11 古都に集う
京都帝国大学、荒勝教授率いるF研究の主要メンバーは突然映写機のある部屋に連れて行かれた。
驚いた事に先客、東京の理研の研究者がいた。
急な展開に驚いていると拡声器から声が響いた。
「互いに面識のある方々だとは思いますが、先に事情説明を行います。
ご挨拶等はその後でお願いします」
スクリーンの横に立つ男が言ったらしい。
背広を着ているのだが、どこか違和感を抱かせる。今時の服ではない。
不思議といえばマイクロフォンが見当たらないし、小さな拡声器から
響く声は妙に明瞭だった。
「辞令は既に届いていると思います。
二号研究は中止、F研究は遠心分離機の開発を中心に続行されます」
陸海軍の軍人たちが頷いている所を見ると上の方まで了承しているのだろう。
「という事は荒勝君の研究の方が進んでいるから、今後協力しろという事か?」
理研の仁科博士が質問した。
「残念ながら両研究とも進捗しているとは言い難い状況です。
F研究の方は将来の原子炉開発につながるため続行していただきます」
荒勝教授の表情から、進捗していないというのが事実である事が伺えた。
「二つの研究計画が見直しになったのは、別計画が成功したからです。
既に理論体系が確立され、実物が制作されております。
皆さんの研究は少し遅すぎたのです」
「馬鹿な、何も聞いてないぞ」
陸海軍以外の組織が開発したというのか?無理だろう。
自分達は相当無理をしていたが最終目的までどうして行くか五里霧中、
理論的にはできるが無限の時間がかかりそうな段階だというのに。
「某機関について説明する事はできませんが、現に成功させております。
また理論体系については論文にまとめられております。
皆さまの前にあります資料がその概要です。ご確認下さい」
資料を見た研究者たちの顔色が変わった。
それまで聞こえた小声の私語が消えた。
一心不乱に読み込み計算に励む者、資料の内容について議論を始める者。
「それは概要です。ご希望があれば詳細な論文をお渡ししますので、
再度こちらをご覧ください」
妙な男がスクリーンの方を指さした。
部屋のカーテンが引かれ照明が消されたが備え付けの大きな映写機はそのままだった。
ポツンと置かれた机の上の、映写機と呼ぶしかないだろう小さな機械の画像がスクリーンに映しだされた。
いくつかの原理説明、先程の概要資料にあった爆縮という概念、超ウラン元素の性質、
遠心分離機を連続させる方法――スライドを取り換えている様子はないが次々映し出される。
そして最後に映画が上映された。
閃光、巨大な火球、キノコ雲が上がる様子が鮮明に映し出された。
「この爆発実験で放出されたエネルギー、熱量ですね。
その計算が次の資料になります」
妙な男だった。エネルギー? なぜ独逸語を使ったんだ?
それにあの映写機はなんだ?フィルムが見当たらないぞ。
そう考える者もいる事はいたが、爆発実験の画像とその数値資料に
目を奪われてしまっていた。
軍人たちに至っては、爆発以外に興味はないようだ。
「事情は理解した。研究中止は妥当だろう。
この期に及んで我々が必要かね?」
「先生方の頭脳を有効活用しないのは国の損失以外の何物でもありません。
万一を考え、空襲の確率が低い京都にお集まりいただいたのもそのためです。
F研究は日本の発電事情を一変させる研究に方向転換していただきます」
「急な事だ。頭の整理が必要だが、時間はくれるのか?どうせ拒否はさせてくれないんだろ」
「そうおっしゃらず。発電所の概要は別機関が設計しましたが細部は手つかずで、
先生方の協力が不可欠なのです」
「自尊心をへし折られる話だな。お国のために協力する他ないのだろうが、
その機関とやらに我々が行った方が良いのではないか?
設備も見たいし、いろいろ聞きたい事もある」
「残念ながらそれは出来ません。機密中の機密です。論文作成者と面会もできません」
「何とも理解不能な対応だな。そこまでの機密が必要な組織という事だけはわかった」
「そういえば、もう一つお願いがありました」
「何だね」
「フェルマーの最終定理の証明です。論文にまとめてありますから検証していただきたいのです」
「何?本当か、それは快挙じゃないか」
「国の名誉でもありますので、高名な先生方から海外のお知り合いに伝えていただきたいのです。
中立国経由で米英にも書簡を送れるようにしますので、是非お願いします」
「そんな事ができるのかね?わかった協力しよう」
彼らに書簡を書かせればある程度以上の情報が流出する。
説明者のおかしな男、今賀の狙いはそれだった。




