20.1945年2月19日、運命の火
2月16日、それまでも断続的に攻撃を受けていた硫黄島に対し、猛烈な艦砲射撃が開始された。
攻撃され慣れていた日本軍は予定通り全く反撃しなかった。
日本軍は壊滅、または有効な反撃能力を喪失したと判断した米軍は翌17日、
海岸障害物除去を目的としたLCI水中爆破チーム及び支援艦艇を硫黄島に接近させた。
これを本格上陸と勘違いした摺鉢山の海軍砲台が発砲命令を待たず砲撃を開始したため、
沖合の米戦艦と砲撃になった。
ここまで、史実通りである。
「何をしている。あの程度の数で上陸してくるはずがないだろう。
威力偵察か事前の障害物撤去だとわからんのか」
「船を砲撃する事ばかり訓練していた連中だからな。
目の前に敵の艦艇がいたら我慢できなかったんだろ。
理性という物がない」
109師団の司令部の参謀たちは口々に海軍部隊を罵り始めた。
明確な命令違反、非難するのは当然であり、以後の作戦を台無しにする行為だった。
彼らの長、栗林中将に参謀の一人が訪ねた。
「今後の作戦はいかがいたします?海軍に砲撃を停止させますか?」
目を閉じて黙っていた中将は首を振った。
「事前計画通り、動くな、耐えろと各部隊に伝えろ。
海軍は、・・・今更遅いだろう。成仏できるよう撃てるだけ撃ってもらおう。
それより”荒魂”だ。なんとしても守れ」
「坑道最深部にお祀りしております。後は八百万の神々のご加護を祈るだけです」
「当初作戦であれば海軍の行動は大問題だが、現在の作戦なら修正が効く。
せいぜい砲弾を引き付けてもらおう」
「生き残れるかもしれない秘策が出てきたというのに。残念な事です。」
栗林中将や参謀たちの予想通り、海軍砲台は短時間のうちに壊滅した。
接近してきた米軍に一定の損害を与えたが砲台壊滅に見合う程の戦果を
あげさせてくれる程米艦隊の砲撃は甘くなかった。
翌18日も続いた砲爆撃は摺鉢山の形をすっかり変えてしまい、
硫黄島各部の地下に潜んでいる日本軍に少なからぬ損害を与えていた。
海軍砲台が命令を守っていればこの損害は多少減ったかもしれない。
「砲撃が減ってきた。いよいよ来るぞ。お祭りの用意をしろとの事だ」
硫黄島の坑道奥深く、編成された特命部隊の面々は緊張もあらわだった。
坑木を組合せて作られた鳥居の奥、作業用ロープを撚ったしめ縄を飾られた木箱の中の
”荒魂”を守るのが彼らの任務である。
そして来たる時、数百キロもあるこの荒魂を乗せた木箱を
地上に送り届ければ、天より八咫烏が降臨し敵を焼き尽くしてくれる。
死を覚悟しているとはいえ、いやそれだからこそ、自分達を生きて帰してくれるかもしれない
この荒魂は信仰され始めていた。
「皆ひもじいというのに、お神酒や御飯までお供えしてあるじゃないか」
「上手くいってくれないと困りますからね。神頼みしかできないせいかもしれないですが」
「どこに行くかわからない、困った神様だがな」
「それでも我々にはこれしか無いのですから。何としても神威を発してもらわねば」
「市ヶ谷の偉いさんを信じるしかないか。ところで冊子は読んだんだろうな」
「皆で何度も読み合わせをした。大丈夫だ地下へ逃れろ、細い隙間からでも閃光を見るな、
48時間以内に地上に溜まった水は飲むな。
徹底させているし、酢昆布は喜んで食べている」
「発射から爆発までの時間は短いらしい。何がおきるかわからんが頼むぞ」
「了解した。なに、やる事は簡単だ。やり遂げてみせるさ」
どこかの学校で同期だったらしい二人の将校には階級差があるようだが
そんな様子は見せず暗い坑道の中互いに敬礼して命令伝達を終わらせた。
2月19日朝、日本軍の特命部隊が坑道の奥から人力で荒魂を押し上げ始めた時
米軍艦艇は既に上陸作業を開始していた。
彼らは全く抵抗を受ける事無く、次々と上陸、楽々と橋頭保を築いた。
海岸に物資を上げ、一部の部隊が島の奥に進み始めても一発の小銃弾も飛んでこない。
「キスカの再現か?畜生逃げられたのか。」報告を受けた上層部が嘆く中、
壕の中に隠されていた木製発射台からロケット弾が発射された。
「ジャップの間抜け、いたのかよ」
「発射地点を特定せよ、砲撃準備」
米艦隊が砲撃準備を開始したその時、ロケット弾は上空で爆発した。
島の地下10mの陣地まで逃げ込んだ特命部隊の発射班はその衝撃に震え
歓声をあげる。
「TNT50,000トン相当。本当であってくれ」
細かく50ktの威力があったか、それは分からなかった。
確実なのは沖合の戦艦から上陸作戦の様子を撮影していた
カメラマンが失明した事だけだった。
感光しきったそのネガは後に平和運動に使われる事になった。




