第20章 超大爆発
イザウはなおも濁流に呑まれていた。しかし彼の胸を支配していたのは、自分の身ではなくイノリアたちの安否だった。もしイノリアがあれほどの力を使ったのだとすれば、それだけ追い詰められているということだ。
焦燥に心を乱され、イザウはただ水流に身を任せるしかなかった。
ふと視界の先に、開いた鉄扉が見えた。
彼は咄嗟にその扉へしがみつき、これ以上流されないよう踏ん張る。同時に、周囲へ視線を巡らせてハルトの姿を探した。しかし、見渡す限り映るのは荒れ狂う水だけだった。
激流に引きずられるうちに、イザウの白炎モードは解除されていた。だが使用時間が短かったため、意識までは失っていない。
「この水……いつ引くんだ? イノリアたちはどうなった……? 俺はいったいどこまで流された……? くそっ……頭がぐちゃぐちゃだ……。敵の野郎までどこかへ消えやがった……」
しばらく鉄扉に掴まっていると、ようやく水位が下がり始めた。
やがて足が床へ届き、再び立てるようになる。
その時だった。
壁を破壊しながら何かを探しているハルトの姿が見えた。いくつもの壁を力任せにぶち抜き、獲物を探す獣のように進んでいた彼は、廊下の一角に立つイザウを見つけると足を止める。
「ようやく見つけたぞ」
次の瞬間、ハルトが消えた。
いや――違う。
瞬時にイザウの眼前へ現れていたのだ。
放たれた拳を、イザウは両手の斧刃を盾にして辛うじて受け止める。しかし直撃を防いだにもかかわらず、その衝撃だけで身体は大きく後方へ弾き飛ばされた。
イザウは即座に反撃する。
青く燃え盛る炎を纏わせた片方の斧を投げ放った。
だがハルトは軽々と回避し、斧は壁へ深く突き刺さる。
「ちっ……引き抜けねぇ!」
残ったもう一方の斧を振るう。
しかしハルトはそれを足で受け止め、そのまま踏みつけた。
斧刃は床へ深々と突き刺さる。
両方の斧が封じられた。
その隙を逃すはずもなく、ハルトが疾走する。
イザウの頭部へ強烈な蹴りが炸裂し、彼は吹き飛ばされた――だが次の瞬間。
ハルトの手がイザウの左足首を掴んでいた。
宙吊りとなり、頭を下にしたままぶら下がるイザウ。
そして――
ハルトがその左脚を殴った。
「がああああああッ!!」
激痛と共に血が噴き出す。
だが終わらない。
二撃目。
鈍い音と共に左脚が不自然に折れ曲がる。骨が砕けたのだ。
さらに三撃目。
完全に断ち切られた左脚が、ハルトの手の中で千切れ飛んだ。
「ぐああああああああッ!!」
イザウは床へ叩き落とされ、絶叫しながら転がる。
切断面から大量の血が溢れ出し、床を赤く染めていった。
ハルトは無慈悲に彼を蹴り飛ばす。
イザウは遠くまで吹き飛ばされ、もう立つことさえできなかった。左脚の切断面を押さえながら、霞む視界でハルトを見上げる。
痛みで焦点の合わない目。
その先で、ハルトの顔に走る縫合痕がゆっくりと裂け始めた。
顔面中央の縫い目が開き、そこから縦に裂けた巨大な口が現れる。
鋭利な牙が並ぶその異形は、まるで咲き誇る花のようだった。
そして。
ハルトはまだ手に握っていたイザウの左脚を、その巨大な口へ放り込む。
一飲み。
それだけで食い尽くした。
「今から本気を出そう。お前自身の力で、お前を殺してやる」
「……何だ……お前の呪いの力は……」
イザウが掠れた声で問う。
ハルトは裂けた口を歪ませた。
「この口こそが俺の呪いだ。他の生物の肉体を喰えば、そいつと全く同じ力を得られる。しかも未完成な力なら、俺の虚無の力でさらに完成させることもできる」
その言葉を聞いた瞬間、イザウの胸に絶望が落ちた。
つまり――
ハルトは自分の白炎を使える。
しかも完全な形で。
敗北はもう目の前だった。
この傷、この失血。
今の自分では、殺される未来しか見えない。
そして次の瞬間。
ハルトの全身が白く燃え上がった。
初登場の時に見せた、あの白炎のヴァルク。
だが今度は、それに禍々しい黒い虚無のオーラが混ざっている。
イザウは立てない。
おまけに腕は、壁と床に突き刺さった斧の鎖と繋がれたままだ。
「ここまでか……」
イザウは小さく呟く。
「……そう言いたくなるよな」
だが彼は、ゆっくりと顔を上げた。
「けどな……降参しようなんて思った瞬間、俺はイノリアを無事に連れ帰るって約束を裏切ることになる」
血に濡れた口元が、わずかに笑う。
「どうせ死ぬなら……魔族との戦いに勝って、武勇伝になってから死にてぇ。こんな退屈な話の死に方なんざ、ごめんだ」
イザウは一本だけ残った脚で立ち上がろうとした。
切断面から血はなお滴り落ちる。
焼いて止血しようにも、この傷では到底追いつかない。
それでも彼は立つ。
「不思議なんだよな……」
イザウが静かに言った。
「いつもなら追い詰められたり頭にきたりしたら、怒りで戦うんだ。でも……今は違う」
彼の瞳は異様なほど穏やかだった。
「この痛みも、この最悪な状況も……なのに俺は妙に落ち着いてる。むしろ……お前に負ける気がしねぇ」
「無駄口は終わりか」
ハルトが白炎を揺らす。
「この戦いに幕を下ろそう」
イザウは静かに目を閉じた。
再び全身が炎に包まれる。
白炎モード――。
戦闘中に再使用するのは、これが初めてだった。
落ち着き払ったまま右腕を引く。
鎖が軋み、壁に刺さった斧が引き抜かれる。
続けて左腕。
床に突き刺さっていた斧も、勢いよく戻ってきた。
イザウは目を開く。
深く息を吸い込む。
「……終わらせようぜ」
二人が同時に動いた。
激突。
イザウは片脚ゆえに自由な機動はできない。それでも斧を超高速で振るい、廊下そのものを破壊していく。
一方、白炎を得たハルトの速度と攻撃力も跳ね上がっていた。
接近戦。
イザウの斧を紙一重でかわしながら懐へ潜り込み、拳、蹴り、さらに虚無を纏わせた白炎球を次々と叩き込む。
イザウは圧倒されていた。
身体は傷だらけになり、肉は裂け、鼻と口から血が流れ続ける。
それでも――
彼は追い詰められた顔をしなかった。
怯えもしない。
むしろ。
笑っていた。
「頭でもおかしいのか?」
ハルトが睨む。
「死が目の前にあるのに、なぜ笑える?」
「……ああ、俺は馬鹿だよ」
イザウは血まみれの顔で笑う。
「死も、痛みも、この状況も全部最悪だ。でもな……どういうわけか楽しくて仕方ねぇんだ」
白炎がさらに激しく燃え上がる。
「だから俺は……負ける気がしねぇ!」
イザウは身体を回転させた。
その斬撃は渦潮のように荒れ狂う。
一撃目。
あまりの速度にハルトは避けきれず、右腕を斬り落とされた。
ハルトは即座に跳躍して距離を取る。
だが――
イザウの二撃目は、さらに速かった。
下方から二つの斧刃を跳ね上げる。
空中にいるハルトには足場がない。
回避不能。
斬撃が右腹を深々と切り裂いた。
続けざまに三撃目。
上段から叩き割るように振り下ろす。
しかし今度は、着地したハルトが辛うじて回避した。
直後。
ハルトが前方へ突進する。
残った左手を伸ばし、鋭い爪でイザウの喉を貫こうとした。
イザウは理解していた。
避けられない。
だから彼は――
目を閉じた。
満面の笑みを浮かべながら。
死を受け入れるために。
だが。
どうやら運命は、まだイザウを見放していなかった。
突如として巨大な狼が背後から飛び出し、ハルトを体当たりで吹き飛ばしたのだ。
ハルトは大きく弾き飛ばされる。
イザウは目を見開いた。
助かった――。
安堵が胸をよぎる。
だが同時に困惑する。
なぜ、こんな巨大な狼が自分を助けた?
その疑問は、次の瞬間さらに大きくなった。
狼が口を開いたからだ。
「大丈夫か? ……遅くなってすまなかった」
イザウの背後から、大勢の人々が駆け寄ってきた。
「大丈夫か!?」
「ひどい傷だ……!」
「おい、早く手当てを! 傷が深すぎる!」
イザウは目を見開く。
巨大な狼の正体――それはカルだった。
そして彼の後ろには、ヴァカン族の人々が集まっていた。
「どうしてこんなに早く来られたんだ……? お前たち、港へ向かってたんじゃなかったのか?」
イザウが尋ねると、ヴァカン族の一人が答える。
「港から来た船団と合流したんだ。あれは、以前俺たちが助けた商人の配下だった」
「だから俺たちは、誘拐された捕虜たちをその船に任せて港へ送り返したんだ。その分、すぐにお前たちを追うことができた」
「こっちへ来る途中、海には大量の瓦礫が浮かんでいた。最初は……お前たちが負けたのかと思ったさ」
別の男が苦笑する。
「でも、すぐに考え直した。お前たちがそんなに弱いはずないってな」
「それに初めて工場を見た時は驚いたぞ。建物がここまでボロボロになるなんて……どれほど凄まじい戦いが起きたのかってな」
イザウは苦痛に顔を歪めながらも、小さく笑った。
「助けに来てくれてありがとう……。足に包帯まで巻いてくれたのか」
切断された左脚には応急処置が施されていた。
完全ではないが、血はかなり抑えられている。
「これで少しは持つ……けど、俺はすぐ戻らなきゃならねぇ。カルがかなり傷を負ってる」
カルはなおも狼の姿でハルトと対峙していた。
しかし実力差は明らかだった。
ほんの短時間の戦闘だけで、全身に無数の傷を負っている。
「カル……下がれ」
イザウが声をかける。
「選手交代だ。まだ少し戦っただけなのに、そのボロボロ具合じゃな」
イザウは床へ落ちていた斧を再び握った。
するとヴァカン族の者たちも武器を構える。
「俺たちも加勢する!」
だがイザウは首を横に振った。
「俺を助けるくらいなら、イノリアたちを助けてくれ」
彼は崩壊した工場を見回す。
「この工場をこんな状態にしたのはイノリアだ。あれだけの力を使ったんだ……俺はあいつが心配なんだよ」
「その件なら安心しろ。もう何班かに分かれて工場中を捜索している。お前たちや、奴隷にされていた捕虜たちも探してる」
「そうか……仕事が早いな」
イザウは少し安堵したが、すぐに表情を曇らせた。
「……でも、さっきの洪水だ。捕虜たちが無事かどうかは分からねぇな」
カルがイザウの隣へ戻ってくる。
「あいつ……本当に強い。僕の攻撃はほとんど通じなかった」
イザウはハルトを見据えながら言った。
「みんな……助けに来てくれたことには感謝してる。でも、全員でハルトと戦うのは悪手だ」
その声は真剣だった。
「あいつは体の一部を喰えば、その相手と同じ能力を得る。もしお前たちが食われたら、その力まで全部あいつのものになる」
イザウは拳を握る。
「ここにいる全員の能力を取り込まれたら……手が付けられなくなる」
そして振り返る。
「だからイノリアたちを探してくれ。向こうにはエイミとソラがいる。作戦を考えられるのは、あの二人だ」
ヴァカン族の者たちは頷いた。
「分かった……。でも頼む、死ぬなよ」
イザウは口元を吊り上げる。
「安心しろ。俺を誰だと思ってやがる」
するとカルが一歩前へ出た。
「イザウ、僕はここに残る。戦えば足手まといになるかもしれない。でも……君の傍にいることはできる」
真っ直ぐな瞳。
「君が危険になったら、必ず連れて逃げる」
イザウは少し笑った。
「分かった、カル。背中は任せた」
「もし俺が死にかけたら……全力で連れて逃げろ」
「了解だ」
イザウは青炎のヴァルクを発動した。
両腕と斧が蒼く燃え上がる。
次の瞬間、彼はハルトへ突撃した。
だが――。
イザウの斬撃は、ことごとくハルトに見切られる。
まるで当たる気配すらない。
現在の二人が扱う力の格差は、それほどまでに大きかった。
それでも。
イザウは止まらない。
一撃。
また一撃。
何度避けられても、なお攻撃を繰り出し続ける。
その頃――。
ヴァカン族の捜索隊は、工場内で強制労働をさせられていた人々を発見していた。
彼らは地下の巨大な避難壕に身を潜めていた。
分厚い鉄扉で封鎖されたその場所は、洪水の影響をほとんど受けていなかった。
「工場が揺れ始めて警報が鳴った時、俺たちはすぐ避難壕へ入ったんだ」
労働者たちはそう説明する。
彼らはカイイヤ配下のヴァカン族と共に避難を開始した。
救出されると知った瞬間、あちこちで歓声が上がる。
無理もなかった。
彼らは長い間、この工場で地獄のような日々を送ってきたのだ。
過酷すぎる労働。
わずかな休息。
奪い合うほど少ない食料。
そして働きが遅ければ、悪魔たちによる容赦ない虐待。
多くの仲間が命を落としていた。
一方、先ほどイザウを救助したヴァカン族の者たちは、イノリアたちが治療を受けている部屋へ到着していた。
そこで治療にあたっていたのはビエルたちだった。
イノリアはなお意識不明。
他の者たちは意識を保っているものの、治療を受けている最中だった。
特にリオンの傷は深刻だった。
内臓に達する傷を負っており、全身に多くの縫合が施されている。
大量出血していたが、それでも彼は意識を失っていなかった。
荒い呼吸を繰り返しながら、必死に耐えている。
ヴァカン族はイザウからの伝言を伝えた。
それを聞き、カイイヤは深く考え込む。
ソラとエイミもまた、ハルトの呪いをどう攻略するか思案していた。
その時だった。
一人の男が、小さな箱をカイイヤへ差し出す。
「ここへ来る途中で見つけたんだ。船の残骸や、工場の隔壁付近に壊れたボートが流れていて……その中からこれを拾った」
エイミが箱を見る。
そして静かに言った。
「……それなら、何かできるかもしれない」
全員が集まる。
エイミは皆を見渡しながら作戦を説明した。
話を聞き終えたカイイヤは目を細める。
「面白い作戦だな、エイミ」
ソラも力強く頷いた。
「うん……! 絶対に勝てる!」
この作戦を実行できる状態にあるのは、エイミとリカだった。
エイミはすぐ指示を出す。
捕虜たちを乗せる船、そして脱出用の船の準備。
さらにカイイヤには、イザウとカルのいる通路へ向かい、撤退を伝える役目が与えられた。
皆は即座に動き出す。
準備された作戦。
この作戦なら、ハルトを倒し、全員を救える。
誰もがそう信じていた。
船の格納区画へ向かう道中、彼らは何度も悪魔たちに行く手を阻まれた。
しかし今の彼らは違う。
数でも劣らず、士気も高い。
現れた悪魔たちは次々と倒されていった。
その頃、エイミとリカはある箱を抱えながら制御室を探していた。
彼女たちが運んでいた箱――。
その中身は、核爆弾だった。
作戦は単純かつ大胆。
爆発地点を工場そのものへ向け、この施設ごとハルトを吹き飛ばす。
いくつもの部屋を調べ回り、ついに二人は制御室へ辿り着いた。
そこには数体の悪魔が警備に立ち、さらに一人の地球人が巨大なモニター群を監視していた。
エイミは思わず息を呑む。
ミランダへ漂着した地球人が――。
まさか、スーパーコンピューターを再現し、監視カメラを含む防衛システム、さらには核兵器まで造り上げていたとは。
文明の土台すら存在しないこの星で、ゼロからそこまで築き上げるなど……。
いったいどれほどの天才が、それを成し遂げたというのだろうか。
リカは、制御室を守っていた悪魔たちを容易く片付けた。
その場に残されたのは、白衣を纏い眼鏡をかけた一人の地球人だけだった。
男は明らかに怯えている。
エイミは日本語で話しかけてみたが、返ってきたのは英語だった。
「殺さないでくれ……!」
どうやらこの男は西側の地域出身らしい。そしてエイミもまた地球人だとは知らないようだった。
エイミは英語で問いかける。
「名前は?」
男は目を見開いた。
「君も地球人だったのか……!? しかも半悪魔たちと一緒にいるなんて……もしかして僕を迎えに来たのか? ……ひょっとして、プロフェッサー・ガブリエル(Professor Gabriel)の使いか?」
その言葉に、エイミの表情が変わる。
「……今、何て言った?」
鋭い視線。
「もう一度言って。誰の名前?」
男は逆に戸惑った。
「まさか……君は地球人じゃないのか? どうして地球の言葉を――」
エイミは威圧的に問い詰める。
しかし男は恐怖に震えながらも、核心については口を閉ざした。
その様子を見たリカが、ゆっくりと前へ出る。
「なら、私が口を開かせてあげるよ――エイミ」
次の瞬間。
リカの拳が振り下ろされた。
男の手のひらへ強烈な一撃が叩き込まれ、彼は悲鳴を上げる。
「どう? 話す気になった?」
エイミは冷静に尋ねる。
「まだだよ。痛がって許しを乞うだけ」
「そう……なら続けるね」
リカは容赦しなかった。
もう片方の手にも拳を叩き込み、男は苦痛に叫ぶ。
それでも答えない。
そしてリカは、ゆっくりと拳を男の頭へ向けた。
その一撃が当たれば終わりだと、男にも分かったのだろう。
青ざめた顔で、ついに彼は話し始めた。
エイミは英語で説明を聞く。
一方リカは言葉が分からないため、制御室の中を歩き回り、設備を見ていた。
しばらくして、エイミが口を開く。
「……もういいよ、リカ」
リカが振り向く。
「情報は聞けた? 起爆装置の使い方も?」
「うん。知っている範囲の情報は聞き出した。それと、ここにある核発射装置の操作方法も」
リカは男へ近づく。
机に寄りかかっていた少し太った男は、涙を流しながら土下座した。
「頼む……助けてくれ……!」
だがリカに慈悲はなかった。
彼女は悪魔を憎んでいる。
そして、その悪魔に協力する者も。
拳が振り下ろされる。
一撃で男は息絶えた。
リカは感情を動かすことなく振り返る。
「で、どんな情報を手に入れたの、エイミ?」
「それは皆と合流してから話す」
エイミは制御装置へ向き直る。
「今は――ここを壊すよ」
彼女は四本の核弾頭を発射装置へ装填した。
本来なら一本でも十分すぎる破壊力を持つ。
だがエイミは、あえて全て使うことを選んだ。
ハルトを確実に仕留めるために。
制御室のコンピューターを操作し、爆発地点を工場へ設定しようとする。
しかし――
「……駄目だ」
画面には拒否の表示。
システム上、設定できる最短地点は工場から半径十キロ圏内だった。
「ここで爆発させる設定にできない……リカ、手伝って」
「何をすればいい?」
「発射レールを壊して。出口を塞ぐんだ」
エイミは短く説明する。
発射後、ミサイルが塞がれたレールへ衝突すれば――工場内で爆発する。
リカはすぐに動いた。
発射経路を辿り、出口部分を破壊する。
さらに壁や扉から引き剥がした鉄材を押し込み、完全に塞いだ。
しばらくして、彼女は制御室へ戻ってくる。
「エイミ、塞いできた」
「よし」
エイミは端末へ手を置いた。
「これからカウントダウンを始める。システムで設定できる最長時間は三十分」
彼女は真剣な顔で続ける。
「その前に全員を船へ乗せて、全速力で工場から離れなきゃいけない。間に合わなければ……私たちもここで終わる」
起動。
システムが作動し、発射までのカウントダウンが始まった。
二人は即座に駆け出す。
「走って、リカ!」
船の格納区画へ向かう途中――。
二人は激戦の最中にいるイザウたちを見つけた。
イザウ、カル、そしてカイイヤ。
三人は後退しながら、ハルトの猛攻を辛うじて防いでいた。
「みんな、大丈夫!?」
エイミが叫ぶ。
イザウが振り向いた。
「エイミ……! ちょうどいい所に来た!」
彼は苦しげに息を吐く。
「俺たち三人じゃ……もうハルトを抑えながら逃げる力が足りねぇ。このままじゃ脱出なんて無理だ!」
その瞬間。
リカが前へ飛び出した。
拳でハルトの攻撃を受け止める。
「行って!」
虚無の気配を纏いながら、彼女は叫ぶ。
「私ならまだ少し持ちこたえられる! あとで必ず追いつくから!」
「そんなことできるかよ、リカ!」
イザウが怒鳴る。
「もう仲間を失いたくねぇ! お前、明らかに自分を犠牲にするつもりだろ!」
リカは呆れたように顔をしかめた。
「馬鹿だなぁ、イザウ」
そして笑う。
「誰が犠牲になるなんて言ったの?」
彼女は拳を構えた。
「追いつけなくなるまで足止めするだけ。ちゃんと戻るよ」
その声には迷いがなかった。
皆は最後に頷き、ハルトをリカへ託して撤退する。
リカは静かに目を閉じた。
虚無の力へ意識を集中する。
全身を覆う黒いオーラ。
鉄の籠手を打ち鳴らし、彼女は目を開いた。
そして一気に踏み込む。
以前からリカはイザウと何度も訓練していた。
炎弾や火炎放射を避けるために。
だからこそ――。
ハルトの攻撃も見切れた。
「所詮は素人だな」
リカは冷静に言い放つ。
「イザウの炎の方が、ずっと速くて正確だよ」
ハルトの表情が歪む。
「黙れ……下等な混血め」
だが挑発など意に介さない。
ハルトの攻撃は次々とかわされ、近接攻撃さえ鉄籠手で受け止められる。
「私を舐めないで」
リカの瞳が鋭く光る。
「呪われた悪魔……その口、閉じさせてあげる」
「伝説の武器を持とうが無駄だ。先ほどの炎の小僧も同じ武器を使っていたが、俺には勝てなかった」
リカは拳を構える。
「その台詞……この一撃を受けてから言えば?」
彼女は虚無の力を放った。
それは単なる光弾ではない。
拳の形をした巨大な衝撃波。
叩きつけるようにハルトへ撃ち込まれる。
ハルトは両腕で受け止めた。
だが勢いを殺しきれず、大きく後方へ吹き飛ばされる。
「何だ……この攻撃……!」
ハルトの目が見開かれる。
「異常な圧力だ……!」
リカは止まらなかった。
同じ攻撃を連続で放つ。
拳型の衝撃波が嵐のように襲いかかる。
ハルトは防御するが、限界はすぐに訪れた。
受け続けた両腕が耐えきれず砕け、続く衝撃がそのまま身体を打ち抜く。
全身に深い損傷。
何度も受けた一撃によって、身体には大きな傷が刻まれていった。
リカは仕留めようとした。
だが――不可能だった。
彼女自身も限界に達していたのだ。
しかもハルトの再生速度は、信じられないほど速い。
だからこそ。
この好機を逃さず、リカは残された力を振り絞って駆け出した。
生き延びるために。
仲間たちの元へ戻るために。
イザウたちはすでに船へ乗り込み、出航の準備を整えていた。
労働者たちを乗せた二隻の船は、少し前に先行して出発している。
さらにカイイヤは、工場の桟橋に残っていた船を全て破壊していた。
今ここに残っているのは――彼らが乗る、この一隻だけ。
エイミは焦りを隠せず、海の向こうを見つめていた。
「間に合うかな……リカ、遅すぎるよ……」
視線は腕時計代わりのカウント装置へ向く。
「カウントダウンは進み続けてる……少なくとも十キロ以上離れないと、私たちも爆発に巻き込まれる……」
イザウは支えられながら立ち上がろうとした。
「俺が戻って迎えに行く。せめて一人くらい、あいつの様子を見――」
「やめろ、イザウ」
カイイヤが即座に制した。
「リカは覚悟を決めて残ったんだ。その覚悟を無駄にするな」
彼は険しい表情で海を見た。
「……あと三分待つ。それで出航だ」
静かな声。
「残り十二分……十キロ離れるのに足りるかは分からない。だが、それでもリカに希望を残してやりたい」
そしてエイミへ視線を向ける。
「悪いな、エイミ。でも俺たちは出るしかない」
エイミは小さく首を振った。
「ううん……大丈夫」
その瞳はまっすぐだった。
「リカは絶対に来る」
その時だった。
入口の扉が勢いよく開く。
「船を出して!」
リカだった。
全身傷だらけで、肩で荒く息をしている。
それを見た瞬間、カイイヤが雷のヴァルクを纏う。
黒雷を閃かせながら甲板から飛び降り、一瞬でリカの元へ到達した。
彼はリカを抱え上げ、そのまま走り始めた船へ跳躍する。
着地。
「よし――最大出力だ!」
船が全力で動き出した。
工場を抜け、海へ出る。
皆が少しずつ安堵し始めた――その瞬間。
工場の一角から、爆煙が噴き上がった。
ハルトだった。
再生していたのだ。
さすがに船へ飛び移ることはできない。
だが――。
彼は両手を掲げる。
白炎が集まり始めた。
それは異常な大きさだった。
工場の半分にも迫るほどの巨大な白炎球。
そしてハルトは、それを船へ向けて投げ放つ。
イザウはカイイヤの部下に支えられながら前へ出た。
「……俺が止める」
「ふざけるな!」
仲間が叫ぶ。
「自分の状態を見ろ! 歩くだけでも限界だろ! もうお前は――」
そこへソラが進み出た。
「私がやる」
息は荒い。
だが瞳はまだ死んでいない。
「……少しだけなら、まだ力が残ってる」
カイイヤも前へ立った。
「なら俺もだ」
彼は口元を吊り上げる。
「ここで全部使い切る。限界なんざ――超えるためにある!」
二人の身体がヴァルクに包まれた。
カイイヤの黒雷。
ソラの紅き電撃。
二人は掌へ力を集中させる。
巨大な白炎球が迫る。
そして――。
同時発射。
黒雷と紅電が絡み合い、巨大な稲妻となって天へ駆け上がった。
衝突。
白炎球が空中で押し止められる。
雷と電撃が球体を覆い――。
次の瞬間、轟音と共に爆発した。
空が揺れる。
衝撃波は巨大な波を生み出し、その海流が逆に船をさらに遠くへ押し流した。
攻撃を放った直後。
カイイヤとソラは同時に膝から崩れ落ちる。
「……やった……」
カイイヤが息を吐く。
「……あいつも、あの爆発で消し飛んでりゃいいがな……」
だがハルトはまだ生きていた。
追いつけないと悟った彼は激怒し、元の姿へ戻る。
花弁のように開いていた顔を閉じ、低く呟く。
「……今回は逃がしてやる」
冷たい視線。
「それより地球人に報告させる方が先だな……ザトラックス様も、失われた悪魔の魂で異変に気付いているかもしれんが」
ハルトは制御室へ向かった。
だが到着した瞬間、その表情が変わる。
床には悪魔たちの死体。
そしてシステムを管理していた地球人も、すでに死んでいた。
「……貴様らァッ!」
怒号が響く。
その時。
カウントダウンが――零になった。
発射音。
警告色に染まるモニター。
ハルトが振り向く。
しかし――遅かった。
核が発射され、塞がれた発射経路へ激突する。
瞬間。
世界が白く染まった。
爆発。
それは常識を超えた破壊だった。
エイミが四発同時に起爆した核兵器。
光。
熱。
衝撃。
爆炎は広大な範囲を呑み込み、工場そのものを消滅させる勢いで膨れ上がった。
先行していた労働者たちの船は、十分距離を取っていた。
受けたのは暴風と激しい海流程度。
だが――。
イザウたちの船はまだ近すぎた。
衝撃波が直撃する。
船体が空へ持ち上がる。
木材が砕け、船は半壊し、そのまま横転した。
爆発直前――。
船室の一角で、イノリアが意識を取り戻していた。
「……ここは……?」
傍にいたソラが慌てて支える。
「まだ動かないで、イノリア! 傷が開いちゃう!」
「ソラ……今どこ……? ダルトは……ハルトは……?」
ソラは短く事情を説明した。
工場での戦い。
脱出。
そして船で逃げていることを。
イノリアは安堵の息を漏らす。
「……よかった……私たち……」
その瞬間。
船体が激しく揺れた。
凄まじい衝撃。
船が回転する。
人々は壁や床、天井へ叩きつけられた。
そして――。
船体が砕ける。
海水が一気に流れ込んだ。
イノリアは理解する。
船が沈んだのだと。
海中。
仲間たちは激流に飲まれ、バラバラに流されていく。
その時――。
無意識だった。
イノリアの力が再び発動する。
広範囲の水を支配する能力。
彼女は沈みゆく仲間たちを、一人ずつ巨大な水泡へ閉じ込めた。
流されないように。
離れ離れにならないように。
全ての泡を自分の傍へ集め続ける。
深海へ引きずられても、皆は共にあった。
「……何だ、この泡……!?」
「イノリアが……操ってる……!」
しかし。
彼女はまだ完全に回復していなかった。
長時間の能力使用。
限界が近づく。
血が鼻と口から溢れた。
そして――。
意識が落ちる。
水泡が消失した。
皆は再び、暗い海底へ沈んでいく。
イザウの意識も薄れていた。
(……意識が……消える……)
海水の中で、彼は心の中だけで呟く。
(くそ……誰か……助けてくれ……)
そして――。
彼もまた、闇へ沈んだ。
一方。
爆発跡の海では、異様な光景が広がっていた。
海水が巨大な円形の滝のように海中へ落ち込み、巨大な穴を形成している。
その上空。
一人の翼を持つ女悪魔が飛んでいた。
彼女は冷たい目で爆心地を見下ろす。
「……あの下級黒星悪魔二匹、敗北したのね」
感情のない声。
「負けたのは――弱かったから」
そう言い残し、翼の悪魔は再び空へ飛び去っていった。




