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"名のない英雄"  作者: 終夜 / Yosugara
【 光彩 】
43/49

第43話

 


 地面の裂け目に落ちた先は何もない、ぼんやりとした空間。


 “空から落ちている”

 ---そんな感覚だけがあった。


 風の音が耳元で聞こえる。


 不意に下を見た時、そこにはもうひとつの地面があった。


「 ッ、は 」


 地面が迫ってくる。


 このまま落ちれば、怪我だけではすまない。


 そんな不安が押し寄せた。


 けど、風が俺の体を包み込む。


 優しく、ふわっと。


 だからか、着地する瞬間、風が吹き寄せて体がふわりと浮かび上がった。


 羽が地面に落ちたみたいに、軽やかな着地をする。


 痛いところはどこもなくて、不思議だったけれど少し安心する自分もいた。


 それから少しだけ辺りを見渡した。


 宵のような空が広がる。


 鮮やかな青でも、真闇の空でもない。


 その中間をいく、曖昧だけれど美しい色。


 視界の端に見える植物は、どれもが優しげな光を放っていた。


 呼吸をする度、ほのかに淡く煌めく。


 宙に浮かぶ水滴は、宵の空をしまい込んだ宝石みたいに綺麗だ。


 けど、何かが足りない。


 そう思った時、俺は“光輝がいない”ことに気がつく。


「 ッ、光輝っ 」


「 碧、ここにいたんだ 」


 不意に名前を呼ばれた。


 その俺の名前を呼ぶ声を聞いて、心が落ち着いた。


「 光輝…、怪我はしてないか? 」


「 うん。大丈夫だよ 」


 光輝が元気な姿を見て、よかったと、そう強く思った。


「 ところでさ、碧。この世界、異様に静かじゃない? 」


 一瞬どこかを見てからそんな台詞を吐く光輝。


 そうなのか、なんて思って、少し耳を澄ましてみる。


 水の音、葉が風に吹かれる音。



 ────“風”?



「 …風の音が聞こえないな 」


「 うん、さっきからずっと聞こえなくて不思議だったんだ 」


 光輝の言うことは正しかった。


 ずっと葉が風に吹かれて揺れていたのに、風の音が一切聞こえなかったから。


「 …なぁ、光輝。話は変わるけど、光輝の歩いてきたところ花が咲いてるな。めっちゃ光ってる 」


「 ? 碧の後ろにも光る花が咲いてるよ 」


「 え 」


 不意に見えた、光輝の後ろに咲いた花々。


 輝く花が、光輝の来た方向へ連なっていた。


 その花が俺の後ろにもある。


 そう聞いて思わず後ろを振り返る。


 けど、そこに光る花はなかった。


「 ぁれ、消えちゃった 」


 光輝が首を傾げながら言う。


 光輝の様子を見るに、俺が振り返る前はここに花が咲いていたらしかった。


 ―――なんで消えたんだろう。


 そんな疑問だけが、俺の心の奥底に沈んだ。



 そしてまたひとつ、風が吹いた。


 その風は、どこか遠くから“記憶 ”を運んでくる。


 不意に、はるか遠くに潮の匂いを感じた。


 けれど、頬に触れる風はまだ乾いている。


 ---海は、まだ遠い。












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