌を直してくれたようだ。
「じゃ、詳しい話は後にして。今は急がないと」とアリア。
「そうね。ミラ、行くわよ」
リヴィアがミラの手を引いて教室から出ていく。アーシャもその後に続いた。
「理一郎くん」
アリアが最後に振り返った。
「あまりミラちゃんに振り回されないでね。あの子、見た目によらず……」と言葉を濁す。
「気をつける」
「約束よ」
アリアはそう言うと、微笑んで他の三人を追いかけていった。
講義室に独り残された理一郎は、夕日の差し込む教室でため息をついた。
「まったく……今日は本当に〝女難〟の日だったな」
そのタイミングを見計らったように、リリスが肩に現れた。
「ほれ見たことか」
リリスは得意げに小さな胸を反らした。
「妾が警告したであろう。『女難の日』になると」
「確かにその通りだった」
「妾の予言は的中するのぢゃ。今度からもっと真剣に聞くがよい」
「今後は気をつけよう」
理一郎はリリスの小さな頭を指で軽くなでた。
「こらこら、子供扱いするでない」
リリスは文句を言いながらも、まんざらでもなさそうだった。
「それにしても、あの黒髪の小娘はただ者ではないな」
「ミラのことか?」
「ああ。感じるのぢゃ。あの娘の中に、人間ではないなにかが混じっておる」
「どういう意味だ?」
「夢魔の血を引いておるのではないかの。だから主のような異世界人に惹かれるのかもしれん」
理一郎は興味深そうに眉を上げた。
「彼女の行動の説明になるかもしれないな」
「主も気をつけるのぢゃ。あの娘はまだ自分の正体に気づいておらんが、いずれ覚醒する時が来るかもしれん」
「理解した」
理一郎はうなずくと、夕日に照らされた教室を後にした。石造りの廊下に足音が響く。
――この世界に来てから、確実に俺の人生は変わった。
以前の彼なら、女性との関わりなど避けて通っていただろう。だが今は、彼女たちとの交流が、自分に欠落している部分を満たしてくれるような気がしていた。前の世界でも他人への態度を変えていれば、もっと人間関係がうまくいっていたのかもしれない。少なくとも、そう思えるぐらいには、理一郎の中で何かが変わってきていた。
もちろん、まだまだ女性との接し方には慣れていない。今日のような〝女難〟も、今後も続くのだろう。だが、それも悪くないかもしれない。
夕日が廊下の窓を通して差し込み、理一郎の歩く先を金色に照らしていた。遠くで鐘が鳴り、一日の終わりを告げている。




