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聖女のくちづけは、毒よりも甘く  作者: 星那


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14/18

14.知られてしまったもの


 別に、悪いことをしていたわけではない。けれど胸に重くのしかかる、この気持ちはなんなのだろう。

 重たい沈黙の中で、最初に口を開いたのはアウグストだった。


「説明が足りていなかったようですね」


 まるで、些細な不備を修正するように、アウグストは朗らかに微笑んだ。当然、視線はテオドールへ向けられている。


「……何の話だ」


 テオドールは低い声で返す。感情は抑えられていたが、その奥にあるものは、明らかだった。

 アウグストはわずかに目を細める。


「聖女の体質について」


 一瞬にして空気が、張り詰める。

 私は、息を止めた。


「聖女は、力を使うたびに消耗します。体力を削って、その力を使うのです」


 淡々としたその説明に、テオドールの目が、わずかに動いた。


「……それは、見ていれば分かる」

「そう、でしたか」


 アウグストは頷く。やはり知られていたかと目を伏せる。だが、アウグストは、躊躇なく次の言葉を続けた。


「では、“回復方法”は?」


 沈黙。テオドールは何も答えない。

 ただ、アウグストを見ていた。


「接触です」


 アウグストはあっさりと告げる。


「他者との身体的接触によって、消耗分を補填します」


 その視線が、私へと向く。


「手でも構いませんが、最も効率がいいのは、口付けです」


 まさか、それをはっきりと伝えるなんて。空気が凍ったように思えた。何も言えない。言葉が出ない。


「唇を重ねることで、直接的に生命力を受け取る」


 説明は簡潔で、正確で。

 そして――あまりにも、露骨だった。


「お気づきかとは思いますが、当然ですが、その対象は、彼女の力の影響を受ける。それが強くなればなるほど、依存度も増すでしょうね」


 それは、今まで自分がやってきたことを、別の視点で突きつけられる感覚だった。


「彼女は触れることで人を支配し、同時に自分を維持することができる、というわけです。そうして意のままに操ることができる――選ばれた聖女なのです」


 アウグストは、静かに結論を告げる。

 完全な言語化。逃げ場のない形で、こんなことをテオドールに知られることになるとは思っていなかった。私の口から伝えることが最善だったのなどうかは判断がつかない。

 誰も動かず、静寂に包まれていた中で、テオドールだけが、ゆっくりと息を吐いた。


「……そうか」


 それ以上は何も言わなかった。怒鳴りもせず、問い詰めない。ただ、理解した、という顔。何も言わないということのほうが怖いということを知った。


「では、報告は以上となります。聖女よ、神を失望させるようなことはないように身を引き締めなさい」


 アウグストがそう述べて、満足したように笑う。


「引き続き、運用を頼みます。では私はこれで」

 

 聖女を物として扱うアウグストの言葉。その言葉に、何も言い返せない。そのまま、アウグストは踵を返し、去っていった。カイルがその後を追い、アウグストを見送りに行ったのだろう。閉じられていく扉を目で追う。その音が、やけに大きく響いた。

 

 残されたのは――私と、テオドールだけだった。


「……フェリシティ」


 名前を呼ばれる。


「……はい」


 目が合い、逃げられないと悟った。


「今まで」


 ゆっくりと口を開く。


「どれくらい、触れてきた?」


 ただの事実確認。責めるような響きはない。


「……必要な分だけです」


 それしか答えられない。それが正しい。

 テオドールは、少しだけ目を細めた。


「必要な分、ね」


 繰り返されたその言葉。テオドールが何を考えているのか分からずただ見つめ続ける。


「なんで、俺じゃ足りないの?」


 心臓が、大きく跳ねた。言葉が出ない。

 考えが止まる。


「昨日も、今日も」


 淡々と続ける。


「他のやつに触れてたよね」


 見ていなくても。わかっていたのだと、理解する。


「……それは」


 言いかけて、止まる。言葉にできない。

 これは任務で、必要なこと。そう言えばいい。なのに。


「……答えなくていい」


 どうして、テオドールが寂しそうな顔をするのだろう。

 やさしく、その言葉は遮られた。

 テオドールの視線は、逃がさないと言っているようだった。


「もうわかったから」


 ゆっくりと、手を取られ、指先が絡む。


「つまり、効率の話でしょ。フェリシティは回復できればいい」


 淡々と、冷静に。私の行動を説明する。まるで私に理解させるように。実際にその通り。否定できない。

 そのまま固まっていると、身体を引き寄せられる。距離が完全に消え、息が触れるほど近い。


「俺だけでいいよね。他に触れる必要、ないでしょ」


 静かに告げられる。逃げ場がない。論理としても、状況としても。


「……殿下」

 

 彼を呼びかけて、何と伝えたかったのか。その先の言葉が出てこない。テオドールは、じっとこちらを見ている。


「足りないならいくらでもあげる」


 低く、囁かれたその言葉が妙に、甘くて。怖いと思ってしまう。


「だから、もう他に触れないで」


 ほんの少し、間を置いて。優しく絶対に逆らえない形で告げられた。

 任務の範囲を超えた命令だった。

 対象からの命令拒否すれば――今後の任務遂行に差し支えるし、私の命もどうなるか、わからない。

 合理的ともいえる。頭が、そう判断する。効率だけを考えるなら。彼一人で十分なら。


 それでいい。そのはずなのに。


 なぜか。心臓が、うるさい。こんなにも、胸が高鳴るなんておかしい。


「……承知、しました」


 気づけば、そう答えていた。

 その瞬間。テオドールの目が、わずかに細められる。

 満足したように。


「いい子だね」


 そっと頬を撫でられた。

 その言葉が、やけに深く胸に残った。

 

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