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10.昭和19年師走

「空襲の被害はどうだった。」

「その前のは当方の損害軽微なんて言ってたが、昨日のはこたえたんじゃないかな?

 相当やられたみたいだ。」

「旧軍の連中、灯火管制の効果は限定的と知ってたのには驚いたがな。

 無駄と知っててやらせてる、意味わからん」

「出来る事が他にないからだろ。意味がありそうに思える事をしてるだけさ」

「松の根っこを掘ろうとしてたのもそれか、意味無いのに」

昭和19年12月1日、近衛邸の居候、今賀好機の部屋に集まった人物たちは

町に出ても違和感のない服装をしていたが、話し方や動作は異常だった。


「荷物は持たずに来いと言われて素直に来たのは失敗だった。最低限の生活道具くらい

 持ってくるべきだった」

「今頃それを言う?私はもう開き直ってるわよ。

 洗顔フォームも化粧水もない、シャンプーもリンスもないなんて正気の沙汰じゃない」

「化粧品はあるんだろう?質は知らないが。」

「髪を石鹸で洗って平気な野蛮人は黙ってて下さい。」

「生活の質については当面耐えてもらう他ない。」

「当面って何十年の事か?今賀さんよ。俺の記憶じゃ生活が良くなるまで相当長くかかったはずだ」

「その期間を短くするのが貴方たちの仕事だ。」

「今の戦争のためじゃないのよね?」

「もちろんだ。専門家なんだから今から開発して間に合う訳がないのは

 理解されているはずです。」

「その割にはいろいろやらすじゃないか」


石田、中田、金田、の3人はエンジン関係のアドバイザーとして

中島飛行機武蔵製作所に詰めていた。


「故人とはいえ、俺じゃなく、俺の親父を連れてくるべきだったな。

ポイント式の点火装置とかキャブレターとか、俺の世代はぎりぎり

知ってはいるだけだぞ。工作機械もどうしようもない精度だ。」

60歳を過ぎた金田がついていけないと首を振っている。

「社長の機械だけが役に立っている。今後も空襲があるのなら

あの機械は他所に移すべきだ」

次に発言したのは、化学工学技術者の石田だった。

「それとシリコーン絶縁塗料は実験室レベルでしか製造できないぞ

 資材、材料の不足が致命的だ。ウレタン系でも量産は無理だと思う」

合成化学が専門の中田も続く。


彼らは出来るだけの事はしていた。

ハイテンションコードにゴム引き布を使っていたり、パッキンに対する考え方が

根本的に間違っていたり、トルクレンチもなくネジを締めていたり。


「塑性変形域までネジを締めると言ったら驚いていたな」

「工員のレベルも酷い。中国に工場を作った時の事を思い出す。

 マイクロメーターを知らないんだぞ。考えられるか」

その工場は提携相手に奪われた。今どうなっているのかは知らない。


「我々のせいで状況が変わる可能性はありますが、来年4月までは大丈夫なはずです。

 ですが、安全を期して武蔵製作所から疎開を依頼しておきます」

今賀がパソコンに何やら入力しながら答えた

「パソコンか、元の時代なら遠隔会議で済む内容だな。やる事が多いのに時間の無駄だ」

JAXAで研究者をしていたという遠山が発言した。

「伊豆からここまで来るのがどれほど大変だったか。まともな交通機関がないんだぞ」

「その件は勘弁して下さい。当面改善は見込めません。でも実験は成功したんでしょ?」

「21世紀の部品を使ったからな。真空管とリレーだけの制御機器とは違う。

 女湯に突っ込むなんて事はない。」

「下向きにカメラを取り付けていたそうですが?」

「それをやったのはこの男だワシは知らん」

指さされたのは今は無くなってしまった有名家電メーカーに勤めていた男だった。

フリーの回路設計者と名乗っていたが実態は失業者以外の何物でもなかった。

「カメラ以外も付けてました。誤解を招く事を言わないで下さい。

 飛行データをとっただけです。」

「結果は良好なんですよね」

「持ち込んだ部品を使う限り異常は出ないと思いますよ。

 学生時代を思い出して書いた真空管回路の方は知りませんが。

 言っときますが回路図は完璧ですよ。部品が全く信用できません」


その会話を聞いている紅一点、相沢農学博士が溜息をついた。

「仕方ないとは思うけど、武器や飛行機の話になってしまうわね」

「遠いという意味では一番大変な思いをしていただいているのに、

 申し訳ありません」

「遠くて大変よりも、女の農学者の話を聞いてもらえなくて大変の方が

 思いとして強いかな?それより、農業技術って戦後に広まった事が多くて

驚いたわ。元の世界で『昔からそうやってる』と言ってた事、まだ普及してないの。

常識と思って講義してたら話が食い違って困ったわ」

相沢は粗末なノートを取り出し、講義録の修正箇所を指さした。

「私が直接講義するのは非効率だから農林省の人に地方へ行ってもらう事にしたの。

 さらに問題があるわ。種もみが全く足らない。来年本当に冷夏なの?

 持ち込んだ量じゃたいした面積に植えられないわよ」

「来年は冷夏、地震等天災、農業労働力の抽出によって記録的不作になる予定です。

 幸い北米には余力があるので収穫期までに戦争を終わらせて輸入できます」

「今戦争している相手から買うのね。無茶な計画だとは思うけど仕方ないのよね」

「相沢さんは元気ですね」

「皆さんとは違って戦争に協力している訳ではないですしね。

 種もみの配分を上手くやるだけで食料事情を改善して

 困ってるっている人を助けるのよ、やる気出ない訳ないでしょ?」


食糧増産が戦争協力につながるかどうかは微妙だけど。

感情を表さない今賀はそう思いながらパソコンの画面を見た。

沖縄地上戦の可能性、その項目が50%まで低下していた。







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