第18話 合格印
聖域に入るための土魔法試験の最終的な合格者は俺とリンの二人。
俺達は試験官のじっちゃんに連れられて厳かな装飾で彩られた部屋に移動していた。
「これで試験は終わりじゃ。ふむ、面白い二人が残ったのう」
フクロウ顔のじっちゃんが標本を見る学者みたいな目で俺達を眺める。いやな観察対象になったもんだ。
「リンは十歳じゃろう? 試験を突破した者で史上二番目の若さじゃ。素晴らしいのう」
二番目。その言葉が妙に引っかかる。こいつより若い怪物がいたのかよ。才能の世界ってのは努力を積み重ねた奴の頭上に平然と隕石を落としてくるな。
「えへへ、ですの」
当のリンはそんな現実を気にもせず、手を後ろで組んでクネクネしている。見た目だけ切り取れば、ただの愛想のいいガキだ。中身は、この若さで土魔法を自在に操るバケモンだがな。
「さて、二人には合格印を渡そう。手の甲を向けてこちらに差し出すがよい」
言われるままに手を差し出す。次の瞬間、じん、と熱が走った。光が滲むように広がり、俺の手の甲に模様が刻まれていく。まるで皮膚が紙で、そこに焼き印を押されたみたいな感覚だ。ありがたみより先に衛生面が気になる。
手の甲には、大樹の紋様と、異世界文字で『一』と刻まれている。
「これは木かぁ?」
「ブドウの木じゃ。かつての王がこの国の発展を祈って植えられた神聖な大樹じゃよ」
ブドウというと大樹のイメージはないが異世界だし規格外のものもあるのだろう。
「ふぅん。じゃあ大樹の上の数字はなんだぁ?」
「聖域内にある新生層と呼ばれる場所まで行き来できる証明書みたいなものじゃ。それ以下は新人では通れぬ」
なるほど、制限付きの通行証か。てことは。
「マジかよ。聖地カンブリアってとこに行きたいんだが無理かぁ?」
「ふむ、カンブリアは新生層と中生層を抜けた先の古生層にある。しかもその古生層の中で最下部に位置しておっての。新人では無理じゃな」
「マジかぁ」
目的地が地下のさらに地下とか、最悪だな。
「カンブリアに用とは珍しいのう。まさか“星を繋げたい”のかの?」
「星を繋げるぅ?」
聞き慣れない言葉に眉をひそめる。
すると、じっちゃんは少しだけ嬉しそうに講義モードへ移行した。知識をひけらかす機会を与えられた教師ってのは大体こういう顔をする。
「聖域は植物の根のように大地の中へ広がっておる。地下へ向かうほど肥沃な魔力がとれて大地が潤うのじゃ」
根っこ、ね。つまりこの国は地面の下に栄養を吸いに行ってるわけだ。うさんくせぇな。こういうのは星に反動がありそうなもんだが。
「言い伝えによれば聖域と星の中心を繋げると永久の平和が訪れるという。ゆえに国はそれを実現すべく日々聖域に潜っておるのじゃ。今も優秀な土魔法使い達によって掘削され続けておる」
「ふぅん、それが聖域がある理由か」
平和のために穴を掘る。人類ってやつは平和を言い訳にして業をとんでもない深さまで掘り進める生き物だが異世界も似たようなものらしい。
そして俺の魔術書は、その怪しい業の奥底に来いと囁いている。偶然にしちゃ出来すぎだ。誰かが糸を引いていると考えておくべきだな。魔術書の持ち主か、はたまた魔術書そのものか。あるいは別の誰かか。いずれにせよ気に食わないが、罠だろうと行くしかねぇ。
ふと、手の甲を見る。さっき刻まれた紋様が溶けるように消えていった。
「おい、消えたぞ?」
「合格印は望めばいつでも浮かべられる。証明したい時に使うがよい。たとえ腕を切り落とされても他の部位に浮かぶから安心せい」
「怖いこと言うなよ」
安心材料の方向性がバグってる。腕を切り落とされる前提で話すな。
「長くなったが話は終わりじゃ。明日、聖域前の兵舎へ行くがよい。そこにいる魔法兵団団長デネボラに入域について色々と聞くがよいぞ」
デネボラ……ああ、あのメスライオンみたいな顔の女団長か。牙でも生えてきそうな威圧感のやつだ。
「わかったぜ。色々とありがとな、じっちゃん」
俺の言葉にじっちゃんは好々爺らしい優しい笑みを浮かべた。
「ああ、一つ言い忘れておった」
親指を立てるじっちゃん。
「試験合格、おめでとう」
その言葉に俺とリンは同時にニッコリと笑い、踵を返して外に出た。空気が少し軽い気がする。試験場の中は、どうにも胃に悪い雰囲気だったからな。
「ドリルマンさん、宿は決まっていますの?」
隣でリンが毛先のねじれた金ポニテをバネみたいにピョコピョコさせながら聞いてくる。
「いや、都に来たばっかで何も決めてないぜ」
「でしたらボクと同じ宿に泊まるといいですの! どうせ明日一緒のとこに行きますから!」
合理的だ。ついでに人懐っこい。こういうやつは詐欺に引っかかりやすいが同時に成功者になりやすい、と個人的に思う。
「悪くない話だけどよぉ、その宿の宿泊費どれくらいだ? 俺あんまり手持ちねぇから高すぎると無理だぞ」
「ボクが払いますわ!」
即答だった。間髪を容れず、迷いゼロ。
マジか。普通なら遠慮とか、建前とか、そういう薄っぺらいフィルターが一枚は挟まるもんだが、こいつにはそれがなかった。純粋なのか、バカなのか。
少しだけ危なっかしいやつだと思った。まぁ、今はありがたく乗るがな。
「ヒャハハ! んじゃ、お言葉に甘えてヒモ男になるぜぇ!」
「ヒモ? よくわかんないですけど、わーいですの!」
理解してないのに喜ぶな。将来が心配になるだろうが。
こうして俺達は宿へ向かうことになった。




