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15.昭和19年 仕事納め

昭和19年12月28日、例年なら仕事納めだが戦時総動員体制のため

役所、工場は平常通り操業していた。

正月の用意すらされていない広瀬医師の研究室に今賀がやってきたのは

午後も遅くなってからだった。

どういうつもりか砂糖の袋を持って来たので、秘書の女性は喜んでいたが

年末の挨拶という訳でもないようだ。



「ほとんどは洗脳していない?本当に」

「洗脳という言葉は使わないで欲しい。あの装置に思考を完全に変える力はありません。

 学習用に精神状態を安定させているだけです。

 現状それさえ不要です。納得のいく説明と目標点を示しさえすれば

 こちらの考えを受け入れてくれています。

 一部の人を除いて意識誘導を使う必要はありません」

「一部の人というのは?」

「利権や立場が大事な人々ですね。他人の生命財産より自分のプライドが大事、

 重症者は意識誘導すら効果がないので放置しています」

「その手の人、この時代からいるのか」

「上層部はその手しかいない、が正解ですね。昔も今もこの国はそうなのかと

 気分が悪くなります。

 この連中、破局へ向かっているのを誰よりも知っていて、決して馬鹿ではないです。

 自分の能力を破局後の生き残り計画に使っているから始末が悪い。」

「病院が倒産する直前に辞める奴みたいなものか」

広瀬医師は満額の退職金を自分に支払って辞めていった事務長を思い出していた。

「その手の行為を”賢い行為”、責任感から逃げ遅れる行為を”自己責任”、

 といいますからね。

 国が崩壊しても自分の既得権益を持ち続けられるよう動いている人が多いですよ。

 愛国者に偽装してますがね。自分は責任者じゃない、と言い張って戦後議員やら

 文化人になるような人までいます」

「そんな人達を抑えられるのか?」

「どう考えても責任を取らされる人に意識誘導を行いました。

 彼らが自分の身を切れば、立場的に組織を抑え込めるでしょう。

 驚いたのは、その人達ですら責任という概念がいい加減な事です。

 無責任体質は民族の宿痾なのかもしれません」

「君も大変そうだな、そんな仕事をしていて大丈夫か」

「上の方の人は大丈夫ですよ。

 地位保全さえしてやれば自分の親でも差し出すでしょう。

 下の方は納得しないでしょうけど、あなた方が頑張ってくれて

 生活が良くなれば諦めてくれると思います」

「そう上手く行くと良いけど。でも行ってくれないと困るわけか」

無謀な戦争に突き進んだこの時代の上層部とそれを改変する

無謀な計画に参加している自分達、どちらが愚かなのだろうかと考えた

広瀬医師は話題を変えた。


「一緒に来た皆さんに変わりはありませんか?理研の中田君だけは頻繁に来てくれますが

 この世界の衛生状態、食糧事情を考えると他の人の健康状態が心配になります」

「今の所健康に問題は出ていないようです。

 この時代の同年配の人と比べ若いのに驚かれる程皆さん健康です」

「そうですか。機会があったら診察させて下さい」

自身も還暦が近いと言って驚かれた広瀬医師は当面の問題は無いのだろうと

思う事にした。

寄生虫がいるから生野菜は絶対食べるなという注意は目の前の今賀がしていたな。

その今賀の健康状態は良さそうだ。


「時に昨日の空襲はどうでしたか?」

「意外に近い所に爆弾が落ちて驚いたよ。中島飛行機を狙ったのが

 外れたらしいが、爆発音はここまで聞こえた」

「そうですか、やはり・・・」

「どうしたのだね?」

「機械関係の改善を進めたせいで米軍の損害が史実より大きくなっています。

 都市爆撃の開始時期が早まるかもしれません」

「今までも爆撃されていたじゃないか。何が変わるんだ」

「今までの目標は工場や軍事基地が主でしたが米軍を満足させる効果はありませんでした。

 史実では昨日の爆撃の効果をみてそれまでの戦術を改め、都市部への焼夷弾攻撃に

 切り替えていきます」

「話にきく無差別爆撃か。確かなのか」

「米軍は史実通り中国の漢口という町に実験的な焼夷弾攻撃をしかけてきました。

 昨日の結果を見て日本への焼夷弾攻撃が早まる事が予想されます」

「勘弁して欲しい物だ。君に言われて医療計画はたてたが、結論は

 対応できる物ではない、だぞ」

「スローガンを『火を消せ』から『命あっての物だね』に変えましたし、

 避難経路の確保を進めていますから史実よりは被害は減るとは思います。

 それでも悲劇的な事態は起こるでしょうね」

「何とか防げないのか、人命がかかっているんだ」

「申し訳ございません。防げないし、防ぎません。

 この国は巨大な犠牲を払わないと変えられそうにありません。

 後の世代に教訓を残すため、大発熱をして免疫を高めるように

 大損害を甘んじて受けてもらいます」


広瀬医師は冷静な口調の今賀こそが自分の都合だけで生きる人間に見えた。






 

 



 


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