13.観察者の来訪
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神殿からの使者が来ると聞いたのは、その日の朝のことだった。
「聖女様、急なことですが本日、アウグスト様が直接お見えになります」
リアの声は、いつもと変わらないが、その内容は、憂鬱にさせるのに十分なだった。
……アウグスト。その名を聞いて、胸の奥が、わずかに冷える。懐かしい、という感情はない。ただ、彼の前では私は評価される側に戻るという感覚だけがあった。
「……承知しました」
それだけ答える。拒否できる立場ではないのだから。
テオドールが保有する応接室で待機していると、扉が開かれた。
そこにいたのは、記憶と変わらない男だった。
「久しいな」
静かな声。感情の薄い、あの声音。
「……お久しぶりです」
久しぶりというほどの期間でもないように思った。もう二度と会うことがなければ尚よかったのにと、考えつつも頭を下げる。この男を前にすると、自然と体がそう動く。染みついた習慣。
アウグストは、ゆっくりとこちらを見た。
上から下まで、値踏みするように。
「……ほう」
わずかに、目を細める。
「随分と、整っている」
勿論、その言葉は褒め言葉ではないと分かっていた。
「不調の報告は受けていたが……問題なさそうだな」
その裏にある意図は、簡単に読めた。
……期待外れ、ということ。本来なら、もっと不安定になっているはずだった――そう、思われていたのだろう。
「聖女としての役割は、問題なく果たしております」
淡々と答える。
「そのようだな」
そんな風にアウグストが肯定したことが、少しだけ意外だった。
「報告以上の成果だ、しかし、手中に収めるように言ったことは、うまく機能しているとは言い難い。この結果を、神も嘆いていた』
その言葉に。ほんのわずか、空気が揺れる。
……多少評価こそすれど、望むような結果は出せていないということだろう。彼の予定ではこの時点でテオドールを王位継承権の座から引き摺り下ろす算段だったのかもしれない。
納得のいく評価が出せていないということは、用済みと判断されてもおかしくはない。
それが、どういう意味を持つか、考えたくはなかった。
「まず確認をさせてもらう」
アウグストが静かに言うとその視線が、背後の扉へと向けられる。
「連れてこい」
短い命令に、リアが扉が開く。
入ってきた人物を見て一瞬、息が止まった。
見覚えのある顔に、思わずどきりとする。神殿にいた頃。何度も回復を施された神官がそこにはいた。比較的、穏やかな人だったことを覚えている。
「……聖女様」
その神官も、私に気づいたようで、驚いたように目を見開く。
「お久しぶりです」
自然に言葉が出る。それは、任務でも演技でもなく本心からの言葉だった。
「ああ……無事で、よかった」
ほっとしたように微笑む。その表情に、わずかなあたたかさを感じる。誰かと話をしてこんな風に過去を思い出して懐かしく思うのは初めてのことだった。
「少し、話をしてもいい。私はその間、殿下への用事を済ませておく」
許可ではない。そうするようにという指示だ。
「……はい」
頷く。神官と向き合う。
距離は近いが、不自然ではない程度。
アウグストが部屋からいなくなれば、自然と二人での会話が始まった。
「こちらでの生活は……どうですか」
「問題ありません」
穏やかな問いかけに、短く答える。
「聖女としての仕事はどつでしょうか」
「役割は、十分に果たせていると考えます」
それも事実。
テオドールからは感謝はされているし、カイルをはじめとする者たちとも少しずつだが、良い関係を築けていると思っていた。
「第二王子殿下との関係はどうですか」
「可もなく、不可もなくといったところでしょうか。今のところ嫌われてはいないと思います」
神官は安心したように息をついた。
「仕事ぶりは問題なさそうですね。よかった……」
その言葉に、ほんの少しだけ心が緩む。
その瞬間――感覚でわかる。
「……お疲れでしょう」
神官が手を差しのべる。それは、神殿にいた頃はそうしているのが当たり前だったもの。
反射的に、そっと、腕に触れる。そのまま。自然に、距離を詰めると、そっと抱き寄せられる。
「……っ」
そして――じわり、と。流れ込んでくる。
……やっぱり穏やかで、安定した力。
満たされていく。神官の手が、わずかにこちらの背に触れる。それを拒む必要はない。
「……聖女様」
そう呼ばれると、少しだけ、熱を帯びた声。
お互いの顔が近づいたそのとき。
「――なるほど」
静かな声が、背後から聞こえた。
アウグストが、淡々と告げる。
「供給元を固定せず、分散させている」
その言葉は評価するようで棘があったが、わたしの行動を言い当てていた。
「消耗のリスクも抑えられる――」
正しい力の使い方を確認するように。
「……はい」
その通りだから、否定しない。
アウグストは、わずかに口元を緩めた。
「想定以上ですね」
その言葉は今日の中で一番明確な評価だった。けれど、違和感を覚えたのは、話し方の語尾がいつもより丁寧であったこと。まるで誰かに同意を求めるように奥を見たことで、嫌な予感が強くなる。
アウグストが戻ってきたということは、用事が終わったということだ。視線が、わずかに横へ流れると、いつからいたのか、テオドールが扉の近くに、立っていた。
何も言わない。その目は――さっきの光景を、確実に捉えていた。




