第43話
地面の裂け目に落ちた先は何もない、ぼんやりとした空間。
“空から落ちている”
---そんな感覚だけがあった。
風の音が耳元で聞こえる。
不意に下を見た時、そこにはもうひとつの地面があった。
「 ッ、は 」
地面が迫ってくる。
このまま落ちれば、怪我だけではすまない。
そんな不安が押し寄せた。
けど、風が俺の体を包み込む。
優しく、ふわっと。
だからか、着地する瞬間、風が吹き寄せて体がふわりと浮かび上がった。
羽が地面に落ちたみたいに、軽やかな着地をする。
痛いところはどこもなくて、不思議だったけれど少し安心する自分もいた。
それから少しだけ辺りを見渡した。
宵のような空が広がる。
鮮やかな青でも、真闇の空でもない。
その中間をいく、曖昧だけれど美しい色。
視界の端に見える植物は、どれもが優しげな光を放っていた。
呼吸をする度、ほのかに淡く煌めく。
宙に浮かぶ水滴は、宵の空をしまい込んだ宝石みたいに綺麗だ。
けど、何かが足りない。
そう思った時、俺は“光輝がいない”ことに気がつく。
「 ッ、光輝っ 」
「 碧、ここにいたんだ 」
不意に名前を呼ばれた。
その俺の名前を呼ぶ声を聞いて、心が落ち着いた。
「 光輝…、怪我はしてないか? 」
「 うん。大丈夫だよ 」
光輝が元気な姿を見て、よかったと、そう強く思った。
「 ところでさ、碧。この世界、異様に静かじゃない? 」
一瞬どこかを見てからそんな台詞を吐く光輝。
そうなのか、なんて思って、少し耳を澄ましてみる。
水の音、葉が風に吹かれる音。
────“風”?
「 …風の音が聞こえないな 」
「 うん、さっきからずっと聞こえなくて不思議だったんだ 」
光輝の言うことは正しかった。
ずっと葉が風に吹かれて揺れていたのに、風の音が一切聞こえなかったから。
「 …なぁ、光輝。話は変わるけど、光輝の歩いてきたところ花が咲いてるな。めっちゃ光ってる 」
「 ? 碧の後ろにも光る花が咲いてるよ 」
「 え 」
不意に見えた、光輝の後ろに咲いた花々。
輝く花が、光輝の来た方向へ連なっていた。
その花が俺の後ろにもある。
そう聞いて思わず後ろを振り返る。
けど、そこに光る花はなかった。
「 ぁれ、消えちゃった 」
光輝が首を傾げながら言う。
光輝の様子を見るに、俺が振り返る前はここに花が咲いていたらしかった。
―――なんで消えたんだろう。
そんな疑問だけが、俺の心の奥底に沈んだ。
そしてまたひとつ、風が吹いた。
その風は、どこか遠くから“記憶 ”を運んでくる。
不意に、はるか遠くに潮の匂いを感じた。
けれど、頬に触れる風はまだ乾いている。
---海は、まだ遠い。




