12.硫黄島
「本当にこれだけなのか」
「これだけです。正直自分も信じられませんが、
上層部のごく一部は実験を見たとの事であります」
空襲の隙をついて栗林中将の前に届けられたのは数個の木箱だった。
究極の新兵器、機密中の機密という謳い文句に期待していた物と
見かけが違い過ぎる。
航空爆弾に有翼ロケットを取り付けただけ。
木製のレールから撃ち出す仕組みは4式噴進弾と同じだが、あれより簡素で
大急ぎで作った事がよくわかった。
「大本営は我々をどう思っておるのだ?精度も射程も関係ない、
ただ上空に向けて発射しろだと。こんな物が役にたつものか」
仕様書を読んだ将校が怒りに震えている。
読みきるまでの時間が短いのも当然、紙切れ一枚であり、陸海軍で一番簡素な説明書だろう。
「これが本当にTNT50,000トン相当なら仕様の通り島の地上部と海岸の輸送船団を一気に
壊滅させるだろう。どこを狙ったか、どこで爆発するかは関係ない」
参謀たちの議論を聞いていた栗林中将が話を遮った。
「どれ程の威力があるのか確認してみたいものですな」
他人事のような発言したのは海軍関係者だった。
彼らのほとんどは本土や父島に転任命令がきている。
島の防衛計画に熱が入れないのも当然だろう。
問題にすべき態度なのかもしれないが
栗林中将としては陸軍内部のように更迭・配置換できない始末の悪い最後の抵抗勢力との
調整が必要なくなったという思いが強く、戦力低下とも思っていなかった。
サイパンから本出への空襲は既に始まったが往復数千キロの飛行である
損傷機や故障機は必ず出るだろう。途中はほぼ海上であり
不時着できる場所がなければ、それらは撃墜したのと同じ事になる。
敵は必ずここに来る。
1日でも長く持ちこたえ、本土への空爆を遅らせる。
それだけを目標に過酷な坑道掘削作業をさせてきた。
「将校だけが良いものを食べるな」と、
自分を含めた幹部全員に一兵卒と全く同じ貧しい食事をとる事を命じてきた。
この島にいる者は皆死ぬが、それにより本土は、家族を救う。
救う、停戦させる方法については思う所もあった。
目の前には救う方法の回答があった。
能書き通りなら米軍は空前絶後の損害を出すだろう。
何発あるのかしらないが、そんな物があったら軍事行動、
特に上陸作戦は実施不能だ。
事実であってくれ。
粗末な木箱を見ながら栗林中将は祈った。
「何故硫黄島なんだ?ハワイとかロサンジェルスとか、近い所でサイパン辺りで
いいんじゃないか」
「シンプルな理由として輸送手段がない。日本軍の飛行機が積める大きさではあるけど
途中で撃墜されてしまう可能性が高く貴重な核兵器を喪失する恐れがある」
「硫黄島に一発で残り四発か」
「核兵器を生産するのには数年、下手をすると10年かかるだろう。
無駄に失うわけにはいかない」
「あんな物騒な物、出来れば作りたくないし、使いたくもないな」
「一発、ないし二発は使わなければならない、持っているのが確実と思えば
アメリカも講和に乗ってくるし、ソ連も攻めてこない」
「元の世界の平和主義者が聞いたら頭から湯気出して怒りそうな話だな。
この世界の殺し合いを知ったら他に止める方法はないと思えるけど
実に乱暴な止め方だ」
「仕方ないと思うしかない。先ほどの話になるが米本土やサイパンは民間人がいるから
戦後を考えて使いたくない。特に米本土の民間人に使用した場合の政治的影響は
予想が難しい」
「硫黄島なら軍人しかいない、そういう理由だったな。ただ犠牲者は多そうだ」
「米軍の諦めが良ければ史実と大差ない可能性もある。
現実問題としてここしか使いようがない
ウルシー環礁には少ないけど民間人がいるんだ。
被害は最小限にできるけど基本使いたくない」
「万の単位で人を殺す話をしながら民間人を殺したくないという話か
お前さんの精神状態は理解不能だよ」
「政治家連中はこんな話ばかりしているよ。
思いやりが皆無な奴も大勢いる。そんな世の中にしないためにやっているんだ」
伊豆の試験場に様子を見に来た今賀は京都から来たらしい。
予想通りというか、この時世だからか土産はなし。
折角だからと夕食を一緒にとる事にしたが、実にヘルシーな
メニューだった。
これでも軍の威光で一般よりずっと良い物を支給されているらしい。
食事だけはなんとかならないか。
相談しようとしたが、今賀は全く気にならないようだった。
言語も少しおかしい。いったい何者なんだこいつ。
定年退職まで変人なら大勢見てきた老人にとっても飛び切り変わった男だった。




