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聖女のくちづけは、毒よりも甘く  作者: 星那


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40/41

40.同じ痛み


 その変化がもたらしたものは、受け入れるのに時間がかかった。


「……っ」


 指先に、わずかな痺れが走る。

 ほんの軽い消耗。それだけのはずなのに――


「……くっ」


 すぐ近くで、息が乱れる。視線を向けなくてもわかる。

 同じだけの負荷が、テオドールに流れている。

 テオドールの方を振り向いて確認する必要がないほど明確だった。

 やはり偶発的なものではない。完全に繋がってしまっている。

 しかも、それはキスのときだけじゃない。

 触れたときも、力を使ったあとも、ほんの小さな消耗ですらすべてが共有されている。


 このことを、カイルにも見抜かれて、カイルは危険だとテオドールを止めようと必死になっていたが、頑なに認めないテオドールに呆れて勝手にしろと言われてしまった。

 

 未だぎくしゃくした空気が続いているが、こればっかりは、テオドールもカイルも折れることはない。解決するには、この能力をなんとかするしかないのだと分かってる。

 

「……フェリシティ」


 顔を上げると、テオドールがすぐそこにいる。

 少しだけ呼吸が乱れているのに、表情は落ち着いている。

 むしろ、今までよりもどこか満足しているようにすら見えた。


「……今の、軽かったね」


 確認するように言う。テオドールは消費すると、私に確認するようになった。


「……はい」


 本当に、軽かった。今までなら、もっと強く削れていたはずなのに。でも、その代わりに。テオドールが、自分の胸元に手を当てる。まるで、自分の状態を確かめるように。


「ちょうど半分って感じ」


 分析は淡々とさていて、まるで痛みを数値化するみたいだった。その言い方に少しだけ息が詰まる。


「やっぱり、おかしいです。こんなの……」


 普通じゃない。あっていいものじゃない。

 そう言おうとして言葉が止まる。テオドールが、じっとこちらを見ていた。


「負担が、分散してるだけでしょ。それは、むしろ効率いい」

 

 本気でそう思っている声。それが、少しだけ怖い。


「……違います。これは」


 首を振って、言葉を探す。でもうまく出てこなかった。

 ただ、ひとつだけ、はっきりしていることがある。


「……巻き込んでます」


 それが一番近い表現だった。

 自分だけが負うはずだったものを無理やり共有してしまっている。テオドールは、一瞬だけ黙る。


「……それの何が悪いの」


 その言葉に思考が止まる。


「今まで一人でやってたのを二人でやるだけでしょ」


 ゆっくりとテオドールが近づいてくる。


「……むしろ、やっと対等になった」


 その言葉に胸の奥が強く揺れる。

 対等。今まで、一度も考えたことのない関係。与える側と、使われる側。管理する側と、される側。ずっと、どちらかに偏っていたはずなのに。

 今私たちは、同じ痛みを分かち合っている。それが、対等だといえるのだろうか。これが正しいのか、歪んでいるのか。判断がつかない。

 私が戸惑っていても、テオドールはこの状態を受け入れている。それどころか望んでいるような口ぶりだった。


「……怖くないんですか」


 気づけば、そう聞いていた。自分でも驚くくらい、素直な問い。テオドールが、わずかに目を細める。

 

「……何が?」

 

「……削れることです。死ぬかもしれないのに」


 すぐにテオドールは、笑った。


「……ははは。それ、フェリシティが言う?」


 その声は、驚くほど穏やかだった。

 今までずっと私が背負っていたもの。

 それと同じことを、今さら怖がるのかと、そう言われている気がした。言葉が出ない。何も言い返せなかった。その通りだから。テオドールが、ゆっくりと手を伸ばす。

 頬に触れる。


「……怖いよ」


 その言葉に目を見開く。

 初めて、言葉でこの人の中にある恐怖を知った。


「でも、これを一人でやらせる方が嫌だ」


 その言葉が胸に深く刺さる。

 

「そんなこと言うのは卑怯です」


 そんな言い方をされたらもう拒めない。否定できない。


「……だから、慣れよう」


 テオドールが、少しだけ距離を詰める。


「これが普通になるように」


 普通だと、いえるのか。こんな関係が?こんな繋がりが?それを否定できない自分がいる。すでにこれを受け入れ始めている。


「……今日も、試す?」


 その言葉の意味は、わかる。それを、また繰り返す。

 少しだけ、迷ったが、その迷いは、長く続かなかった。


「……はい」


 自分で 選ぶ。

 テオドールの目が、満足そうに細められた。

 そして、ゆっくりと、唇が重なる。

 前よりも、少しだけ深く。その瞬間。じわりと、力が動く。私の内側から。そして同時に――


「……っ」


 テオドールの呼吸が、乱れる。完全に、重なる。

 同じだけ。削れていく。


 でも、その中に確かにあるあたたかさ。

 繋がっている感覚。ひとつになっていくような錯覚。

 キスが深くなる少しだけ、苦しくなる。でも、離れない。離れたくない。やがて、ゆっくりと唇が離れる。


 荒くなった息が、同じリズムで揺れる。


「……同じだね」


 テオドールが、かすかに笑う。その声にぞくりとする。

 痛みを共有しているはずなのに。危険だと思っても、離れたくない気持ちは変わらない。こうしていられることに少しだけ、安心している自分もいる。同じ痛みを同じ温度で、分け合っている。


 いつまでこんなことが許されるのか。それは誰にも分からないままだった。

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