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聖女のくちづけは、毒よりも甘く  作者: 星那


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9/21

9.与えるもの、奪うもの


 次の日になると私は聖女としての役目を求められるようになった。


「フェリシティ、この者の治療を頼む」


 テオドールに連れられ、通された部屋の中には、一人の男が横たわっていた。


 高熱にうなされ、荒い呼吸を繰り返す。

 医師たちが手を尽くしても、改善しないらしい。


「……通常の治療では難しい状態です。呪いを受けていることで、これ以上手の施しようがありません」


 控えていた医師が静かに告げる。

 呪い――それは魔法の中でも禁術に近いもの。いくら禁止されていても、人を恨む気持ちは抑えられず、こうしてその呪いを人に使ってしまう人はいるのだろう。

 彼の呪いがなくなれば、呪いをかけた張本人に、呪いは還る。その人の心配まで私がする必要はない。


「そこで、君に頼みたい」


 テオドールの視線がまっすぐに向けられる。


「……承知しました」


 聖女としての役割を果たすことは、私が存在する理由で、力を使うことに迷いはなかった。

 そっとベッドの傍へ歩み寄り、手を伸ばす。

 触れたその瞬間――


 魔力が流れ出す。

 体の奥から、削れていく感覚。

 慣れているが、呪いの治療ともなれば、消費する分もやはり多い。


「……っ」


 そのまま力を流し続けていると、男の呼吸が、ゆっくりと落ち着いていく。


 熱が引いていき、顔色が戻ったことで、成功だとわかる。


 ……まだ、大丈夫。限界まで力を使い切っていない。ここで倒れるようなことはしないと、制御する。

 治療を終えて、手を離す。

 男は静かに眠りに落ちていた。


「……安定しました」


 医師の声に、安堵が混じる。


「やはり、聖女様のお力は素晴らしいですね」


 その熱のこもった視線は、やはり慣れない。


「見事だね」


 テオドールの言葉を聞いて、わずかに力を抜いた瞬間。足元が揺れた。


「……っ」


 視界が落ちる。倒れかけたところで——腕を掴まれる。


「フェリシティ」


 テオドールに支えられていた。


「……大丈夫?」


 近い距離で、顔を覗き込まれる。


「……問題ありません。申し訳ありません。ほっとしたら気が抜けてしまって」


 そう答える。テオドールは一瞬だけこちらを見て何も言わなかった。ただ、支える手は離れない。


「……少し、休もうか」


 それ以上は踏み込まない。問い詰めてこない。

 背に回された手から流れ込んでくるあたたかさ。

 完全ではないが、テオドールから分け与えられた力で、多少回復した。


「顔色が戻ったかな」

「お気遣いありがとうございます」

「いや、俺が頼んだことだからね。こちらこそありがとう。君の体調にも気を使うのは当たり前のことだ」


 しばらくして、目を覚ました男が、ゆっくりと上体を起こす。


「……あ、れ……」


 混乱した声。だが、すぐに自分の状態に気づく。


「……熱が……引いてる」


 自分の手を見つめる。信じられないように。

 そして、その男性は私の方を見る。


「あなたが……?」

「……はい」


 短く答える。それだけで十分だった。

 男の表情が、変わり、安堵と感謝の言葉を伝えられる。


「ありがとう……ございます。なんとお礼をしたらいいのか」


 その声は、どこか震えていた。視線が離れない。理解している。これは、力の影響を受けている

 でも……今なら。やることは一つ。

 私は、ゆっくりと手を伸ばす。


「……まだ、安静が必要です」


 穏やかに言いながら。そっと、手に触れる。その瞬間。

じわり、と流れ込んでくる。


 ――きた。

 空になりかけていた内側が、満たされていく。テオドールのものとは違う質感。男性の呼吸が、わずかに乱れはじめたので、ゆっくりと手を離す。


「……治って安心しました。あまり、ご無理はなさらずに」


 そう言って、距離を取る。


 男は名残惜しそうにこちらを見ていたが、何も言わなかった。

 部屋を出て、廊下に戻る。……問題ない。いつも通り、効率的に、役割を果たすだけ。

 

「……うまくやってるね」


 隣で、テオドールがぽつりと呟いて、私を見た。

 思わず視線を向ける。


「……何のことでしょうか」

「別に。ちゃんと回復もできてるみたいだし」


 軽く肩をすくめたテオドールはそれ以上追及してこない。

 けれどその言葉に、一瞬だけ、心臓が跳ねたのは事実。

……気づいてる。ほぼ、間違いなく。それでも、何も言わない。私の行動を止めるわけでもなく、ただ、静かに見ていた。


「次も頼むかもしれない。けれど、そのときも、同じように無理はしないで」


 優しい言い方だが、その裏は明確。

 聖女としての役割を果たすこと。壊さない程度に回復させてもらうこと。それが私の役割だ。


 その後も、数日にわたり同じことが繰り返された。

 病人の治療。呪いの浄化。結界を張る。様々な問題が、私の元に運ばれてくる。


 少しだけ、力を使いすぎた。足が重い。廊下の途中で、わずかに足を止める。


「……大丈夫?」


 すぐ隣で声がした。

 テオドールがいつの間にか、すぐ近くにいる。


「……問題ありません」


 少し遅れた返事の言葉。その一瞬を、彼は見逃さないのだ。


「……そう」


 自然な動作で、手首を掴まれる。


「……っ」


 驚く間もなく軽く、引き寄せられる。肩が触れるほど距離が縮まる。

 じわり、と微かな熱が流れ込む。


「……少し顔色、戻った」


 テオドールが淡々と言う。

 まるで確認するように。それ以上は何もしない。

 すぐに手を離された。何事もなかったように。


「行こうか」


 それだけ言うと、テオドールは歩き出す。

 その背を見ながら、なぜと思う。彼のことがわからない。問い詰めないのに、止めないのに、私が本当に必要なときは、必ず触れてくる。

 何も言わず、後を追う。その距離は一定のまま。縮まりすぎず、離れすぎない。


 テオドールと触れることが少しずつ当たり前になっていることにまだ、気づかないままだった。

 

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