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5,詰将棋

陽がすっかり傾いた頃

近衛邸には大勢の人間が出入りしていた。

いきなり現れたコンテナ、怪しい人物。

大騒ぎになりそうなものだが、皆当たり前の事のようにコンテナの中の物を

運び出している。


怪しい人物の一人、金田は既視感をおぼえながらその光景を見ていた。

彼の物だった昭和島の町工場から二束三文で買いたたかれた設備が運び出される光景、

二代目社長である彼にとっては子供の頃からそこにあるのが当たり前であった設備。

その中のNC汎用機とTIG溶接機だけは今賀という男に買い取られ、今ここにある。


どうしてこうなったんだろう。

外国人が社長になったとたん発注を打ち切ってきた自動車会社については

もう何も言うまい。

言われるままに設備を購入し、プログラミングの講習を受け、

生産ノウハウを標準化した途端の打ち切りだったが、騙される方が悪いのだ。


そう調子に乗りすぎたんだ。

バブルの頃、親父がレーシングパーツに手を出して大儲けした。

当局に睨まれながらも、マフラーやインジェクターを市販したのだ。

何せ高い方が売れた、SUSどころかチタン溶接の仕事が山のようにあった。

従業員を増やし、設備を新しくし、銀行はいくらでも貸してくれた。


あれは何年前なんだろう。

親父が倒れた頃から全て上手くいかなくなった。

規制が厳しくなり、自動車の改造パーツは商売にならなくなった。

レースそのものが縮んでしまった。

すぐに倒産しなかったのは本業が大手メーカーへの部品納入だったおかげだが

それも通達もなしに切られた。

事業を再編し、何とか生き残ろうと考えたが妻と娘に反対された。

どう考えても存続は無理だ、今のうちにやめてくれと。

親父の代から長年働いてくれた従業員と別れるのは辛かったが、

少額とはいえ退職金を出せたのはあの言葉のおかげだろう。


そして、工場から設備が運び出され、土地も失った。

負債がたいした事無かったのも早く見切ったお陰と割り切った。

そう、割り切った。


問題はその後だ、職を探したが上手くいかなかった。

子供の頃から親父に鍛え上げられた職工の腕は何の価値もなかった。

知り合いを当たったが誰も雇ってくれず、還暦を過ぎて得られる仕事は

ロクな物が無かった。


パートで働く妻子に申し訳なく思いながら暮らしていた時だからこそ

今賀という男の話に乗ってしまったのだろう。


変な奴だった、会社を閉める直前、

何とかクリエーターと書いた名刺を持ってやってきた。

図面の物を作って欲しいという依頼だった。


模型飛行機のエンジン、にしては大きすぎるが構造は単純

図面もしっかりした物でCADデータもあった。


「どの位の数量必要ですか?」

数がまとまっていて、安定的に受注できるなら事業を立て直せるかもしれない、

そう思ったが、返ってきた言葉はガッカリさせるものだった。

「5台必要です。」

「試作品で、上手くいけば量産するとか?」

昔はそういう話が多かった。

「残念ですが、この時代での量産は計画していません。」

変な物言いだと思ったが、支払い条件で札束を出されて

それどころではなくなった。


「支払い記録を残したくないんです。これでお願いします。」

間違いなくヤバい話、ヤバイ物だと思ったのに結局注文を受けたのは

既に精神的に追い込まれていたせいかもしれない。


あの現金は役に立った。

銀行に知られていない金があったからこそ、まともな住居に引っ越し

新生活を始める事ができた。


今賀とは腐れ縁になった。

工場をたたむ時にもやってきて設備と資材を買っていった。

そして、最後は俺を買いに来た。

ヨタ話と思ったし、本当はどこか他所の国で工員をする話だろうと

話に乗った。


還暦を過ぎて借金がある。

こんな夫、父親に価値はない。

この話に乗れば借金はなくなり、まともな会社の退職金ほどの金額を

妻子に残してやれる。


二人とも俺がいない方が助かるだろう。

三十五歳独身の娘にとっても無職の父親がいない方が縁談に有利だろう。


ヨタ話と思った話が現実の物になり、もう帰れなくなったが二人には

幸せに暮らして欲しい、最後のプレゼントができた。


感傷に浸りながら搬出風景を見守る金田の横では

彼の娘と同年代の男二人が無遠慮に会話している。


「木炭車って初めて見たけど、何だあれ?走り出すまで何分かかるんだ。」

「搬送も徹底的人海戦術だな。大きな工作機械や爆弾まで人力とは思わなかった

 旧ソ連ですらフォークリフトはあったのに」

「人力と言えば大八車まで来てるよ、せめて馬車だと思ったんだがな。」

「コンテナをばらして運び出すとか言ってるな、この程度の鉄でも貴重らしい。」

「今賀が言ってたが、もう詰んだ将棋をまだやってる状態だものな。

 早く投了した方が時間の無駄がないのに意地でまだやってる状態」

「おい、やめろ。多少意識はいじれるけど、本格的にマズイ事は言うなと

 注意されただろう。」

「了解。ここまで来たら仕方ない、

 今賀の言う皆が幸せに暮らせる社会を作ろうぜ。」


皆が幸せになれる社会。

そんな事本当に実現できるのだろうか。

金田は自分も計画に乗った一人でありながらぼんやりと考えた。



















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