第24章 アライヘムの神話級ヴァルク使い
イザウたちは森の中を進んでいた。
だが、その森は驚くほど綺麗だった。落ち葉や折れた枝ですら丁寧に一か所へ集められており、地面には掃き清められた跡が残っている。
まるで誰かが毎日欠かさず手入れしているかのようだった。
その徹底した管理ぶりに、イザウたちは思わず感嘆する。
「ここ、すごく綺麗だな」
「まるで天国みたい」
「お前、天国に行ったことあるのか?」
「ないよ。そもそもまだ死んでないし。でも天国って、いつだって綺麗な場所として描かれるじゃない?」
そんな会話をしながら森を抜けると、その先にはかなり大きな集落が広がっていた。
家々は積み上げた石を壁として利用しており、どこか古代の建築様式を思わせる。
森から現れたイザウたちに気づき、住民たちが次々と視線を向けた。
何人かは慌てて集落の奥へ走っていく。
一方で、その場に残って様子を窺う者もいた。
困惑した表情を浮かべる者。
明らかに怯えている者。
反応は様々だった。
「どうやら警戒されてるみたいだな」
「ここで待とう。これ以上近づかない方がいいかもしれない」
「敵だと思われてる可能性もあるしね」
しばらくすると、人だかりの中央から一人の人物が現れた。
年老いた半獣人だった。
その老人はゆっくりとイザウたちの前まで歩いてくる。
「ようこそアライヘムへ(Alaihem)。お前たちはどこから来た? 迷い込んだのか?」
「迷ったわけじゃありません。会いたい人がいて来ました」
「ほう? 誰に会いに来たんだ?」
「名前は知りません。でも昔、伝説の武器を作った人です」
「私に何の用だ? もし魔族の使いなら今ここで全員殺すぞ」
「……ということは、あなたがその人なんですね」
「待ってください。私たちは魔族の使いじゃありません」
「ならば、若者四人と半魔族の娘一人が私を訪ねてきた理由は何だ?」
「伝説の武器を探しています。でも確かな手掛かりがなくて……。それで、ある人にあなたを訪ねるよう勧められたんです」
「伝説の武器だと?」
老人はイザウの背中に背負われた武器と、リカの籠手へ視線を向けた。
「お前たちは既に二つ持っているではないか」
「俺たちは伝説の武器を集めています。ザトラックスを倒し、アトロックスの次元封印が解かれるのを阻止するために」
老人はしばらく黙って彼らを見つめた。
その鋭い瞳は、まるで心の奥まで見透かしているようだった。
「……お前たちの顔に嘘は見えん」
そう言うと老人は背を向ける。
「ならば私の家で話そう」
半獣人の老人に案内され、イザウたちは集落の中へ入った。
周囲に集まっていた住民たちは左右へ分かれ、自然と道を作る。
誰もが老人に深い敬意を抱いているのが見て取れた。
やがて彼らは、集落の中央にそびえる巨大な塔へ辿り着く。
「入れ。ここが私の家だ」
中へ入ると、そこにあったのは頂上まで続く螺旋階段だけだった。
「上へ来い」
「分かりました、じいさん。でも大丈夫なんですか? こんなにたくさん階段がありますけど」
「私のことは気にするな。それと、私の名はローテス(Rotes)だ。好きに呼べ」
「分かりました、ローテスじいさん」
イザウたちは階段を上り始める。
しかしローテスはその場から動かなかった。
その時だった。
塔の上層から、一人の少女が空を飛びながら降りてくる。
「おじいちゃん、上がりたいなら呼んでくれればいいのに。騒がしかったから降りてきたよ」
「紹介しよう。こいつは私の孫の孫の孫の孫の孫の……うーむ、何代目だったか忘れたな。アガサ(Agatha)だ」
「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私はソラヤ、こっちはイノリア、あの人がイザウ、それからエイミ、そしてこの半魔族の女の子がリカです」
「孫の何代目って……。長生きにも程がありますよ」
直後、イノリアの拳がイザウの頭に落ちた。
「失礼すぎるでしょ!」
「いや、だって気になるだろ!」
ローテスは豪快に笑う。
「はっはっは。私は数千年もの間、自分の獣のヴァルクを使い続けているからな」
「獣化状態を解いたことがないんだ。もし解けば、人間の身体はとっくに寿命で朽ちていただろう」
「アガサは風のヴァルク使いなんですか? 飛んでるのに風を全然感じませんでした」
「いや、あれは重力のヴァルクだ」
「重力ですか!?」
「極めて珍しい能力だ。私の知る限り、彼女以外に使える者はあと一人しかいない」
「誰なんですか?」
「その話も上でしよう。まずは登るぞ」
次の瞬間、ローテスの身体がふわりと宙へ浮かんだ。
アガサは一切触れていない。
それでもローテスは重力操作によって上空へ運ばれていく。
本当に他人の重力まで操れるらしい。
「おい待て! 俺たちも一緒に運んでくれないのか!?」
「階段を使って上がってきなさい」
アガサは冷たく言い放つ。
「お客さんだからって甘えないで」
「なんかあの子、知ってる誰かにそっくりだな……」
イザウは横目でイノリアを見る。
「誰のことかなぁ?」
イノリアは笑顔のままイザウの頬を思い切り引っ張った。
「いだだだだだっ! ごめん! 冗談だから!」
ようやく最上階へ辿り着くと、そこには意外なほど広い部屋が広がっていた。
「好きなところに座れ」
「ありがとうございます」
しばらくしてアガサが飲み物と軽食を持ってくる。
「どうぞ」
「ありがとう、アガサ」
ソラヤが笑顔で礼を言った。
「さあ、食べてみなさい。この果物は非常に希少だが、この森にはまだたくさん生えている。アライヘムでは栽培しているからな」
「これは何の果物ですか? ずいぶん変わった形ですね」
「オッパイの実という」
その名前を聞いた瞬間、エイミが吹き出した。
「ぷっ……あはははははっ!」
「おい、エイミ。どうして笑うんだ?」
エイミは笑いを堪えきれず肩を震わせ続ける。
するとイノリアが、いつものようにイザウへするのと同じ勢いでエイミの頭を叩いた。
「痛っ!」
「普段は礼儀正しいのに、なんで今だけイザウみたいになってるのよ」
「ご、ごめん、ごめん。でもその果物の名前、地球の言葉だと別の意味になるんだよ」
「まあ、言語なんてそんなものだろう。ある言葉が別の国では変な意味になることもある」
ローテスは首を傾げた。
「それで、オッパイとはどういう意味なんだ?」
「い、いえ……やっぱり説明しなくていいです。少しだけ繊細な意味なので……」
エイミは慌てて話を打ち切った。
イザウたちは果物を口にする。
柔らかな果肉が舌の上でとろけた。
「うわっ……甘い!」
「中がすごく柔らかいな」
「めちゃくちゃ美味しい!」
ローテスは満足そうに頷く。
「そうだろう? 本来ならミランダではほとんど絶滅しかけている果物だからな」
「私も初めて食べましたし、名前も初めて聞きました」
ソラヤが感心したように果実を眺める。
「ミランダにこんな変わった果物があるなんて知りませんでした」
イザウは果物を食べ終えると、本題を思い出した。
「ローテスじいさん。もう一人の重力のヴァルク使いって誰なんですか?」
「ふむ……」
ローテスは椅子にもたれながら静かに息を吐く。
「話そう。ただし少々長くなるぞ。アトロックスとザトラックスにも関係する話だからな」
「構いません」
イノリアが身を乗り出す。
「むしろ魔族についての情報なら、どんな話でも聞きたいです」
その時、ソラヤがふとイザウへ視線を向けた。
「そういえばイザウ、ミランダ語が前よりずっと上手になったね」
「当然だろ」
イザウは少し誇らしげに笑う。
「俺とイノリアはもう何か月もここにいるんだからな。現地の言葉くらい覚えないと」
ローテスはそんな二人を見ながら話を始めた。
重力のヴァルクを持つ者は、彼の知る限り二人しか存在しない。
一人はアガサ。
そしてもう一人は――
魔族の始祖、トラックス(Torax)だった。
トラックスの血統は代々受け継がれ、その子孫はアトロックスとザトラックスの父親の代まで続いている。
遥か昔。
人間と魔族は激しく争っていた。
数千年に渡る戦争が続き、当時の魔族は人間を食料として捕食することさえあった。
しかし、ある時代を境に状況は変化する。
かつてのヴァルヘア騎士(Valhair)によってトラックスが弱体化させられたことで、魔族は以前ほどの勢力を保てなくなった。
それ以降、人間と魔族は長い間お互いへ干渉しなくなる。
均衡は保たれていた。
だが――
その均衡を破ったのがアトロックスだった。
アトロックスとザトラックスは、ダークシ族の族長の息子として生まれた。
ダークシ族は極寒の地で暮らしていた。
辺り一面は氷雪に覆われた山岳地帯。
農作物は育たず、人々は狩猟だけで生きていた。
彼らの父が族長だった頃、ダークシ族は一つの共同体としてまとまっていた。
身分制度もなく、全員が協力して生活する部族だった。
だが、その土地はあまりにも過酷だった。
外界から遠く離れた辺境に位置していたため、他の種族はその存在すらほとんど知らない。
当然ながら援助も交易もない。
彼らは自ら狩りを行い、その成果だけで生き延びるしかなかった。
部族の男たちの中でも特に強い者たちが狩猟隊を結成し、毎日命懸けで獲物を追う。
しかし部族の人口こそ多くないものの、全員分の食料を確保するのは極めて困難だった。
魔族は毎日食事を必要とするわけではない。
それでも吹雪への備蓄は不可欠だった。
一度嵐が始まれば数日。
時には一週間以上も狩りへ出られなくなる。
アトロックスとザトラックスもまた、その狩猟隊の一員だった。
毎日必死になって獲物を追い続ける。
食料を集める苦労を、誰よりも知っていた。
やがて父が亡くなり、二人は部族の指導者となる。
しかし、その頃には獲物の数も年々減少していた。
狩りはますます困難になり、漁も容易ではない。
吹雪が来れば、部族全体が嵐の終わりを待ちながら飢えに耐えるしかなかった。
そんな生活に、二人は強い不満を抱いていた。
彼らは願った。
かつて祖先たちが築いた魔族の黄金時代を取り戻したいと。
より暖かな土地まで勢力を広げたいと。
狩猟地を増やし、狩り以外の方法でも食料を確保できる環境を作りたいと。
そして二人は行動を起こした。
領土拡大のための軍を結成したのである。
選ばれた戦士たち。
強力なヴォイドやヴァルクを持つ男たち。
さらに高い戦闘能力を持つ女性たちも軍へ加わった。
彼らは周辺地域へ侵攻を開始する。
虐殺。
追放。
武力による制圧。
次々と周囲の土地を奪い取り、やがて北方一帯を支配下に収めた。
しかし、その過程で北方に存在するライガ王国の領土にも手を伸ばしてしまう。
それが大規模な戦争の始まりだった。
ダークシ族の軍勢は決して多くなかった。
それでも彼らは圧倒的な強さを誇った。
数々の地域を征服し、ついにはミランダでも十大王国の一つと数えられるライガ王国へ正面から戦いを挑む。
その中心にいたのがアトロックスとザトラックスだった。
アトロックスの闇のヴァルク。
ザトラックスの魂のヴァルク。
二人の力は常識を超えていた。
やがて複数の王国が同盟を結び、魔族へ反撃を開始する。
激しい戦争の中、多くの魔族が命を落とした。
それでもアトロックスとザトラックスは倒れない。
彼らの目的はただ一つ。
始祖トラックスを封印する二つの封印を破壊し、最強の祖先を解放することだった。
そして最後に立ちはだかったのが――
ヴァルヘア騎士だった。
ヴァルヘアはアトロックスとザトラックスへ挑んだ。
しかし二人はあまりにも強大だった。
完全に討ち取ることはできない。
だからこそヴァルヘアは別の方法を選ぶ。
彼は二人を封印し、さらにトラックスを封じる新たな封印そのものへと変えたのである。
「その話の一部は初耳ですが、残りはソラヤから聞いたことがあります」
ローテスは興味深そうに眉を上げた。
「ほう。この話を知っているのか。どこで聞いた?」
「父です」
ソラヤはそう答えた。
「父は研究者なんです。古代の碑文や文献を解読して、その中に隠された謎を解き明かしながら歴史を研究しています」
「なるほどな」
ローテスはどこか懐かしそうに微笑んだ。
「まだ歴史に興味を持つ者がいるとは嬉しいものだ。実は、その碑文や書物の大半は私の子孫たちが作ったものだからな」
「えっ!?」
イザウが驚いて身を乗り出した。
「じゃあ、じいさんって歴史学そのものじゃないですか!」
「歩く歴史書だ!」
「はっはっはっ!」
ローテスは豪快に笑った。
「まあ、そう言われれば否定はできんな」
そして話を戻す。
「ともかく、これがアガサ以外の重力のヴァルク使いについての話だ」
「重力のヴァルクは極めて強力な能力だが、アガサはまだ完全には使いこなせていない」
「本来の力も引き出せておらんよ」
アガサは少し不満そうに頬を膨らませた。
「分かってるよ」
「だから今も修行中なんだから」
イザウは頷きながら別の疑問を口にする。
「そういえば、今の魔族って階級制度があるんですよね?」
「ああ」
ローテスは頷いた。
「現在の魔族には四つの階級が存在する」
「上から順に――」
「アザジラ」
「ジンナ」
「サタナ」
「そしてゴスタだ」
「それぞれどういう意味なんですか?」
「それが分からんのだ」
「え?」
意外な答えにイザウたちは驚いた。
「私は数百年前まで本を書いていたからな。その時に様々な資料を調べた」
「だが、この階級名の本当の意味だけは最後まで分からなかった」
「おそらく知る方法は一つだけだ」
「魔族本人に聞くこと」
「しかし、それが最も難しい」
ローテスは遠い昔を思い出すように目を細めた。
「私が若かった頃、騎士たちは何度か魔族を捕虜にして情報を聞き出そうとした」
「だが奴らは情報を漏らすくらいなら死を選んだ」
「誰一人口を割らなかったよ」
「でも――」
イノリアが口を挟む。
「私たち、この前魔族の第二工場へ向かう途中で魔族を脅したら工場の場所を話しましたよ?」
「海の真ん中にあるって」
「ふむ……」
ローテスは顎に手を当てた。
「それは今の魔族たちの精神力が昔より弱くなったのかもしれんな」
「特に今はザトラックスしか指導者がいない」
「アトロックスは封印されたまま」
「そしてトラックスほど恐ろしい存在もいない」
「だから昔ほど厳しい支配を受けておらず、自由に振る舞う者が増えたのだろう」
「そんなに恐ろしかったんですか? トラックスって」
「当然だ」
ローテスの表情が少し険しくなる。
「あの時代は戦争だらけだった」
「トラックスは情け容赦のない支配者として知られていた」
「おそらく、お前たちが実際に彼を目の前にしたら――」
「恐怖で身体が動かなくなるだろうな」
その言葉に部屋の空気が少し重くなる。
だがイザウはすぐに笑みを浮かべた。
「面白い話でした」
「魔族についてまた一つ知ることができましたし」
そして本来の目的を切り出す。
「それで、俺たちがじいさんを訪ねた理由なんですが」
「残りの伝説の武器について教えてもらえませんか?」
「どこにあるんですか?」
「もちろん話そう」
ローテスは頷いた。
「だが最初に言っておく」
「確かに私は伝説の武器を作った」
「しかし、それらが今どこにあるのかまでは知らん」
「お前たちが持つ斧と籠手についても、どこで手に入れたのか私は知らない」
「そうなんですか……」
イザウたちは少し落胆した。
「残念です」
「他の武器の場所が分かると思ったんですが」
「だが種類なら分かる」
ローテスは指を折りながら数える。
「お前たちが斧と籠手を持っているなら、残るのは――」
「剣」
「盾」
「弓」
「そして短剣だ」
「ただし」
「短剣だけは絶対に見つからん」
「え?」
「どうしてですか?」
ローテスは静かに答えた。
「その光の短剣はヴァルヘア騎士の武器だった」
「そして彼はアトロックスとザトラックスを封印した後に姿を消した」
「武器も共に消えたのだ」
「消えた……?」
「そうだ」
ローテスはゆっくりと頷く。
「彼は最後の戦いの後、自分の仲間へこう告げたそうだ」
『炎王の姫との約束を果たしに行く』
と。
「炎王の姫?」
ソラヤが首を傾げた。
「そんな人物、父の本にも載っていませんでした」
「当然だ」
ローテスは答える。
「その話は歴史書にも古代文書にも碑文にも記されていない」
「だが、あの時代を生きた我々は知っている」
「ヴァルヘア騎士の傍には、一人の少女がいたことをな」
「少女?」
「ああ」
「自らを炎王の姫と名乗る若い娘だった」
「しかも未来から来たと言っていた」
「未来から!?」
全員が驚く。
「ヴァルヘア騎士は光のヴァルクを極限まで進化させた」
「そして空間と時間を操る次元のヴァルクへ到達したのだ」
「その力によって彼女は未来から来たらしい」
「じゃあ……」
イノリアが尋ねる。
「結局、ヴァルヘア騎士がどこへ行ったのかは今も分からないんですか?」
「誰も知らん」
「生きているのか死んでいるのかもな」
ローテスは窓の外を見つめた。
「だが私は生きていると思っている」
「炎王の姫との用事を終えた後もな」
「その炎王の姫って、どんな人だったんですか?」
エイミが興味津々で尋ねる。
「一度だけ見たことがある」
ローテスは答えた。
「ヴァルヘアと共に戦っていた時だ」
「まだとても若い少女だった」
「だが、私を最も驚かせたのは別のことだ」
「彼女は二つのヴァルクを同時に使っていた」
「二つも!?」
「火と水だ」
部屋の全員が息を呑む。
「普通なら両親が火と水を持っていた場合、子供はどちらか一方を受け継ぐ」
「あるいは混合属性になる」
「しかし彼女は違った」
「火も水も両方使えたのだ」
「しかも、それぞれのヴァルクを高位へ進化させていた」
「信じられない能力ですね……」
ソラヤが感嘆の声を漏らす。
ローテスは静かに頷いた。
「そうだ」
「だからこそ私は今でも彼女のことを覚えている」
そして話を締めくくるように言った。
「ともかく、光の短剣はヴァルヘア騎士と共に消えた」
「つまり、お前たちが探せる伝説の武器は残り二つ」
「盾と弓だけだ」
「では、伝説の剣はどうなんですか?」
イザウが尋ねると、ローテスは静かに頷いた。
「それは既に第一級黒星魔族が所持している」
「俺たち、その持ち主と一度戦ったことがあります」
イザウは苦笑した。
「たった一振りで森を吹き飛ばしました」
「だから全員で逃げたんです」
「なるほど」
ローテスは納得したように頷く。
「ならば、その剣を持つのはガトラスだな」
「ということは、お前たちが探すべきは無限の弓と盾ということになる」
「無限の弓?」
エイミが首を傾げる。
「そんな名前なんですか?」
「ああ」
ローテスは答えた。
「伝説の武器はどれも強力だ」
「だが、その中でも無限の弓は最も広範囲を攻撃できる」
「そんなに広いんですか?」
「広いどころではない」
ローテスの目が真剣になる。
「一度放てば、王国の軍勢を丸ごと消し飛ばせるほどだ」
「えっ……?」
「その能力の一つに、矢の雨を降らせる力がある」
部屋の空気が一瞬凍り付く。
「恐ろしい武器ですね……」
ソラヤが思わず呟いた。
「では盾の方は?」
「どんな能力を持っているんですか?」
「絶対防御だ」
ローテスは即答した。
「伝説の盾は絶対的な防御能力を持つ」
「ほとんど全ての攻撃を防ぐことができる」
「ほとんど?」
イノリアが反応する。
「つまり破れるんですか?」
「あくまで理論上だがな」
ローテスは頷く。
「盾の防御力を上回る力で攻撃すれば突破できる可能性はある」
「だが、それほどの攻撃を放てる者がどれだけいるか……」
誰も言葉を返せなかった。
その性能だけでも十分に異常だったからだ。
するとソラヤが思い出したように口を開く。
「父の本にも伝説の武器について書かれていました」
「能力や最後に確認された場所、それを使っていた英雄の名前などです」
「ですが正確な所在地までは分かりませんでした」
「物は移動できますからね」
「例えばリカの籠手みたいに、迷宮へ隠されることもありますし」
ソラヤは肩を落とした。
「結局、また手掛かりがなくなってしまいましたね……」
「いや」
ローテスはゆっくり首を振った。
「一つだけ心当たりがある」
「本当ですか!?」
全員が身を乗り出す。
「天空図書館だ」
「そこなら何か見つかるかもしれん」
「天空図書館?」
「ミランダ最大の図書館だ」
ローテスは少し懐かしそうな表情を浮かべる。
「昔、私と長男で建設した」
「ええっ!?」
再び驚きの声が上がった。
「じいさん、何でも作ってるじゃないですか……」
「はっはっは!」
ローテスは楽しそうに笑う。
「もう何百年も行っていないがな」
「今頃は膨大な蔵書になっているだろう」
「その天空図書館って、この浮遊島にあるんですか?」
イザウが尋ねた。
「いや」
ローテスは首を振る。
「アライヘムにはない」
「聖天空山にある」
「そこには天空王国という国が存在している」
「空の上にあるんですか?」
「いや」
ローテスは笑った。
「実際に空に浮いているわけではない」
「その山があまりにも高く、雲を突き抜けているから天空王国と呼ばれているだけだ」
「その天空王国はどこにあるんですか?」
「ちょうど運がいい」
ローテスは窓の外を指差した。
「あと一週間ほどで、この島はそこへ向かう道の近くを通る」
「つまり、お前たちは最低でも一週間ここに滞在する必要があるな」
「本当にですか!?」
「じゃあここにいてもいいんですか?」
「ああ、もちろんだ」
ローテスは優しく頷く。
「住民たちも喜ぶだろう」
「アライヘムには何百年も来訪者がいなかったからな」
そう言うと彼は窓の外に浮かぶ大地へ視線を向けた。
「この浮遊島も元々は友人が作ったものだ」
「フィカズ騎士と共に戦った騎士の一人でな」
「土のヴァルク使いだった」
「彼は亡くなった妻のヴァルクを封じたヴァルク石を使い、この島を空へ浮かべたのだ」
「亡くなった奥さんのヴァルクですか?」
「ああ」
「彼女は非常に強力な風のヴァルク使いだった」
「巨大な嵐すら操れたほどにな」
「だから残されたヴァルクのエネルギーも桁違いだった」
「その力によって島は今なお飛び続けている」
その説明を聞いてイザウは何かに気付いた。
「もしかして――」
「この島もヴァルク石を媒介にしてエネルギーを蓄積し、それを制御しているんですか?」
「さらに数日ごとに誰かがヴァルクを補充する仕組みとか?」
ローテスは目を丸くした。
「なぜそれを知っている?」
「ここへ来る前にオケアニスへ立ち寄ったんです」
「海底都市ですね」
「そこでは水の女神のヴァルクによる結界を維持していました」
「最近、その理論が発見されたばかりだったんです」
「まさかこの島も同じ理論だったなんて」
「なるほど」
ローテスは納得したように頷いた。
「我々にとっては昔から使っている技術だが、同じ発想に辿り着いた者がいたのか」
「実はその理論を書いた本が天空図書館にも保管されている」
「お前たちがオケアニスで会った人物は、その本を読んだのかもしれんな」
「あるいは誰かから理論だけ聞いて推測したのか」
「あり得ますね」
ソラヤも頷く。
「エヴァおばあさんはとても長生きでしたから」
しばらくしてローテスが立ち上がった。
「さて」
「お前たちはこの塔で休むといい」
「客室はないがな」
「そもそも客が来たことがない」
「気にしないでください」
イザウは笑った。
「俺たち、テントを持っています」
「塔の近くで野営できますから」
「そうか」
ローテスは満足そうに頷いた。
そしてふと思い出したように二人を見る。
「ところで」
「お前たちは伝説の武器をどこまで使いこなしている?」
イザウとリカは顔を見合わせた。
「まだ完全には」
「でも毎日訓練しています」
「そうか」
ローテスの口元が僅かに上がる。
「ならば滞在中、私が鍛えてやろう」
「伝説の武器の真価を引き出せるようにな」
「本当ですか!?」
イザウとリカが同時に立ち上がる。
「ありがとうございます!」
「それだけではない」
ローテスはさらに続けた。
「伝説の武器を持たない者たちにも武器を作ってやろう」
「好きな武器を言ってみろ」
「アライヘムには高品質な素材がまだたくさん残っている」
「どうせ何年も使われていないからな」
一瞬、部屋が静まり返った。
そして次の瞬間――
「えええええっ!?」
全員が歓声を上げた。
「伝説の武器を作った本人に武器を作ってもらえるなんて!」
「最高じゃないですか!」
イザウたちの顔には隠しきれない期待と興奮が浮かんでいた。
その日、イザウたちは島を見て回りながら住民たちへ自己紹介をして過ごした。
畑では夕食に使う野菜の収穫も手伝う。
アライヘムでは、一日三回の食事を島の住民全員で屋外に集まって食べる習慣があった。
まるで島全体が一つの家族のようだった。
たとえ雨が降っても問題はない。
島には水のヴァルク使いがいるため、雨を制御できるのだ。
そのため住民たちはいつでも変わらず外で食事を共にしていた。
イザウたちも住民たちと一緒に料理を作る。
初対面とは思えないほど打ち解けており、笑い声が絶えなかった。
やがて夜になる。
料理も完成し、巨大な焚き火の上ではまだいくつものジャガイモが焼かれていた。
全ての準備が整うと、住民たちは次々と集まり始める。
そして皆で食卓を囲んだ。
「毎日こんなに大勢で食事をするなんて……」
ソラヤが優しく微笑む。
「本当に温かい場所ですね」
食事が終わると、今度は住民たちの宴が始まった。
焚き火を囲みながら歌う者。
踊る者。
談笑する者。
誰もが楽しそうに笑っていた。
長い年月を共に過ごしてきた家族のような絆が、そこにはあった。
夜も更ける頃になると、イザウたちはテントへ戻った。
彼らのテントはアライヘムの塔の近くに設営されている。
住民たちが毎回食事をする広場も、その周辺だった。
全員すぐに眠りへ落ちた。
今日は一日中歩き回っていたし、昨夜はネズミ退治のせいであまり眠れていなかった。
だからこそ、その夜は久しぶりに深い眠りにつくことができた。
◇◇◇
深夜――
リカはふと目を覚ました。
理由は単純だった。
トイレに行きたくなったのである。
「んぅ……」
半分眠ったままテントの外へ出る。
ふらふらと歩きながら目を擦った。
「トイレ……どこだろ……」
ぼんやりと辺りを見回す。
「そういえば今日、一度も行ってなかったな……」
島を案内してもらっていた時も、皆がトイレへ行っている間に自分だけ見学を続けていた。
当然、場所など覚えているはずもない。
「うぅ……どこ……」
リカは住民の家々の周りを歩き回った。
しかし公衆トイレらしきものは見当たらない。
「うあああぁぁ……」
額に冷や汗が浮かぶ。
「もう限界なんだけど……!」
焦り始めたその時だった。
広場の方から何か動く気配がした。
月明かりの下。
一人の女性が訓練している姿が見える。
「あっ!」
リカは救いを見つけたかのように駆け出した。
「ねぇ! 助けてー!」
大声で叫びながら走る。
一方、その女性――アガサは重力のヴァルクの訓練中だった。
巨大な岩を浮かせて操作していたのである。
すると突然、暗闇の向こうから何かが猛スピードで突進してきた。
しかも月明かりしかないため顔が見えない。
紫色の肌を持つ半魔族のリカは、夜になるとほとんど影のようにしか見えなかった。
「きゃっ!?」
アガサは悲鳴を上げた。
(襲撃!?)
完全に勘違いした。
パニックになったアガサは巨大な岩を重力操作で持ち上げ、そのままリカへ向かって投げつける。
「え?」
リカは反射的に拳を振った。
ドゴォォォン!!
巨大な岩が粉々に砕け散る。
「きゃあああああああっ!!」
アガサはさらに恐怖した。
謎の黒い人影が岩を素手で粉砕しながら迫ってくる。
どう見ても化け物だった。
彼女はその場にしゃがみ込み、頭を抱えて目を閉じる。
「いやぁぁぁぁ!」
「え?」
リカは困惑した。
「ちょ、ちょっと待って」
「どうしたの?」
「私だよ、リカ」
アガサは恐る恐る目を開けた。
月明かりに照らされた顔を見て、ようやく正体を理解する。
「あっ……」
数秒沈黙した後、
「リカだったの!?」
「脅かさないでよ、このバカ!」
「ご、ごめん……」
リカは苦笑いした。
「でも今はそれどころじゃないんだ」
「お願いアガサ」
「緊急事態なの!」
「何?」
アガサの表情が真剣になる。
「魔族の襲撃?」
「違う」
「じゃあ何?」
「トイレの場所が分からない」
「…………」
沈黙。
「はぁ……」
アガサは盛大なため息を吐いた。
「それだけ?」
◇◇◇
数分後。
リカは無事にトイレへ案内されていた。
トイレは塔の最上階にあり、ローテスたちの生活空間と同じ階に設置されていた。
島には公衆トイレがない。
各家庭に個別のトイレがあるためだ。
「助かったぁ……」
用を済ませたリカは心の底から安堵した。
「本当にありがとう」
「間に合って良かったよ」
「友達を起こして聞けばよかったのに」
アガサが呆れたように言う。
「なんで一人で迷子になってるのよ」
「皆疲れてたから起こすの悪いと思って……」
「それで島中を彷徨ったの?」
「うん」
「アホだ」
「うぅ……」
リカは反論できなかった。
すると今度はリカが質問する。
「そういえばアガサ」
「どうしてこんな夜中に訓練してるの?」
アガサは少し視線を逸らした。
「実はね……」
「おじいちゃんに申し訳なくて」
「申し訳ない?」
「私は珍しい重力のヴァルクを持ってる」
「しかもすごく強い能力らしい」
「でも、おじいちゃんから言わせると、私はまだ力の一パーセントも使えてないんだって」
アガサは拳を握る。
「だから強くなりたい」
「期待を裏切りたくない」
「自分の力を証明したいんだ」
「毎日じゃないけど、週に二、三回はこうして夜に訓練してる」
リカは優しく微笑んだ。
「きっと強くなれるよ」
「そんなに努力してるんだから」
「私も手伝えたらいいんだけど……」
「ヴァルク使えないし」
「私にあるのはヴォイドだけだから」
「十分強いじゃない」
アガサは笑った。
「心配してくれてありがとう」
そして突然、何か思いついたように言う。
「ねえリカ」
「私と戦ってみない?」
「え?」
「模擬戦」
「伝説の武器を使ってもいいよ」
リカの目が輝いた。
「いいの?」
「もちろん」
「じゃあやろう!」
◇◇◇
二人は再び広場へ戻った。
月光だけが静かに地面を照らしている。
リカは全身をヴォイドのオーラで包み込んだ。
対するアガサは何も構えない。
ただ静かに立っているだけだった。
「準備できた?」
「うん」
「じゃあ来て」
アガサは平然と言う。
「全力で攻撃してみて」
「分かった!」
リカは地面を蹴った。
凄まじい速度で距離を詰める。
拳を握り締め、そのままアガサへ叩き込もうとした。
だが――
「えっ……?」
突然だった。
身体が重い。
信じられないほど重い。
まるで巨大な山を背負わされたかのような圧力が全身へ襲いかかる。
「な、何これ……!?」
足が動かない。
立っていることすらできない。
膝が地面へ沈む。
「うっ……!」
ドサッ。
リカはその場へ跪いた。
「身体が……」
「重すぎる……!」
驚愕するリカを見下ろしながら、アガサは静かに微笑んだ。
「重力のヴァルクは本当に便利なんだよ」
アガサは軽く肩をすくめた。
「一定範囲内なら、考えるだけで重力を操作できるからね。特別な動作も必要ないし」
「いやいや、それだけでも十分すごいよ」
リカは苦笑する。
「なのにローテスじいさんは、それでまだ一パーセントしか力を出してないって言うんでしょ?」
「じゃあ重力のヴァルクの本当の力ってどれくらいなの?」
「さあ?」
アガサは首を傾げた。
「私にも分からない」
「でも……」
少し考えてから続ける。
「もしかしたら惑星の自転に影響を与えるくらいじゃないかな」
「いや、それはもうめちゃくちゃだよ!?」
リカは思わず叫んだ。
アガサはくすりと笑うと重力操作を解除した。
途端にリカの身体が軽くなる。
「でもね」
アガサは真面目な顔になる。
「あなたは私の重力に耐えながら膝をついていただけだった」
「完全に潰れたわけじゃない」
「つまり私なんてまだまだだよ」
「おじいちゃんの話だと、昔のトラックスは怒っただけで強い魔族の身体を押し潰せたらしいし」
「本当に恐ろしい魔族だね……」
リカは小さく息を吐いた。
「封印されていてよかった」
そしてニヤリと笑う。
「それに私だって、まだ本気を出してないし」
「もう夜だから真面目に戦うの面倒だっただけだよ」
「えっ!?」
アガサが目を見開く。
「手加減してたの!?」
「おーいリカ!」
「もう一回勝負!」
「やだ」
リカは即答した。
「私は寝る」
「ちょっと待ちなさいよ!」
リカはそのままテントへ向かって歩き出す。
アガサも慌てて後を追った。
「待ってよリカ!」
「一緒に帰ろう!」
◇◇◇
翌朝。
住民たちとの朝食を終えたイザウたちは、訓練のため広場へ集まっていた。
そこにはローテスの姿もある。
「そういえば」
ローテスが辺りを見回した。
「リカはどこだ?」
「さっきまで朝食を食べてましたよ」
イノリアが答える。
「でも食べてる間ずっと目を閉じてました」
「起こすのも大変だったし……」
ソラヤが苦笑した。
「まさかまた寝たんじゃ?」
全員が沈黙する。
「……」
「……」
「見てくる」
イノリアが立ち上がった。
「私も行くよ」
ソラヤも後を追う。
二人はテントへ向かった。
そして――
「いた」
「やっぱり」
リカは毛布にくるまって爆睡していた。
「リカー」
「起きなさい」
「んぅ……」
リカはうっすら目を開く。
「まだ眠い……」
「昨日トイレ探してたから寝不足なんだよ……」
「起きないと」
イノリアが無表情で言った。
「ローテスじいさんが上から地上へ投げ落とすって」
「起きる!!」
リカは勢いよく飛び起きた。
◇◇◇
数分後。
広場へ到着したリカは、ローテスの前で深々と頭を下げる。
「訓練に参加します!」
「だから地上へ投げないでください!」
一瞬静まり返った後――
全員が吹き出した。
「あははははっ!」
「何それ!」
「リカらしいな!」
広場は笑い声に包まれる。
ローテスも肩を震わせていた。
「はっはっは!」
「安心しろ」
「そんなことはせん」
リカは心底ほっとした表情を浮かべた。
「よかった……」
「さて」
ローテスは手を叩く。
「訓練を始めるぞ」
◇◇◇
ローテスはまず全員に模擬戦をさせた。
戦い方を見て、それぞれの欠点を指摘していく。
特にヴァルクの使い方については厳しかった。
「無駄が多い」
「流れが悪い」
「力の逃がし方が下手だ」
次々と指摘が飛ぶ。
その結果、全員が自分の欠点を思い知らされることになった。
特にイザウは酷かった。
「イザウ」
「はい」
「お前は白炎のヴァルクを無駄遣いしすぎだ」
「たった三回模擬戦しただけで限界ではないか」
イザウは息を切らしながら苦笑した。
「うっ……」
「その通りです」
「今夜は朝まで瞑想しろ」
「え?」
「朝まで?」
「寝ないんですか?」
「瞑想も休息だ」
ローテスは平然と言った。
「私は数千年間、夜はずっと瞑想している」
「寝ていない」
「えぇ……」
イザウは引きつった笑みを浮かべる。
だが確かに理屈は分かる。
眠ってしまえばヴァルクの制御が途切れる可能性もある。
エヴァも同じようなことを言っていた。
「瞑想を身につければ、大量のヴァルクを扱っても疲労しにくくなる」
「そして――」
ローテスはイザウとリカを見る。
「お前たち二人は後で残れ」
「追加訓練だ」
「はい!」
◇◇◇
休憩時間。
他のメンバーはテントへ戻っていく。
その途中、アガサがやって来た。
「あれ?」
アガサは広場を見た。
「イザウとリカはまだ残ってるの?」
「うん」
イノリアが答える。
「ローテスじいさんから追加授業らしい」
「多分、伝説の武器を使ってるからじゃないかな」
「なるほど」
アガサは興味深そうに頷いた。
◇◇◇
一方その頃。
広場ではローテスによる特別授業が始まっていた。
「お前たちの伝説の武器の使い方は間違っている」
その言葉にイザウとリカは同時に驚く。
「えっ?」
「間違ってるんですか?」
「ああ」
ローテスは頷く。
「その武器が持つ本来の力を、まるで引き出せていない」
「そんな……」
リカが呟く。
「今までずっと間違って使ってたってことですか?」
「そういうことだ」
「では、どうすればいいんですか?」
「まずは見せてみろ」
ローテスはイザウを指差した。
「イザウ」
「その斧へヴァルクを流してみろ」
「はい」
イザウは目を閉じる。
体内の白炎のヴァルクを斧へ送り込んだ。
すると斧の刃から白い炎が燃え上がる。
周囲の空気が熱を帯びた。
「ほう」
ローテスは静かに頷く。
「やはりな」
そしてイザウを見つめる。
「お前、自分の根本的な間違いが分かるか?」
「え?」
イザウは斧を見下ろした。
しかし何も分からない。
「いえ……」
「分かりません」
「教えてください」
ローテスはゆっくりと笑みを浮かべた。
「ならば今から説明してやろう」
「その斧の本質を理解していないのだ」
ローテスは静かに言った。
「この伝説の武器は、ヴァルクとヴォイドを融合させて作られている」
「ただし例外もある」
「剣と盾だけは別だ」
「つまり――」
ローテスはイザウの斧を指差した。
「その斧自体がヴァルクの供給源でもあるということだ」
「供給源……ですか?」
「そうだ」
ローテスは頷く。
「お前は今まで自分のヴァルクだけを武器へ流し込み、その力を起動させていた」
「だが、それでは損をしている」
「本来は武器に流すだけではなく、武器のヴァルクも吸収しなければならない」
「吸収……?」
イザウは驚いた。
「つまりヴァルクを一方通行にするのではなく、循環させるんだ」
「お前の体から武器へ」
「武器からお前へ」
「等価交換だ」
「そうすることでヴァルクの流れが完成する」
ローテスは斧の刃を軽く叩く。
「この武器を巨大なヴァルク工場だと思え」
「お前はそこから無限に近いエネルギーを引き出せる」
「そんなことが……」
イザウは目を見開いた。
「全然知りませんでした」
「では試してみろ」
「今度は武器のヴァルクを体へ流し込むんだ」
「はい!」
イザウは深呼吸した。
そしてローテスの言葉通り、斧の内部に眠るヴァルクへ意識を向ける。
次の瞬間――
凄まじいエネルギーが体内へ流れ込んだ。
「っ!?」
イザウの全身を白炎が包む。
先ほどまで消耗し切っていたはずなのに、再び白炎形態へ移行できた。
「すごい……!」
イザウは興奮した声を上げる。
「とんでもない量のヴァルクです!」
「体中を巡っている!」
「まるで無限みたいだ!」
全身の細胞が活性化していく感覚。
今まで感じたことのないほど濃密なヴァルクの奔流。
だが――
それは長く続かなかった。
「うっ……!」
突然、白炎が消える。
イザウの膝が崩れ落ちた。
「がはっ!」
口から血がこぼれる。
視界が激しく揺れた。
「イザウ!」
リカが慌てて駆け寄る。
「大丈夫!?」
「な、なんで……」
イザウはふらつきながらローテスを見上げた。
「頭が……凄く痛い……」
ローテスは落ち着いた様子で説明する。
「当然だ」
「お前はまだ循環を維持できていない」
「維持?」
「ヴァルクの循環は常に一定でなければならない」
「だが、お前は途中で集中力を切らした」
「その瞬間、流れが乱れたのだ」
ローテスの表情は真剣だった。
「本来なら非常に危険な状態だ」
「莫大なヴァルクが暴走すれば身体を傷つけることもある」
「だから瞑想が必要になる」
「瞑想によって精神を安定させ、循環を維持できるようにするのだ」
イザウは苦しそうに息を吐いた。
それでも目だけは輝いている。
「分かりました」
「必ず習得します」
「伝説の武器の本当の力を引き出してみせます」
「必ず使いこなしてみせます」
ローテスは満足そうに微笑んだ。
「その意気だ」
◇◇◇
訓練は一旦終了となった。
ローテスはふらつくイザウを支える。
反対側からはリカが肩を貸していた。
「無理するな」
「今日はここまでだ」
「すみません……」
イザウは苦笑する。
その様子を見ながらリカが質問した。
「ローテスじいさん」
「私の場合はどうなるの?」
「私の伝説の武器も同じなの?」
「でも私はヴァルクを使えないよ」
「問題ない」
ローテスは即答した。
「その理屈はヴォイドにも当てはまる」
「お前の籠手もまた、ヴォイドを蓄えている」
「だから武器からヴォイドを体へ循環させればいい」
「なるほど」
リカは納得したように頷いた。
「ただし」
ローテスは少し考える。
「今日の模擬戦を見る限り、お前は精神力も身体能力も十分高い」
「だからイザウほど苦労はしないだろう」
「明日の訓練で実際に試してみよう」
「はい!」
リカは元気よく返事をした。
するとイザウが別の疑問を思い出す。
「そういえば」
「伝説の剣と盾はどうなんですか?」
「その二つだけはヴァルクとヴォイドの融合じゃないんですよね?」
「その通りだ」
ローテスは頷いた。
「それらは当時の人間側と魔族側の代表者との約束によって作られた」
「約束?」
「剣と盾は元々一対の武器だからだ」
ローテスは指を二本立てる。
「剣はヴォイドだけで作られている」
「そして盾はヴァルクだけで作られている」
「つまり真逆の存在だ」
「だから本来は、一人の使い手が両方を扱うことで完全な武器となる」
イザウとリカは真剣に耳を傾けた。
「もし別々に使われた場合は?」
イザウが尋ねる。
「剣はヴォイド使いしか扱えない」
「盾は人間――つまりヴァルク使いしか扱えない」
「だが同じ使い手が二つを揃えた時」
ローテスの目がわずかに細くなる。
「その時初めて、一つの伝説の武器として完成する」
「なるほど……」
イザウは感心したように呟いた。
失われた伝説の武器には、まだまだ知らない秘密が多いらしい。
◇◇◇
こうしてこの日の訓練は終了した。
イザウは伝説の斧から供給される膨大なヴァルクにまだ慣れていなかった。
そのため全身から力が抜けている。
歩くことすら困難だった。
立ち上がるだけで精一杯である。
「情けないな……」
イザウが苦笑すると、
「最初から出来る方がおかしいんだよ」
リカが肩を貸しながら言った。
「明日も頑張ればいいじゃん」
「そうだな」
イザウは空を見上げる。
浮遊島アライヘムでの修行は、まだ始まったばかりだった。




