3.捕えられたのはどちらだったのか
扉が開かれて、アウグストが姿を見せた。
「……入りなさい」
よく通る声が扉の向こうから響いた。
リアが扉を押さえて、私に入る様促す。
「どうぞ」
一歩、部屋へと足を踏み入れた。部屋の中は広かった。
大きな窓から光が差し込んでいる。
机と書類。整然とした空間。
その奥に一人の男がいた。
銀色の髪に、澄んだ青い瞳。
整った顔立ち。年は、そう離れていないはずなのに、空気が違った。彼は支配する側の人間のもの。
……この人が、テオドール。
視線が合ったその瞬間。彼の目が、わずかに見開かれる。初対面のときに見せるように教わった笑顔を向けた。
確かに手ごたえを感じた。
「……」
沈黙は長いようで短い時間だった。やがて、彼はゆっくりと息を吐いた。
「なるほど」
小さく呟いたその声は、どこか納得したようだった。
「これが、聖女」
値踏みするような言のその奥に隠しきれていない熱があった。
アウグストが一歩前に出る。
「神殿より、王家を支えるために遣わせた聖女にございます」
アウグストの淡々とした口調には迷いがない。
「第二王子殿下のお役にたてればと」
「確か、貴殿は第一王子派だったように思うが、なぜ聖女を?」
「優れた者が上に立つ存在として相応しいのです。私の目からみて、今支えるべき相手は第二王子殿下、テオドール様だと神の御告げがあったのです」
その言葉に、わずかな間が生まれる。
テオドールの視線が、こちらに戻る。
「……そう。君はどうしたい?」
わかる。この感覚は知っている。
視線を合わせる。一息ついて、わずかに距離を詰める。
訓練通りに自然に違和感なく。彼を掌握するための動きをする。
「はじめまして、殿下。フェリシティと申します。貴方のお役に立てれることができるのならば……光栄です」
柔らかく微笑む。声の高さや、話す速度も、間も。
すべて計算されたもの。完璧なはずだった。相手は確実に揺らぐ。そう教えられてきた。
「フェリシティ」
彼はその名を繰り返した。ゆっくりと、確かめるように。その響きに、なぜか私の胸が揺れる。
「いい名前だ」
そう言って、立ち上がる。一歩、また一歩近づいてくる。距離が縮まる。
本来なら、ここで主導権を握るのは私のはず。相手を誘導しなくてはならないというのに。私が詰められているのではないかと感じてしまう。それでも視線が逸らせなかった。
「顔を上げて」
命令ではないのに、逆らえない声。自然と従ってしまう。顔を上げると再び視線が絡み合う。
近くで見た深い青い色の瞳は、底が見えないと思った。
「……」
彼は何も言わずに、ただこちらを見ている。
まるで――逃がさないと決めたみたいに。
「……綺麗だ」
ぽつりと落ちた言葉は今までの人のものと違うように感じた。
「気に入った」
はっきりと言い切った言葉に、背筋がぞくりとした。
選ばれたと、感じた。
でもそれは、想定していた形じゃない。
「このまま、彼女をここに置こう」
あまりにも自然に告げられて、こうもことが簡単に進むのかと驚きはあった。それでも顔には出さないで様子を見守る。
「他の者には触れさせない」
空気が変わる。アウグストもそれはいいことだと頷き、リアがわずかに息を呑む気配がした。
近くにいた第二王子の側近も何も言わない。
でも、誰も止めない。止められない――といったほうな正しいのかもしれない。
「君は、俺のものだ」
静かに逃げ道のない声で断言される。頷くと、少しだけ微笑んだ顔でこちらを見た。
心臓が強く跳ねる。
まずは、成功したことを安堵するはずだった。それから徐々に、籠絡していければいいと。
任務は順調で、完璧。予定通りのはずなのに。
……どうしてか、息が少し苦しい。胸の奥がざわつく。これは、違う。冷酷で、理性的で、笑わないなんて誰が言ったのか。全く違うじゃないか。
これは、単純な成功じゃない。
このまま彼の望むままことを進めていいのだろうかと不安を思えた。
「フェリシティ」
優しい声で、名前を呼ばれる。その響きに、また胸が揺れる。
「もう一度言う」
一歩、さらに近づく。手が伸びる。
触れられる寸前でその手は止まる。
「ここから出なくていい。必要なものは全部、与える」
甘い言葉のはずなのに。檻のように聞こえる。
まるで逃げ道を、ひとつずつ塞ぐように思えた。
「だから――」
少しだけ、声が低くなる。
「俺以外を見ないで。これは命令だ」
絶対に逆らえない形で最後の言葉が静かに紡がれた。
その瞬間、はっきりと理解した。
私は今籠絡する側ではなく、捕らえられた側なのだと。
「聖女よ、神の名の下に、これはから殿下の役に立てるように、励むといい」
「はい」
「では、また様子を観に来る」
一度も撫でられたことのない頭をぽんと撫でられる。それは演出のためだろう。アウグストの作られた笑みをただ見つめる。扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。




