↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
物理学魔法で解く異世界方程式 ~物理最強だと勘違い召喚された天才物理学者の異世界冒険譚~  作者: 航太郎
第3章 王立アカデミア

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/56

暴竜ヴァイブロ・ドラゴン

「くそ! もう手に負えないぞ! 応援はまだか!」

 騎士団のそんな怒号を、暴竜の咆哮がかき消す。重低音の振動が、団員たちの内臓を揺さぶった。

 彼らの一部が後ずさりを始める中、突如、実験場の入り口から黄金色の閃光が走った。

「退(ど)け! オレがやる!」

 虎人戦士カイラ・ティグリスだった。

 顔を除く全身が虎の体毛に覆われ、髪までも黄金と黒の縞模様に変わっている。虎縞のビキニアーマーと相まって、まさに〝虎女〟だった。手には巨大な両手剣が握られ、琥珀色の瞳は闘志で燃えていた。

 ――なるほど、あの格好のほうが闘いやすそうだ。だが、高周波には……。

 理一郎の心配をよそに、カイラは驚異的な身体能力で暴竜に向かって疾走する。その姿はまるで黄金の矢のようだった。

 次の瞬間、ドラゴンは大気を引き裂いて、再び高周波ブレスを放った。

 カイラはとっさに身を翻す。

 ブレスにさらされた観覧席が、まるで電子レンジで熱せられたかのように、内部から沸騰しはじめる。空気が揺らぎ、辺りの温度が一気に上昇した。

「はっ!」

 地を蹴る音が鋭く響き、カイラは大剣を構えたまま暴竜に向かって跳躍した。

 カイラの大剣が暴竜の鱗を切り裂く。ダメージは与えているようだ。だが、さすがに一撃で仕留められるものではない。

 暴竜は苦し紛れに再び高周波ブレスを放つ。カイラは着地ざま横転して避けたが、ブレスは実験場の結界を直撃した。結界が不気味な音を発しながら、揺らめきを増していく。

「結界は大丈夫、ですよね?」心配そうにアリアが言う。

「耐えられる設計になっているはずですが――」ソフィアも自信がなさげだ。

 ブレスによって観測機器や制御操作卓などが、次々に爆散していく。

「このブレスは規格外だね。この施設の設計限界を超えているかもしれない。地下の結界発動機構が保つといいけど」

 ラランドランドララはいつもと変わらぬ口調で言うが、状況は切迫しているようだ。「応援は来てくれそうかい?」とソフィアに訊く。

「はい。ちょうど北の演習場で、騎士団の魔法部隊が訓練中でした。駆けつけてもらえるよう手配しました」

「ありがとうね」

 それから、腕を組んで独り言のように言う。

「でも、なんか変だな。ブレスの魔力が歪(いびつ)だよ。……そうか!」何かを思いついて手を叩く。「人為的に強化されてるんだ。歪みはその痕跡だよ。やはり何者かのたくらみなんだね。しょうがないな。やってみようか。久々だけど」

 ラランドランドララが、自ら対処するために外に出ようとする。

 ソフィアが、「私が行きます」と必死に止めた。

 理一郎はゾーンに入って暴竜を観察したが、物理学魔法が視野に現れない。ニュートンの運動方程式が使えそうだが、浮かんでこないのだ。

 ――あんな大質量の運動を、停止状態として定義するイメージが持てないからだろうか?

 どうやら物理学魔法の方程式は、無意識でもいいから対応方針を決めないと現れないらしい。対応方針を決めるためには、暴竜の情報がもっと必要だった。

 ――問題は、あのブレスだ。

 暴竜の高周波ブレスを無効化できれば、カイラたちでなんとかできそうだ。

「リリス、あれは高周波だな?」

「うむ? それは観測して欲しいという要求ぢゃな? だが、まあ、いいぢゃろ。観測程度は対価なしでやってやろうぞ」

 リリスは目を細めて暴竜を見る。

「そうぢゃの。高周波で攻撃対象の分子を高速振動させて破壊しておる」

 ならば、高周波を記述する方程式を利用すれば、波そのものをないことにできる。だが、そのような方程式は浮かんでこない。

 いったんゾーンを抜けて考える。

 ――ブレスそのものを改変できないなら。

「振幅や位相は測定できるか?」

「当たり前ぢゃ。妾がその気になれば、ここら一帯、すべての分子の状態を把握できるわい」

 ――ならば、逆位相波でキャンセルできる。

 ブレスの範囲にある大気分子を操作し、逆の位相を持つ波を発生させれば良いということだ。だが、操作する分子数が多すぎる。しかも、暴竜は生物なので、発する高周波は機械のように一定ではなく、微妙に揺らぐ。

「リリス、質問だ。お前にはこれが可能か?」

 理一郎はリリスの小さな耳元で、何事かささやいた。

「ふむ。訳ないことぢゃ」

「なら、頼む」

 リリスは少し考えたが、やがてうなずいた。

「それだけの規模となれば、対価が必要ぢゃ。お主の記憶を一ついただく。良いのぢゃな?」

「理解した」

「よかろう。だが、ここからでは遠すぎる。もっと近づくのぢゃ」

「それなら」今度はアリアに問いかける。「君の魔法はあのブレスを防げるか?」

「強度を高めれば、たぶん。結界で受け流すことならできると思う」

 ――受け流す? 結界表面で波の位相をずらし、無害化してるのだろうか。

「悪いが、ついてきてくれないか。結界を頼みたい。危険なので無理ならそう言ってくれてかまわない」

「う、うん……」アリアは少しひるんだが、勇敢にもうなずいた。「いいよ、やってみる。でも長い間は持たないと思う」

「理解した。考慮する」

 それからまだラランドランドララともみ合っているソフィアに声をかけた。

「ソフィア、ここからカイラと意思疎通する手段はあるか?」

「そこの遠話器で話せます」

 ソフィアはラランドランドララを羽交い締めにしながら、顔で操作卓の上のデバイスを示した。

 理一郎にはただのつるつるした板のようにしか見えず、使い方がさっぱりわからなかった。

「アリア、つないでくれ」

「うん」

 アリアが操作して理一郎に手渡す。

「カイラ、聞こえるか? 今からブレスを無効化する。だが、持続は困難だ。合図の後、可及的速やかに攻撃しろ」

「ほんとか!? ならば頼もしい!」

 どうやら電話というよりは、トランシーバーのようなものらしい。どんな仕組みかわからないが、意外とクリアな音声だった。

「では、行くぞ」

 ソフィアは相変わらずラランドランドララを押さえ込んだまま、「え?! ちょっと、待ちなさい!」とあわてるが、それを横目に理一郎たちは待避室を飛び出した。一気に実験場中層の観覧席まで駆け下っていく。


       *   *   *

 暴竜は新たに現れた理一郎たちに興味を惹かれたようだ。向きを変え、鼓膜が痛いほどの轟音で咆哮する。

 白衣の裾が激しい風圧ではためく。

 距離が近くなり、しかもガラスに隔てられてもいないため、その迫力に思わず足がすくんだ。

 暴竜が大きく息を吸い込んでいく。ブレスの前兆だ。

「アリア、頼む!」

 アリアが防護結界を張った。駅馬車の時よりも境界面のゆらぎが強い。結界の外の風景が歪んで見えるほど高出力の魔力場が展開された。

 次の瞬間、暴竜のブレスが吹き荒れた。

 アリアの防護結界は、赤紫のブレスを見事にそらしている。斥力が発生している面では、光の微粒子が弾けている。結界の周囲は沸騰していたので、熱も防いでくれているのがありがたい。

「リリス!」

「任せよ」

 リリスは銀色の髪を風で揺らしながら、理一郎の肩から飛び立つ。

 結界の中で透明な羽を青く輝かせながら、両手を広げてブレスを観測しはじめた。

 理一郎がメガネを押し上げてゾーンに入る。脳が凄まじい速度で情報処理を始めた。


 E_net(t, x) = A sin(ωt - kx) + A sin(ωt - kx + φ)

挿絵(By みてみん)


 現れたのは、正弦波の重ね合わせ式だ。

 暴竜のブレスは高周波なので波だ。つまり線形波動だから『重ね合わせの原理』が成り立つ。理一郎の視界には、一次元的に単純化した、重ね合わせの原理の式が現れた。

 右辺の第一項が時間tと場所xにおける『暴竜の高周波ブレスの強さ』を、第二項がそれを打ち消すためのキャンセル波を表している。この時、左辺の合成総電場がゼロになれば、暴竜のブレスを打ち消すことができる。そのためには右辺第二項の位相φを百八十度ずらせば良い。簡単に言えばオーディオのノイズキャンセルのようなものだ。

 ただし暴竜は生き物だから、ブレスの角周波数ωや波数k、位相差φなどのパラメーターは微妙に揺らぐ。完全にキャンセルするには、それぞれのパラメーターをリアルタイムで把握し、リアルタイムに干渉式を制御する必要がある。

 理(ことわり)はわかったが、実行するにはリリスの能力が必要だった。

 理一郎は位相差を百八十度ずらすためφをπに書き換え、唱えた。

「リリス、この理を、操れ!」

 リリスの目が紅く輝き、暴竜の噴くブレスが占める空間内の大気分子だけを操作して、逆位相波を作る。

 干渉式のパラメーターが、加速されている理一郎の情報処理でも追いつかない速度で目まぐるしく変わり続ける。

 ――この演算量、俺には無理だ。

 リリスと経路(パス)がつながっているからなのか、脳が灼けるように熱くなっていくのを感じる。実際には脳に感覚細胞はないので、理一郎のイメージが生む幻覚のようなものだ。

 理一郎とリリスの魔法が交わり、高周波ブレスの振動が急速に減衰していく。まるで音叉の振動が止められるように、ブレスの力が失われていった。

「カイラ、今だ!」

 理一郎が遠話機で叫ぶ。

 その合図でカイラは強靭な筋肉による瞬発力を活かして、暴竜の首に飛びかかり、喉元の弱点に渾身の一撃を放った。剣は鱗と鱗の隙間を的確に捉え、暴竜の急所を突く。

「ちっ! 硬すぎるぜ! 強化されてるみてえだ!」 

 奥まで貫くことはできなかった。だが、喉を負傷させたことで、暴竜はブレスを噴けなくなった。

「アリア、結界の強度をもっと下げていいから、もう少し頑張れるか?」

「うん」

 手負いになった暴竜は、四肢と尻尾を振り回して、その名の通り暴れ回る。

 騎士団や魔導士たちも善戦しているが、決め手を欠いているようだった。

 カイラの動きは良い。問題は、剣の強度のようだ。

 その時、理一郎の視野に新たな式が浮かんだ。

 

 F = -kx - γv + F_0 cos(ωt)

挿絵(By みてみん)


 強制振動方程式だ。

 本来は、バネと減衰器(ダンパー)のついた物体に、外部から周期的な力を加えたときの運動を記述するものだ。

 kxは復元力。剣の分子が元の位置に戻ろうとする力を表す。kは剣の硬さを決定する定数だ。

 γvは抵抗力。振動を減衰させる効果があり、γが小さいほど振動は長く続く。

 F0cos(ωt)は外部から与える周期的な力。F0はその力の大きさ、ωは角周波数を表す。

 明滅しているのは、周期的な力の周波数を表す角周波数ω。これが剣の固有振動数に近づくと共振現象が起こり、振動の振幅が大きく増大する。さらにγも明滅していた。

 ――超振動ブレード、ということか。

「リリス、カイラの剣の固有振動数を観測してくれ」

「お安い御用ぢゃ」


       *   *   *


 カイラは焦っていた。

 ブレスは止まったが、この暴竜の鱗は格別に硬い。致命傷を負わせられないのだ。

 大剣を構えて暴竜を睨んでいると、腰に下げた小型遠話器から、理一郎の声が響いた。

「カイラ、聞こえるか?」

「聞こえるぜ! なにか手があんのか?」

「ああ。その剣を強化できる。ただし副作用がある」

「かまわねえ! 今はなんでもするさ!」

「カイラ、剣を水平に構えろ。振動で手が痺れるが、耐えるんだ」

「いいぜ!」

 カイラが両手で剣を水平にかまえる。

 理一郎は深く息を吸い込むと方程式のパラメーターを操作しはじめた。

 ωを大剣の固有振動数と一致させ、γをゼロにして振動減衰を抑える。

 そして唱えた。

「その理(ことわり)に、従え!」

 カイラの剣の分子振動が最大限に増幅されて共振現象を起こし、刃が超振動しはじめる。いわば、〝超振動ブレード〟というわけだ。

 カイラの剣が青白い光を帯び、かすかに唸りはじめた。目には見えないが、刃そのものが分子レベルの振幅で超高速振動している。

「なんだ、これ?!」

 カイラが驚愕の表情を浮かべた。剣から伝わる振動が両腕を震わせる。

「刃に触るな。分子単位で振動させている。暴竜の鱗も貫通可能だが、長くは保たない。一撃で決めろ!」

「おうよ!」

 カイラは獲物を狙う虎のごとく姿勢を低くし、暴竜に向かって疾走した。

 暴竜がカイラのほうに顔を向けた瞬間、彼女は驚異的な跳躍力で空中に舞い上がる。

「うおおおっ!」

 カイラの剣が暴竜の首筋を捕らえた。

 さっきまで弾かれるばかりだったのに、今はまるで熱いナイフでバターを切るように、鱗と肉にすっと入っていく。

 カイラが着地するのとほぼ同時に、暴竜の頭が魔法陣の上に落ちた。

 次いで巨体が倒れ込み、その衝撃が実験場全体を揺るがせる。

「やれた……!」

 だが、勝利の喜びもつかの間、カイラの手の中で異変が起きた。

 剣が崩れようとしているのだ。

「ありゃ! 剣が!」

 カイラが息を呑んで見つめる間にも、剣はポロボロと崩れて塵になってゆき、最後には握っていた柄の部分だけが残った。

「それが副作用だ」理一郎の声が遠話器から響く。「共振による応力が限界を超えた。剣の内部構造が崩壊したんだ」

 カイラにはその説明はさっぱり理解できなかったが、崩壊が強化の代償であることはわかった。

「いいさ、そこそこ値は張ったが命あっての物種だ。討伐の臨時報酬も入るだろうしな」

 カイラは壊れた剣の柄を見つめながら苦笑し、それから跳躍すると、ひとっ飛びで理一郎たちの所までやってきた。

 着地ざま、理一郎の頭を胸に抱きしめる。

「にしても、お前の魔法、とんでもねえな。奇跡みたいだ。気に入ったぜ」

 カイラの全身の虎毛が、みるみるうちに元のなめらかな肌に戻っていく。はた目には水着姿の女性の胸に顔を埋めているようにしか見えない。

 理一郎はカイラの匂いに包まれた。それは不快な匂いではなく、興奮を誘う匂いだった。心臓が早鐘を打つ。

 理一郎は、理性を取り戻そうと、カイラの胸の中で声を上げる。

「奇跡とは、未定義の現象にすぎない。それが科学の理(ことわり)だ」

「なんだって? 難しいことはわかんねえよ。お前、名前は?」

「理一郎だ」

「呼びにくいな。リチローでいいだろ。な、リチローの頭と、オレの力。悪くない組み合わせだ。また一緒にやろうぜ!」 

「そんなにくっついちゃだめ!」

 アリアが二人を引き離そうとする。

 理一郎もカイラを振り払おうとするが、急に体から力が抜け、視界が霞(かすみ)みはじめた。意識が急速に薄れていく。崩れ落ちそうになる理一郎を、カイラがしっかり抱き留めた。

「力の使いすぎぢゃ」リリスの声が響く。「ブレスのキャンセルで限界近くまで消耗した上に、そこの虎娘の手助けまでしたのぢゃからの」

 意識が薄れていく中、一瞬のうちに幼い頃の記憶が甦った。



 それは、遠い昔――。

 雨の日。傘を持っていなかった幼い自分を、母が迎えに来てくれた。

 大きな傘の下で、母の手が自分の小さな手を包んでいた。

 温かく、やわらかい手。

「手、あったかい」

「あなたの手が冷たいのよ。もっとちゃんと握って」

 母は笑っていた。



 そんな優しい想い出もあったのだ。

 だが、その母の笑顔は、かき消えるように理一郎の頭の中から失われた。

 ――俺は今、何かとても大切なものを……?

「契約の対価ぢゃよ」

 リリスの紅い瞳がうっすらと潤んでいた。

 美食を堪能した者の目だ。

「……実に美味ぢゃった」

 迷子になってしまったような喪失感の中、リリスの声が遠のいていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。