第17章 海を支配する民族
イザウはゆっくりと目を開けた。
そこは見覚えのない部屋だった。重い身体を起こして周囲を見回すが、やはり記憶にない場所だ。全身には包帯が巻かれており、少し動くだけでも鋭い痛みが走る。
「……ここはどこだ……。イノリア……ソラ……誰も来ていないのか。確か、俺は魔族の指揮官と戦って――あぁ、そうだ……ファルカは……」
イザウは震える両手のひらを見つめながら呟いた。
すると部屋の扉が開き、中へ入ってきたのはリカだった。
「おっ、目が覚めたんだね、イザウ」
「どれくらい気を失っていたんだ、リカ?」
「そんなに長くないよ。二日……んー、違う、一日ちょっと。まだ二日は経ってない」
「みんなは……? 無事なんだよな?」
リカは答えず、静かに視線を逸らした。
その直後、エイミも部屋へ入ってくる。
「おかえり、イザウ」
「……ありがとう、エイミ」
「まだあまり動かないで。傷がまた開いちゃうから」
「ソラとイノリアはどこだ? 二人とも無事なのか?」
しかしエイミはその問いに答えず、話題を変えるように口を開いた。
「そういえば、今もまだメルタミアにいるよ。ここは一昨日の戦いの時に住民が避難した家。ファルカも、ちゃんと埋葬した。それと、彼の部下たちにも訃報は伝えてある」
「ファルカは……俺のせいで死んだ。俺が守れなかったから……」
「違うよ、イザウ。ファルカはあなたを助けるために来たの。魔族側の援軍が来るって知らせるためにも。ファルカの部下から聞いたけど、彼は工場の労働者たちをサンサナペルへ戻らせて、自分だけがあなたを助けに向かったんだって。あれはファルカ自身の意思だった。だから、彼の死はあなたのせいじゃない」
「……そうだ。ファルカは魔族の援軍が来るとも言っていた。じゃあ、お前たちはそいつらを倒したんだな? イノリアとソラは? おい……答えてくれ。さっきから誰も、その質問に答えてないじゃないか……!」
「ソラなら隣の部屋にいる。かなり重傷なの」
「なっ……ソラが……。じゃあイノリアは!? イノリアは無事なんだろ!?」
エイミは苦しそうに目を伏せた。
「……ごめん、イザウ。私とリカが到着した時には、ソラはもう倒れていて……イノリアは連れ去られた後だった」
「……なんだって?」
イザウは勢いよくエイミの胸ぐらを掴んだ。
リカが慌てて二人の間に入る。
「落ち着いて、イザウ! エイミは悪くない!」
イザウはゆっくりと手を離し、そのまま頭を抱え込んだ。
「どうして……こんなことに……。俺は守るって約束したのに……。本当に……馬鹿だ……俺は……」
その時、部屋の入口にソラの姿が現れた。
壁に身体を預け、這うようにして立っている。リカはすぐに駆け寄り、彼を支えながら部屋へ連れてきた。
「無理しないで、ソラ。まだ身体はボロボロなんだから」
ソラは苦しそうに頭を下げた。
「……ごめんなさい、イザウ。イノリアを連れて行かれたのは、僕のせいです……」
「違う。誰も悪くない。俺たちが……あいつらに敵わなかっただけだ」
エイミも静かに続ける。
「そうだよ。これは誰か一人の責任じゃない」
「顔を上げろ、ソラ。謝る必要なんてない。それはお前のせいじゃない」
イザウの言葉に、ソラはゆっくり顔を上げた。
「……イノリアを連れて行ったのは、サイリン(Sairin)です」
「……何?」
「じゃあ、ファルカが言ってた魔族の援軍って……サイリンだったのか?」
「はい。彼女は他の魔族たちと一緒に現れました。僕たちは協力して魔族の指揮官を一人倒したんです。でも、その女の魔族を仕留めようとした瞬間、サイリンが突然現れて……」
ソラは左目を押さえながら続けた。
「彼女は僕の左目を刺して、そのまま投げ飛ばしました。そしてイノリアを蹴り飛ばして気絶させ、そのまま連れ去ったんです……。最後に聞こえた言葉は、“ガトラス(Gatraz)様のもとへ連れて行く”でした」
「ガトラス……?」
「第一位階・黒星の魔族。サヤミを殺した魔族だよ」
リカの言葉に、イザウの表情が強張る。
「……あいつが、ガトラスか」
「リカ、ガトラスがどこにいるか知ってるのか? すぐに向かわないと。イノリアを助けなきゃ――」
「落ち着いて、イザウ。あなたがイノリアを助けたい気持ちは分かる。私たちだって同じ……。私もサヤミの仇を討ちたい。でも、今の私たちの状態を見て」
リカは苦しげに拳を握る。
「まともに戦えるのは、私とエイミだけ。あなたたち二人は、まだ全然回復してない」
「たとえ這ってでも、俺はイノリアを助けに行く」
イザウは痛みに顔を歪めながらも、無理やりベッドから立ち上がった。
「僕も行きます」
ソラも震える足で立ち上がる。
「今行かなかったら、一生後悔する。ミユリアが死んだ時みたいに、また何もできなかったなんて思いたくない……。イノリアまで失いたくないんです」
エイミは小さく息を吐き、覚悟を決めたように頷いた。
「……分かった。そこまで言うなら、私とリカで二人を支える。イノリアを探しに行こう」
「ガトラスは、すべての工場を統括しているって聞いたことがある。なら、おそらく第二工場にいるはずだ。イノリアもそこへ連れて行かれた可能性が高い」
「第二工場はどこにあるんだ?」
「正確な場所を知ってる人はいない。海のど真ん中にあるらしいから」
彼らは急いで荷物をまとめ始めた。
リカはソラを支え、エイミはイザウを支えながら歩く。しかしイザウは一人で立つことすら難しく、結局エイミが彼を背負うことになった。
そしてメルタミアの正門を出た時――。
そこには数人の男たちと馬車が待っていた。
一人の騎馬の男が馬から降り、彼らへ近づいてくる。
「イザウ様……! 本当にイザウ様なのですか!?」
「……誰だ、お前たちは?」
「サンサナペルから鳩便が届いたんです。ファルカが亡くなり、さらにイザウ様がミランダ(Miranda)にいると聞いて……それで皆に声をかけ、急いでここへ来ました」
男は胸に手を当て、真剣な表情で続ける。
「俺たちは、最初にこの地へ流れ着いたインカ(Inca)の民です。ファルカの仲間でした」
イザウは静かに目を見開いた。
「……まるで運命だな。ちょうどいい時に来てくれた」
そして彼は、痛みに耐えながら男たちを見据える。
「頼みがある。……力を貸してくれないか?」
「イザウ様の望みなら、何でも仰ってください。俺たちは最初から、そのために来たんです。あなたがインカへ帰る方法を探し、魔族を倒そうとしていると聞きましたから」
イザウたちは、最初にミランダへ流れ着いたインカの民に支えられながら旅を続けた。
彼らの名は、モドリック(Modric)、ラミー(Lamie)、タラダ(Tarada)、そしてバンジ(Banji)。
彼らはガトラスのいる第二工場へ連れ去られたイノリアを追うため、東にある港へ向かっていた。
道中、イザウはこれまでの経緯を彼らへ説明した。メルタミアへ辿り着くまでに何があったのか、自分たちがどんな戦いを越えてきたのかを。
また、モドリックたちは持参していた薬草を使い、イザウとソラの治療も行った。
これまで二人の傷は縫合と包帯だけで済まされており、まともな治療を受けていなかったのだ。
長い移動の末、彼らはアンダラス港(Andalas)へ到着した。
そこはミランダでも有数の巨大港であり、島々を繋ぐ交易の要所だった。夜になっても無数の船が停泊し、人々の声と波音が絶え間なく響いている。
「今夜中に、海の中央にある工場まで連れて行ってくれる船を探さないといけない」
イザウは港を見渡しながら言った。
「正確な場所は誰も知らない。でも、リカの情報では、この港からひたすら東へ向かった先にあるらしい。リカは昔、あそこで下働きをさせられていたんだ。人間を誘拐する任務を与えられる前にな」
そしてイザウは強く拳を握る。
「金ならいくらでも払う」
「費用のことなら、俺たちに任せてください、イザウ様」
「いや、そこは気にしなくていい。それより問題は、俺たちを運んでくれる船が見つかるかどうかだ。お前たち、この港に商人仲間はいないのか?」
「何人か知り合いはいます。ですが……正直かなり厳しいと思います」
モドリックは表情を曇らせた。
「ここへ来る連中は皆、商売のために海へ出ている。第二工場へ向かうなんて、自殺行為みたいなものですから」
彼らは港中を歩き回り、知り合いの商人たちへ声をかけた。
だが結果は同じだった。
誰一人として、魔族の工場へ向かうことを承諾しなかった。
「申し訳ありません、イザウ様……。報酬をどれだけ積まれても、皆、魔族のいる海域へ行くのは嫌だと……」
すでに時刻は深夜を回っていた。
それでも彼らは諦めず、港を歩き続ける。
しかし船は見つからない。
焦りと疲労だけが積み重なっていく。
そんな時だった。
近くの路地裏から、大きな騒ぎ声が聞こえてきた。
イザウは眉をひそめる。
大勢の人間が、一人を取り囲むように集まっていた。
「……何をしてる?」
イザウが近づくと、一人の男が前へ出てくる。
「おい兄ちゃん、こっちの問題だ。首を突っ込むな」
「弱い者いじめなら、見過ごすつもりはない」
イザウはそのまま人混みを押し退け、中へ踏み込んだ。
――そして。
中心にいた“相手”を見た瞬間、イザウの表情が一変した。
背中の斧を引き抜き、何の躊躇もなく振り下ろす。
鮮血が飛び散った。
斧は女の左腕を斬り飛ばしていた。
「ぎゃああああああっ!!」
悲鳴が夜の港に響く。
その騒ぎを聞きつけ、イノリアたちも慌てて人混みを掻き分けてきた。
そして彼らも、その女の正体を見て目を見開く。
サイリンと共に逃げた、あの魔族の女指揮官だった。
「……あいつ、魔族の指揮官だ」
リカが低い声で呟く。
イザウは斧を回転させ、とどめを刺そうと構えた。
しかしその時、一人の女が彼の腕を止めた。
「待ちな、坊や」
イザウは睨み返す。
そこに立っていたのは、長身で豊満な胸を持つ女だった。
「もしその魔族に用があるなら、順番待ちしな。こっちにも色々あるんだよ」
イザウはゆっくり斧を下ろした。
「……お前たちは、この魔族に何の用がある?」
「こいつら、うちの船員を何人も攫いやがったんだ。それだけじゃない。この港じゃ最近、行方不明者が増えてる。しかも商船から大量の荷まで盗まれてる」
女は忌々しげに魔族を睨みつける。
「俺の仲間も連れて行かれた。だから追ってきたんだ」
「へぇ、じゃあ利害は一致してるってわけだ」
女はニヤリと笑った。
「だから、まだ殺すな。若い奴ってのは、ほんと気が早いねぇ」
そう言って彼女は、イザウの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「なっ……!? お、おい! 何するんだ!」
イザウの顔が一気に赤くなった。
女は楽しそうに笑いながら、片腕を失った魔族の前へ歩み寄る。
「さぁ喋りな。でなきゃ、ここで終わりだよ」
しかし魔族の女は黙ったままだった。
次の瞬間――。
パァンッ!!
女の平手打ちが炸裂し、魔族の口から血が飛び散る。
「喋れって言ってんだ。攫った連中をどこへ連れて行った?」
だが魔族は、血混じりの唾を女の顔へ吐きかけた。
「……いい度胸だね」
女は魔族の首を掴み、そのまま持ち上げる。
黒い雷が彼女の腕から走り、魔族の身体を激しく焼いた。
「情報を吐かなきゃ、じわじわ殺してやるよ」
「ぐっ……あぁぁぁぁっ!!」
耐え切れなくなったのか、ついに魔族の女は口を割った。
攫われた人々――イノリアも含め、全員が第二工場へ連れて行かれたこと。
移送には“地球人”が造った船が使われていること。
さらに、工場へ向かう前にサイリンが新型兵器の実験を行う予定であること。
そして第二工場の場所と、そこへ向かう航路までも。
「……知ってることは全部話した……。だからもう解放して……。情報を漏らした以上、ここに残れば私は殺される……」
女はさらに問いを重ねる。
「最後に一つ。なんでお前は工場へ行かなかった?」
魔族の女は震える指でイザウを指差した。
「……こいつらが第一工場とメルタミアを壊滅させたからよ……。私はサイリン様に助けられて……別任務を与えられた……。他の魔族と一緒に、第二工場の労働者を攫う役目を……」
「なるほどね。全部理解した」
女はゆっくり立ち上がった。
「私はもう用済みだ。次は坊やの番だよ」
イザウは無言で魔族の頭を両手で掴んだ。
次の瞬間、白い炎が噴き出す。
「なっ……!? 話が違う!! 解放するって――!!」
「俺は騙してない」
イザウは冷たく言い放つ。
「そいつは“お前を解放する”って言っただけだ。お前と俺の問題までは、知らないってことだろ」
「あ……あぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
白炎は一瞬で魔族を包み込み、その身体を灰へと変えていった。
静まり返る路地裏。
イザウはゆっくりと振り返り、長身の女へ視線を向ける。
「……あんたたちも、第二工場へ向かうのか? 仲間を助けるために」
「ああ、もちろん向かうさ。夜が明けたら出航する予定だ」
「なら、俺たちも同行させてくれないか? 目的は同じなんだ」
「構わないよ。さっきお前の力を見たけど、かなり頼りになりそうだしね」
そう言って女はニッと笑った。
「改めて自己紹介しておこう。私はカイイヤ(Kayiya)。ヴァカン(Vacan)海賊団の船長だ。私たちは第六次元の出身でね、あっちの世界はほとんど海ばかりなんだ。だから、生まれた時から船の上で生きてる」
「俺はイザウ。第十次元から来た」
その後、ソラたちも順番に自己紹介をした。
そしてエイミが、自分は“地球”の出身だと名乗った瞬間――。
カイイヤの目が輝いた。
「地球人なのか!?」
彼女はいきなりエイミに抱きつく。
「私は地球人が作る船にすごく感動してるんだ! “エンジン”とかいう装置で動くらしいじゃないか!? あんな速く走る船、最高だよ! エイミ、お前は作り方を知ってるのか?」
「いや、私は知らないよ。そもそも私は、魔族に協力している地球人たちとは別の側だから」
エイミが抱き締められているのを見て、リカが間に割って入る。
「……こほん」
「ん?」
リカは無言でカイイヤの腕を引き剥がした。
そんな様子を見ながら、ソラが興味津々に尋ねる。
「そういえば、どうしてあなたのヴァルクは黒いんですか? 普通の電気とは全然違って見えました」
「あぁ、あれか。あれは電気のヴァルクじゃない。“雷”のヴァルクだよ」
カイイヤは腕を軽く掲げた。
「父親は電気のヴァルク使いで、母親は炎のヴァルク使いだったんだけど……なぜか私は、その二つが混ざったみたいな力を使えるようになったんだ」
「す、すごい……!」
ソラは目を輝かせる。
「イザウ様、それにしても……いつの間に白炎を使えるようになったんですか?」
モドリックも驚いた様子で尋ねた。
「私もびっくりしたよ。急に白い炎なんて出してたから」
「……ファルカが殺されたのを見た時だ」
イザウは自分の手を見つめる。
「あの時、突然使えるようになった。でも、あの炎を使うと、とんでもない量の力を持っていかれる感じがする。長く使い続けたら……多分、気絶する」
「まだ身体が慣れていないだけでは?」
「……だといいけどな。もっと鍛えないと」
彼らは話しながら、ヴァカン海賊団の船へ向かって歩いていった。
そして港へ停泊している船を見た瞬間――。
イザウたちは言葉を失った。
「で、でかい……」
そこにあったのは、まるで海上要塞のような巨大帆船だった。
さらに船内には無数の人影が見える。
「こんなに人が……。全員、あんたの船員なのか?」
「ああ、そうだよ」
カイイヤは懐かしそうに船を見上げた。
「私たちは元々、海戦の最中に次元の穴へ吸い込まれたんだ。父は落下してきた船の残骸に潰されて死んだ。それで私が船長になったんだよ」
彼女は苦笑する。
「しかも敵側の連中まで一緒に流れ着いてね。向こうも船長を失ってたから、結局みんなで協力してこの船を作ったんだ」
「この船を……自分たちで?」
「この世界は森が多いから木材には困らなかった。私たちの星じゃ陸地が少ないせいで、木はかなり貴重品だったからね」
イザウたちは巨大船へ乗り込もうとした。
だがその時、イザウは足を止める。
彼はまだ下に残っていたモドリックたちへ振り返った。
「……ここまで送ってくれて、本当にありがとう。でも、お前たちはここで戻ってくれ」
「な、何を言ってるんですか、イザウ様!? 俺たちも戦います!」
しかしイザウは静かに首を振った。
「もう誰にも死んでほしくないんだ」
彼は俯いたまま続ける。
「ファルカみたいに……俺を助けようとして死ぬ奴を、もう見たくない。だからこれは、俺たちで終わらせる」
そして顔を上げ、強い瞳で彼らを見据えた。
「絶対に全部終わらせる。そして、お前たち全員をインカへ帰す」
「イザウ様……!」
モドリックたちは涙を流していた。
「……分かりました。どうか、ご無事で。イノリア王女も無事であることを願っています。そして、どうか魔族を倒してください」
彼らは深く頭を下げ、それぞれの街へ帰っていった。
最後まで手を振りながら。
イザウも静かに手を振り返す。
そして船へ乗り込んだ頃には、水平線の向こうから朝日が昇り始めていた。
旅立ちの時だった。
巨大船はゆっくりと港を離れ、海の中央にある第二工場へ向けて進み始める。
強い潮風が吹き抜け、暖かな朝日が甲板を照らしていた。
「お前たち、少し休んできたらどうだ?」
カイイヤが声をかける。
「昨日からまともに寝てないだろ?」
「ありがとう。でも、もう少しだけ朝日を見ていたい」
イザウは海を眺めながら答えた。
すると数人の子供たちがカイイヤのもとへ駆け寄ってくる。
「カイイヤ姉ちゃん! 朝ごはんできたよー!」
「おっ、ありがと。今行くよ」
だが、その子供たちの格好はヴァカンの民とは明らかに違っていた。
ヴァカンの船員たちは水夫のような服に金属鎧を重ね、鉄の頭防具まで装備している者もいる。
しかし彼らは獣皮の服を身にまとっていた。
子供たちが去った後、イザウが尋ねる。
「……あの子たち、ヴァカンの民じゃないのか?」
「ああ。数年前、海を漂流してるところを拾ったんだ」
カイイヤは懐かしそうに笑った。
「第八次元の子たちでね。故郷の星は別の惑星の連中に侵略されていたらしい。でも運よく次元の穴へ巻き込まれて、この世界に流れ着いたそうだ」
「……それは、運が良かったのかもしれないな」
「いい子たちだよ。紹介してやる」
彼らは船内へ降りていく。
そこには酒場のような巨大食堂が広がっていた。
数百人規模の船員を抱える船だけあって、中は非常に広い。
カイイヤは子供たちを呼び寄せた。
「こっちが第八次元の子たちだ。ププン(Pupung)、ンドンド(Ndondo)、それからこの子がピヨピヨ(Piyopiyo)――でも普段はクウィー(Kwee)って呼ばれてる」
しかしカイイヤの表情は少し曇る。
「本当はあと二人いたんだ。ンドンドの弟のポポ(Popo)と、クウィーの叔父のカルカル(Karukaru)。皆からは“カル”って呼ばれてた」
彼女は拳を握り締める。
「あいつらも、私の船員十五人と一緒に攫われた。港で物資調達を任せていた時にな。しかも一度じゃない。二日間で、別々の場所から次々と消えていったんだ」
「それで情報を追っていたら、あの魔族の女を見つけたってわけか」
「そういうこと」
彼らは一緒に食事を始めた。
最初は緊張していた子供たちも、少しずつイザウたちと打ち解けていく。
だがププンたちは、どこか元気がなかった。
イザウは彼らの近くへ腰を下ろす。
「俺はイザウだ。カイイヤから話は聞いた。安心しろ、お前たちの仲間は必ず助ける」
「……本当に?」
クウィーが不安そうに尋ねた。
「みんな、無事かな……?」
「ああ、きっと大丈夫だ」
イザウは優しく笑う。
「俺にとっても、大切な人が攫われたんだ。だから絶対に助け出す。それに――」
彼はソラたちを指差した。
「こいつら、かなり強いからな」
その瞬間、ソラが後ろからひょこっと現れた。
「へぇ~? “イノリアは大切な人”って、ついに認めたんだ?」
「うるさいぞソラ!」
イザウは顔を真っ赤にする。
「今はこいつらを安心させようとしてるだけだろ! 茶化すな!」
そこへリカとエイミもやってきた。
二人も子供たちへ自己紹介し、優しく声をかける。
すると、さっきまで沈んでいたププンたちにも笑顔が戻り始めた。
そんな中、ソラがふと興味深そうに尋ねる。
「そういえば……君たちの星って、どんな場所だったの?」
ププンたちは、自分たちの故郷について静かに語り始めた。
「僕たちの星は、大地のほとんどが氷で覆われていました」
ンドンドがゆっくり話し出す。
「だから僕たちは狩りをして暮らしていたんです。僕たちの星で一番多かったヴァルクは、“獣”のヴァルクでした」
「獣のヴァルク?」
ソラが興味深そうに聞き返す。
「はい。獣のヴァルクを使うと、自分の感覚器官の一部を特定の動物へ変化させられるんです。人によって扱える動物は違いますけど」
「へぇ……」
「高位の獣ヴァルク使いになると、完全に獣へ変身できるようになります。そうなると力も耐久力も何倍にも跳ね上がるんです」
ププンが少し誇らしげに続けた。
「だから狩りも簡単になるんですよ」
しかし、その表情はすぐに曇る。
「ある日の夜でした。いつもみたいに星空が広がっていて……突然、空に変な物体が現れたんです」
「光を放ちながら、たくさん降ってきたんです……」
クウィーは不安そうに肩を抱く。
「そして中から、僕たちとは違う生き物が出てきました。見た目は人間みたいなのに、頭がタコみたいで……」
「そいつら、“銃”っていう武器を使ってました。この世界だと、地球人が作ってる武器と同じようなものです」
「銃……」
エイミが眉をひそめる。
「みんな撃たれて……何人も死にました」
食堂の空気が静まり返る。
「僕たちはカル叔父さんと一緒に逃げました。森に隠れて、何週間も生き延びたんです」
「でも、たった数週間で森は汚染されていきました。あいつらが捨てる廃棄物のせいで……」
ンドンドは悔しそうに拳を握る。
「結局、見つかってしまって……。一日中森を逃げ回った後、氷の崖まで追い詰められました」
「その時だったんです」
クウィーが顔を上げる。
「突然、空に大きな穴が現れて……僕たち五人を吸い込んだんです」
「そしてこの星へ流れ着いた、と」
「はい。でも、僕たちを追ってきた敵も二人、一緒に飛ばされてきました」
ププンはカルのことを思い出したのか、小さく笑った。
「でもカル叔父さんが倒してくれたんです。腕を撃たれてたのに」
「その後もしばらく歩き続けたんだけど、海へ落ちて流されて……何時間も漂流したあと、偶然ヴァカンの船が通りかかったんだ」
「カイイヤ姉ちゃんたちが助けてくれて、カル叔父さんの怪我も治してくれました!」
「カイイヤ姉ちゃん、本当に優しいんです」
クウィーは少し嬉しそうに笑った。
「それから何年も一緒に航海してたんです。でも数日前、カル叔父さんとポポが魔族に攫われて……」
ンドンドは俯く。
「……多分、第八次元の人間って、もう僕たちしか残ってないんです。今頃、故郷の星は完全に支配されて……廃棄物で壊されてると思います」
「大丈夫だよ」
ソラが優しく言った。
「俺たちが、絶対に弟さんとカルさんを助ける」
「ありがとうございます……」
ンドンドは少しだけ安心したように笑う。
「僕が一番年上だから、ププンとクウィーが落ち込んでると、どうしていいか分からなくて……僕まで辛くなるんです」
食事を終えた後、彼らは甲板へ上がった。
そこでは船員たちが釣りをしていた。
「おーい! お前らもやるかー!?」
陽気な船員たちに誘われ、イザウたちも釣りへ参加する。
船では朝と夜の二食制だった。
保存食は十分に積んであるが、海上での長旅に備え、こうして魚を釣って食料を補充しているのだ。
「釣れたぁ!!」
クウィーが大声を上げた。
彼女が引き上げたのは、大きな魚だった。
「すごいじゃん!」
「やったね、クウィー!」
クウィーは満面の笑みを浮かべる。
そんな姿を見て、イザウは少し安心していた。
さっきまで沈んでいた子供たちが、今はちゃんと笑えている。
それだけで十分嬉しかった。
そこへカイイヤがやってくる。
「どうだい? 釣りは楽しめてるか?」
「結構面白いな」
「悪くないですね」
ソラは興味深そうに、煙草を吸っているカイイヤへ近づいた。
「……カイイヤさん、もしよければヴァルクの修行を付き合ってくれませんか?」
「ほぉ?」
「雷のヴァルクと、僕の電気のヴァルクの違いを知りたいんです」
カイイヤは煙を吐きながら笑う。
「いいよ。昼になったら後ろの甲板へ来な」
そして太陽が真上に昇る頃――。
ソラは船尾の甲板へ向かった。
そこにはすでにカイイヤが立っていた。
彼女の右腕には、一羽の巨大な鷲が止まっている。
「でかい鷲ですね……」
「ああ。こいつは私の相棒、“ポコポン(Pokopong)”だ」
カイイヤは鷲の頭を優しく撫でた。
「偵察が得意でね。遠くの敵もすぐ見つけてくれる。元々は父の鷹だったんだけど、今は私が世話してる」
ポコポンは大きく羽を広げ、そのまま空高く飛び立った。
「さて、始めようか。お前の電気ヴァルク、どこまでやれるのか見せてみな」
黒い雷がカイイヤの全身を包み込む。
ソラも緑色の電気を身体へ纏わせた。
カイイヤが口に咥えていた煙草を地面へ落とす。
その瞬間――。
ソラが一気に踏み込んだ。
超高速の突進。
しかし。
カイイヤの姿が消える。
「っ!?」
次の瞬間には、ソラの背後に立っていた。
バチィィッ!!
黒雷がソラの身体を撃ち抜く。
「油断するな、ソラ」
カイイヤは静かに言った。
「雷は電気より“重い”。何度も喰らえば、神経が麻痺するよ」
ソラは連続で放たれる黒雷を避け続ける。
だが、どれだけ高速で動いても、カイイヤの攻撃は正確に命中してくる。
彼女は瞬間移動したように、次々と位置を変えていた。
「な、なんですかそれ……!? 転移能力ですか!?」
「ははっ、違う違う」
カイイヤは笑う。
「ただ速く動いてるだけさ」
「どうやったらそんな速度を……!? どんな訓練をしたんですか!?」
「特別な訓練なんて必要ないよ」
彼女は指を立てた。
「必要なのは、“移動のテンポ”と、“相手の動きを読むこと”だ」
「……?」
「電気が流れる時、どうなると思う?」
「どうなるって……?」
「必ず“終点”がある」
カイイヤはソラの胸を軽く指差す。
「だから考えるんだ。“どう流れるか”じゃない。“どこへ到達するか”を」
ソラは真剣な顔で聞き入っている。
「それとテンポだ。相手が高速型なら、お前はさらにテンポを上げ続けろ。相手を超えるまでな」
「でも、どうやってテンポを上げるんですか? 僕、ずっと速度の訓練してるのに……あまり変わってる感じがしなくて」
「電気も雷も本質は同じさ」
黒雷がカイイヤの身体で弾ける。
「強く放てば放つほど、速くなる」
彼女はニヤリと笑った。
「やることは単純。“出力を上げろ”ってだけだ」
「うーん……まだよく分かりません……」
「なら、戦い続けな」
カイイヤは煙草に火をつけながら言った。
「そのうち、嫌でも理解するよ」
その後も、ソラとカイイヤの模擬戦は続いた。
戦いながら会話を交わしてはいるものの、勝負は完全に一方的だった。
ソラは何度も黒雷を喰らい、その度に吹き飛ばされる。
それでも彼は立ち上がり、必死に攻撃を繰り返していた。
「まだ来るのかい?」
カイイヤは感心したように笑う。
「当然です……!」
ソラは全身傷だらけだった。
息も荒く、足も震えている。
それでも彼は雷を纏い、再び突っ込んでいく。
しかし――。
バチィィィッ!!
黒雷が炸裂し、ソラの身体が止まった。
「ぐっ……!」
身体が痺れ、もうまともに動けない。
対するカイイヤは、左手に巨大な雷球を作り出していた。
圧縮された黒雷が、不気味な音を立てている。
「これで終わりかな?」
ソラは歯を食いしばる。
避けられない。
もし直撃すれば、本当に倒れる。
だから彼は、残っていた全てのヴァルクを一点へ集中させた。
無理やり身体を動かすために。
カイイヤが雷球を放つ。
その瞬間――。
ソラの姿が消えた。
「っ!?」
次の瞬間、彼はカイイヤの背後へ回り込んでいた。
「はぁぁぁっ!!」
緑電を纏った拳が叩き込まれる。
だがカイイヤは即座に反応し、腕で受け止めた。
そして次の瞬間――。
彼女は嬉しそうに笑った。
「やるじゃないか、ソラ!」
「はぁ……はぁ……」
「そう、それだよ。私が言いたかったのは」
ソラは肩で息をしながら尋ねる。
「つまり……ヴァルクを一点集中させて、出力を上げ、その力を移動へ使うってことですか……?」
「その通り」
カイイヤは満足そうに頷いた。
しかし安心した瞬間、ソラの身体から力が抜ける。
「……あ」
そのまま彼は前へ倒れ込み、意識を失った。
◇ ◇ ◇
数時間後――。
「ん……」
ソラはゆっくり目を開けた。
「……ここ、どこだ……?」
「まだ起きなくていいよ」
聞こえてきたのはカイイヤの声だった。
「ここは私の部屋だ。少し休んでな」
ソラは慌てて起き上がろうとする。
「い、いや……人の部屋で寝てるのは悪いですし……」
彼は無理やり身体を起こし、ベッドへ座った。
カイイヤは煙草を吸いながら窓際に立っていたが、吸い終えると海へ投げ捨て、そのままソラの隣へ腰を下ろした。
「ちょっと待ってな」
彼女は再び立ち上がり、引き出しの中から何かを取り出してくる。
「……それは?」
「父の眼帯さ」
黒い眼帯だった。
「昔、海戦で目をやられてね。ずっとこれを使ってた」
カイイヤはそれをソラへ差し出す。
「今度はお前が使いな」
「えっ……!? いや、でも……大事な物なんじゃ……」
「だからこそだよ」
カイイヤは笑う。
「価値ある物は、強い奴に受け継がれる方が嬉しいもんさ。それに――」
彼女はソラの顔を見て吹き出した。
「その包帯だけの見た目、正直ダサいし」
「……あなた、そういう冗談も言うんですね」
ソラは苦笑しながら眼帯を受け取った。
装着してみる。
「……すごくしっくりきますね。なんか、かなり格好いいかも」
「当然」
カイイヤは胸を張った。
「それ、父が海の火山地帯で倒したドラゴンの鱗から作られてるんだから」
「へぇ……そんな長い歴史があるんですね」
ソラは眼帯に触れる。
「なら、その歴史をもっと長くしてみせます」
「いいこと言うじゃないか」
その時だった。
ドォォォォォンッ!!
船全体が激しく揺れた。
「っ!?」
耳をつんざくような轟音。
二人はすぐ部屋を飛び出し、甲板へ向かう。
そこでは猛烈な風が吹き荒れていた。
一人の船員が海の向こうを指差して叫ぶ。
「見ろぉ!! 爆発だ!!」
遠くの海上。
そこでは、とてつもない爆発が発生していた。
海水が数キロメートル級の高さまで吹き上がり、まるで巨大な樹木のように空へ伸びている。
「距離がかなりあるのに……こんなにはっきり見えるなんて……」
誰もが息を呑む。
そしてエイミが呟いた。
「……あれ、核爆発だ」
「カク……?」
「何だそれ?」
カイイヤたちが振り向く。
「簡単に言えば、“人類が作った中で最強クラスの爆弾”」
「……あれが?」
船員たちの顔が引きつる。
「地上で使われたら、街どころか国が消える可能性もある」
「恐ろしいな……」
カイイヤは険しい顔で海を見つめる。
「そういえば前に、メルタミアの鉱山で“ウライウム”って鉱石を見せてくれたよな?」
イザウが思い出したように言う。
「あの石が関係してるのか?」
「うん。あれは核兵器の材料の一つ」
「……なるほどな」
イザウは爆発の方向を睨んだ。
「なら、あの魔族が言ってた“新兵器の実験”ってやつかもしれない」
「可能性は高い」
エイミも頷く。
「つまり魔族の船団は、あの近くにいるはず」
カイイヤはすぐに叫んだ。
「総員! 進路変更だ!!」
巨大船が方向を変え、爆発地点へ向けて進み始める。
距離はおよそ十キロ。
カイイヤは船首へ立ち、大声を張り上げた。
「行くぞ野郎ども!! 仲間を助け出す!!」
船員たちが雄叫びを上げる。
「ヴァカンの海を舐めるとどうなるか、魔族どもに教えてやれ!! “海の支配者”が誰なのか、思い知らせてやるんだ!!」
「おぉぉぉぉぉっ!!」
イザウも拳を握り締めた。
「早くぶん殴りてぇ……。今度こそサイリンは逃がさない。絶対に俺がぶっ倒す!」
「やる気満々だねぇ」
エイミが苦笑する。
「その戦い方見てると、昔やった“神殺し系ゲーム”思い出すよ」
「ゲーム?」
イザウが首を傾げる。
「何だそれ?」
「あー……説明が難しいな」
エイミは笑った。
「地球の娯楽の一つだよ。実物見ないと分かりにくいかも」
「全部終わったら、エイミの星にも行ってみたいな」
「……ふふっ」
エイミは嬉しそうに笑った。
「もし本当に来れたら、その時は案内してあげるよ」




