表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女のくちづけは、毒よりも甘く  作者: 星那


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/23

16.変わりゆく関係


「今日から、少し配置を変える」


 テオドールの声は普段と同じように落ち着いていた。


「……配置、ですか」

 

「うん」


 テオドールは頷く。


「フェリシティに関わる人間をもう少し絞ることにした」


 


「……必要な者だけにする。治療対象と、最低限の使用人。それ以外は、基本的に接触禁止。隠れて補給する必要もないだろうし、フェリシティへの負荷とか、周りへの影響も考えての判断」


 続けられる説明は合理的だ。無駄がない。はっきりと言い切る言葉に迷いはなかった。接触禁止。言葉の意味は理解できる。

 そして、その理由も理解している。それは、私の人間関係を管理する、ということ。


「……承知しました」


 口から出たのは、いつもの返答だった。拒否はしないし、する理由もない。効率を考えれば、理にかなっている。

 もう、彼からの補給で十分足りるということがわかったから。それは、紛れもない事実だった。


「あと、普段俺たちの周りにいない連中との会話も……必要最低限にして」


 テオドールが、ふと付け足す。

 視線がこちらに向く。静かに言われる。


「余計なやり取りは、いらない」


 それは、接触だけじゃない。関係そのものの制限。


「……はい」


 短く答える。それが、当然のように。

 その日から。世界が、少しだけ変わった。


 廊下を歩いても誰も近づいてこない。

 以前のような視線も、減っている。

 遠巻きに見ることすら、控えられている。

 テオドールが手を回したのか、徹底されていた。


「……こちらへ」


 リアに導かれて進む。途中、使用人とすれ違う。一瞬だけ、目が合う。その瞬間——相手はすぐに視線を逸らした。

 まるで、触れてはいけないものを見るように。

 ……完全に制御されている。あの、わずかな接触すら。

もう許されない。


 治療の場でも同じだった。必要な分だけ。

 それ以上は近づかない。回復した者も。すぐに引き離される。触れる余地すら、ほとんどない。


 頭の中で計算する。消費量と、回復量。

 テオドールからの補給で、足りている。

 問題はない。そのはず。

 でも、どこか、落ち着かないのは、これまでと違うからだろう。


「……少し顔色悪いね」


 夜の部屋でテオドールがそう言った。

 すぐ隣に彼がいること、この距離は当たり前になっている。


「……問題ありません」


 答える。反射的に。

 でも。今日は少しだけ、言葉が遅れた。

 それを、彼は見逃さない。


「嘘じゃない?」


 低く問われる。そのまま。手を取られる。指先が絡む。

じわり、と熱が流れ込んでくる。


「……っ」


 体が、素直に反応する。満たされていく。

 さっきまでの違和感が、ほどけていく。


 やっぱり。彼だけで、十分。


「ほら」


 テオドールが小さく呟く。確認するように。

 その声は、やさしい。確信を持っている。


「……はい」


 それが事実だから。そのまま、引き寄せられる。自然に。距離が、消える。


「じゃあもう、他はいらないって分かったよね」


 低く囁かれる。


「……はい」


 もしかしたら必要かもしれない――という、私の考えを見抜かれていたのだろうか。

 それ以外の選択肢は、もうない。

 唇が、触れる。今度は、躊躇なく。最初よりも、自然な深い口付け。体がそれを受け入れる。


 拒まない。むしろどこかで、待っている。


 違うとそう思うのに。否定しきれない。


 さっきまでの空虚が、埋まっていく。安心する。

満たされる。それが、彼じゃないと、だめみたいに。

 唇が離れる。わずかな距離。息が触れる。

 自分でも、気づきはじめていた。合理的だからとか、任務だからとかではない。でも、簡単に、認めることはできない。

 

 その代わりに私は、ただ頷く。

 何も疑わないふりをして。何も変わっていないふりをしたかった。



 最初は。

 本当に、“必要なときだけ”だった。


 治療のあとだったり。消耗したとき。体調が崩れかけたとき。そのたびに。


「……フェリシティ」


 名前を呼ばれて。引き寄せられて。

 唇が触れる。それだけ。

 それで、十分だった。


 けれど。少しずつ——回数が、増えていった。


「……少し顔色悪い」


 そう言われて。触れられる。

 実際には、そこまで消耗していなくても。


「念のため」


 理由は、いつも曖昧で。でも、拒否する理由もなかった。


「……確認したいだけ」


 そんな言葉とともに。距離を詰められることもあった。

 回数が明らかに増えている。テオドールも気づいているはずだ。

 問題、ないこと。頭では、そう判断する。

 回復はできている。むしろ効率はいい。

 それに彼以外に触れる必要も、もうない。

 だから——これは、合理的。そう思おうとするけれど。


「……テオドール」


 無意識に彼の名前を呼んでいた。

 テオドールの動きが、わずかに止まる。


「どうかした?」


 距離は、すでに近い。そのまま視線が絡む。


「……少し、」


 言いかけて、止まる。何を言おうとしたのか。自分でもわからない。


 たださっきから、胸の奥がざわついているのはなぜなのか。

 

「……足りない?それとも触れたくなった?」


 先に言われる。見透かしたように。


「……っ」


 否定できなくて息が詰まる。テオドールは、ゆっくりと目を細めた。


「……ほんと、正直だね」


 小さく呟くと、そのままテオドールは迷いなく、距離を詰める。


 今度は、自然に唇が重なる。

 触れた瞬間に、わかる。欲しかったものが、流れ込んでくる。体が、それを受け入れる。

 安心する。テオドールと触れていると満たされる。それが——あまりにも、強くて。


「……っ、」


 呼吸が乱れる。指先が、わずかに彼の服を掴む。

 無意識に。離れたくないみたいに。


 違う。これは、任務。必要なこと。

 そう思うのに。体が、逆の反応をする。


 やがて。ゆっくりと唇が離れる。距離はそのまま。


「……ほらやっぱり必要でしょ」


 テオドールが低く囁く。その声が、少しだけ熱を帯びている。前とは違う。ただの確認じゃない。欲しているものの顔。……変わっている。

 気づいている。これはもう。“任務”だけじゃない。

 彼が、私を求めている。それは本当にテオドールの意志なのだろうか。それを尋ねることは、今の関係が崩れてしまいそうでできなかった。そして自分もまた、彼と同じ気持ちでそれを、拒めなくなっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ