傾国の鉄宰 第六十話 【幕間:其の二】〜ロストジェネレーション
不承不承で少し、いじけ気味のオーケンは、馬車で円陣を組んだ野営スペースのわずかに外側へと出る。
「この辺りでいいだろう」
ウルバスがそう言うと、サムは頷き、モリスは好奇心の籠った目を輝かせる。
「モリスさん、そんな期待の籠った目をされても、大して面白いことはありませんよ」
三人と話し合った結果、周囲の索敵や簡易罠の設置は古参の仲間に任せ、オーケンは『竈門』と『寝台』の設置だけを行うことになった。
「竈門ねぇ……?」
「寝台ですか……?」
「あぁ……っ!」
ウルバスとサムの戸惑いと、モリスの期待を他所に、オーケンが野営設備の製作に掛かる。
(俺の生活魔法は起動が早すぎるって皆が言ってたからな、今回は時間を掛けよう。あとは……少し疲れた感じにしようかな。経験不足の若者が頑張って慣れない生活魔法を頻発して、一人旅をしてきたって雰囲気を出しておこう)
すべき行動が決まったオーケンは、跪いて地面に手を添える。実際には必要ない仕草だが、それっぽく見せるためにやっている演技である。
そして、まるで全身の魔力を絞り出すかのように、肩を少し震わせて集中する演技をする。
「※※※※……」
さらに、もっともらしく詠唱を呟いてみせる。生活魔法は慣れれば詠唱は必要ない。勿論オーケンも不要だが、不慣れな感じを出す為に敢えてそれっぽい呪文を唱えたのだ。
(そろそろいいかな)
タイミングを測っていたオーケンが、土の生活魔法を起動させる。
地面から土がむくむくと盛り上がり、形を形成していく。出来上がった竈門は、時間をかけ、演技とはいえ集中したこともあって、いつも以上の出来だった。
薪をくべる燃焼室は広く、灰が下に落ちる受け皿や、煙を効率よく逃がす煙突、さらには火加減を調整するための空気取り入れ口まで完備されている。
(中々の出来だな。大森林の家にある竈門よりうまくできたな)
「「「……」」」
しかし、背後にいる三人は何の反応も示さない。
(そうだろうね。普通に生活魔法を使っただけだし、そんなに変わったことはしてないよね。じゃあこのまま寝台を作ろうか)
オーケンは立ち上がり、竈門からの距離を考えながら『寝台』の設置場所を決めた。
「この辺りかな?」
「「「……」」」
オーケンの呟きに答える声はない。
かと言って無視をしているわけでも、他ごとをしているわけでもない。
行動のひとつひとつをつぶさに見て取る、射抜くような視線だけは感じている。
(皆無言で見てるし、森の学校の試験みたいだな)
実は、オーケンが土の生活魔法で竈門を製作した時の、三人の感想は様々な驚愕に満ちていた。
(ウルバス:確かに魔法に長けた人間なら、これぐらいのサイズのものは作れるだろうが、これほどの精度のものを一瞬で作る魔法使いは、そうはいねえ。空気の対流まで計算された構造だぞ? とんでもねぇ魔力制御をするガキだぜ)
(サム:おいおい冗談だろ。いくら生活魔法とはいえ、こんな歪み一つない精度の構造物を作れば、消費する魔力も半端がないはずだ。それを涼しい顔で、さらに『寝台』とやらまで追加で作ろうとするとは……。こいつの魔はどうなってやがる。とんでもねぇ魔力量の保持者に違いない)
(モリス:素晴らしい! あの『竈門』は緻密にして繊細、王都の高級住宅でも、これほどのレベルの竈門を持つ家など僅かでしょう。これを土魔法で作れるなら……レンガや陶器の型も土魔法で作れるのではないでしょうか? 『寝台』とやらも気になりますね。この出会いの為なら、オークエリートとの遭遇が運命だったとしても素直に受け入れられるほどです!)
オーケンは無反応を「取り立てて指摘するほどの問題がなかった」と誤解したまま、この新人冒険者は再び地面に手を付ける。集中する演技をした後に、もう一度詠唱を行う。
「※※※※……!」
魔力を込める演技をしてからタイミングを測り、魔法を起動させる。
地面の土が今度はベッドの形に盛り上がり、硬質化していく。頭部には緩やかな傾斜の枕が作られ、体圧を分散させるように中央がわずかに窪んだ、極上の土製ベッドが完成した。
だが、土の隆起はそれだけにとどまらない。竈門とは逆の方向から、滑らかな壁が立ち上がり、そのままベッドに包み込むように半円を描く。高さは人が起き上がれる程度の高さだが、簡易的な天蓋付きのベッドが完成する。雨風をしのげるのはもちろんだが、竈門以外の全ての方向が土に覆われており、外敵からの視線を完全に遮っている。唯一の開口は竈門によって物理的に視線が遮られており、隠蔽機能を備えた『防衛型』の寝台と言えるだろう。
「よし。あぁ、疲れたー。あとは……」
オーケンは最後の仕上げとばかりに、竈門の燃焼室に、大森林の知恵が詰まった虫除けと魔除けの泥玉を放り込んだ。そのあとは額の汗を拭う仕草をして、疲れたことを大袈裟にアピールした。
しばしの静寂が辺りを包む。あまりの静けさに不安に駆られたオーケンが、恐る恐る振り返ると同時だった。
「「「おオすまーばえケらはンしい!!!※※※※※※※※※※※※※※※!!!」」」
「お前は!」「オーケン!」「素晴らしい!」といった三者三様の絶叫が、寸分の狂いもなく同時に重なり合った結果、それは今日戦ったオークの雄叫びをも凌駕しようかという凄まじい大音響となって平原に響き渡った。
あまりの迫力に、遠巻きにしていた他の冒険者たちが「何事か!?」と武器を手にして様子を見に駆けつけたほどだ。
しかし、若手の冒険者が馬車の円陣を抜けてやって来て目にしたのは、オーケンを包囲して鬼の形相で詰め寄っているウルバスたち三人の姿だった。
「あれ?……これ、どういう状況ですか?」
思わず口にする若手冒険者に、先輩冒険者が答える。
「……マズイな、関わったら、こっちまで今日のダメ出しの嵐を食らうぞ。そっと戻るぞ」
「はい……」
三人の放つ尋常ではない気合と、冷や汗をかいて固まっているオーケンの姿にドン引きした冒険者たちは、お互いに無言で頷き合い、吸い込まれるように元の焚き火へと姿を消した。
こうして、逃げ場のないオーケンの周囲を、がっちりと三人が取り囲む状況が形作られた。
そして、一人残されたオーケンの孤独な言い訳が始まる。
「皆さん、どうしたんですか大声なんか出して。一斉に言われても、何を言っているのか分かりませんよ」
もっともな事を口にする少年に、ウルバスの雷が落ちる。
「誰のせいだと思っていやがる!!」
「おわっ!」
あまりの迫力に仰け反るオーケンに、横から凍てつくような冷気が流れ込む。
「オーケン君の言うことはもっともだ。……ひとつ、ひとつ、しっかりと訊いていくことにしようかねぇ?」
冷気の先を見れば、先ほどまで穏やかで話のわかるベテラン冒険者だったはずのサムが、その眼光を極限まで鋭くし、恐ろしいほどの冷笑をたたえていた。
「ひぃっ……!」
「まぁまぁ二人とも、冷静に」
仲裁の声の先を、縋るような目で見やれば、そこには全力で「商売人」の笑顔を浮かべたモリスがいた。だが、その目は完全に獲物(とんでもない金の成る木)を見つけた商人のそれで、ギラギラと輝いている。
「オーケンさん。そんなに固くならずに、お仕事の話、あるいはその魔法制御の話でもしませんか? ふふふ……。我がケンプラー商会は、技術への投資は惜しみませんよ?」
「う、うへぇぇぇぇ……っ!!」
馬車に反響したオーケンの悲鳴が、夜の平原に寂しくこだまする。
その悲鳴を聞きながら、少し離れた焚き火の周りでは、若手や古参の冒険者たちがすっかり酔いが冷め、落ち着き払って各自の武具の手入れをこなしていた。
「あれ――本当に助けに行かなくて大丈夫なんですか?」
「あぁ、問題ない。モリスの旦那のあの顔は、商談に入った時の顔だ。ウルバスさんとサムさんは新人指導の時の表情だし、誰も死にはせんよ。それより、オーク討伐で武器が傷んでるはずだ。いいタイミングだから、今のうちにしっかりとメンテナンスをしとけよ」
「……ですね。オーケンくん、頑張れよ……」
遠くで響くオーケンの哀れな弁明の声を聞きながら、冒険者たちは粛々と自身の仕事をこなし、夜の静寂の中に金属を研ぐ規則正しい音が混ざり合っていった。




