第3章 怒りの炎
「……イザウ、起きて」
イノリアの声が、うっすらと意識の底に届く。
だが——
「……んー……あと五分……」
まったく起きる気配がない。
「……はぁ」
ため息をついたイノリアは、静かに手をかざした。
次の瞬間——
バシャッ!!
「うおっ!?冷たっ!!」
水をまともに浴びたイザウが飛び起きる。
「な、何すんだよ!?」
「起きないからでしょ?」
イノリアはくすっと笑う。
「ひどすぎるだろ……」
「ほら、みんなもうご飯食べ終わってるよ。早く来なさい」
「……は?」
イザウは首をかしげる。
「いや、なんで先に食ってんだよ……まだ朝だろ?」
その言葉に、イノリアは再び笑い出した。
「何言ってるの?もうお昼過ぎだけど」
「……はあ!?」
イザウは目を見開く。
「お前マジで性格悪いな!起こせよ!」
「十回以上起こしたけど?」
「……」
何も言い返せず、イザウは黙って部屋を出た。
食卓に並べられていた料理は、すでに冷めている。
「……冷てぇ」
ぼやきながらも、彼は黙々と食べ始めた。
食事を終え、外へ出るとイノリアが待っていた。
「なあ、ソラとミユは?」
「森で訓練中。あなたを起こしたら行く約束だったんだけど……なかなか起きなかったから」
「……悪かった」
イザウは軽く頭をかく。
「行くか」
二人は森へ向かった。
木々の間を進むと、すぐに目的の場所へ辿り着く。
そこでは——
ソラとミユが、電気のヴァルクを使って訓練していた。
「おー、やってるな」
ソラはミユと戦いながらも、明らかに手加減している。段階の差があるためだ。
イザウは声をかけた。
「ソラ!ちょっと相手してくれよ」
「……いいよ」
振り返ったソラは、静かに頷く。
「第二段階の力、見せてみろよ」
その言葉に、ソラの目が少し鋭くなる。
木陰では、イノリアとミユが並んで座り、二人の様子を見守る。
「準備いいか?手加減すんなよ」
「そっちこそ」
短いやり取りの後——
戦いが始まった。
イザウが一気に踏み込み、拳を振るう。
だが——
ソラの姿はすでにそこにない。
「速っ……!」
電光のような動きで回避される。
(やっぱりな……)
予想通りの速さ。
イザウはすぐに次の手に出る。
無数の火球を放つ。
「っ……!」
ソラは高速で動きながら回避するが、その数に押され始める。
その瞬間——
「もらった!」
イザウが一気に距離を詰め、炎の拳を叩き込む。
「ぐっ——!」
不意を突かれたソラは吹き飛ばされる。
地面に転がりながらも、すぐに立ち上がった。
「……やるね」
「そっちこそ、ナメんなよ」
ソラの体に電流が走る。
次の瞬間——
彼女はすでにイザウの背後にいた。
「っ!?」
振り向く間もなく攻撃が来る。
イザウはかろうじて防御するが、その衝撃で大きく後退する。
「まだ倒れないんだ……」
ソラの表情が変わる。
苛立ちが混じっていた。
「なら——これでどう?」
彼女は両手を構え、巨大な電撃を放つ。
「やめてお姉ちゃん!!」
ミユの叫びが響く。
「危ない!!」
イノリアも声を上げる。
だが——
間に合わない。
ドォォンッ!!
大爆発が起きる。
煙が立ち込める中——
ソラは膝をついた。
「……なんで……こんなの、訓練なのに……」
震える手を見つめる。
そのとき——
「……大丈夫だって」
声がした。
「な……!?」
煙の中から、イザウが現れる。
体は傷だらけだが——笑っていた。
「この程度で死ぬかよ」
「……信じられない」
ソラは呟く。
ミユも驚きで言葉を失っていた。
「まだ終わってねぇだろ?」
イザウは笑う。
「続けようぜ」
その瞬間——
彼の両手から、橙色の炎が噴き出した。
「……っ!」
ソラの目が見開かれる。
「第二段階……!」
イザウは小さく呟く。
「やっとか……」
イノリアも息を呑む。
「すごい……」
戦いはさらに激しさを増した。
炎と雷がぶつかり合い、森を揺らす。
その光景に刺激され、イノリアはミユに声をかける。
「私たちもやる?」
「うん!」
二人もまた、別の場所で訓練を始めた。
やがて——
日が傾き始める。
「……今日はここまでにしよ」
ソラが言う。
「ご飯も作らないとだし」
全員が頷き、家へと戻る。
だが——
家の前に着いた瞬間、全員の足が止まった。
「……なに、これ……」
家は——
完全に破壊されていた。
地面から突き出た土の槍が、無数に突き刺さっている。
「……バークの仕業ね」
ソラが呟く。
「待て、決めつけるのは——」
イザウが言いかけたその時——
「その通りだぜ」
背後から声がした。
振り向くと——
バーク、サム、マルコが立っていた。
「昨日の仕返しだ」
イノリアが小声で問う。
「……どういうこと?」
「昨日、こいつらとやり合った」
「……なるほどね」
(それで寝坊したのね……)
イノリアは内心で呟く。
次の瞬間——
イザウの表情が変わった。
怒り。
それが、はっきりと浮かんでいた。
「……ふざけんな」
橙色の炎が両手を包む。
「てめぇは……命で償え」
「やってみろよ」
バークが笑う。
「サム、マルコ。行け」
二人が飛び出す。
だが——
「させない」
イノリアが前に出る。
水刃で攻撃を弾き飛ばす。
「イザウ、あいつお願い」
「ああ」
ソラはミユを下がらせる。
「絶対に出てこないで」
「うん……」
戦いが始まる。
イザウはバークへ突進する。
怒涛の連撃。
防御の岩を次々と破壊する。
「くそっ……!」
バークは押され続ける。
一方——
イノリアとソラは連携してサムとマルコを攻める。
水刃で防御を切り裂き、電撃で隙を突く。
完全に押し込んでいた。
だが——
「くっ……!」
二人は巨大な土壁を作り、防御に徹する。
さらに——
ソラの体が土に拘束される。
「っ……!」
イノリアも動きを封じられる。
「終わりだ!」
巨大な岩塊が迫る。
そのとき——
「やめてぇ!!」
ミユが飛び出した。
電撃で防ごうとするが——
完全には止められない。
ドォン!!
三人とも吹き飛ばされる。
「……っ」
ミユは倒れ、動かなくなる。
「なんで来たの……!」
ソラが叫ぶ。
だが自分も動けない。
足が大きく負傷していた。
イノリアが立ち上がる。
ミユを抱え、ソラの元へ運ぶ。
「ここにいて」
「一人で行く気!?」
「大丈夫」
イノリアの瞳が変わる。
冷たい輝き。
再び岩が飛ぶ。
だが——
氷が、それを粉砕する。
「……!」
空気が凍りつく。
イノリアの力は、すでに次の段階へ達していた。
氷のヴァルク。
彼女は二人を氷で拘束する。
そして——
無数の氷刃で攻撃する。
「ぐあああ!!」
サムとマルコは倒れた。
完全に戦闘不能。
一方——
イザウとバークの戦い。
バークは防戦一方。
岩の球で閉じ込めるが——
爆破される。
「くそぉ!!」
最後の手段。
連続攻撃。
そして——隙を突き、石の拳で殴りかかる。
連打。
イザウの体に傷が増えていく。
だが——
「……いい加減にしろ」
炎の拳が叩き込まれる。
バークは吹き飛ぶ。
巨大な火球。
直撃。
倒れるバーク。
——それでも。
イザウは止まらなかった。
何度も、何度も、炎を叩き込む。
「やめろ……!」
誰かの声が聞こえた気がした。
だが——
止まらない。
彼はバークの首を掴み、持ち上げる。
そして——
胸を、貫いた。
静寂。
「……え……」
イザウの目が揺れる。
手には——血。
バークは、動かない。
サムとマルコは、その光景を見て震え上がる。
「に、逃げるぞ……!」
二人は泣きながら逃げ出した。
やがて——
イノリアたちが近づいてくる。
足を止めた。
「……うそ……でしょ……」
血まみれのバーク。
その隣に立つ、イザウ。
「……なんで……殺したの……?」
イノリアの声は震えていた。
イザウは答えられない。
「俺は……なんで……」
手が震える。
これまで感じたことのない怒り。
制御できなかった力。
「……俺……人を……」
ソラが顔を青ざめさせる。
「ここを離れないと……」
声は震えていた。
「バークは……この街の支配者の息子……」
最悪の事態。
「すぐに兵が来る……捕まったら……終わり……」
恐怖が、場を支配した。




