雑な仕様
陸軍技術研究所の職員たちは至急制作せよとの命令には慣れていた。
大概は無理難題、資材も人員も足りない中、開発期間だけは至急という命令だ。
そんな中なので、参謀本部肝入り、上層部のお歴々より直接の要請もあったという
試作仕様書はどんな無理難題かと身構えていた。
その内容は驚く程単純な物だった。
250kgの航空爆弾を上空500mまで打ち上げられる噴進砲を作れ。
意外な事に概要も記入されていた。
四式四〇糎噴進砲を開発した際、廃案になった機構、翼で安定させる方式だ。
これならまだ資材があるし、文字通り支給作る事は可能だろう。
雑な仕様書からは想像もできない、まともな図面も付属している。
作る事はできる。明日からでも制作準備に入り、12月上旬と書かれた納期にも間に合うだろう。
しかし、これを何に使うのだろう。
噴射角度を調整し、ジャイロスピンしながら飛ぶ四式四〇糎噴進砲と違い、単なる火薬ロケットを
束ねて噴射させるだけだ。この方式では命中精度は全く見込めない。
射程も短い。ロケットの火薬量が少ないのはこのご時世有難いが、
これを作る事に何の意義があるのだろう。
制空権を失い、使用できなくなった航空爆弾の使い道ならもう少しマシな物を
考えられないのだろうか。
職員たちは疑問を持ちながらも仕事にかかった。
彼らは組織人であり、当たり前の事だった。
こんな雑な計画を上層部が簡単に容認した理由、珍しい程各派閥が一致して、
その理由は誰も考えなかった。
「違う世界? 今の所知っている歴史と同じだぞ」
ここ数日、怪しい人物が出入りし、防諜の特高警察が周囲を固めている
近衛邸の一室で首謀者、今賀好機が状況を説明している。
「その通り、だからタイムパトロールなどないし、来ることもない」
「時間犯罪やり放題という事か」
「時間の流れを遡って過去に行くことはできない。万一同じ世界の過去に入り込んだら
その瞬間に消滅してしまう」
「タイムマシンのパラドックス、先祖殺しが出来ないという奴か?」
「若干違う。本来無かったはずの異物が干渉して瞬間巨大なエネルギーが異物を排除する
だから元の世界の過去には行けない。」
「じゃあ俺たちが見た20世紀末のソ連、今いる戦争中の日本は何なんだ」
「違う世界、としか言いようがない。重なりあってはいるが時空は違う」
「そうすると今さっきあった近衛文麿氏とか俺の先祖の人間とかは何なんだ」
「極めて近い時空なんだ。そっくりというかDNAレベルで同じだろう。
だが別人物だ。何年かして君と同じに見える人物も生まれてくるかもしれない
しかし、それは別の人物、人格だ」
「という事は元居た世界はどうなっているんだ」
「厳密にいえば変わった可能性が高い。次元観測していれば気が付くだろう。
だが誰かが追いかけてくる可能性は極めて低い」
「答えになってない。要するに元のまま俺達だけいなくなった世界がどこかにある、
という事だな」
「そういう事になる。この世界からそこへ行くことは極めて困難だがな」
「戻れないと言ってたな」
「違う時間の流れに乗っている。元の流れも変わってしまっている。」
「今更ながらとんでもない事をやっているんだな。こんな事して良かったんだろうか」
「人間はより良く生きるべきじゃないのか。環境が悪ければ環境を変えようとするだろう?
固まってしまった過去が変えられないなら違う世界へ移住する事に何の問題がある」
「理解しがたいね。乗ってしまった以上降りれないのは分かった。
こうなったら、なるべく人死にの少ない方法をとってくれ。
私の設計した物で大勢が亡くなり、この世界に私の悪名が残るのは避けたい」
JAXSAを数年前に退職したという老人が今賀にはなしかけた。




