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聖女のくちづけは、毒よりも甘く  作者: 星那


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23/41

23.選ぶということ


「早急な対応を求めています」


 その依頼は急なものだった。

 淡々と告げられた内容は、地方貴族の屋敷での浄化。難易度は高くないもので、通常なら問題なく処理できるもの。テオドールの部下の一人に説明を受けた。


「同行は……?」

「本日は、調整がつきません」


 珍しい。今までなら、必ず誰かがついていた。

 一人きりということに少しだけ胸の奥がざわつく。

 

「テオドール様にも、確認いたしました。申し訳ないが、一人で向かって欲しいと」

「……問題ありません」


 そう答える。任務として、私が行くことは決まっているのだから、それ以上何か言うことはない。


 すぐに馬車に揺られ、現場へと移動する。

 窓の外を流れる景色。こうして外を見る機会も慣れてしまえば見慣れたものとなる。

 初めて登城したときの、景色の綺麗さは忘れられそうもない。

 誰も乗って居ない馬車の空席を見る。

 静かで少しだけ落ち着かないのは、一人で動くのが久しぶりだからだと思った。


 ずっと誰かの管理下にあった。監視されて、命令されてそれが普通だった。

 テオドールの元にきてからは、守られて、囲われていた。

 それが、当たり前になっていた。今となっては、テオドールの側にいるのが当然だと思えるし、彼が居ないのは何故だか少し寂しいと思えた。

 

 不安になって、業務が疎かになってはいけない。

 だからこそ。これはただの任務で、一人ぼっちになったわけではないのだと自分に言い聞かせる。


 やがて屋敷に到着する。馬車から降りると、待ち構えていたように、屋敷の使用人ゆ手際よく案内された。


「お待ちしておりました」


 依頼人らしき男が頭を下げる。

 その隣には。


「ようやく来たか」


 聞いたことのある声がした。視線を上げると、そこにいたのは第一王子だった。

 一瞬、思考が止まった。


 ……なぜ、ここに。


「驚いた?」


 エメリヒはくすりと笑ってみせた。余裕のある表情だった。


「……殿下が、なぜこちらへ」

「呼んだのは俺だから」


 そうあっさりと返される。

 その一言で、これが仕組まれていたものだと理解する。


 意図的につくりだされたこの依頼と、この状況は、全部エメリヒによるものだと。


「この人、俺の息がかかっててさ」


 依頼人を軽く示す。男は、気まずそうに目を伏せる。


「ちょっと頼んで、時間作ってもらった」


 悪びれもなくさらりと言う。


「……なぜ、このようなことを」

「こうでもしないと、聖女と会話する時間作れないだろ?いつもうるさい番犬が側にいるし」


 エメリヒはまっすぐに、こちらを見る。


「少しでいいんだ。聖女のことを知りたい。普通に、お前と本心でちゃんと話したい」


 続ける声は、先ほどより真剣なものだった。


 これは本気だと分かった。胸の奥が、わずかに揺れる。

 今までは選択肢なんてなかった。


 命じられて、従って、それで終わりだった。

 テオドールのことも、一応自分で望んで選んだ結果だったといえる。今この場所では、誰に頼ることもできない。

 目の前にあることを、自ら選ばなくてはいけないのだ。応じるか、拒むのか。本来ならそれすらも、誰かに決められるものではない。

 私が、決めること。初めてその感覚が、はっきりと形になる。


「……短時間であれば、お話をお聞きします」


 それは自分で選んで口から出た言葉だった。

 エメリヒの目が、わずかに細められる。


「うん、よかった」


 小さく笑った顔は、どこかテオドールに似ていて、やはり半分しか血の繋がりがないとはいえ、兄弟なのだと思わせられる。


 エメリヒは断られることも想定していたのか、どこか、安堵したような顔をしていた。


「ありがとう」


 その言葉にほんの一瞬だけ、違和感を覚える。


……ありがとう。今まで言われたことが、あっただろうか。

 命令でも義務でもなく、ただ選んだことに対して。

 胸の奥が、わずかに揺れる。


「……それじゃあ」


 第一王子が、一歩近づく。

 今度は無理に触れてこなかった。逃げないと分かったから、一定の距離を保ったままだった。


「少しだけ、付き合ってもらう」


 その声は今までで一番、穏やかだった。

 それが逆に危険だと、わかってしまう。これは命令ではない。自ら選ばされている。その選択を、拒めない自分がいる。それが一番問題だった。


 屋敷の奥に用意された小さな応接室。

 装飾は控えめで、落ち着いた空間だった。

 依頼人は席を外すと言い、向かい合って座る。


 近すぎず遠すぎず絶妙に逃げ場のない距離を保っている。


「……緊張してる?」


 エメリヒが場を和ませるためか笑ってみせる。


「いえ」


 実際には、わずかに心拍が上がっているが、それを表に出す必要はない。


「そう」


 それ以上は追及してこない。少しだけ、視線を逸らして息を吐いた。


「……こういうの、あんまり俺も慣れてないんだ」


 ぽつりと呟く。


「……どういう意味でしょうか」

 

「真正面から本心で誰かと話すの」


 自嘲のようにエメリヒは言った。


「本当に王族としてやるべきことはやっているが、大体のことは、適当に流して終わりだ」


 それは何に対しての説明なのだろうかと考える。婚約者のいる身でありながら、エメリヒは浮き名を流していると耳にしたことがある。けれど、その点以外に関しては優れた頭脳を持ち、魔法や剣術の腕も立つ。信頼も厚い。国王に相応しいと言われているそうだ。婚約者に誠実でない者が、国の中心に据えられるのかとは思うが、それを決めるのは私ではない。


「……まあ、それはそれとして。今回のことは、流したくない」


 エメリヒはまっすぐに、こちらを見る。

 その一言で空気が、変わる。


 逃げられないと、そう感じるほどに。


「単刀直入に聞く――今の状況、立場や扱いに納得してる?」


 言葉の意味を咀嚼する。

 今の状況とは、聖女であること、囲われていること、制限されていること、触れる相手が限られていること、キスで回復すること。何をさすのか、全てに対してなのか。


「……はい」


 そう答える。それは反射に近い。

 でもエメリヒは、すぐに首を横に振った。


「それは求められた“正しい答え”だろう」


 静かに言う。


「聞いてるのは、そっちじゃない」


 逃げ道が、塞がれる。


「お前の心からの答え」


 どきりと心臓がはねた。今まで“自分の答え”なんて、必要なかった。命じられて、それに従って。それが正解だった。でも今は、それをしてはいけないと言う。


「……わかりません」


 正直に言葉が出る。

 初めて、選ばれたものではない心からの言葉を伝える。エメリヒの目が、わずかに細められる。


「へえ。じゃあ、もう一個」


 小さく頷いて、少しだけ、柔らかくエメリヒは言った。


「――あいつのこと、どう思ってる?」


 あいつ。

 それが誰のことかは、すぐにわかる。

 テオドールだ。彼のことを考えると、胸がわずかに跳ねるが、エメリヒが聞いているのはそういうことではない。


「……主です」


 迷いなく答える。


「それは知ってる。そういうことではなくて」


 少しだけ、身を乗り出す。


「嫌にならないのか?色々と制限されて、できないこともあって」


 静かな問いかけだった。それは深く刺さる言葉。制限。接触の制御や、視線、キス。すべて。

 嫌か、と問われれば。答えが、出なかった。

 嫌ではないが、それが良いとも違う。沢山の人と触れ合うことは、これまでの私にとっては当たり前のことだった。それが一般的な普通の人からしたら普通ではないことはなんとなく分かる。エメリヒが浮き名を流していることで、傷つく誰かがいるように。


「……嫌では、ありません」


 慎重に答える。その答えに、エメリヒは、少しだけ目を細めた。


「そうなんだ」


 その返答には納得していない様な顔をする。


「じゃあ別の質問だけど。もしも――あいつがいなくても、同じって言える?」



 その問いには、息が止まる。

 テオドールがいない状態を想像する。

 触れられない。満たされない。でもそれだけではない。何気ない会話や、彼の視線や声も全部。なくなってしまうということだ。


 ……ほんの一瞬だけ、胸の奥に空白が浮かんだ。


「……言えません」


 小さく答えと、エメリヒの目が、わずかに見開かれる。


「……そうか」


 そうして少しだけ息を吐いた。


「やっぱりそうか」


 うんと何度も頷いて、エメリヒは感情の読めない顔をした。


「――それは、依存じゃないのか?」


 エメリヒにはっきりと言われた言葉が、胸に刺さる。否定しようとしてできなかった。テオドールを思うと、胸が痛くなるのも、側にいたいと思うのも、初めて抱いた感情で。これが依存なのかと言われたら、そうなのか判断ができなかった。

 

「……違います」


 それでも、口にする。これが、任務で、必要な行為で、合理的だから彼の側にいることを望んだのだから。そうでなければならない。


「違わないだろ」


 即座に否定される。


「少なくとも、依存していることは自由とは言わない」


 自由――また、私の知らないものが出てきた。それがどんなことなのか分からない。

 

「なあ」


 少しだけ、エメリヒの声が柔らかくなる。


「一回くらい、自分で選べばいいのに」


 その言葉に胸の奥が、強く揺れる。

 選ぶこと。それは今までは必要なかったもの。


 でも今は、目の前にある。


「……選んだ結果が、正しくなかった場合は」


 ゆっくりと、言葉を紡ぐ。

 初めての。私からの問いかけだった。

 エメリヒは、少しだけ笑った。


「別にいいんじゃない?間違えたら、やり直せばいい。やり直しできないことなら別の方法を考える。それが人生ってものだろ」


 あまりにも簡単にエメリヒは言う。


 でもそれは、私の今までの人生には、なかった考え方だった。

 間違えることは許されない。選択肢は与えられない。それが、当たり前だった。


「……そんなことが、許されるのですか」


 小さく問う。


「俺は許す。少なくとも、俺は、お前にそれを選ばせたい。お前は聖女だ。聖女としての華やかなな場を設けることもできるし、その力を有効的に使いたいなら、手を貸すこともできるだろう。自由を与えるし、好きに行動していい。少なくとも、俺ならばそうする。……俺の側にこないか」


 その言葉は今までの誰の言葉とも、違った。

 命令でも。管理でも。義務でもない。

 ただ“私の意思”を求めるもの。


 長い、静かな時間。

 その中で初めて考える。自分は、どうしたいのか。

 テオドールの側にいること。

 エメリヒの言うような立場になること。

 どちらも、正解でも、不正解でもない。


 ただ、選ぶということは、何かを選ばないということだ。


「……私は」


 ゆっくりと、口を開く。初めて、自分のために言葉を選んで伝えた。



「今はまだ、わかりません」


 それが、答えだった。


 自分の気持ちも、不確かで。でもこの選択は嘘ではない。


 エメリヒは、少しだけ笑った。


「いいじゃん」


 満足そうに。立ち上がった。


「じゃあ、今日はここまで」



 あっさりと終わりは訪れた。


「……よろしいのですか」

 

「うん。無理に決めさせても意味ないし、知りたいことは知れた」


 これを知ってエメリヒはどう思ったのか、満足のいく回答なのか私には分からない。けれどエメリヒは今までで一番楽しそうだった。

 

「でも、次は、ちゃんと考えてきて。お前が、どうしたいか。俺はお前が欲しいから」


 視線が、重なる。熱のこもった熱い眼差しで見つめられた。


 ――初めて。選ばされるのではなく、選ぶという感覚を知った。


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