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ドリル魔法使い転生 【土魔法しかない世界に“ドリル使い”とかいう環境破壊能力者が現れて界隈がざわついてる】  作者: 一終一(にのまえしゅういち)
第1部 人食いドリル編

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第6話 過去と漢字ドリルと羽根ペン先生

 俺ことヘリクスは、魔法兵団から逃げ出した後、(みやこ)片隅(かたすみ)にあるスラム街へ帰ってきていた。


 路地でドリル形態を解除して子供の姿に戻る。これで追ってくることは不可能だろう。多分。


 マイホームに向かっていると、知り合いのイカスミパスタみたいな髪型のおっちゃんが話しかけてきた。


「聞いたかヘリクス。イキリドリル野郎が賞金首になったらしいぞ」


「アハハ」


「なんでもヤツは人間の子供を食ってるらしいんだ。しかもその方法が残忍(ざんにん)でよ。ドリルっていう武器で血肉や内臓をかき混ぜてドロドロにした後、自分の腰に手を当てて酒を(あお)るみたいに一気に飲むらしいんだ」


 いやいやいや。風呂上がりのおっちゃんじゃないんだからさ。そんな軽いノリで人食わねぇよ。どんどん印象が酷くなっていくな。


「あのー、何かの間違いじゃないですか? ドリルマンさんは星喰(ほしく)いを倒してくれる凄い人だって聞いてますけど」


「ヘリクスはガキだからわかんねぇだろうが、人はな、変わっていくものなんだ。星喰いを殺すより、子供を殺すことに快楽(かいらく)を覚えちまったんだろう」


 うんうん。完全にシリアルキラーですね。俺の人生逆転計画終わったな。


「アハ、アハハハ……」


「ヘリクス、お前さんも子供なんだから気をつけろよ。言いたかねぇがスラム街のガキなんて格好(かっこう)餌食(えじき)なんだからよ」


 その通りではある。スラム街の子供が一人二人消えたところで気づく人間は少ないだろう。現にドリルマンに食われたとされる子供の名前を誰も口にしなかった。その辺の石ころと同じ扱いってわけだ。


「アハハ、気をつけます……」


 俺はイカスミパスタおっちゃんに別れを告げて家路(いえじ)に着いた。


 スラム街。道は相変わらず謎の粘液(ねんえき)でぬかるんでいて、空気は湿った雑巾(ぞうきん)みたいにまとわりつく。鼻を突くのは腐臭と生活臭と、あとちょっとした絶望の匂いだ。どれも俺の生活圏における基本装備である。


 土魔法しかない世界で魔法の使えない者は大体ここに集まる。仕事のほとんどは魔法使いにとられるから仕方ない。政治、経済、宗教、インフラ、()ては娯楽(ごらく)まで奴らの独占状態だ。


「クソゲーだなぁ」


 転生者だと判明してから二週間。


 ドリル魔法を覚えたというのにこうして何も変わらずスラム街で土魔法使い達を(うらや)んでいる。


 俺は歩きながら肩をすくめる。荷物持ちの仕事で(こす)れた肩が痛みを主張してきた。


 ドリル魔法は何にでも穴を開けるという土魔法しかない世界に対する軽い嫌がらせみたいな能力だ。


 だが、それで飯が食えるかっていうと別問題。


 まだ使えるようになって二週間。しかも正体は隠しているから表向きはただの土魔法も使えない子供だ。そりゃあ金にもならない。世の中、穴を開けるだけで金になるほど甘くはない。いや、あるのかもしれないが少なくとも俺の周りにはない。しかも賞金首になったからさらに見つけられなくなった。


「……はぁ」


 ため息が素直に出た。気づけばいつもの場所に立っていた。


 俺の家。いや、家と呼ぶのは建築に対する侮辱(ぶじょく)かもしれないな。犬小屋と言った方がまだ正確だ。


 壁は隙間だらけで風通しは抜群。屋根はあるが雨は気分次第で入ってくる。気まぐれな自然との同居生活だ。


 扉を押すと(かわ)いた音が鳴った。歓迎の意志は感じられない。


「ただいま……ってな」


 返事はない。まぁ当たり前だ。親はいない。留守という意味じゃない。


 生みの親は知らないし、育ての親だった娼婦(しょうふ)は、ある日ふっと蒸発(じょうはつ)した。借金か、男か、あるいは単純に飽きたのか。理由は知らないし、知る気もない。


 残されたのはこの風通しの良すぎる箱と俺だけだ。


「……まぁ、静かでいいけどな」


 強がりでもなんでもなく事実としてそう思う。誰かと暮らすのは面倒だ。期待されるのも、裏切られるのも、どっちも御免(ごめん)だ。


 俺は床に腰を下ろし、ぼんやりと天井……いや、ほぼ空を見上げた。夜になると天然のプラネタリウムになるんだぜ。


 ふと、前世のことが頭をよぎる。


 日本人だったらしい。土守(つちもり)って名字だ。名前の下は思い出せない。年齢も、性別すら曖昧(あいまい)だ。記憶が混濁(こんだく)しているのかもな。


 自分の過去がここまでボヤけてるってのは、なかなか気味が悪いものだがあまり気にならない。


 だって、なんとなくわかるからな。あんまりいい人生じゃなかったってことだけは。


 たとえるなら遠い昔に見た映画だ。内容はまるで思い出せないのに、つまらなかったという感想だけが鮮明に残っている。そんな感じだ。


「……便利な脳みそだよな」


 詳細がない分、未練(みれん)もない。過去に縛られないって意味じゃ、むしろ当たりかもな。


 なんてな。そこまで前向きに考えられるほど俺は出来た人間じゃない。


「やめだやめ。湿っぽいのは(しょう)に合わない」


 俺は頭を振って思考を追い出す。


 過去なんてどうでもいい。問題は今だ。今日の飯と、明日の飯。それから、できればもう少しマシな未来。そのための武器はある。


 俺はカバンから一冊の本を取り出した。二週間前にダンジョンで見つけた魔術書。俺にしか見えず、読めず、使えない。


 ボロボロの表紙。だが文字だけは自己主張が強い。タイトルは——。


 『十分(じゅっぷん)でドリル魔法を習得できる魔術書体験版』。


「相変わらずうさんくせぇ」


 思わずツッコミが()れる。十分(じゅっぷん)ってのもきな臭いが、体験版ってなんだよ。正式版を寄越(よこ)せよ。


 見るからに怪しいが、この本が嘘じゃないことは身をもって知っている。現に使用できているしな。


 ページを開く。そこに書かれているのは魔法陣でも呪文でもない。“漢字”である。


「うん、何度見ても(くる)ってるな」


 綺麗に並んだマス目。お手本の文字。そしてその横に空白。


 どう見ても、どう取り(つくろ)ってもこれはドリルだ。穴開け用ではなく、勉強用のドリルだ。つまりこの本は魔術書の皮を被った“漢字ドリル”なのである。


「で、これを規定回数だけ書き写すと魔法が強くなる、と」


 試したからわかる。実際に強くなった。意味がわからないが事実だ。


「ここまではいいんだが……」


 俺はこの後すぐの未来を予期して気が重くなる。それでも先に進むしかないので(なまり)のように重い手を動かす。そして次のページをめくった瞬間。乾いた音と一緒に何かが本の中から飛び出してきた。


 反射的に身構えた俺の目の前でそれはふわりと空中に静止する。


 金色の羽根ペンだ。


 大きさは誰でも想像する筆のサイズ。だがデザインが普通じゃない。


 二匹の蛇がまるで獲物を()め殺すみたいに筆軸(ふでじく)に巻き付いている。しかもただ巻き付いてるんじゃなく、頭を持ち上げて今にも噛みつきそうな顔だ。装飾にしては攻撃的すぎる。


 さらに(きわ)めつきは尻の部分だ。天使の翼が生えている。やたら威風堂々(いふうどうどう)と広がっていて無駄に神々(こうごう)しい。蛇と天使。どういうセンスだ。善と悪を一つのペンに詰め込むな。精神が不安定になるだろうが。


「中二病すぎる。嫌いじゃないけどさ」


 俺の精一杯のフォローを無視するように羽根ペンが勝手に動き出した。


 ページの(すみ)へ移動し、勝手に文字を書き始める。


『じゃじゃーん! 羽根ペン先生登場! あなたが漢字を書かなくなって丸一日が過ぎました! お勉強は継続しないとダメですよ! ぷんぷん』


「うぜぇ」


 語尾がいちいち神経を逆撫(さかな)でする。なんだぷんぷんって。


 ペンは俺の心情など知ったことかとばかりに、クルクルと空中でドリルみたいに回る。他人のペン回しってムカつくよな。


「まぁ、役には立つんだよな」


 ドリル魔法なんていう神のごとき力を得られるんだ、多少のことは我慢する。


 俺はため息をつきながらページに視線を落とす。


『忘れていると思うからもう一度説明するよ!』


 いや、忘れてねぇよ。と、突っ込んだところで羽根ペンと意思疎通(そつう)はできないどころか、触れることすらできないので生温かい瞳で見守るしかない。


『漢字は全部で八十文字! 一つの漢字を規定回数書き取るたびにドリル魔法を強化できるよ! すごーい!』


 うんうん、最後の一言がムカつくんだよな。キッズは楽しいんだろうが転生前の記憶がある大人の俺からしたら(あお)りにしか聞こえない。


『強化項目は大きく分けて七つ! 大きさ、硬さ、形、数、分離、部位変化、特殊だよ! どの漢字がどのカテゴリーに当てはまるかは内緒だよ! 楽しいね!』


 これがやっかいなんだよな。狙った項目を強化できない。


『不安だよね! でも大丈夫! 漢字から強化項目が推測できるようになっているよ! 考える力を(やしな)ってこ!』


 なんでちょっと上から目線なんだよ。


 とにかく漢字を選んで書くしかないのだが、ここでまた問題がある。


 一度選んだ漢字は規定回数書き終わるまで変更できない。しかもその回数というのが前回は一万五千回だった。さらに書くたびに規定回数が増えていくため次はさらに多くなるはず。


 まとめると、クソ仕様ってことだ。


 唯一(ゆいいつ)の救いは漢字が小学校一年生で習うような簡単なものしかないってことだけ。


「うだうだ考えても仕方ないし、書くか」


 今、気になるカテゴリーは“分離”だ。体からドリルを切り離せるようになれば遠距離での戦闘が可能になる。それだけで戦いの質が一段階上がる。


 それを踏まえて次に書く漢字は決めている。『犬』だ。飼い犬、牧羊犬(ぼくようけん)盲導犬(もうどうけん)。人生のパートナー。間違いない。分離して共にドリル人生を歩んでくれるはず。


「書くぞ書くぞ、うおおお!」


 俺は気合(きあい)の入った声を上げた。すると。


「うるせぇぞ!」


「あ、すみませんすみません……」


 ここは壁が俺の人生くらい薄っぺらいから気をつけないとな。

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