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13.負け方を知る。

三田洋(みたひろし)は今の生活を楽しんでいた。

衣食住は最低で娯楽もないが仕事は楽しかった。

たいした事はやっていない。

学生時代に習った回路設計を教え、会社員時代にやった品質管理

をやっているだけだ。

それだけで無線通信や電探、レーダーの稼働率は劇的に上がったらしい。


改善点は多々ある。

まず圧着端子がない。

ついでにプリント基板もない。

ネジとハンダだけで回路をつないでいる。

この時代のハンダと呼ばれる物は彼の知る物とは違う。

単なる鉛錫合金でハンダ付け自体はやりやすいかもしれないがフラックスが

入っていない。

どうするのかと思っていたらいちいち塗るのだという。

大量生産などできるはずがない。

フラックスが乗らなければ金属の酸化膜が取り除けない。

なまじハンダ付けがやりやすいため機械的には接続されているように見えるが

電気的に導通しているかどうかは別だ。

天然の松脂が煙を上げる様子を見ればわかるように

腐食についても何の配慮もしていない。

ソケットを設置し電線で配線するというやり方なので、

配線変更には対応しやすかったが結線箇所がこんな調子なので

そっちの面の品質管理は間に合わないと諦めた。


完成品はちゃんと動く物ができてしまう。

検査しても正常と判断する他ない製品が

出荷先で動かなくなる。使い慣れた使用者が叩くと動き出す。

昭和の半ばまでよくあった光景が繰り広げられている。


まあ元の回路図で作るよりマシだろう。

ついでに配線要領も元は滅茶苦茶で組む人間によって取り回しが

違ったりしていたのも最近まともになった。

ちゃんと指導すればベテラン工員より学徒動員の真面目な子の方が

良品率が上になったと言えば元のやり方がいかに出鱈目だったか

わかりやすいだろうか。


この世界の人間は間違いなく日本人だ。

元の世界で今は無くなってしまった会社に勤めていた三田は戦慄した。

会社を国に変えれば全く同じ事をやっている。

他所から訳の分からない経営者、この世界では軍人を連れて来てTOPにつけている。

言う事は達成不可能な目標、精神論、重箱の隅をつつくような節約術。

これに上層部が従い、下に権限を与えないから何一つ良くならない。

こんな事をしていては駄目だと皆分かっているのに言い出さず、

惰性で進んで行って最後は破綻、上の方々の能力は逃げ足と火事場泥棒に

特化していたと気がついたが後の祭り、残務整理に追い回され多少の割り増し

退職金で追い出される。あれをもう一度味わうのは勘弁願いたい。


実はその取締役連中に今日も誘われていた。

芸者遊びの何が楽しいかわからないし、抗生物質もない赤線地帯に行く趣味もない。

学徒動員の子たちの貧しい食事を見てから宴会の飲食をする気にもならない。

先生先生と呼ばれているが、陰で朴念仁とか陰口を叩いているらしい。

勿論気にしていない。先生と呼ばれたら注意しなければいけないのは

前の世界で経験済みだ。


この時代の日本人もその傾向があるが、物事を賄賂で済ませようとか、

こちらの弱みを握ろうとする奴が先生先生と言ってくる。

海外進出した時散々言われたし、罠にハマった人間も山ほど見た。

その種の女性のいる所はもちろん寄ってくる女性には注意している。

鏡を見てこのオッサンがモテる訳ないと自覚しないといけない。

某国では女性に手を出さず頑張っていたら少年秘書を付けられたという

笑い話があるが、それ位の事はやってくる。

残念だが人に言えない、言っても信じて貰えない秘密があるんだよ。


暗い白熱電灯の灯りの下、製図板で回路図を書きながら三田は考える。

この世界に、俺が産まれて来るとしたら20年後になる。

そいつには俺みたいな人生を歩んで欲しくない。


俺みたいな人生。回路設計者なんてあと何年かでAIに取って代わられて

ほとんどいなくなるだろう。

製品開発のため、次々と新システムを開発する人生。

COBOL、Fortran、機械語を直接打ち込む事さえやった。

配線図を書くCADシステムすら自分達で組んでいた。

経営陣が技術協力の名ももとに海外に差し出し、最後は全て奪われたが

奪った連中もこの事態を予測していたかどうか。

それも全て昔の話、空しい前時代の話になってしまうだろう。

そして最後は・・・

今賀のいう世の中がどんな世の中になるかわからんがあれよりはマシだろう

製図板で配線図を書くという教育を受けた、最後の世代の三田の図面は

トレーサーの手で清書されて生産現場へ回っていった。













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