傾国の鉄宰 第六十一話 【幕間:其の三】〜ロストジェネレーション
その後、オーケンは自分の行動がいかに冒険者の非常識であるかを、ウルバスとサムの二人からこんこんと説教される羽目になった。
「いいかオーケン。お前が作ったあの竈門と寝台だがなぁ、構造が緻密すぎるんだよ!普通は土の生活魔法ってのは、せいぜいが地面を平らにするか、ただの土塊を盛り上げる程度のもんだ」
「そうだぞ。排気や吸気のバランスを完璧に計算した竈門に、寝心地まで考え抜かれた天蓋付きの寝台なんて、顕現させるだけでも途方もない『魔力制御』が必要なんだ。職人が何日もかけて図面を引いて作るレベルの代物を魔法で、それも生活魔法で作り出すなんて前代未聞だぞ」
「おまけに、あれだけの質量を一瞬で構築するとなりゃ、消費される魔力量だって尋常じゃねえ。普通なら魔力切れでぶっ倒れてるか、気絶してるところだ!」
ウルバスからサム、そしてまたウルバスと、二人に交互に厳しい指摘を受けて、オーケンは完全に小さくなっていた。
「どういう生活をしてれば、こんな化け物じみたことが出来るようになるんだ?」
「それを言うなら、どういう人間に教われば、ここまでの実力を持った少年に成長させることができるか?でしょう」
ウルバスとサムは、オーケンの異常な生活魔法の実力に対する評価から、次第に「もしこの魔法を普通の野営で応用するなら」という、現役の冒険者としての移動や野営での有効性の検証へと移行していく。
「待てよ、もしこのシェルター型の寝台を、魔力を抑えて簡素化できれば、平原での野営の隠密性が向上して、夜通し交代で行う見張りが劇的に楽になるんじゃねえか?」
「いや、形状を保つための硬質化にどれだけ魔力を使うかによるな。結局はオーケンの異常な魔力量があってこその芸当だろ」
目の前で始まった専門的な議論に熱を上げ始めた二人を見て、自分への注目がわずかに緩んだことを感じとった少年は、ほう、と小さく息をついた。
そんな中、行商人のモリスだけは、一歩引いたところから冷静にオーケンを観察していた。
オーケンがふと視線を周囲に向ければ、離れた焚き火にいる若手冒険者たちが、こちらを気にしつつも「また隊長たちが熱くなってるよ」と苦笑いしながら、オーク肉の残りを串に刺して炙っている。見張りの者がランタンの火を絞り、夜の平原の闇へと視線を走らせる――そんな、ピリリとした警戒感と適度な弛緩が混ざり合う、心地よい野営の夜の空気がそこにはあった。
「まあまあ、お二人とも。そこまでにしましょうか」
モリスが穏やかな声で介入すると、ヒートアップしていた二人が気恥ずかしそうにして口を閉ざした。モリスは、そんな二人からオーケンに視線を移した。
「オーケンさんには、まだまだ色々と秘密がありそうですね。……おっと、冒険者の手の内を無理に詮索しないのは暗黙の了解ですからね。それは置いておきましょう――それでも、我々が命を救われたことに変わりはありません。私は移動と野営の準備、食事や皆との会話や態度と、ずっと貴方の人となりを観察させてもらいました。わずかな時間ではありましたが、決して何か悪い企みを持って演技をしているようには見えません。――オーケンさんはいい人ですよ、とても」
再びウルバスとサムに目を向け声を掛けるモリス。
雇い主であり、長い付き合いでもある、何より行商人としての確かな実力を認めているモリスの発言に、ウルバスとサムも冷静に反応した。
「まあ、行商人として色々な人間を見てきたモリスさんの観察眼は信用しますがね」
サムもオーケンの人となりに異論はないようで、先ほどまでのトゲを引っ込め、穏やかに応じる。
「こいつの人となりは、モリスさんの言った通りだろう。俺だって数多くの冒険者を見てきたんだ。それは分かる。……だが、そうじゃねえんだ。こいつを見ていると、実力は確かにあるんだが、それ以外がからっきしで、なんて言うかだなぁ〜………」
「……心配になると?」
モリスが穏やかに微笑みながら、ウルバスが言葉に詰まった語末を引き取る。
「まぁ、そんなところだ」
「ああ、その表現がしっくりきますね」
ウルバスはむず痒そうな表情で頭を掻き、サムは少し照れくさそうに視線を逸らしながら頷く。
「えっ?」
話の急な展開についていけず、疑問で立ち止まってしまうオーケン。
(なんだ……。レイティア王国から出たら『人間には気を付けろ』って村の長たちには言われてたけど……みんないい人じゃないか)
「ここにいる皆がいい人だからといって、これから出会う人には警戒を解いてはいけませんよ、オーケンさん」
「えっ?……えっ!?」
自身の心を完全に読まれたことに、オーケンは大きく動揺して目を丸くした。そんな少年の様子を見ながら、笑みをいっそう深めるモリス。
「ウルバスさんも、サムさんも言っていましたが、オーケンさんは表情が素直過ぎます。今も『みんないい人だな』って顔にしっかり書いてありましたよ。本心を隠す術を覚えないと、これからは痛い目に遭うこともあるかもしれませんよ」
「ガッハッハ! そういうこった!」
ウルバスがオーケンの背中を豪快に叩いて笑う。バシバシとウルバスが笑う度に、少年の体は大きく揺れた。
「世の中、胸糞の悪くなるような悪党は多いからな。俺たちみたいな善人ばかりだと思ったら大間違いだぞ」
モリスの言葉に大きく頷き、豪快な笑い声を上げるウルバスとサム。
夜風が焚き火の火の粉を優しく舞い上げる中、二人の笑顔に視線をやりながら、オーケンはしみじみと思った。
(外の世界で初めて出会った人間が、ウルバスさんたちで本当に良かったな……)
大森林の教えとは少し違う、けれど確かに自分を案じてくれる外界の大人たちの温かさに触れ、オーケンは少し面食らいつつも、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
「よし、夜も更けてきた。オーケン、せっかく特製の寝台を作ったんだ、今夜はそこでしっかり眠りな。後半の見張りは若い奴らに任せてある」
「ああ、明日は南の村だ。お前のその異常な……いや、素晴らしい野営魔法の解説の続きは、また明日の道中でたっぷり聞かせてもらうからな」
「ふふ、それでは私もそろそろ馬車に戻るとしましょう。おやすみなさい、オーケンさん」
大人たちがそれぞれ自分の寝床へと戻っていく。遠くの焚き火では、若手冒険者たちが小さな声で明日の予定を話し合いながら、静かに見張りの交代を行っていた。
オーケンは自分が作り出した土の寝台に身を横たえ、毛布にくるまる。外界の夜は冷えるはずなのに、焚き火の余熱と大人たちの温かい言葉のおかげで、その夜は驚くほど心地よい眠りに落ちることができたのだった。




