第47話
階段を上る音だけが耳に響く。
小さな窓から差し込む光が、唯一の光源だった。
「 ん? 」
ふと、窓の外の景色を見た。
そこに見えたのは“海のない砂浜”。
この世界に来る前にいた、海のない世界。
空が曇っていて、青が見えない。
灰色で埋め尽くされている。
「 … 」
足を止めていた。
その窓の外を見るために。
けど、前を歩く光輝は、ちらっと見るだけ。
立ち止まらずに歩き続ける。
背中を追うように、俺も足を動かした。
そして、ついに見えた一枚の扉。
最上階への入口。
「 …行くよ 」
そう一言告げて、光輝は扉の向こうへ踏み出す。
俺も光輝に続くように、扉のドアノブへ手をかける。
---その時、どこからか“声”が聞こえてきた。
『 まだ、間に合う 』
“これが最後のチャンスだ”
とでも言うかのように語りかけてくる。
俺は、その声に手を止めていた。
ドアノブを捻る直前に聞こえてきたその声。
俺が扉を開けることを拒むようだった。
─────俺は、どちらを選ぶのが正しいんだろう。
一瞬、そう思ってしまった。
けど、これまでの記憶の一部が頭の中で再生される。
光輝の歩いたところにだけ咲いていた光る花。
振り返ると消えてしまっていた花。
前に伸びていた灯台の影。
前へ、前へと吹いていた風。
---ドアノブを強く握り直す。
ドアノブは、海の水みたいに冷たかった。
とても、ヒンヤリとしていた。
手が震える。
心臓が耳の奥にあるみたいに、ドクンドクンと音を立てた。
─────俺は、何も言わずにドアノブを捻った。
カチャ
弱々しいけれど、優しい音。
その音と同時に扉が開いた。
“空が近い”
と、最初に思ったことはそれだった。
けど、厚い雲で覆われていて青は見えない。
海はない。
ただ、視界の端まで砂浜が続いていた。
灯台に入る前とは違う景色。
この景色は、さっき窓の外に見えたものと同じだった。
その事に気づいていたのは、光輝も同じらしかった。
「 ねぇ、碧。これって、 」
光輝がそれを言いかけて、口を閉じた。
光輝の視線を追って、俺も空を見上げてみる。
瞬間、一粒の涙が地に落ちた。
ぴちゃんっ
砂の地面に波紋が広がった。
刹那、ぶわぁっと視界中が青く染まった。
雲も晴れて、そこに隠れていた空も見えるようになる。
驚いて、言葉も出なかった。
けど、心の奥で変化したものが確かにあった。
湿り気を帯びた風が吹き付けて、頬が冷たい。
「 っ、 」
途端、体がふらついた。
そして次の瞬間には、俺の意識は闇に落ちていた。




