6.大陸打通作戦
東條の頭は国内外でハゲと思われれ揶揄の言葉が多数残されているが、実際は剃っているだけである。
放置すれば当然伸びてくるわけだが、整えられた口ひげ同様非常に厳格に手入れされていた。
性格である。細部にまでチエックし管理しないと気が済まないのである。
ひょっとすると重度の近眼も関係しているのかもしれない。
目の前の、管理すべき書類はしっかり見て非常に厳格、適正に処理する有能な官僚だが
将帥に必要とされる全体を広く包括的にみる力に欠けているように思われた。
詰んでしまっている。絶対国防圏であるマリアナの陥落後の彼の考えである。
まだ方法はあるはずだとか、海軍に騙されたとか胸中複雑ではあるが事態を冷静に考えた時
既に打つ手がない、という結論に達する程度の能力はあった。
だからこそ辞任したし、終戦工作を行う人間の言葉に耳を傾ける位の事はした。
戦後の認識と異なり、日本はそれなりに優秀な部分もあった。
アメリカの爆撃機、B29 の情報、開発自体はカンサスで大騒ぎしているのですぐわかるが
設計計画、実際の試験成績までほほ正確に知っていたし、
その性能の爆撃機が日本本土に侵攻してきたら迎撃は難しいだろうという
くらいの判断力はあった。
B-29に対抗する兵器、迎撃機や対空砲は今更間に合わない。
少数は作れても数が足らなくては意味がない。
交通が遮断されれば間違いなく鉄も燃料もなくなる。
血のみ、肉弾で戦うには限界がある。
無駄な事をやったものだ。
東條は大陸打通作戦の報告書を見ながら考えた。
日本本土を守るため敵航空基地を叩く。
そのはずだった。要らざる欲を出すな、そう言って裁可した作戦は
今や幹より枝葉の方が大きくなり、
ほころびを繕う為に戦力の逐次投入を繰り返している。
守るべき本土の、貴重な国力を貪欲に飲み込んでいる。
このままいけばインパールの二の舞になるだろう。
今度は情報の隠蔽、報道しない自由ではごまかせないかもしれない。
とりあえず収拾をはからねばならない。
こんな情勢でなければ、
マッカーサーが"People of the Philippines, I have returned."と言わなければ。
近衛邸に現れた怪しい連中の献策を各方面に仲介などしない。
一線を退いたとはいえ、まだその位の力はある。
約束は守る、彼の生真面目さが意欲を支えているのか、それとも洗脳されているのか。
危機を迎えている帝国のキーパーソンは史実とは違う方向に動き始めていた。
陸軍施設の一角に集められた怪しい連中は幾つかに分かれて持ち込まれた機材の説明をしていた。
その説明は独特で解りやすくはあったものの言語などに違和感があった。
聞いた人間全てが東條閣下期も入りでソ連の秘密兵器のコピーを作る事に何の疑問も違和感も
持たなかったのは不思議ではあった。
川崎の工場では完成したばかりのイ号一型乙誘導爆弾を見ながら図面を広げる男がいた。
エンジンの搭載方法を変え燃料を増やす計画のようだ。
技術者達は振動ジャイロなどのハイテク機器だけではなく、プリント基板、絶縁プラスチックにも
驚いていた。
量産には数年、下手をすれば10年以上かかるだろうから当面はここにある分だけである。
こんな言葉がすんなり飲み込まれたのも考えてみれば変なはなしだった。
ちなみにイ号一型乙誘導爆弾は350kgのペイロードがあるため、戦術核の外装を外せば
搭載が可能であったのは事前に調べたとしか思えなかった。
この2か所に比べればずっと穏やかな場所もあった。
農林省の部屋では”藤坂5号”と書かれた種もみが分けられ、
保温折衷苗代の説明書が印刷に回されていた。
間に合わないかもしれない、けど出来るだけはやる。
この時代では見ない服装のアラフォーの女性農学者は
町で見た痩せた人々を思い出していた。
近衛邸には二人、怪しい男が残っていた。
鋼鉄のコンテナをハンマーと鏨で分解するという無茶な騒音の中
二人のキーパーソンは大量の手紙を書き続けていた。
怪しい男の一人は医師らしく、この時代には無いはずの抗生物質を使い
梅毒の治療を行っていた。
全ては仕込みの段階だった。
フィリピンの戦いが予言通りに推移すれば、海軍の組織的戦闘力が壊滅すれば
事態が動く手はずになっていた。




