20.眠り続ける王
王城の最奥にある、国王の専用の区画。
その一室だけは、昼間だというのに薄暗かった。
厚いカーテンの向こう側には、薬品の匂いが漂う。
ベッドの上には国王が横たわっている。
その姿は年齢以上に老いて見えた。
頬は痩せ、呼吸は浅い。
眠っているのか起きているのかも分からないほど静かだった。
寝台の傍らには一人の少女が立っている。
神殿から派遣された治癒師だった。まだ若く、二十歳にも満たないだろう。
青白い顔で治療する力を維持しているが、その指先は微かに震えていた。
テオドールはそれを見て眉を寄せる。
その少女が、フェリシティが力を使ったあと、ふらつく様な時と同じ状態だったからだ。
治癒師の少女は気付かない。いや、気付く余裕すらないのだろう。これが仕事で力を使うことが当たり前だと思っている。自分のことを考えるのは二の次。すでに限界が近いのか、足も震わせながら、懸命に力を使っていた。
「……下がれ」
いつの間に目覚めたのか、国王が掠れた声を出した。
治癒師が慌てて頭を下げる。
「へ、陛下……」
「少しだけだ」
ゆっくりと目を開く。濁った瞳だが意識ははっきりしている。
「息子たちと話をする」
少女は躊躇った。
しかし、ただの少女はそれに逆らう術を持たない。
「……承知しました」
深く礼をして部屋を出ていく。
扉が閉まった。
しばらくして、国王は長く息を吐いた。
部屋にはテオドールと、もう一人――第一王子のエメリヒが残った。
エメリヒは国境で起きた問題を解決するために、王都を離れていたが、先ほど帰ってきたところだった。
「また変わったな」
誰にともなく呟くと、それにテオドールが答える。
「今月で三人目です」
「そうか」
国王は目を閉じた。
「三人か」
声が重い。
エメリヒが珍しく笑みを消す。
「神殿は次々連れてきますからね」
皮肉を含んだ声に、国王は苦く笑った。
「私にはもう誰が誰か分からん」
その言葉に、誰も笑えなかった。
治癒師は定着しない。
いや、定着できない。消えていくのだ。
神殿の者は、こうして人が入れ替わることを、沢山の者に経験を積ませるためだと言っていた。だが、経験という割に来るのはほとんど新人のような少女ばかり。力を使えば使うほど、先ほどの様に顔色を悪くしている。
同じものがずっとここに止まれないのは、経験を積ませたいからではないことは分かっていた。力を使いすぎたからなのか、聖女ではないからなのか。それとも、フェリシティもなのか。テオドールの手がぐっと握られた。
「……あとどれくらいですか」
エメリヒが聞いた。
国王は肩を竦める。
「分からん。神殿は十年と言う。治癒師は一年と言う。医師は明日かもしれんと言う」
軽く笑う。まるで他人事のように。
しかし、テオドールは笑わない。
国王もそれに気付いている。
「そんな顔をするな。死ぬのは人の定めだ」
「……問題はそこではありません」
低い声。国王は視線を向けた。
テオドールの表情は冷たい。
「神殿はあなたを利用している。それだけです」
部屋が静かになった。エメリヒも口を挟まない。
国王はしばらく黙り込んだ。
「分かっておる。昔からな」
その言葉に二人が目を見開く。
同じ顔をした二人に、国王は苦笑した。
「王は案外暇だ。寝ている時間が長いと、色々見える。私が病に伏してから、何人目だったかな」
もう、数えきれないほどの治癒師が国王の元に訪れていた。それでも回復しない。治らないものだと、分かっていた。
「治癒師が突然いなくなった。そして、また別の者が来る。またいなくなる」
ゆっくりと目を閉じた。
「それを、見て見ぬ振りをしてきた。経験を積ませるためだという、神殿の言葉をそのまま鵜呑みにして。王でありながらな」
国王の掠れた声に、エメリヒが眉を寄せる。
「父上」
「自分を、責めるな」
国王は首を振った。
「神殿は巨大で、私一人では止められなかった」
その言葉には諦めがあった。
長い年月を戦った者の疲れ切った諦めが。
そして、国王の視線がテオドールを見る。
「例の娘はどうだ」
空気が少し変わる。
エメリヒが面白そうに目を細めた。
「例の娘?一体誰のことだ、聞いていない」
「説明する必要はない」
テオドールが即答する。
フェリシティ。テオドールの元に連れてこられた聖女。最初は自分の意思などないように、機械の様に動いていたが、最近は笑う様になった。テオドールはそれが嬉しかった。色々な彼女の顔が見たいと、手を焼いてしまうのは、これが聖女だからではなく、別の感情からきていると薄々感じていた。
国王が小さく笑った。
「顔色が良くなったそうだな」
「……誰から聞いたんです」
「城は狭い」
国王は肩を竦めた。
「それに、お前が誰かを庇うなど珍しい」
テオドールはすぐに答えなかった。
それだけで肯定していると分かった。
エメリヒが吹き出す。
「へぇ、それは本当なんだ」
「関係ないことです」
「面白いな」
国王も目を細めて、テオドールを見た。久しぶりだった。息子がこんな顔をしているのを見るのは。
「大事にしろ」
ぽつりと言う。
テオドールが顔を上げる。
国王は静かに続けた。
「神殿はたとえ聖女をお前の元へ置いても、簡単に手放さんぞ」
その言葉に、部屋の空気が変わる。
「……分かっています」
テオドールの声は固かったが、フェリシティを手放すつもりは更々なかった。




