第23章 光を覆う島
イザウはカイイヤたちヴァカン族の船に乗せられ、西へ向かう旅を続けるため最寄りの港へと送られていた。
その夜、ヴァカン族の船上では盛大な宴が開かれていた。
それはイザウたちとヴァカン族が共に過ごす、最後の宴でもあった。
カールと第八次元の子供たちは、数々の危険な出来事を乗り越え、ようやく再会できたことを心から喜んでいるようだった。
「みんな、本当に嬉しそうだな」
「ええ……。またみんなと一緒になれて安心したわ。工場で戦っていた時は、本当に死ぬかもしれないって思ったもの」
「おい……その言い方はちょっと怖いぞ、カール。でも、お前たちが駆けつけてくれた時は本当に助かった」
「私は何もしてないわ、イザウ。むしろ足手まといだったくらい……」
「そんなことない。ハルトの攻撃を防いでくれた時、俺は本当に救われた。お前が来なかったら、死んでいたかもしれない」
カールは少し照れたように笑い、海へ視線を向けた。
「それにしても……こうして一緒に酒を飲めるのも、これが最後なのね」
「ああ。俺たちは明日にはまた旅を続けるからな」
「あなたたちが全部の悪魔を倒して、ミランダに平和を取り戻してくれることを願ってる。私はこの世界の生まれじゃないけど……今はここが私の家だから」
「全部終わったら、また会えるといいな」
その時、カイイヤが二人のもとへ歩いてきた。
「ずいぶん仲がいいんだな」
「まあな。別れの前だからさ」
カイイヤは少し寂しそうに笑った。
「お前たちが行ってしまうのは寂しい。でも、俺たちも戦う。ヴァカン族は海の平和を悪魔どもから守る。だからお前たちはザトラックスとアトロックスを倒してくれ。そうすれば、きっと全部元に戻る……俺たちも帰れるかもしれない」
カールが静かに尋ねた。
「ねえカイイヤ……私たち、このままあなたたちと一緒にいてもいい? 私たちの星は、もう住める場所じゃないかもしれないから……」
「もちろんだ。お前も子供たちも、みんな俺たちの家族だからな」
その言葉に、カールの瞳が少し潤んだ。
彼らはその夜、深夜まで宴を楽しみ続けた。
酒を飲み、笑い合い、歌い、疲れ果てるとそのまま甲板の床へ寝転んだ。
そして朝。
陽光がゆっくりと船を照らし始め、床で眠っていた者たちが次々と目を覚ます。
起きたばかりのイザウは、仲間たちが船首に集まっているのを見つけた。
「何してるんだ、お前たち?」
「決まってるだろ。この船の上で見る最後の日の出だ」
「……そうだな。これが終われば、また旅の続きか」
昼が近づく頃、一行はクオリ港へ到着した。
イザウたちは荷物をまとめて船を降り、ヴァカン族との別れを迎える。
カイイヤたちはそのまま別方向へ航海を続ける予定だった。
「みんな、元気でな!」
互いに手を振り合う。
「そっちもな!」
その時、カイイヤが何かをイザウへ投げ渡した。
「ん? 何だこれ、カイイヤ?」
「昨夜作ったんだ。しばらく使え」
それは木製の支柱付き義足だった。
イザウは驚いた表情を見せる。
「……ありがとう、カイイヤ。また会おうな、みんな」
別れの手振りは長く続いた。
やがてヴァカン族の船は水平線の彼方へ進み、小さな影となって海の向こうへ消えていった。
イザウはカイイヤが作ってくれた木の義足を装着する。
「これ付けると、俺……海賊船の船長みたいじゃないか?」
「悪くないんじゃない?」
ソラが笑う。
「うん、すごく似合ってる」
「悪魔なら簡単に生やせるのにな」
リカが軽く言った。
「おいリカ、その冗談は笑えないぞ」
エイミがすぐに眉を吊り上げる。
「もういいって、大丈夫だから……お前らなあ……」
リカは俯き、申し訳なさそうに肩を落とした。
「……ごめん」
エイミはそんな彼女の肩を抱く。
「ほら、行こう。置いてかれるよ」
一行は再び西へ歩き始めた。
浮遊島を探し、伝説の武器の手がかりを追い、そしてメクシラ神殿遺跡へ向かうために。
次元封印が開いた原因を解き明かし、元の世界へ帰る道を探すために。
そしてその先には――ミランダの悪魔たちを討ち、再び平和を取り戻すという目的があった。
彼らは広大な農地をひたすら歩き続けた。
見渡す限り畑ばかりだった。
「……なあ、俺たちどれくらい歩いてる? さっきから畑しか見てない気がするんだが」
「もう何種類の作物を見たか分からないわ。でも何時間も歩いてるのは確かね。左右ずっと畑ばっかり」
「本当だ。この辺に村はないのか? これだけ広い農地なら、先には相当栄えた村がありそうだけど」
「私はそんなのどうでもいい。今必要なのは休める場所よ。せめて今夜くらいは」
「水もほとんど残ってない。五人分には足りないぞ」
イザウは周囲を見回した。
「畑がこんなにあるんだ。水路だってどこかにあるだろ」
「でも、その水……飲める保証ある?」
「毒なら作物も育たないだろ」
「いや、でも見てよ。さっきから畑の作物、かなり傷んでるじゃない。本当に安全なの?」
「とりあえず瓶の水を飲み切ろう。その後で畑の用水路から汲んでみればいい」
「本気なの、イザウ?」
「俺が先に飲む。もし毒だったら、お前たちは飲まなきゃいい」
「おい、縁起でもないこと言うなよ!」
「毒ならまだマシだろ。もしそのまま死んだらどうするんだ?」
全員がリカを見つめた。
「お前なあ……」
「何よ?」
「お前の冗談、ほんとに闇が深いんだよ……」
そんなやり取りをしながら歩き続けると、やがて広大な農地の果てに下り坂が見えてきた。
その先――丘の斜面の下には、かなり大きな村が広がっていた。
「やっと休めるな……!」
「急ごう、もう暑くてたまらない……!」
一行は村へ向かって駆け出した。
村の入口へ辿り着くと、多くの村人たちが総出で作業をしている姿が目に入った。
地面を掘り、堀を作り、さらに村を囲う柵まで築いている。
「ずいぶん賑やかだな……」
「堀を作ってるみたいね」
村全体は掘削された堀で囲まれており、イザウたちは太い丸太で作られた仮橋を渡って中へ入った。
「まずは何か食べようぜ」
「賛成。でも私は先に冷たい飲み物が欲しいかな」
彼らは一軒の食堂へ入り、料理を注文した。
「はい、少々お待ちくださいね。申し訳ありません、今日は一人で準備しているので少し時間がかかります」
店内で応対していた女性が申し訳なさそうに頭を下げる。
「気にしないでください。こんな大きな店をいつも一人で切り盛りしてるんですか?」
「いえいえ、普段は姉と父と三人なんです。でも今は村の男たちが全員、堀と柵の建設に駆り出されていて……」
「どうして村を囲むように作ってるんです?」
女性の表情が曇った。
「ここ数週間、ネズミの大群による害獣被害が続いているんです。畑を荒らすだけじゃありません……時々、村の家まで襲ってくるんです」
「……家まで?」
「この一週間だけでも、四人がネズミに襲われて亡くなりました」
「死人まで……? それはかなり危険だな」
「数が多いだけじゃないんです。中には普通のネズミよりずっと大きな個体もいて……人間を食べるんですよ」
イノリアが眉を寄せる。
「どれくらい大きいんです?」
「目撃者の話では……大きいものは幼い子供くらいの大きさだったそうです。その人は、自分の父親が目の前で無残に食い殺されるのを見たと言っていました……。小さいネズミたちも家の中から食料を盗んで運び去るんです」
「そんな大きさなの……」
ソラが顔をしかめる。
「しかも大量にいるなんて……想像しただけでぞっとするわ」
やがて料理が運ばれ、一行は食事を始めた。
食事を終えると、イノリアが口を開いた。
「ここ、あまり安全には見えないわ。今のうちに出発した方がいいんじゃない?」
しかしソラが反対した。
「でも、この先は山越えになるでしょう? もう夕方よ。村の外の方が危険かもしれない」
窓の外では日が傾き始めていた。
この時間から旅を続けるのは確かに危険だった。
結局、一行はこの村で一晩過ごすことに決めた。
彼らは村の中央にある宿を取った。
「そういえば、ここの食べ物……全部高かったな」
「当然でしょう。畑が害獣で壊滅してるんだから、食料価格が上がるのも無理ないわ」
イザウは考え込むように言った。
「それにしても……村人を襲うネズミか。俺、ミランダで生きてきて、幼児サイズのネズミなんて聞いたこともないぞ」
「美味しいものばっかり食べて育ったんじゃない?」
リカが真顔で言う。
全員が一斉に彼女を見た。
「……何よ?」
「お前さ、真面目な話の時でも冗談挟むよな」
「冗談じゃないけど?」
その真剣な顔に、皆は思わず呆れたように首を振った。
リカのどこか抜けた言動に、自然と笑いが漏れる。
夜になると、一行はそれぞれのベッドへ潜り込んだ。
借りた宿部屋は一室で、五つのベッドが並んでいる。
疲労もあって、彼らはすぐに深い眠りへ落ちていった。
――雲一つない、明るい深夜。
星々が夜空に瞬き、ミランダに近い環状惑星の姿までもが鮮明に見えていた。
だが――それは同時に、ネズミの群れが動き出す時間でもあった。
まだ水の入っていない乾いた堀を越え、無数のネズミたちが村へ侵入する。
彼らは複数の家屋を襲い始めた。
村は一瞬で騒然となった。
警告のため木を叩く音が響き渡る。
襲われた家から逃げ出す者。
恐怖で家から出られない者。
そして――目の前で人がネズミに残酷に喰われる光景を見て、絶叫する者。
騒ぎの音で、イザウたちも飛び起きた。
イノリアが窓を開ける。
外では数軒の家が燃え、村人たちが混乱の中を逃げ惑っていた。
「……ネズミたちが村を襲ってる」
「で、どうするの?」
リカが眠そうな顔で言う。
「決まってるだろ!」
イザウは立ち上がった。
「村人を助けるんだ。急ぐぞ!」
全員が支度を整え、宿の外へ出ようとした――
だが。
扉を開けた瞬間、そこには大量のネズミが群がっていた。
「……っ!」
彼らは急いで荷物をまとめ、窓から外へ脱出する。
「ネズミだらけじゃない……!」
「まずは隠れた方がいい!」
彼らは宿の屋根へ飛び乗った。
しかし外も安全ではなかった。
至る所でネズミが暴れ回っている。
「どうする、イザウ?」
イザウは燃え盛る村を見下ろし、静かに言った。
「こうなったら――ネズミどもを全部駆除する」
「群れの発生源……巣を探さないと。一ヶ所に集まってるところをまとめて潰すべきよ」
「こういう小さくて数が多い相手、私の攻撃じゃあんまり効率良くないのよね」
リカが肩をすくめる。
「なら、私が全部焼く」
イザウの周囲に炎が揺らめいた。
その時。
何匹かの巨大ネズミが屋根にまで這い上がってくる。
イザウは即座に炎を放ち、ネズミたちを焼き払った。
「待ってイザウ! 宿まで燃える!」
「みんな――飛べッ!!」
全員が屋根から飛び降りた。
地面へ着地すると、無数のネズミの襲撃を避けながら一斉に走り出す。
仲間たちは右へ逃げた――だが、リカだけは違った。
彼女はネズミが大の苦手だった。
恐怖というより、嫌悪感。
ぞわりとするあの感触を想像しただけで耐えられない。
「いやぁぁっ……!」
リカは左へ走り出し、そのまま仲間たちとはぐれてしまった。
しばらくして、エイミが異変に気付く。
「待って……リカがいない!」
「はぁ!? どこ行ったんだ!?」
「私が探す! みんなはネズミの発生源を探して!」
エイミは風の分解身体へ姿を変え、夜空へ舞い上がった。
上空から辺りを探していると――
「た、助けてぇぇ……! 私ネズミ嫌いぃぃ……!」
リカが数匹のネズミに追われながら全力疾走しているのが見えた。
エイミは急降下し、風刃で追跡していたネズミたちをまとめて吹き飛ばす。
「へぇ……リカってネズミ怖かったんだ?」
リカはすぐに駆け寄り、エイミへ抱きついた。
「うるさいエイロ! 怖いんじゃないの! あいつらが気持ち悪いだけ!」
「はいはい」
エイミは苦笑しながらリカを抱え上げ、そのまま空へ舞い上がる。
そして村の入口方面へ向かったイザウたちへ追いついた。
「……あ、いたいた」
「おいリカ、どこ行ってたんだ?」
ソラが尋ねる。
「え、えっと……道間違えちゃった、えへへ……」
「この子、ネズミ怖いんだって」
エイミがあっさり暴露した。
「へぇ~、お前にも可愛いところあるんだな」
「……」
リカはむっと頬を膨らませる。
「それで? 発生源は見つかったの?」
「まだだ。でも地下に巣がある感じじゃない。少なくとも村の中じゃないな」
イザウが周囲を見ながら答えた。
「ネズミはずっと外から来てる」
「なら探しましょう」
一行は村を出て、ネズミの発生源を探し始めた。
見つからないよう身を低くし、物陰を利用しながら慎重に進む。
「ところでさ……こうやって隠れてて意味あるのか? ネズミって鼻いいだろ?」
イザウが小声で言う。
リカがにやりと笑った。
「イザウの体臭に興味ないんじゃない? だから無視されてるとか、ふふっ」
「おい!」
その時だった。
「見て!」
イノリアが指差す。
ネズミたちの一部が、村から奪った食料をどこかへ運んでいた。
「食料を運んでる……」
「巣へ持っていくのかもしれない」
「追うぞ」
一行はネズミの群れを追跡した。
畑の陰に隠れながら、できる限り気配を消して進んでいく。
やがて農地を抜け、彼らは森の中へ入った。
木の上から監視しながら枝を渡り、群れの後を追う。
義足のイザウは足並みを合わせるのが難しく、エイミが背負って移動していた。
「今夜が晴れてて助かったな」
イザウが空を見上げる。
「雲がないから、かなり見やすい」
星々が輝き、ミランダに近い環状惑星の輪郭まで鮮明に見えていた。
ネズミたちを追跡し続けた末、彼らは森の奥にある洞窟へ辿り着く。
群れは洞窟の前で立ち止まり、集まり始めた。
「……止まった」
「洞窟の前……あれ、何?」
「……カタツムリ?」
巨大な影がそこにいた。
人間の倍以上の高さを持つ巨大な殻。
ぬめるような身体。
確かに――カタツムリだった。
「なんであんな大きいカタツムリがいるのよ……。見れば見るほど本当にカタツムリね」
ソラが呆然と呟く。
「ミランダにあんな種がいるなんて聞いたことないわ」
「第七次元から来た可能性もあるな。前に会った化け物たちみたいに」
「どうして私たち、こうも変な生き物ばっかり引き当てるの……しかも第七次元率高すぎ……」
「ほんと、あんな怪物だらけの星に生まれなくてよかった」
彼らは木陰から様子を窺った。
ネズミたちは奪った食料を巨大カタツムリの前へ運び、まるで供物のように積み上げている。
「……見て」
イノリアが目を細めた。
「大きなネズミたち……体に紫色の粘液が付いてる。あのカタツムリの粘液と同じだわ」
「つまり……」
ソラが理解する。
「ネズミが巨大化したのは、あのカタツムリの影響ってことか」
「で、どうする?」
「んー……正面から殴る?」
イザウが即答する。
イノリアが即座に突っ込んだ。
「それを無謀って言うのよ。あのカタツムリがどんな能力持ってるかも分からないのに」
「でも観察とか長いしさ。夜中だし、俺寝不足なんだよ。だからもう攻撃しようぜ」
「……」
全員が微妙な顔をした。
その横で、リカがおずおずと手を挙げる。
「えっと……私、ここで待機してていい? あのカタツムリが油断した時だけ攻撃するから……」
まるで懇願するような表情だった。
全員が一斉にリカを見た後、無言で同時に頷いた。
イザウは背中の斧を取り出し、鎖を伸ばす。
そして――
全員が木の上から飛び降りた。
突如現れた侵入者に気付き、ネズミたちが一斉に襲いかかる。
イザウは炎を放ち、迫る群れを焼き払った。
そのまま鎖斧を巨大カタツムリへ叩き込む。
――だが。
ガンッ!!
斧は殻に弾かれ、大きく跳ね返された。
「っ……硬っ……!」
イノリアは周囲のネズミを氷結させる。
だが次々と洞窟と森の奥から新たな群れが現れた。
「……まずいわ。村を襲ってた奴らも戻ってきてる」
エイミは近付くネズミを風で吹き飛ばしていく。
しかしネズミたちは異様な執念を見せた。
叩き飛ばされても、再び起き上がって襲ってくる。
その時――
木の上から悲鳴が響いた。
「エイロぉぉ! 助けてぇ! 囲まれてる! もし登ってきたらどうするの!?」
リカだった。
エイミは即座に飛び上がり、彼女を抱えて地上へ降ろす。
「ちょ、なんで下ろすのエイロ!?」
「こっちの方が守れるでしょ」
ソラはイノリアが凍らせたネズミを、ヴァルクの電撃で粉砕していく。
確実に絶命させるためだった。
「数が多すぎる……!」
「終わりが見えないわ! イザウ、次は!?」
炎を纏ったイザウが巨大なカタツムリを睨む。
「お前たちはネズミを抑えろ――」
彼は鎖斧を握り直した。
「俺があのカタツムリをぶっ壊す!」
イザウは青いヴァルクの色を変化させ、白炎のヴァルクを発動した。
彼は巨大カタツムリの殻へ向かって、荒々しく斧を叩き込み続ける。
先ほどとは違い、白い炎を纏った攻撃は硬い殻へ確かに傷を刻んでいた。
「よし……! このままなら砕ける!」
だが――
巨大カタツムリがゆっくりと動き始めた。
次の瞬間、その全身から濃いガスが噴き出す。
「……っ!? 何だこのガス!?」
周囲は一瞬で異臭に包まれた。
「幻覚系の能力か!?」
「違う……何も見えないわ……」
「うっ……臭っ……!」
鼻を突き刺すような悪臭だった。
そして。
「待て……なんか、急に……眠……」
「私も……」
彼らは次々と膝をついた。
ガスを吸い込んだ仲間たちは、その場で眠りへ落ちていく。
さらには周囲のネズミたちまでも、巨大カタツムリの毒ガスを吸って眠り始めていた。
――――
「……ここは……?」
イザウが目を開ける。
そこは自室だった。
見慣れた部屋。
見慣れた天井。
「……あれ? 俺、なんでこんな混乱してるんだ……?」
彼はゆっくり起き上がった。
「そうか……どれくらい寝てたんだろう。なんか……すごく長い悪夢を見てた気がする……」
部屋を出ると、時刻は既に昼。
昼食の時間だった。
イザウは大きな扉を開け、食堂へ入る。
そこには家族全員が揃っていた。
父。
母。
兄。
そして妹。
だが――
どこかおかしい。
全員、顔色が異様に青白かった。
しかも誰一人として喋らない。
イザウが奇妙な夢の話をしても、彼らは反応すら見せなかった。
ただ無表情のまま、虚ろな目で食事を咀嚼している。
イザウは箸を置いた。
「……おい?」
返事はない。
「聞いてるのか!?」
誰も顔を上げない。
苛立ったイザウは食堂を飛び出し、王宮の外へ出た。
「何なんだよ……」
気持ちを落ち着かせるため、街を歩く。
だが外も異様だった。
市場の人々。
道行く住民。
誰もがぼんやりした目で歩き、まるで魂を失ったように弱々しく動いている。
しかも誰一人、イザウへ挨拶しない。
普段なら、王子である彼が街を歩けば皆が笑顔で声を掛けるはずなのに。
違和感が胸に積もっていく。
イザウは街の小高い丘へ登った。
そこへ座り、空を見上げる。
すると――
空に巨大な渦巻き模様が広がっていた。
円が幾重にも巻かれた奇妙な形。
「……この模様……どこかで……」
その時だった。
丘の上から小さく見えるマノリ王国の城を見た瞬間――
ズキッ。
激しい頭痛が走った。
「っ……!」
イザウは頭を押さえる。
「俺……何か忘れてる……思い出さないと……でも……何を……?」
その瞬間。
脳裏に、一瞬だけイノリアの姿が浮かんだ。
――そして。
記憶が繋がる。
「……っ!」
彼は目を見開いた。
「違う……!」
ここは現実じゃない。
夢だ。
自分たちは別次元へ流れ着き、イノリアたちと共に戦っていた。
第七次元の巨大カタツムリと――
「思い出した……!」
イザウは空を見上げる。
「あの渦……カタツムリの殻の模様だ!」
だが次の問題が残る。
「……どうやって目を覚ます?」
彼は自分を殴った。
だが痛みがない。
そこでヴァルクの炎を出そうとした。
自分の足を焼き、痛みで覚醒するつもりだった。
しかし――
「……あれ?」
炎が出ない。
「おかしい……確かにヴァルクは使ってる感覚がある……火球も作ったはずなのに……」
イザウは集中する。
炎を動かす感覚はある。
確かに火球を操っている。
だが――見えない。
彼はゆっくり理解した。
「……そうか」
火球は現実側に出ている。
この夢の中では見えないだけだ。
「なら……操作はできる!」
彼は現実世界にある火球を、自分へ落とすよう集中した。
だが。
――失敗。
目は覚めなかった。
それでも。
肩に痛みが走った。
触れてみると、そこには火傷がある。
「……成功してる。でも痛みが足りないのか」
イザウはさらに巨大な火球を生成する。
そして位置を調整し、自分の身体へ落とした。
「……よし、行くぞ」
轟ッ!!
火球が直撃する。
その瞬間――
「熱っっっ!? あっつ!? 熱い熱い熱い!!」
イザウは飛び起きた。
目を開けると現実世界。
周囲には仲間たちが倒れている。
ネズミたちも全て眠っていた。
イザウは急ぎ、仲間を起こすため軽く炎を当てる。
「っ……熱っ!」
「いたっ……!」
イノリア、エイミ、ソラが目を覚ました。
「何が……起きたの……?」
「俺たち、さっきカタツムリの毒ガス吸って眠らされたんだ」
「……あぁ、そうだ……私、変な夢見てた……」
その時。
イザウが周囲を見回す。
「……リカは?」
短い沈黙。
そして。
「……食われてる」
全員が巨大カタツムリを見た。
そこには――
リカがいた。
半身が既に口の中へ呑み込まれている。
しかも。
当人はまだ熟睡していた。
「寝てる場合かよ!?」
「引っ張り出すわ! イザウ、気を引いて!」
イザウは即座に炎を放つ。
巨大カタツムリがそちらへ意識を向ける。
その隙に、エイミ、ソラ、イノリアがリカの足を掴んだ。
「せーの!!」
三人は全力で引っ張る。
ぬるり、と粘液が伸びる。
そして――
「抜けた!!」
リカが口の中から引きずり出された。
「イザウ! 炎! 起こして!」
「了解!」
イザウはリカの足を軽く焼いた。
「熱っ!?」
リカが飛び起きる。
「な、何が起きたの!?」
「毒ガスで眠らされてたの」
「……え?」
彼女は自分を見る。
全身が粘液まみれだった。
「……なんで私こんなヌルヌルなの?」
全員が微妙な顔をした。
「それは……後で説明する」
その時。
巨大カタツムリが再び動き出す。
再度、毒ガスを噴き出した。
だが――
エイミが先に動く。
風の一撃でガスを吹き飛ばした。
「悪いけど――」
彼女は不敵に笑う。
「同じ手に二度も引っかからないよ」
イザウが叫ぶ。
「リカ! 殻を狙え! 全力だ!」
リカは頷いた。
全身をヴォイドのオーラで包み込む。
そして。
高く跳躍。
次の瞬間――
轟ッ!!!!
渾身の拳が巨大カタツムリの殻へ叩き込まれた。
凄まじい衝撃が森を震わせる。
そして――
殻には、深く致命的な亀裂が走っていた。
「よし……次は俺の番だ!」
イザウは斧へ青いヴァルクを流し込んだ。
そして二本の斧を同時に振り抜き、リカが刻んだ亀裂へ叩き込む。
――砕けろッ!!
激しい衝撃と共に、巨大カタツムリの殻がついに粉砕された。
その瞬間、イノリアが動く。
彼女は巨大カタツムリの真上に鋭い氷柱を生成した。
さらにソラとエイミが同時に跳躍する。
二人は空中で氷へ飛び乗り――
「はぁぁッ!!」
ソラは電撃の蹴り。
エイミは風を纏った蹴り。
二人の力が重なり、氷柱は凄まじい速度で真下へ射出された。
ズドォォン!!
氷は巨大カタツムリの柔らかな身体を貫く。
「……やった……」
巨大カタツムリは大きく痙攣し、そのまま動きを止めた。
こうして彼らは、村を襲わせ、畑を荒らしていた元凶を倒したのだった。
イザウが周囲を見回す。
「よし。次はこの寝てるネズミどもの処理だな」
彼らは周囲で眠り続けているネズミたちを集めた。
やがてその数は小山のような山積みとなる。
イザウはそこへ炎を放った。
炎が夜明け前の森を赤く染める。
彼らは燃え上がるネズミの山と、巨大カタツムリの死骸を森に残し、その場を後にした。
――そして。
リカが腕を組み、じっと全員を睨む。
「……で?」
嫌な沈黙。
「説明してもらえる?」
「何をだ?」
「なんで私の身体、こんなにヌルヌルなのよ」
エイミたちは顔を見合わせる。
「えーっと……実は……」
ソラが言いづらそうに答えた。
「さっき、半分くらいカタツムリに食べられてて……私たちで引っ張り出したの」
――数秒の沈黙。
「…………え?」
その直後。
「うぇぇぇぇぇっ!!」
リカは盛大に吐き気を催した。
あの夜。
彼女にとって最悪だった。
大嫌いなネズミの群れ。
そして今度は、強烈な悪臭を放つカタツムリの粘液。
精神的なダメージは相当だった。
エイミはひどく落ち込んだリカを背負った。
その後、森の中で川を見つけると、リカは急いで粘液を洗い流しに向かった。
仲間たちは茂みの向こうで待機する。
木陰へ座り込み、それぞれ疲労を滲ませていた。
イノリアはイザウへ寄りかかりながら眠っている。
ソラも木にもたれて眠り始めていた。
エイミが茂みに向かって声を掛ける。
「リカー、まだー? 長風呂すぎじゃない?」
すると。
茂みの向こうからリカが姿を現した。
「失礼ね、エイロ」
彼女は濡れた髪を整えながら頬を膨らませる。
「女の子のお風呂の長さに文句言うなんて、最低よ」
リカの支度が終わると、一行は再び村へ戻ることにした。
その途中。
イザウが丘を指差す。
「なあ、近道しないか?」
「はぁ? そんなのあるの?」
「この丘を登ればいい。向こう側が村だろ? 川沿いと山道を回るより早い」
結局、一行は丘越えを選んだ。
川沿いの道より距離は短い。
だが。
登りは予想以上にきつかった。
「……この丘、そんな高く見えなかったのに……なんでこんな疲れるの……」
ソラが息を切らす。
イノリアは肩をすくめた。
「文句言わないの。寝不足だから余計疲れてるだけでしょ」
ようやく頂上へ辿り着く。
そこからは村が眼下に見えていた。
「あと下るだけだな」
その時。
エイミが空を見上げる。
「見て……太陽」
左の空では、ちょうど朝日が昇り始めていた。
新しい朝。
夜通し戦い続けた彼らには、眩しすぎる光だった。
「帰ったら絶対寝る……」
ソラが欠伸を漏らす。
「もう限界……眠い……」
彼らはしばらく朝日を眺めていた。
そして。
「……ん?」
イザウが目を細める。
巨大な影が、昇り始めた太陽の前を横切った。
それは光を覆うほど巨大だった。
まるで――
空を漂う島。
「……あれ、島じゃないか?」
「本当に……島……!?」
ソラが目を見開く。
その影は空を移動していた。
巨大な浮遊島。
「まさか……!」
イノリアが息を呑む。
「私たちが探してた浮遊島……!?」
「ついに見つけた!」
イザウが笑う。
「手掛かりゼロだったのにな!」
「追うわよ!!」
「どうせ荷物も全部持ってるしな!」
だが。
ソラが現実的な問題を口にした。
「……いや待って。かなり遠いし、あれ滅茶苦茶速くない?」
確かに浮遊島は高速で移動していた。
「どうやって追いつくのよ!?」
エイミが即座に指示を飛ばす。
「考えるのは後! イザウとイノリアは荷物持って!」
彼女はイザウを背負う。
リカは前へ抱え込んだ。
「ソラはイノリアを背負って! 電撃ヴァルクで全力疾走! 私は風の分解身体で行く! 追うよ!!」
一行は全速力で駆け出した。
だが浮遊島も速い。
「追いつけるのこれ!?」
「質問は後よ、リカ! 私もソラも全力なんだから!!」
彼らは速度を上げ続けた。
そして――
ついに。
浮遊島の真下へ辿り着く。
「やった……!」
ソラが息を切らせる。
「真下までは来た……でも問題は……」
彼女は見上げた。
浮遊島はかなり高い位置にある。
「……どうやって登るの?」
エイミが左手を差し出した。
「ソラ、掴まって」
ソラは手を取る。
エイミは全員を抱えたまま飛翔した。
だが。
四人分の体重。
大量の荷物。
限界が近かった。
「……っ、駄目……! これ以上は飛べない……落ちる!!」
「いや――まだだ!」
エイミの背中に掴まっていたイザウが片手を離した。
彼は斧を取り出す。
青炎ヴァルクを流し込み――
大きく振りかぶった。
「届けぇぇぇッ!!」
鎖斧が空を裂く。
そして。
ガキィン!!
斧は浮遊島下部の岩へ深く突き刺さった。
「よし!」
イザウが叫ぶ。
「成功だ! 一人ずつ登れ!!」
「その前に火消して!! 焼かれるでしょ!?」
「あっ……そうだった。悪い、へへ」
炎を消すと、彼らは順番に鎖を登った。
やがて浮遊島の側面――断崖へ取り付くことに成功する。
「よし……この崖を登るぞ」
急斜面を岩へ掴まりながら慎重に登っていく。
その途中。
ソラが尋ねた。
「そういえば、その斧……なんであんなに伸びるの? 鎖そんな長くなかったでしょ」
「言ってなかったか?」
イザウが笑う。
「ヴァルクを流すと鎖が伸びるんだ。長さもある程度調整できる。ただ限界はあるけどな」
「落ちなくて本当よかった……」
エイミが苦笑した。
「ごめん。さすがにみんな重くて、同時には運び切れなかった」
「十分すごいわよ」
イノリアが微笑む。
「ここまで来れただけでも大成功」
少ししてソラが思い出したように言った。
「……そういえば、村の人たちに挨拶しないままだったね。ネズミ退治したことも知らないだろうし」
「別にいいさ」
イザウが笑った。
「正体不明の英雄ってことで」
「ふふっ、それっぽい」
彼らは再び崖を登り続けた。
……ただ一人を除いて。
リカだけは相変わらずエイミに抱えられていた。
イザウが呆れた顔を向ける。
「おいリカ。なんでお前だけ登ってないんだ」
「だって」
リカは悪びれもなく答える。
「誰も降りろって言わないし、こうしてるとすごく楽なんだもの」
その瞬間。
全員が登る手を止めた。
そして無言で一斉にリカを見る。
「…………」
リカは視線に耐えきれず、咳払いした。
「……わ、分かったわよ……自分で登ればいいんでしょ……」
そうして長い崖登りの末――
ついに彼らは浮遊島の頂上へ到達した。
そして。
その光景に思わず息を呑む。
浮遊島の地表へ足を踏み入れた彼らの前には、深い森が広がっていた。
だがその中心には――
空へ突き刺さるように聳え立つ、巨大な塔のような建造物が存在していた。




