第20話: 拓斗が、五年越しの『自分のせいだ』を口にした
「もう一つ、聞いてほしいことがある」
花屋の裏口で、拓斗は開口一番に言った。
いつもの軽さは、その声から完全に抜け落ちていた。
数日ぶりに訪ねると、拓斗はすでに椅子を二脚並べて待っていた。
「わざわざ、悪いな」朔也は言った。
「いや」拓斗は首を振った。「呼んだのは、俺だから」
店内の空気は、前回よりも張り詰めていた。拓斗が、何かを決めてきたのだと、朔也にはすぐに分かった。
埃をかぶった棚の上には、前回見た枯れた花器がそのままの位置にあった。拓斗は、その一つを手に取り、意味もなく回しながら口を開くタイミングを計っていた。
「この前の話、あれからずっと考えてた」拓斗は言った。「言うかどうか、正直迷った」
「無理には、聞かない」
「いや」拓斗は花器を棚に戻した。「言う。もう、決めた」
「紅葉が消えて、一週間くらい経った頃」拓斗は、ゆっくりと語り始めた。「俺、一回だけ、みんなに連絡したんだ。『集まらないか』って」
「知らなかった」
「誰にも、うまく伝わらなかったから」拓斗は自嘲した。「陸には既読無視された。芽依には『今それどころじゃない』って返された。お前には——」
拓斗は、言葉を切った。
「僕には?」
「お前には、送る前に、消した」拓斗は言った。「なんて言えばいいか、分からなくて」
「なんでだよ」
「お前が一番、傷ついてる気がしたから」拓斗は言った。「紅葉がいなくなって、陸ともギクシャクしてて。そんな時に俺が呑気に『集まろうぜ』とか送ったら、お前を余計に追い詰める気がした」
朔也は、その言葉の裏にある拓斗の気遣いに、今更ながら気づいた。誰も悪くないのに、誰もが少しずつ間違った気遣いを重ねていた。
「それで、諦めたんだ」拓斗は続けた。「ああ、もう誰も、集まる余裕なんてないんだなって。俺も、家のことでいっぱいいっぱいだったし。ちょうどいい言い訳ができた、とも言える」
「言い訳って」
「本当は、もっと頑張れたかもしれない」拓斗は、膝の上で拳を握った。「一回断られたくらいで、諦めるべきじゃなかった。でも、俺は諦めた。家のことを理由にして」
その告白には、五年間かけて磨かれた自責の輪郭があった。
「二回目、誘わなかったのか」
「誘えなかった」拓斗は言った。「一回断られただけで、『ああ、俺なんかが誘っても迷惑なんだ』って、勝手に結論づけた。家のことも本当に大変だったけど、それを言い訳にして、二回目を試す勇気から逃げたんだと思う」
「みんな、拓斗のことを迷惑だなんて」
「今なら、分かる」拓斗は遮った。「でも、あの時は分からなかった。誰の余裕もない時に、一番弱ってたのは自分だけだと思い込んでた」
その言葉には、自分を客観視できるようになった今だからこそ言える、痛みが滲んでいた。
「もし、俺があの時もっとしつこく誘ってたら」拓斗は言った。「陸と朔也が、あんなに拗れる前に、みんなで話せてたかもしれない。芽依が一人で抱え込む前に、誰かに気づけたかもしれない」
「それは」
「分かってる」拓斗は、朔也を遮った。「たられば言っても仕方ないって、頭では分かってる。でも、俺がまとめ役を放棄したから、グループが本当に壊れたんだって、ずっと思ってた」
朔也は、何も言えなかった。拓斗の中の五年間が、今ようやく言葉になって溢れ出していた。
「五年間、ずっとそれ考えてたのか」
「毎日じゃないけど」拓斗は言った。「花屋のシャッター見るたびに、思い出す。俺が壊したのは、店だけじゃなかったんだなって」
その比喩は、あまりにも的確だった。シャッターの下りた店と、五人組の関係。どちらも、拓斗が一人で背負い込んでいたものだった。
「店のことも、グループのことも」朔也は言った。「拓斗一人のせいじゃない」
「頭では、そう思おうとしてる」拓斗は言った。「でも、心が追いつかないんだよな。ずっと」
その言葉は、いつか陸が電話越しに言っていた言葉と、驚くほどよく似ていた。
「陸も、そう思ってると思うか」拓斗が聞いた。
「思ってない」朔也は、はっきりと言った。「陸も、僕も、芽依も。みんな、自分のせいだと思ってた。誰も、拓斗のせいだなんて思ってない」
「みんな、自分のせいだと」拓斗は、意外そうな顔をした。
「うん」朔也は頷いた。「誰か一人の罪じゃない。それでも、誰も無関係じゃなかった。それが、この五年間で分かったことだ」
拓斗は、しばらく黙っていた。それから、小さく息を吐いた。
「情けねえな、みんな」拓斗は、涙声で笑った。「五年間、それぞれ勝手に自分を責めてたわけか」
「情けなくない」朔也は言った。「そのくらい、みんな紅葉のことを大事に思ってたってことだ」
「そうか」拓斗は、目元を拭った。「そう考えると、少し楽になる」
「陸も芽依も、拓斗に会いたがってた」朔也は言った。「来月、四人で飯に行こうって話も、まだ生きてる」
「マジか」拓斗は、少し声を明るくした。「みんなで集まるの、五年ぶりだな」
「五年ぶり」朔也は繰り返した。「今度は、ちゃんと集まれる」
拓斗の顔に、少しずつ、いつもの明るさが戻ってきた。それは作り物の笑顔ではなく、本当に安堵した表情だった。
「紅葉に、会いに行かないか」朔也は、意を決して言った。「まだ、詳しくは言えないけど。会えば、分かることがある」
拓斗は、朔也の顔をまっすぐに見た。
「行く」拓斗は言った。「もう、逃げない」
窓の外で、日が傾き始めていた。閉じたシャッターの向こうから、夕方の喧騒がかすかに聞こえていた。
花屋を出た後、朔也はその足で丘へ向かった。
紅葉は、いつもの場所で待っていた。
「拓斗くん、今日はどうだった?」
「話せた」朔也は言った。「五年間、ずっと一人で抱えてたことを」
朔也は、拓斗の告白を順を追って話した。集まろうとした呼びかけが誰にも届かなかったこと、それを言い訳にして諦めたこと、五年間ずっと自分を責め続けていたこと。
話し終える頃には、紅葉の目に涙が滲んでいた。
「拓斗くんも、ちゃんと連れてくる」朔也は言った。「今度、ここに」
「うん」紅葉は頷いた。「待ってる」
拓斗の分だと見立てている蕾は、今日もまだ固く閉じたままだった。それでも、その花びらの縁が、心なしか柔らかくほどけかけているように、朔也には見えた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第20話は、拓斗編のクライマックスとなる告白回でした。「グループを壊したのは自分だ」という彼の自責の正体は、紅葉が消えた直後に一度だけ試みた「集まろう」という呼びかけが、誰にも届かなかったという具体的な記憶に根ざしています。
このエピソードで意識したのは、五人それぞれが違う形で「自分のせいだ」と思い込んでいたという構造です。陸は自分の言葉が引き金になったと、朔也は自分が言葉を飲み込んだせいだと、そして拓斗はまとめ役を放棄したせいだと。それぞれの後悔が、実は誰も悪くない一つの悲しい偶然の連鎖だったことが、少しずつ見えてくる構成にしたいと思っています。
「情けねえな、みんな」という拓斗の台詞は、シリアスな告白の直後にあえて笑いを混ぜることで、彼らしさを最後まで手放さないようにしました。次話では、いよいよ拓斗を丘へ連れて行きます。どうぞよろしくお願いします。




