17.1945年の違和感
1945年1月20日 ワシントン
この日はローズベルト大統領(FDR)の4期目の就任式が執り行われる事になっていた。
戦時中という事もあり、ホワイトハウスの南テラスで簡素に行うと発表された式典の
リハーサルが行われる中、目立たない小部屋で数人のスタッフが会議を開いていた。
「大統領の状況はどうだ。」
「大丈夫だ。まだ動かせる。車椅子に乗せて運べばいいだけだ」
「大きな変動はないという事だな。投薬量には注意してくれよ。
まだまだ働いてもらわなければならない」
「難しい所だな。選挙中に投薬量を絞りすぎたせいで、思考力が戻ってしまった。
完全なコントロール下に置くためには投薬を増やさないといけないが、
彼の呼吸器や循環器は持たないかもしれない
何度言っても葉巻をやめてくれないんだ。薬の効果に少なからず影響を与えている」
「体調が悪く、深い思考が長続きしない状態を数年かけてやっと作ったんだ。
当分は生きててもらわないと困る。具体的にはヤルタで我が同志に
世界を引き渡すまで、その後はどうなっても良い」
「惜しいな。権力欲が強く我がまま、扱いやすい事この上ないのに。
自分の能力に自信を持っているから誰にも相談しない。
副大統領や議会関係者にすら秘密を持ち続ける。
おかげで我々もやりたい放題できる」
「少しやりすぎだと思う。最近監視されている気配がある」
「証拠さえ残さなければ大丈夫だ。我々には大統領の庇護がある。
それに自由の国だ。いきなり拘束して拷問、シベリア送りの心配はない」
彼らは閣僚や側近たちが「長期間看病されている重病人のよう」
「激しい疲労で別人のようだ」と危惧している大統領を3日後には
車椅子ごと軍艦に運び込み、いくつかの密約にサインさせるつもりだった。
「最後に各地の状況を確認しておきたい。
ベルギーの状況はどうなっている?」
「ドイツ軍の殲滅には失敗しそうだ。連中必死で逃げている。
もっとも重装備の大半は失っただろうから大規模な攻勢はもうないな」
「ワルシャワで自由ポーランドとかいうふざけた連中に弾薬を使ったのと合わせ
ドイツ軍の回復には相当の期間が必要と思われます。」
「今後も東欧の民族主義者と戦ってもらうから戦力回復はしないさ。
少々の援助で邪魔者どうしで潰し合ってくれる、こたえられんな」
「その援助も米国にやらせている訳ですから。この戦争で得をするのは我々だけですよ」
この上機嫌な集団の中に、一人だけ何か考えこんでいる人物がいた。
「欧州は順調なようで何よりです」
「どうした?日本の海軍力は壊滅したと聞いたぞ。
爆撃拠点のマリアナ諸島には本日付でカーチス・ルメイとかいう小僧が
赴任しているはずだ。
老若男女関係なく有色人種を殺し尽くすだろう。」
「国際法や人道を無視できる男ではあるようですね。
そんな事はどうでも良いのです。
日本政府の様子がおかしいです」
「送り込んだスパイ網が壊滅した話か」
「ゾルゲなどという小物を捕まえて安心しきっていたはずなのに
急激に防諜が厳しくなりました。
最近まで我が国に和平仲介を依頼してきたおめでたい国とも思えません」
「それでも情報は取り放題なんだろう」
「一般的情報はね。進歩的文化人と思い込んでいる連中が頼みもしないのに
情報を持って来てくれる、世界で一番楽な国だと思っていたんですが」
「何か変化があったのか?」
「突然物事が動くという事例が頻発しています。
電波探知機の設置状況を見直し、要撃手順を標準化したとかで
米軍の被害は甚大です。戦闘機なしの爆撃中止の意見具申があった程です」
「日本軍にも有能な奴がいるという事か」
「そうです。そしてそれが誰かわからない状況です。
懸命に探っていますが、どこから来たかわからない人物が
突然方針を変えているようです。
あの国の体制で最もあり得ない事が起きています」
「そんな事が有り得るのか?まあ、ある程度の抵抗はしてくれないと困る
米国は北海道位までしか渡さないつもりだが、我々は戦闘を続けながら
出来うる限り南、できれば東京まで行くのだからな。
軍事占領の既成事実があれば米国も認めざるを得ないだろう」
「ある程度ではない可能性があります。ナホトカ・シアトル便の郵便物の中に
看過できない文書が多数発見されました」
「看過できないとは?」
「米国のマンハッタン計画を知っているとしか思えない文書。
更には既に実用化していると明記した文書です」
「馬鹿な。あの計画は副大統領すら知らない極秘だぞ。
それに実用化済だと?米国人ですら苦労している事を有色人種が出来るものか」
「そうだと思います。どこかで実験したような形跡はありません。ただ…」
「ただ、どうしたんだ」
「違和感を覚えるのです。大陸から住民や兵力を本土に戻し、
フィリピンで時間稼ぎのゲリラ戦。その間にやっている兵器開発は成功続き。
何か、上手く表現できませんが、違和感があります。
これまでの日本人と全く違う何かが動いているような」
「そのへんにしとくんだな。日本人を恐れているなどと思われたら
粛清対象になってしまうぞ。
大丈夫だ、どこも同じ、米軍に叩かせて弱った所をしとめ、肉の一番良い所を
持って行けば良いだけだ」
「日本はこれまで我々の思う以上に思惑どおり動いてくれていただけだ。
偶には冷静に戻る奴が出て来ることもあるさ」
時計は間もなく就任式が始まる事を示していた。
記者の質問から大統領のコメントまで、全て書き上げていた彼らは
儀式が台本通り行われるか確認する為各所に散っていった。




