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第18話: 拓斗が五年ぶりに、いつもの笑い方をしてみせた

 ——いやー久しぶり! 元気にしてた?


 返信は、五分もかからずに来た。


 拍子抜けするほど軽い一言に、朔也はしばらく画面を見つめていた。




 待ち合わせ場所に、陸と芽依はすでに来ていた。


「三人で行くって、決めたのお前だろ」陸が腕を組んで言った。


「一人で行くには、荷が重い気がして」朔也は正直に言った。


「正解」芽依が言った。「拓斗、たぶん一人だと逆に構えるタイプだから」


「賑やかしなら、任せろ」陸が珍しく軽口を叩いた。


「賑やかしって、あんたが言うと逆に空気重くなるでしょ」芽依が突っ込んだ。


 陸が、むっとした顔をした。芽依は素知らぬ顔で歩き出す。その掛け合いに、朔也は思わず笑ってしまった。


 三人で歩くのは、初めてだった。五年前は当たり前だった光景が、今は妙に新鮮に感じられた。




 花見坂商店街の外れ、シャッターの下りた店の前に、拓斗は立っていた。


 色褪せた花屋の看板は、まだそこに掛かっていた。子供の頃、五人でよく立ち寄っていた店構えは、記憶とほとんど変わっていなかった。


「よう!」拓斗は、大げさに手を振った。「三人揃って来るとか、なんか緊張するんだけど」


「そっちこそ」陸が言った。「相変わらず、うるさいな」


「うるさいのが取り柄だからな、俺は」拓斗は笑った。「陸、相変わらず不愛想か」


「うるせえ」


 軽口の応酬に、芽依が小さく吹き出した。五年間止まっていた空気が、また少しだけ動き出した。




「花屋、閉めてるんだな」朔也は、シャッターに目をやりながら言った。


「ああ、まあ」拓斗は、へらりと笑った。「色々あってさ。またそのうち開けるつもりだけど」


「色々って」芽依が、探るように聞いた。


「まあまあ、それより」拓斗は、明らかに話をそらした。「久しぶりに四人揃ったんだから、どっか入ろうぜ。積もる話、あるだろ」


 その切り替えの早さに、朔也は違和感を覚えた。昔から、拓斗はこういう時、笑いで話を先に進める癖があった。




 近くのファミレスに落ち着くと、拓斗は水を一気に半分ほど飲んだ。


「陸が休み取ってまで来るとか、よっぽどだな」拓斗は言った。「芽依も、仕事忙しいだろ」


「あんたに会うためだから」芽依は言った。「文句ある?」


「ないよ、ないない」拓斗は両手を振った。「感激しすぎて、逆に泣きそう」


「泣くほどか」陸が呆れたように言った。


「泣くほどだよ」拓斗は大げさに目元を拭う仕草をした。「五年だぞ、五年。俺の中じゃ、もうみんな伝説みたいになってたのに」


「伝説て」芽依が笑った。「大袈裟すぎ」


「大袈裟なくらいで、ちょうどいいんだよ」拓斗は胸を張った。「暗い顔してるよりは、ずっといいだろ」


 おどけた口調とは裏腹に、拓斗の目が一瞬だけ潤んだように見えた。すぐに、いつもの笑顔に戻ったが。


「拓斗」朔也は、慎重に切り出した。「紅葉のこと、少し話したくて」


 拓斗の表情から、笑いが一瞬だけ消えた。




「紅葉、か」拓斗は、コップの水滴を指でなぞった。「懐かしいな」


「まだ、詳しくは言えないんだけど」朔也は言葉を選んだ。「手がかりみたいなものが、見つかったかもしれない」


「そっか」拓斗は、それだけ言った。


 いつもなら、すぐに冗談で返してくるはずだった。今日の拓斗は、しばらく黙ったままだった。


「拓斗くん」芽依が、静かに聞いた。「大丈夫?」


「大丈夫だって」拓斗は、慌てて笑顔を作り直した。「ちょっと、驚いただけ」


 その笑顔が、いつもより少しだけ、作り物めいて見えた。




「まあまあ、辛気くさい話はここまでにしてさ」拓斗は、わざとらしく明るい声を出した。「みんなの近況、聞かせてよ。陸は工務店継いだんだろ、大変か」


 話題は、そうやって流れていった。陸の仕事の話、芽依の職場の話。拓斗は相槌を打ちながら、時折り笑い、場を回し続けた。


「工務店、大変そうだな」拓斗は陸に言った。「継ぐの、迷わなかったのか」


「迷ったけど、今はこれでいいと思ってる」陸は言った。「お前は、花屋どうすんの」


「俺?」拓斗は一瞬詰まったが、すぐに笑顔で誤魔化した。「まあ、おいおい考えるよ。今は、ちょっとタイミング悪くて」


 その「ちょっと」という言葉の軽さが、かえって朔也の耳に引っかかった。


 その巧みさに、朔也は改めて気づいた。拓斗は、聞かれたくない話題を、いつも自分から他の話題に置き換えている。それも、相手に気づかせないくらい自然に。


 店を出る頃には、日が暮れかけていた。


「またな」拓斗は、いつもの調子で手を振った。「今度こそ、ちゃんと連絡取り合おうぜ」


 朔也は頷きながら、シャッターの下りた花屋の方に、もう一度目をやった。色褪せた「準備中」の札が、そこにずっと下がったままだった。




 陸と芽依と別れ、朔也は一人で丘へ向かった。


 境界を越えると、紅葉がいつもの場所で待っていた。


「拓斗くんに、会えた?」紅葉が、待ちきれない様子で聞いた。


「会えた」朔也は言った。「相変わらず、うるさかった」


「うるさいのが、拓斗くんだもんね」紅葉は嬉しそうに笑った。「みんなで、どんな話したの」


 朔也は、ファミレスでのやり取りを一つずつ話した。陸との軽口、芽依とのやり取り、そして拓斗の笑顔の端に浮かんだ、あの一瞬の翳り。


「花屋、閉めたままなんだ」朔也は言った。「詳しいことは、まだ聞けてない」


 紅葉は、蕾の連なりに視線を移した。拓斗の分だと見立てている蕾は、他のものと変わらず、固く閉じたままだった。


「拓斗くんも、何か抱えてるのかな」紅葉は、心配そうに言った。


「たぶん」朔也は言った。「でも、まだうまく踏み込めなかった」


「無理しないで」紅葉は言った。「拓斗くんのペースも、大事にしてあげて」


 その優しさに、朔也は少しだけ救われた気がした。四人が揃った日の夕方、丘の花畑には、まだ開かない蕾が静かに並んでいた。

最後まで読んでいただきありがとうございました。


第18話から、第2アーク転パート、拓斗編が始まりました。今回は初めて、朔也・陸・芽依の三人が揃って動く回にしました。五人組のうち四人が同じ場面に立つのは、実はシリーズを通して初めてです。にぎやかな再会のはずなのに、拓斗の笑顔の端々に違和感を残す——というバランスを意識して書きました。


拓斗というキャラクターは「笑いで本音を包んでしまう」ことが核なので、今回はまだ深刻な話に踏み込ませていません。むしろ、その"うまさ"自体を読者に見せることを優先しました。次話以降で、その笑顔の下にあるものを少しずつ剥がしていきます。


シャッターの下りた花屋と「準備中」の札は、拓斗自身の状態を象徴する小道具のつもりです。どうぞよろしくお願いします。

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