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ドリル魔法使い転生 【土魔法しかない世界に“ドリル使い”とかいう環境破壊能力者が現れて界隈がざわついてる】  作者: 一終一(にのまえしゅういち)
第1部 人食いドリル編

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第7話 負け犬の遠吠え

 俺は漢字ドリル風の魔術書に向けて手をかざす。すると、地味な茶色の羽根ペンが現れた。先ほどから(ちゅう)に浮いている派手な金色の羽根ペン先生ではない別のものだ。


 自分だけ豪華なもの使いやがって、と羽根ペン先生をにらむが、意思疎通は取れないので特にリアクションはない。延々とドリルみたいにクルクル回っていて、はたき落としたい衝動に駆られるのみだ。


 俺は嫌味げにため息をつき、茶色のペンを握る。そして予定通り『犬』という漢字を書くため、漢字表から探し出す。


 すぐに見つかり、ペン先でタッチする。すると。


『犬ですね! かわいー! 一度選んだ漢字は規定回数書き取り終わるまで変更できないので注意してね!』


 タッチする前に言えよ。


『それでは今回書いていただく回数は! ドゥルルルルル! じゃん! 一万六千回でーす! やったー!』


 多い。だが想定内だ。前回が一万五千回だったから千回増えた。


「調子が良くて十時間ってとこか」


 体力、気力がもてばなんとかなりそうだが、気が重い。腱鞘炎(けんしょうえん)なんかは手をドリル魔法で強化すれば大丈夫なのだが、やはり気が重い。


「でも、やるしかねぇよな」


 より良い幸福を掴むためには努力するしかない。


 俺はペンを握り直して、いよいよ書き始める。


 犬。犬。犬……。


 最初の十回は余裕だ。三画をなぞるだけ。小学生の頃を思い出すなぁ。


 二十回目あたりから急に哲学的になる。なぜ俺は犬を量産しているんだ?


 三十回目で現実逃避が始まる。これ、犬が百匹並んだら群れになるんじゃねぇか? 俺は今、牧場でも経営してるのか?


 四十回目。手がだるい。犬一匹のくせに腕にくる。


 五十回目。犬の顔がゆがむ。顔?


 六十回目。バランスが崩れる。俺の人生みたいに無駄に(かたむ)いてやがる。


 七十回目。羽根ペン先生は黙ったまま浮いている。ただ見てるだけだ。いや、目がないから見てはいないのか?


 八十回目。羽根ペン先生に注意される。書き順、とめはねはらい、線をまっすぐ書けなど、無駄に細かく指摘してくる。しかもやり直しさせられる。反抗期に突入していい?


 九十回目。犬がゲシュタルト崩壊する。犬ってなんだ? 四足歩行ってなんだ? 俺は誰だ?


「……百!」


 ここまではまだ序章だった。


 千回目。犬に目が浮かぶ。その瞳は(うつ)ろだった。俺の目も同じだ。鏡があれば笑える光景だろう。


 二千回目。手首が抗議を始める。ストライキ寸前の労働者みたいに震えてやがる。


 三千回目。犬が鳴き、噛んでくる。アハハ、かわいいなぁ。


 五千回目。時間の感覚が溶ける。朝か夜かもわからない。犬だけが増えていく世界だ。地獄かここは。


 休憩。まだ三分の一にも満たない。動きたくない俺は、カブトムシが樹液を吸うみたいに干し肉をチューチュー吸って寝転がっていた。


 再開。


 六千回目。(さい)の河原で石を積むのとどっちが楽だろう。あ、でも石じゃなくて犬だからかわいいなぁ。うふふ。


 八千回目。俺は犬になりかけている。いや、もうなっているのかもしれない。主人の命令で延々と文字を刻む忠犬ヘリクス。わんわん。


 一万回目。(さと)りの扉が開きかけるがすぐ閉まる。こんなもんで開くほど安い門じゃないらしい。


 一万二千回目。指の感覚が消える。だが不思議と書ける。習慣ってのは恐ろしい。拷問(ごうもん)すら日常に変えやがる。


 一万五千回目。犬が整列して見える。行進だ。どこへ向かっているのかは知らない。少なくとも俺の未来じゃない。


「……一万六千!」


 最後の一匹を書き終えた瞬間、羽根ペンが弾むように動き出す。


『すごいすごい! よくできました! ぱちぱちぱち』


 (あお)りにしか見えねぇ。


 犬一万六千匹分の労力を幼稚園のお遊戯(ゆうぎ)みたいな拍手で片付けやがって。こっちは魂をすり減らしてんだぞ。


「うるせぇ……」


 俺の虫の息のような声を無視して、続けざまに新たな文字が書かれる。


『おめでとう! 『犬』を書いたおかげで特殊カテゴリーの音変化が解放されました! さっそく『鳴け』と念じてみてね!』


 は? 分離じゃねぇのかよ。


 がっかりしつつ、指からドリルを出す。


「鳴け」


 唱えた瞬間、ドリルが回転し、ワン、と鳴った。


「……は?」


 もう一度まわす。ワンワン。


 うんうん、まるで子犬だ。


『すごいでしょ? 他にもいろんな犬の鳴き声ができるよ! どんな声が出せるかはキミの想像力しだい! やったね!』


 …………。


 とりあえず、大型犬っぽくしてみる。


 バウッ。


 小型犬。


 キャンッ。


 ホットドッグ。


 鳴かない。


「………………」


 ドリルは元気に回っている。音だけが完全に犬だ。


「ちきしょおおおおおおお!!」


 俺は机をぶん殴った。


「分離じゃねぇのかよ!! なんだこれ!! なんの役に立つんだよ!!」


 ドリルが犬の鳴き声を出すだけの能力。


 戦闘に役立つか? 役立たない。


 生活に便利か? 便利なわけがない。


 せいぜい夜道で鳴らして野犬を呼び寄せるくらいだ。自殺志願者か俺は。


 羽根ペンが楽しそうに文字を書く。


『よく書けました! 努力が報われましたね! これからも負け犬にならないように頑張りましょうね!』


(あお)りか貴様ああああああああ!!」


「うるせぇぞヘリクス! 家ぶっ壊すぞ!」


「す、すみません!」


 またしても隣人に怒られる。


「くそ……くそったれ……」


 怒りと疲労が一気に押し寄せる。視界がぐにゃりとゆがむ。


「……寝る」


 俺はそのまま床に突っ伏した。負け犬上等だ。今はもう何も考えたくない。


 それからどれくらい時間が過ぎただろう。目覚まし時計よりもうるさい突然の地鳴りに俺は飛び起きた。


「な、なんだ!?」


 外に出ると周囲の人がこぞってざわつきながら空を見上げていた。


 俺も釣られるように視線を上げる。


 すると、虫のような形をした巨大な飛行物体が泳いでいた。

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