8.王の病
窓の外から小鳥の鳴き声が聞こえてくる穏やかな午後の時間。ここに来て数日が過ぎた。
神殿での生活とは違い、陽のあたる過ごしやすい環境での暮らし。暖かい食事が出されて、テオドールが選んだ護衛やカイルとの会話も増えてきた。
悪くないと思う。覚えている限りの人生の中で一番ゆっくり過ごせている。それでも私にとっては、神殿で過ごすよりもとても長く時の流れが遅く終わりの見えない時間だと思ってしまった。
今もソファへ座りながらも、することがないこの状況にそわそわしてしまって、何度も膝の上で指を握り直している。
落ち着かない理由は分かっている。
何をするわけでもないのに、テオドールは時間があれば私が側にいるように求めたからだ。
テオドールが側にいるように言ったのは力の影響なのか。それとも監視しているだけなのか。確かに、魅了するつもりで力を使ったのは事実。それ以外の能力は使ってはいない。触れたら媚薬と同じ効果があるというから、壊さない程度に接触しているし、傀儡の効果は説明するまでもない。そこまで強い感情で何かを求める様な行動をしていない。だから、テオドールを操っているわけではない、と思っている。テオドールを壊してしまうことが何となく嫌だと感じていた。
それとは別に、心の中にずっと引っかかっていることがあった。ここへ来てから、何もしない時間が続いている。聖女としての力を全く使えていない。テオドールにも考えがあるのかもしれないが、聖女の役割を果たせなければ私は用済みとみなされる。そのことが怖いのだ。
ちらりとテオドールの横顔を盗み見た時、書類から顔を上げたテオドールが気付いた。
「そんなに真剣な顔して。どうかした?」
「……いえ。私は今殿下の側で何をしたらいいのかと思ってました」
「何を、って。フェリシティの目的は俺の元にいること、だけではなかったんだ」
どきりとした。
この人はどこまでわかった上で、私を手元に置いているのだろうか。
「いえ、私は聖女として、聖女の力を使わなくてはなりません。それが私の存在する意味です」
「それは、アウグストに言われたから?」
アウグストに言われたし、神がそう言っていると聞いた。それが絶対で、私にとって当たり前のこと。
「アウグストと、神の意向です。そうしなければいけません。私はそのためにも聖女の役割を果たさなくてはいけないのです」
「へえ。殊勝な心がけだね。勿論フェリシティの力を使う機会は、今後でてくるだろうね」
そんな話をしていると、ドアがノックされ、テオドールの元へ面識のない人が用があると通された。
私は移動しようと思って立ち上がったが、テオドールに手で制される。
「陛下の、容体が――」
一瞬だけ聞こえてしまった内容に、国王の身体が優れないことを知る。
私の力を使うべきだ進言すべきと思う気持ちと、盗み聞きした内容に口を挟むべきではないという気持ちがせめぎ合っている。ぎゅっと握った手を見つめていた。
会話が終わるとその人はいなくなっていた。
「今の、聞こえたよね。さっきのは陛下の側近の一人。別に隠しているわけではないから伝える。陛下はあまり体調が優れないんだ。もう先は長くないだろうというのが医師の見立てだ」
「その、陛下に対しての治療は……?」
「受けているよ」
その答えに私は少しだけ安堵した。
しかし、次の疑問が残った。
「私が行かなくても、大丈夫なのですか?」
その言葉に、テオドールは静かに目を細めた。
まるで私がこの話をした段階で、こういう質問側くると予想していたかのようだった。
「行く必要はない」
即答だった。
「ですが……」
私は戸惑った。神殿にいた頃に、聖女は人を救う存在でもあると聞かされていた。その力は全ての民に平等に使われるもので、王を癒すのも役目であると。
それなのに。テオドールは行く必要がないという。
「でも、私は聖女で——」
「聖女の力は、必要ないんだ」
テオドールは静かに立ち上がると、そのまま窓際へ向かった。逆光がその横顔を照らした。
「神殿から治癒師が派遣されているんだ」
「治癒師……?」
「陛下専属だ」
驚いたことに、気づかれただろうか。そんな話は聞いたことがなかった。
神殿はいつも、聖女こそが最高の存在だと言っていたから。それなのに、知らない役割の者も存在していたのだから。
「……神殿は、多くの子供を集める」
テオドールの言葉に私は息を呑む。自分もその一人だったから。
「その中から聖女候補を選ぶ。選ばれた者だけが聖女になる」
「はい……」
「選ばれなかった者は?」
その問いに私は答えられなかった。
処分されると、聞いていた。それ以上は、深く考えたことがなかった。
神殿は、聖女に関連すること以外のことを何も教えてくれなかったから。
「……知りません」
正直に答えると、テオドールは苦笑する。
「そうだろうね」
その笑みは冷たくて、どこか怒っているようにも見えた。
「神殿は都合の悪いことを話さない。治癒師になる者もいるし、神官になる者もいるし、雑務を任される者もいる」
私能力知らないところで、共に過ごした、番号で呼ばれていた子達も、そうして生きていたのだろうか。
そう考えていたとき、テオドールが続けた。
「そういうわけだから、聖女のフェリシティが力を使っても、どうにかなるものではない。だからここにいればいいよ」
「聖女の力は絶対だと、言われてました。でも、絶対じゃなかったんですね。知らなかった。陛下の治療をしている方はどのような方なのですか……?」
恐る恐る尋ねると、テオドールは窓の外を見たまま言った。
「……優秀だよ。でも、優秀だとしても治療には限度がある。何より本人の意思も尊重するべきだと俺は思う」
本人の意思。それは、治りたいと思っていないのだろうか。それを尋ねるのは憚られた。病気であるという事実の確認とは違う。王が考えていることを教えてもらえるような親しい間柄ではないと分かっていた。
何よりも、役目を果たすことに、必要以上の情報はいらない。
テオドールが不要というのなら、私はそれに従うまでだ。
「かしこまりました。それでは、別の仕事があればご命令を」
「そうだね。もう少ししたら、頼もうと思っている。だからそれまではゆっくりと過ごしてほしい」
テオドールの考えは分からない。それでも私は言われたことを忠実にこなさなくてはいけない。それしか生き残る道はないのだから。




