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聖女のくちづけは、毒よりも甘く  作者: 星那


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30.はじめての選択


 皆の視線が一斉に私に集まる中、最初に口を開いたのは、エメリヒだった。


「お前はどうしたい」


 エメリヒの問いが、部屋に響く。

 答えなければならない。


 そう、わかっているのに言葉が、出ない。


 気がつけばテオドールの腕の中にいた。離れられない距離。

 優しい瞳で、私を見ている。大丈夫だというような、優しい眼差し。彼を見ていると、どきりと胸が高鳴った。エメリヒと話していた時にはこんなこと感じなかった。


 すぐに答えが出せないのは、それだけが理由ではないと気づいてしまう。

 

 依存だと、エメリヒはいったのだ。ただ囲われているからじゃない。回復するのに必要だからでもない。


 テオドールとのやりとりを思い出す。

 触れられたときの、優しさ。

 名前を呼ばれるときの、声。

 食べさせてくれたときの、表情。


 どれも。聖女として任務には、必要ないもの。

 それでも、確かに私たちの間にあった関係は、偽りのものではない。


 ……私は、あの時間を嫌だとは思わなかった。

 むしろ、求めていて、満ち足りていた時間だった。


 それは、これまでの回復では、説明できないもので。


 胸の奥に小さな熱がある。

 それが、何なのか今なら、少しだけわかる。


 ……これは依存じゃない。選ばされているわけでもない。少なくとも、言葉では説明できない別の感情。


 ゆっくりと、顔を上げる。


 エメリヒを見る。まっすぐで、強くて、誰かを導ける人。

 迷いなく、手を伸ばしてくる人。

 その強さに救われる人もいるのだと思う。


 でも……違う。

 自分が求めているものは少しだけ、違う。


 次に、イザベラを見る。

 正しくて、揺るがなくて。すべてを理解した上で、最善を選ぶ人。

 そこに私情は含まない。例え、エメリヒへの想いを秘めていても。自分の感情を最優先したりしない。その在り方は、正しい。

 でも……私はそこには、立てない。


 そして最後にテオドールを見あげる。


 近い距離。腕が回されて、彼の鼓動が聞こえるくらい近くにいる。気がつけばいつもテオドールはそこにいてくれた。


 その逃げられない距離は、閉じ込められているようで。

 でも不思議と嫌ではなくて、私のことを想ってくれている。

 その理由がやっと、言葉にできる気がした。


「……私は」


 小さく、声が出る。

 三人の視線が、一気に集まる。けれど、もう、目を逸らさない。


「……まだ、これが正しいのか分からない。自身を持って選ぶことはできません」


 正直に言う。それが、今の限界。


 エメリヒの表情が、わずかに曇る。

 イザベラは、何も言わず、ただ聞いている。


 テオドールの顔は見なかった。


 一度、息を吸って、続ける。


「ですが」


 胸の奥の言葉を、引き上げる。


「……テオドールの側に、いたいと思います」


 はっきりと。告げた。微かに口元が上がっていたことにも気づかないで、テオドールを見つめていた。その瞬間、空気が変わる。


 エメリヒの目が、見開かれる。

 イザベラの視線が、わずかに動く。


 そしてテオドールに回された腕が、ほんの少しだけ、強くなる。


「……それはどういう意味だ」


 エメリヒが、低く言う。


 その問いかけはもっともだ。依存だと、選んでいるのかと、言っていた。

 指摘されて初めてそのことを考えた。これまで、テオドールの側にいることに、深く意味を見出していなかったから。

 そうして考える中で、分かったのだ。テオドールの優しさに触れて、彼の孤独を知って、王族とはいえ、自分と同じ感情を理解してくれる。だから、私の苦しみも、言わなくても先回りして片付けようとしてくれたのだ。そんな人、他に探しても、どこにもいないだろう。


 だから、今なら、答えられる。


「……今までは、私は聖女として、与えられた任務として、ここにいました」


 誰もが知っている事実だけど、あえて自分でそう言ったのはちゃんと説明したいと思ったからだ。


「必要だから、触れて、必要だから、そばにいて」


 それだけだった。それが変わり始めたのはいつからだったか。彼の人となりを知ってなのか、テオドールに回復方法が伝わってしまってからなのか。それはきっと両方で、テオドールを知るうちに抱き始めた感情がそうさせていた。

 

「……今はそれだけでは、ありません」


 そっと胸に手を当てる。確かに、そこにあるものを感じながら静かにはっきりと告げる。


「……本当に心の底から、そばにいたいと、思っています」


 初めて自分の意思で言い切る。

 選んだ言葉には、責任を負わなくてはいけない。

 しっかりと自分の意思で、選択した結果だ。


 エメリヒが、黙り、言葉を失う。


 その顔に浮かぶのは理解と悔しさ。


「……そうか」


 小さく呟き視線を落とす。

 でも完全には折れていない。


「でも、まだ完全に選んでないんだろ」


 確認するように。


「はい。でも私はきっとこれが正解だと思っています」


 頷いた。それもまた、事実。


 エメリヒは、息を吐いた。


「じゃあ」


 顔を上げる。まっすぐに。


「俺もやめない。正解だと、聖女が思えるまで、俺も、俺自身の答えが正しいと言い続ける。まだ終わってない」


 はっきりと宣言。

 その強さに胸が、少しだけ揺れる。


 でも視線は逸らさない。


 そしてイザベラが、静かに口を開く。


「……理解しました。現時点では、選択は保留」


 状況を整理するように。そして。

 

「ですがその感情は、いずれ結果を生みます。覚悟は、なさってください」


 イザベラは責めずに、私の未来を提示した。

 静かに場が、落ち着いていく。


 完全な決着ではない。

 けれど、確実に何かが、変わった。


 テオドールの腕の中。

 その距離は、今までと変わらない。

 今私が出した答えは少しだけ、違う未来へ進むものになるだろう。


 私は誰かに決められるのではなく自分でその一歩を踏み出してしまった。


 もう元には戻れない。

 それでもいいと、はじめて思えた。


お読みいただきありがとうございます

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