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傾国の鉄宰〜ロストジェネレーション、ふざけた名前つけやがって。奪われ続けた俺たちが異世界で全てを取り戻す〜  作者: 高梨京司
第二章 サクヤの街

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傾国の鉄宰 第五十九話 【幕間:其の一】〜ロストジェネレーション

 オークの群れとの激闘を終えた商隊は、破損した馬車を応急修理し、オーケンを中央に迎える形で再び街道を進み始めていた。


「いいかオーケン。平原を行く時は、ただ前を見てちゃダメだ。風の吹き方、草の揺れ、あとは鳥の飛び立ち方一つで魔物の接近を察知しなきゃならねえ」


「なるほど、分かりました。今から気にかけて練習してみます」


 馬車の横を並んで歩きながら、ベテラン冒険者のサムが、街道を歩く上での初歩的な知識を一つ一つ丁寧にレクチャーしていく。その言葉一つ一つに真剣に耳を傾け、大きく頷くオーケンは、傍目からは冒険者になりたての少年のようだった。

 もっとも、先ほどの戦いで若い弓士や他の護衛たちもオーケンの実力を肌で知ってるため、新人冒険者のような彼の反応に親しみを感じこそすれ、軽んずる者は皆無だった。


「なるほど、風上からの匂いにも気を配るわけですね……」


 オーケンはサムの言葉を一言も聞き漏らすまいと、真剣な表情で頷く。その歩調は乱れず、大剣を背負った背筋は真っ直ぐに伸びていた。無駄のない足運び、周囲の気配に対する自然な感応。それらは一朝一夕で身につくものではない。


(……大したもんだ。これほど基本が骨の髄まで叩き込まれている者は、中堅の冒険者以上だ。若い奴らではそうはいないぞ。だが……)


 その様子を馬車の御者台から見ていたウルバス隊長は、内心で深く感心していた。隣に座る行商人のモリスもまた、帳簿から目を離してオーケンを見つめ、静かに頷く。


(彼のあの非の打ち所がない所作……。算術も修めているようだし、育ての親と呼ぶ『長』というお方は、間違いなく一廉の人物なのでしょう。ですが……)


 モリスやウルバスたちがそんな誤解――否、ある意味では真実以上の確信を深めているとは露知らず、オーケンは「外の世界の常識」を必死に吸収していた。


(長やエルフ、守り人たちから学んだ知識で旅の安全自体には問題ないが、冒険者たちの知識は実に有用だ。匂いに気を配るというのは盲点だったな。エルフたちからは「自分の匂いを発させない(気配を消す)」ことばかり教わっていたけれど、逆に魔物や魔獣、獣に人、あらゆる匂いから相手の気配を察知するとは……。やはり外界の技術も侮れないな)


 やがて周囲に夜の帳が降りる頃、商隊は街道脇の少し開けた場所で野営の準備に入った。

 若手の冒険者たちが手際よく馬車を円陣に組み、中央に数カ所、焚き火を起こす。干し肉と乾燥野菜を煮込むスープの匂いが漂い始め、男たちが武器の手入れや馬の世話に追われる――そんな、生き生きとした街の外での冒険者の生活の風景が広がっていた。


 ここまでは何とか、周囲に怪しまれないよう「目立たずに」やってきたオーケンだったが、焚き火の温かさとスープの香りに包まれてホッとしたのか、ついにその普通人としてのメッキが剥がれ始める。


「あぁ、温かいなぁ……。明日の昼には、南の村に着くんですよね? 実は、僕が王都を出てから初めて訪れる村なので、すごく楽しみなんです」


 ふと、オーケンが安堵混じりに口を滑らせ、そんな言葉を口にする。

 その瞬間、焚き火の周りでスープの器を持っていたサムの手がピタリと止まり、怪訝そうな顔で口を開いた。


「なんだって?オーケンは一人旅だと思っていたが、王都からここまで普通に歩けば幾日もかかるだろう? 今までどうやって旅を続けてきたんだ?」


 被せるように、隣に座るウルバスからも鋭い声がかかる。


「旅慣れた冒険者なら、たまに一人で野営するものもいるにはいたが、それだって一泊が限度のはずだ。魔物が跋扈する平原で、一人で熟睡するなんてのは自殺行為だからな。そもそも一人での野営の目的は、見通しの悪い夜間に行動して道に迷ったり、魔物とバッタリ遭遇するのを避けるためだ。体を休めることで体力の回復を求めるのは、あくまで副産物に過ぎん」


 モリスも大きく頷き、不思議そうな目を隠さずにオーケンを見つめる。


「王都からここまで直進したとして、どれほどの健脚を持ってしても、四日かはかかるはずです。その間、どうやってオーケンさんは体を休め、身を守ったのでしょうか?」


 サム、 ウルバス、モリスに変わるがわる追及され、逃げ道を塞がれたオーケンは、諦めたように頬をポリポリと掻きながら、ポツポツと話せる範囲のことを正直に話した。


「ええと……普通に、野営で……睡眠を取りながら……旅を続けていました」


 その言葉に、百戦錬磨の三人の思考は完全に固まった。


「はっ?」

「お前……ずっと一人旅だったんだよな?」

「ええ……まぁ……そうです」


 焚き火の爆ぜる音だけが響く中、三人の痛いほどの視線を浴びて、次第に声が小さくなっていくオーケン。

そのただならぬ雰囲気を察した周囲の若い冒険者たちは、お互いに目配せをし、スープの皿を手にしてそっと立ち上がった。先ほどの戦いでオーケンに命を救われた若者たちも、仲間を促して別の焚き火へと静かに移動していく。


「おいおい、どうしたんだ、あっちの空気やばくねえか? 隊長たちがオーケンさんを囲んで睨んでるぞ」


「おい、声がデカい。……だけど、オーケンさんが本気で縮こまってるな。まるで怒られた子供みたいだ」


「あんなに強いのに、なんか可愛いところあんな。……それより、ほら、オークの肉が焼けたぞ。旦那の奢りの酒もある、今夜は飲むぞ!」


「だな! でも後半の見張り、俺たちだから飲みすぎるなよ?」


 冒険者たちが他所で楽しげにオーク肉を炙り、四方山話に花を咲かせながらも、交代で見張りのナイフを研いで夜の闇を警戒している。それは、厳しくもどこか温かい、外界の冒険者たちの日常そのものだった。


 一方、そんな賑やかな笑い声から少し離れ、四人だけとなった焚き火に当たりながら、ウルバスは深くため息をつき、真面目な顔で腕を組んだ。


「お前が卓越した剣技を持つことは認める。他にも何かしらの秘密はあるんだろうが、平原での一人寝はさすがに看過できんぞ。どんなに強くとも、寝込みを襲われればそれまでだ」


 ウルバスの厳しい言動により、いっそう小さくなる少年の姿を見たサムが、苦笑いを浮かべながら間に入った。


「まぁ、なんだな。後学のために、今日はオーケンの野営方法を見学させてもらおうじゃないか」


「えっ、どうしてですか?」


「南の村に着くまでには、どうしても今夜一泊はしなければならない。そのついでだ。もし腑抜けた野営方法だったら、容赦なくぶん殴るから覚悟しておけよ」


「突然なんでですか、ウルバスさん! モリスさん、助けてくださいよ!」


 理不尽な理屈に慌てたオーケンは、隣の行商人に助けを求めるように縋りついた。しかし、モリスは優しく苦笑するだけだった。


「ウルバスさんとサムさんはベテランの冒険者で、面倒見もいいですからね。今まで何人もの新人冒険者を育て上げてきた実績があります。オーケンさんも、剣の腕は確かですが、何と言いますか素人……いえ、経験不足なところが端々に見え隠れしていますからね。お二人とも、新人冒険者のように気にかかるのでしょう」


「素人……」


 大森林では一端の狩人として扱われていたため、「素人」と言われて少しショックを受けたオーケン。そんな彼に、モリスは楽しげに続ける。


「ははは……。かく言う私も、少し気になるのですよね。オーケンさんがどうやって今まで生き延びてこられたのか、その野営の方法というやつが」


 三者三様に言い募られ、オーケンは不承不承ながらも、今日の分の野営の実践を彼らの前で披露することを了承した。


「……分かりましたよ。でも、近所に住む冒険者や、知り合いの元冒険者の人たちにしっかり指導してもらってましたからね。そんなに問題になるようなところはないと思いますけど……」


 ぶつぶつと文句を言いながら、オーケンは背嚢から野営道具を取り出し始める。

 大森林に住む、数十年から百年近くを旅に費やしたエルフの元冒険者。

 人間でありながら、危険なレイティア平原を平然と行き交う『守り人』。

 そして、世界中、大陸中を渡り歩いてきた『生きる伝説』。

 彼ら「近所の知り合い」が施してくれたレクチャーが、一般の冒険者から見ればいかに常軌を逸した、異常極まるものであるか――。

 オーケンはまだ、一ミリも気づいていなかった。

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