第10話 サ終
トンボ型の土人形を倒した後。
崩れた街を土魔法使い総出で修復していた。土人形が瓦礫を撤去し、人間が細かい作業をする。土に関する事だからか手慣れたもので、この分だとすぐに復興しそうだ。
人的被害については、ケガ人はいたが死者は出なかった。魔法兵団の初動が早かったおかげだろう。もちろん俺のおかげでもある。
俺は復興作業を遠目にながめていた。俺のドリル魔法は破壊に特化しており、こういう補修作業には向いてないからな。しかも口が悪いし賞金首だから、近づいて怖がらせるより動かないのが正解だろう。
まぁでも大きな瓦礫くらいは細かく粉砕したりして、ちょくちょく手伝っている。
そんな中、ライオン、じゃなかった魔法兵団団長のおっちゃんが近づいてきた。
お、ちょうどいい。聞きたいことがあったんだ。
「よおダンチョー」
「ああ、ドリルマン。大人しくしているようだな」
俺は元々おとなしいんだよ。
「一個聞きてぇんだけどよ、あのトンボはラファの土人形なんだよなぁ? ラファ本人はどこだぁ?」
団長はゆっくりとこちらを見た。ライオン面に影が落ちている。さっきまでの威厳は雨に濡れた紙みたいにしおれていた。
「……恐らく、お隠れになったのだろう」
死んだってことか。
「でも土人形は動いてたよな? どういうことだぁ?」
俺が適当に聞くと、団長は土の山を魔法で撤去しながら答える。
「知らないのか。土人形は創造主が亡くなると、ほとんどが朽ち果てるが、一部は暴走状態になる。それを“ヌケガラ”と呼ぶ。ラファ様が亡くなった証明でもあるんだ」
ヌケガラねぇ。たしかに聞いたことがあるな。
「ラファが意図的にやったって線はないのかぁ?」
団長は首を横に振った。
「それならば一体だけというのはおかしい。地母神級の土魔法使いなら本気を出せば土人形を何百体と操れる。この街を破壊するならもっと大群をけしかけてくるはず。別に目的があるのかもしれないが、現時点では動きがなく不明だ」
何百体もか。さっきのトンボ一匹で街がこの有様だ。あれが群れになって押し寄せるとか悪夢どころか睡眠拒否レベルだろ。
「そんなバケモンみてぇな奴が死ぬって、いったい何があったんだ?」
俺の問いに団長は少しだけ視線をそらした。
「わからない。ただ、ラファ様が少し前に“聖域”へ向かったことは判明している。そこで星喰いに殺されたのかもしれない」
「聖域……ねぇ」
その言葉は妙に喉に引っかかった。
聖域は星の都にある地下ダンジョン。星の力を引き出す場所。魔力が湧き、土が肥え、作物が育ち、人が笑う。それだけ聞けば楽園のようなところだが、星喰いと呼ばれる怪物がわんさか出てくるため一概には言えない。
「凶悪な星喰いは聖域に集まる。栄養豊富な土があるからだろうな。ラファ様でも勝てない個体が現れたとしたら……想像するだけで恐ろしい」
団長の言葉は淡々としていたが中身は冷たい刃物みたいだった。
なるほど。ご馳走が並べば腹を空かせた化け物が集まるのは道理だ。
つまり聖域ってのは豊かな畑であると同時に猛獣の餌場でもあるってわけだ。希望と絶望が同居してるとかパンドラの箱かよ。
「でもよぉ、聖域に行かなきゃ安全なんだろ?」
「そうだな。しかし、聖域は敵を集める“誘引剤”でもある。それが崩壊すれば星喰いが地方に現れるようになるだろう。当然、この風の都にも危険がおよぶぞ」
なるほどねぇ。エサがなくなったら次のエサ場を求めて移動するものだよな。
「んで誰かが守らなければならないってことかぁ」
「ラファ様も定期的に聖域へ助力に向かっていた。今回もその一環だったのだろう。それで不運にも命を落とされた。……まだ確定はできないがな」
「なるほどなぁ」
聖域は国の心臓。誰かが守らなければ国が滅亡する。その役割を負うのが強い土魔法使い。もっとも能力がある地母神級は必ず手を貸さなければならない、と。土魔法の才能がありすぎるってのも考えものだな。
俺が思慮にふけっていると、団長は話題を切り替えるように咳払いをした。
「ところで賞金首になったキミに話があるんだが」
「あっ……」
やべぇ。忘れてた。
俺が脳内で逃げる計画を立てていると。
「待て待て、悪い話じゃない」
団長は手を前に出して止める仕草をした。
「都を守ってくれたキミが子供を食べたとは思えない。そこで監視という名目にはなるが……キミを魔法兵団に迎え入れたい」
「なんですとっ!?」
と、いつの間にか来ていたトラ顔の副団長が吠える。
それよりも魔法兵団へ入団か。正直、悪い話じゃない。
安定した収入。まともな寝床。スラム街からの脱出。人生の底辺から一段だけマシな底辺へランクアップできるチャンスだ。出世のとっかかりにもなるだろう。
俺がオーケーと言おうと口を開きかけた、瞬間。
突然、俺にしか見えない魔術書が空中に飛び出し、勝手に開いた。
中から出てきたのは、いつもの金ピカの羽根ペン先生だ。俺が何か言う前に先生がおもむろに白紙のページへ文字を書き始める。
『突然ですけど体験版のサービス終了まで百日を切りました!』
「は? さ、サ終?」
思わず間抜けな声が出た。その言葉に団長と副団長は、窓の外をながめる家猫のような瞳で俺を見つめる。
『体験版が終了すると、ドリル魔法が使えなくなります! でも大丈夫! 正式版を手に入れたら今度こそ使い放題です! やったー!』
は? やったー、じゃねぇよ。
こっちは死活問題だぞ。心臓をサブスクにされた気分だ。課金しないと止まります、みたいなノリで言うな。
『正式版が欲しければ聖域の最下層付近にある“聖地カンブリア”へ来てくださいね! うふふ』
うふふ、じゃねぇよ。
俺は本をにらみつける。だがページはもう閉じていた。言いたいことだけ言って帰るとか性格が悪いにもほどがある。
とにかくだ。百日後にドリルが消える。魔術書が嘘をついたことはないから一笑に付すことはできない。
ドリルが消えるってことは俺の価値が消えるのと同義だ。魔法兵団に入団どころか、土魔法の使えない俺はスラム生活のまま一生を終えるだろう。冗談じゃない。
「な、なぁ……魔法兵団って聖域に行ったりしねぇ?」
俺はなるべく平静を装いながらたずねた。聖域に行くなら入団して、ついでに正式版の魔術書を取りたい。
しかし、俺の希望を砕くように団長は首を横に振る。
「いや、この風の都を守るのが主な任務だ」
はい、終わった。魔法兵団に居続けてもドリル魔法が使えなくなってクビになる未来しか見えない。百日じゃあ一生分の金を稼ぐことも無理だろう。こうなったら仕方ない。
「ファファファ!」
俺は乾いた笑いを浮かべ、ドリルの歯を覗かせながら話をつなぐ。
「残念ですが、入団はやめときますよ。私には大事な使命がありますからねぇ」
団長の目が見開かれる。
「使命……ははーん、そうか。さっき“サシュウ”と言っていたな。それは神話にある最終戦争のことか。つまりそれを止めるためだと」
うんうん、最終戦争を略してサ終、ね……んなわけねぇだろ!
相変わらず見当違いの方向に全力疾走するのが得意な奴だな!
「そ、そうですねぇ。さすが魔法兵団団長です。察しがいい」
俺は適当にうなずいた。訂正する理由もない。むしろ都合がいい。勘違いってのは時に最強の防具になる。
本当の理由は俺のドリル人生があと百日で終わるからだよ。クソがよ。
それから何やかんやして団長達を言いくるめて、どうにか賞金首になったことは取り下げてもらえた。
「あー疲れた」
帰り道、瓦礫の山の向こうで夕日が沈みかけている。
その色はやけに赤くて、まるでサービス終了と書かれた赤文字のようだった。
【第1部 人食いドリル編】 —終—




