14.知られてしまったもの
別に、悪いことをしていたわけではない。けれど胸に重くのしかかる、この気持ちはなんなのだろう。
重たい沈黙の中で、最初に口を開いたのはアウグストだった。
「説明が足りていなかったようですね」
まるで、些細な不備を修正するように、アウグストは朗らかに微笑んだ。当然、視線はテオドールへ向けられている。
「……何の話だ」
テオドールは低い声で返す。感情は抑えられていたが、その奥にあるものは、明らかだった。
アウグストはわずかに目を細める。
「聖女の体質について」
一瞬にして空気が、張り詰める。
私は、息を止めた。
「聖女は、力を使うたびに消耗します。体力を削って、その力を使うのです」
淡々としたその説明に、テオドールの目が、わずかに動いた。
「……それは、見ていれば分かる」
「そう、でしたか」
アウグストは頷く。やはり知られていたかと目を伏せる。だが、アウグストは、躊躇なく次の言葉を続けた。
「では、“回復方法”は?」
沈黙。テオドールは何も答えない。
ただ、アウグストを見ていた。
「接触です」
アウグストはあっさりと告げる。
「他者との身体的接触によって、消耗分を補填します」
その視線が、私へと向く。
「手でも構いませんが、最も効率がいいのは、口付けです」
まさか、それをはっきりと伝えるなんて。空気が凍ったように思えた。何も言えない。言葉が出ない。
「唇を重ねることで、直接的に生命力を受け取る」
説明は簡潔で、正確で。
そして――あまりにも、露骨だった。
「お気づきかとは思いますが、当然ですが、その対象は、彼女の力の影響を受ける。それが強くなればなるほど、依存度も増すでしょうね」
それは、今まで自分がやってきたことを、別の視点で突きつけられる感覚だった。
「彼女は触れることで人を支配し、同時に自分を維持することができる、というわけです。そうして意のままに操ることができる――選ばれた聖女なのです」
アウグストは、静かに結論を告げる。
完全な言語化。逃げ場のない形で、こんなことをテオドールに知られることになるとは思っていなかった。私の口から伝えることが最善だったのなどうかは判断がつかない。
誰も動かず、静寂に包まれていた中で、テオドールだけが、ゆっくりと息を吐いた。
「……そうか」
それ以上は何も言わなかった。怒鳴りもせず、問い詰めない。ただ、理解した、という顔。何も言わないということのほうが怖いということを知った。
「では、報告は以上となります。聖女よ、神を失望させるようなことはないように身を引き締めなさい」
アウグストがそう述べて、満足したように笑う。
「引き続き、運用を頼みます。では私はこれで」
聖女を物として扱うアウグストの言葉。その言葉に、何も言い返せない。そのまま、アウグストは踵を返し、去っていった。カイルがその後を追い、アウグストを見送りに行ったのだろう。閉じられていく扉を目で追う。その音が、やけに大きく響いた。
残されたのは――私と、テオドールだけだった。
「……フェリシティ」
名前を呼ばれる。
「……はい」
目が合い、逃げられないと悟った。
「今まで」
ゆっくりと口を開く。
「どれくらい、触れてきた?」
ただの事実確認。責めるような響きはない。
「……必要な分だけです」
それしか答えられない。それが正しい。
テオドールは、少しだけ目を細めた。
「必要な分、ね」
繰り返されたその言葉。テオドールが何を考えているのか分からずただ見つめ続ける。
「なんで、俺じゃ足りないの?」
心臓が、大きく跳ねた。言葉が出ない。
考えが止まる。
「昨日も、今日も」
淡々と続ける。
「他のやつに触れてたよね」
見ていなくても。わかっていたのだと、理解する。
「……それは」
言いかけて、止まる。言葉にできない。
これは任務で、必要なこと。そう言えばいい。なのに。
「……答えなくていい」
どうして、テオドールが寂しそうな顔をするのだろう。
やさしく、その言葉は遮られた。
テオドールの視線は、逃がさないと言っているようだった。
「もうわかったから」
ゆっくりと、手を取られ、指先が絡む。
「つまり、効率の話でしょ。フェリシティは回復できればいい」
淡々と、冷静に。私の行動を説明する。まるで私に理解させるように。実際にその通り。否定できない。
そのまま固まっていると、身体を引き寄せられる。距離が完全に消え、息が触れるほど近い。
「俺だけでいいよね。他に触れる必要、ないでしょ」
静かに告げられる。逃げ場がない。論理としても、状況としても。
「……殿下」
彼を呼びかけて、何と伝えたかったのか。その先の言葉が出てこない。テオドールは、じっとこちらを見ている。
「足りないならいくらでもあげる」
低く、囁かれたその言葉が妙に、甘くて。怖いと思ってしまう。
「だから、もう他に触れないで」
ほんの少し、間を置いて。優しく絶対に逆らえない形で告げられた。
任務の範囲を超えた命令だった。
対象からの命令拒否すれば――今後の任務遂行に差し支えるし、私の命もどうなるか、わからない。
合理的ともいえる。頭が、そう判断する。効率だけを考えるなら。彼一人で十分なら。
それでいい。そのはずなのに。
なぜか。心臓が、うるさい。こんなにも、胸が高鳴るなんておかしい。
「……承知、しました」
気づけば、そう答えていた。
その瞬間。テオドールの目が、わずかに細められる。
満足したように。
「いい子だね」
そっと頬を撫でられた。
その言葉が、やけに深く胸に残った。
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