第19話 招待
リンに連れられて宿に入った瞬間、俺は金ってのは趣味の悪さを豪華さで殴り倒す力なんだなと理解した。
壁には赤や金の布が垂れ下がり、天井には真鍮のランプ。床には沈み込みそうな絨毯。香辛料みたいな匂いまで漂っている。アラビア風ってやつだ。ただ、異国情緒というより、金持ちの妄想を煮詰めた鍋みたいな部屋だった。
「はぁわー、疲れたですのー」
リンがベッドへ飛び込む。ばふん、と沈む音。
俺ももう一つのベッドへ腰掛けようとして尻のドリルを引っ込める。最近はもう癖になってきた。座る前にドリル収納。一般人は靴を脱ぐが俺は突起物をしまう。終わってる生活習慣だ。
「あ、汚いですわ! 先にお風呂に入ってきてくださいですの!」
「おい、お前はいいのかよ」
「ボクはいつでも綺麗で可憐でいい香りがするからいいんですわ」
自分だけはセーフ理論かよ。
だが、よく見ると本当に汚れ一つない。試験会場じゃ砂埃だの瓦礫だの飛び交ってたのに服も髪も肌も新品みたいだ。
「土魔法の効果かぁ?」
「ふふん、その通りですわ。ボククラスになるとこの程度は朝飯前ですの」
胸を張るリン。十歳児のドヤ顔ってのは、ほほえましいものだが、ちょっと腹立つ。
「才能の塊で羨ましいぜ。その魔法で俺の汚れも浄化してくれよ」
「無理ですわね。ボクだけの専売特許ですの」
「はぁ? どういう理論だぁ?」
「秘密ですわ。さぁ、いいからお風呂に入って来てくださいの。あ、ドリルで床や壁を傷つけないように気をつけてくださいですわ」
俺をなんだと思ってるんだ。まぁ実際、うっかりすると壁に穴が開くんだが。
疑問が浮かぶものの今は風呂が先だ。
風呂場へ向かう。こっちもアラビア風だった。無駄に広い。王族でも洗うつもりかってくらい広い。
俺は額以外のドリルを引っ込める。全解除すると落ち着かないんだよな。武器を全部置いた兵士みたいで。いつ攻撃を受けても対処できるようにしときたい。元の子供に戻る時は我慢するけどさ。
湯で体を流す。砂と汗が落ちていく感覚は気持ちいい。人間、どれだけ強がっても結局は湯で機嫌が直る生き物だ。
体を洗い終わり、湯船に浸かる。
「……っはぁぁぁ」
生き返る。脳みそが溶けるようだ。さっきまでの疲労が湯に消えていく感覚だった。文明って偉大だな。人類史における最大の発明は火薬でも魔法でもなく風呂かもしれない。
ぼんやり天井を見る。漂う湯気に包まれて現実を忘れそうになる。だが、現実は甘くない。いつでも嫌な事実を突きつけてくる。
残り九十五日。その間に正式版魔術書を手に入れなければならない。
失敗すればドリル魔法は消える。せっかく手に入れた力が期限付きとかクソみたいな契約内容である。
俺は手の甲に意識を集中させて合格印を浮かべる。ブドウの木の紋様と『一』という異世界数字。これがあれば聖域に入れる。ただし、入れるのは新生層まで。恐らく新人研修エリアって感じかな。
きっと何かしら成果を出さなきゃ下へは行けないんだろう。
果たして間に合うのか。……いや。間に合わせるしかねぇか。できませんでした、で済むほど人生は優しくない。墓石に努力賞は刻まれないからな。
快感が不快へと変わる狭間ぐらいに風呂から出る。
部屋へ戻った瞬間、少しだけ目を細めた。
リンがポニーテールを解いていた。金髪がさらりと腰まで落ちる。解いてもなお毛先は植物のツルのように螺旋を描いている。服もいつの間にか薄いネグリジェみたいな格好になっていた。
年齢さえ違えば絵になったんだろう。ロリじゃなければなぁ。ロリコンではない俺からしたら、ただのマスコットキャラに抱くような感情しか浮かばない。
「あ、戻りましたの」
「おう」
「ちゃんと壁壊さず帰ってこれましたわね」
「俺をなんだと思ってんだ」
「歩く工事現場ですの」
否定しづらいのが腹立つ。
リンはベッドの上でぱたぱた足を揺らしながらこちらを見る。
「それでドリルマンさん、これからどうするつもりですの?」
アバウトな質問だな。俺を値踏みしているのか。見た目はただの少女とはいえ、土魔法を自在に使う天才だし、簡単には信頼しない方がいいな。魔術書のことは秘密にして適当に誤魔化すか。
「もちろん聖域に行く。金を稼いで、ついでに正義の味方として名を馳せるぜ」
「素敵ですわね。でも聖地カンブリアへ行きたいとおっしゃってましたけど、お金稼ぎに関係あるんですの?」
「うーん、奥に行けば行くほどお宝がありそうだろ?」
「ふふふ、確かに。ただ奥底には恐ろしい星喰いも出ますわ。あまりリスクに見合わない気がしますけれど」
「そこは正義感という都合のいいロマンがあるだろ?」
「演劇の台詞のような言い回し、嫌いではないですわ」
ぱちぱちぱち、と手を叩くリン。なんかバカにしてねぇか? ま、いいか。
「俺も聞きたいんだがリンの方こそどうして聖域へ行きたいんだ?」
俺の問いにリンは考えるように瞼を深く落とした。金の長いまつ毛がかわいさに拍車をかける。
「世界を救うため、ですわ」
その言葉が少し引っかかる。
「平和ではなく、救う?」
「はいですわ。ただの類義語ですからお気になさらず」
なんか含みがある気がするな。あまり深掘りしない方がいいか。こっちもボロが出たら嫌だしな。
「そうか。なら俺と似たようなものだし、もしかしたら助け合えることがあるかもな」
「その時はよろしくですわー!」
リンが明るく笑顔を向けてくる。怪しいのか、怪しくないのかわかんねぇな。
そんなお互いを探るような会話をしているうちに眠気が来た。
俺はベッドへ倒れ込む。柔らかい。駄目だなこれ。人間を堕落させる。気付けば意識が沈んでいた。
——朝。ノック音で目が覚めた。眠気を引きずりながら扉を開ける。
そこにいたのはヤギ顔の男だった。顔だけじゃない。ヒゲまで含めて完成度が高い。今にもメェと鳴きそうである。おまけに燕尾服っぽいフォーマルな服を着ている。
郵便用土人形、だよな?
この世界ではヤギ型の土人形が郵便配達をしてくれる。とりわけ目の前のコイツみたいに高級感ただよう奴は格式の高い人間の使いの可能性が高い。
「あー、どちら様で?」
「わたくしは国王の使いの者でございます」
お、やっぱ喋れるのか。相当な土魔法の使い手に作られた人形だなこりゃ。
「あなた方はドリルマン様と、リン様でよろしいでしょうか?」
「ああ、そうだぜ」
「聖域への入域試験合格、誠におめでとうございます。つきましてはあなた方を王城に招待したく存じます」
「どういう風の吹き回しだぁ?」
「国王様と王妃様があなた方に興味を持たれたのです。これは滅多にないことでございます」
王様ねぇ。嫌な予感しかしない単語ランキング上位だ。権力者ってのは大抵、面白そうって理由で人間を弄ぶ。子供が虫の羽をむしるのと大差ない。
俺は後ろのリンへ目配せする。
するとリンは元気いっぱい手を挙げて。
「行くですのー!」
はっや。警戒心って概念を母親の腹の中に置いてきたのかこいつ。
ヤギ男はその反応に満足げに笑い、丁寧な動きで招待状を差し出してきた。
俺はそれを受け取り、まじまじと眺める。黒い紙に金文字。無駄に高そうだ。
「それではわたくしはこれで。また王城でお会いいたしましょう」
ヤギ男は不気味な笑顔を見せて、静かに去っていった。
「今の笑い、どう思う?」
俺は振り返り、リンに問いかけた。ヤギ男は怪しく笑っていたから少し引っかかった。まぁ怖さと、かわいさの同居した顔つきのヤギだからそう見えただけかもしれないが。
リンはにっこりと笑うと、元気に右手を挙げて。
「かわいかったですのー!」
ダメだこりゃ。動物園帰りの幼女みたいな感想だ。
とにかく俺達は王城へ行くことになった。兵舎にも行かないと行けないし、忙しくなりそうだ。




