傾国の鉄宰 第五十五話 【幕間:違う星空】〜
村を目指して南下するため、オーケンは背負った大剣の重みさえ感じない足取りで、暢気に歩き出す。
大森林を出た当初は、左手には彼方にレイティア王国の王都ユリスが見える。レイティア王国は西の大陸の最西端の国だ。人口は十万人にも満たない小国だが、それでも王都以外にも街が二つと大小の村が数多く存在する。だが、いずれの街も村も王都の東側に存在しており、王都ユリス自体は正真正銘の大陸最西端の都市であった。
大森林の東側に覆いかぶさるように聳え立つ街壁は大森林を守るかのようだ。
実際レイティア王国は東方から大森林への往来を阻む防壁として機能していた。
「おっと」
――ザンッ!
草むらからオーケン目指して飛び掛ってきた一角兎を、背中の大剣を軽々と抜き放って切り払う。
「うーん。どうするかな」
魔物であるゴブリン等は切り払えば魔石を残して消えてなくなる。上位種の魔物でも、たまにドロップと呼ばれる有用無用の品々を出すことがあるが、基本的には死骸は残らない。
だが、一角兎は魔獣であり、死骸が残る。死骸は他の魔獣や魔物を呼ぶ。
「できる限り出会わないように避けてはいるけど、一角兎くらい微弱な気配だと近づかないと感知できないなぁ。急ぐ旅でもないし、まぁいいか」
そう呟くと一角兎の解体を始める。王都ユリスで過ごすのは年に数週間程度、大半を大森林で過ごしていたオーケンにとっては獲物の解体は生活の一部だった。
瞬く間に解体を終えると、不要な部分を埋めるために穴を掘る。穴の深さは最低でも1.5メルトは必要で狩人の手間の半分は穴掘りの手間だと言われる程だが、オーケンは土魔法で簡単に深さ2メルト程の穴を掘ることが出来た。
残材を地中に埋め、解体用のナイフを水魔法でよく洗う。
「全適性様々だな。生活魔法だけだけど」
満足気に独り言ちる。地水火風の四大属性どころか闇光と治癒の魔法適性を有するオーケンだが、使用可能な魔法は全てが生活魔法レベルであり、攻撃魔法は火の玉一つ、水の玉一つ飛ばすことは出来ない。治癒魔法もかすり傷を治すのが精々だった。
(魔力量も、そこそこあるはずなんだが、なんで攻撃魔法が使えないのかなぁ。まぁ生活魔法でも充分便利だからいいか)
再び歩き出したオーケンは遥か東方に見える王都とレイティア平原を見渡す。
広大なレイティア平原は水源が極端に少なく、獰猛な魔獣や魔物も多いため、商人どころか冒険者も近付く事は稀だった。
ところが数百年前、平原で行き倒れた冒険者たちをエルフが助けたことで状況が一変する。
故国へ帰った冒険者たちにより、レイティア平原のさらに西側の地の涯に大森林があり、豊かな実りとエルフの集落があることが近隣諸国に知れ渡ったのだ。
冒険者たちの真意は今となっては分からないが、状況は日々悪化した。道程のリスクからまともな商人や冒険者が訪れる事は相変わらず稀だった。だが、森は魔道具の材料となる希少な植物や魔獣、魔鉱石の宝庫であり、その上、見目麗しいエルフの集落があるのだ。仄暗い闇を抱える者たちの飽くなき欲望を掻き立てるには十分だった。
盗賊、山賊、冒険者崩れ、ありとあらゆる荒くれ者たちがレイティア平原を越えて『地の涯の大森林』を目指した。レイティア平原は有象無象の悪人が跋扈し、商人や冒険者の足はより一層遠退いた。
エルフはその華奢な見栄えに反して力が強く、一部には一流の剣技を修めた者さえもいた。そして何より特筆すべきは皆が魔法の使い手であり、強力な魔法を行使する者も多数存在した。
だが、いかにエルフの個人能力が高かろうと多勢に無勢、子供は勿論、単独行動を好むエルフは狡猾な人間の格好の餌食だった。人数を減らし、活動範囲を森の奥へと狭め、耐え忍ぶ日々が訪れた。
そんな頃に伝説の三人が現れた。
数百から数千の民間人が五月雨式に何処からともなく現れたことも驚きだが、それ以上に驚くべきは、その全ての旅団に護衛の軍が付き添っていたと言う事だろう。
どこから現れたかも分からない人々は、当初、地の涯の大森林の外縁に居住した。大きな軋轢もなく人々の居住は進んだ。いくら三人の代表者のうちの一人がエルフだとしても、排他的なエルフたちが人族を受け入れるなど本来は考えづらい。彼らの居住が円滑に行われた大きな要因は二つ。
一つは彼らがエルフに対して、とても友好的であり不用意に森を破壊するようなこともなく穏やかに生活することを選んだから。
そしてもう一つが人族には珍しく精霊たちとの親和性の高い者たちがとても多く、中には精霊の加護を受けてるものさえいたのだ。
大森林の新たな住人になった人間たちが外縁に居住することによって、エルフたちの住む森の奥に容易に近づくことができなくなった山賊や盗賊、冒険者崩れの荒くれ者どもは、いつの間にかレイティア平原から姿を消した。
それから数百年の間に援助を受けた人々は 平原に街を作り、村を作った。不思議なことに、彼らが街や村を作るとそこには必ず水源が現れた。精霊との親和性が特に高い人々の中には大森林の外縁に住み続ける者もおり、その者たちは『守り人』と呼ばれ大森林のエルフ族とレイティア王国をつなぐ架け橋の役割も負うようになった。
大森林を出立してから十時間。一角兎を三羽返り討ちにした以外は休むことなく歩き続けたオーケンは、魔獣や魔物の気配を極力避けて効率よく動くことができたため、五十キロメルト以上もの距離を移動することができた。それでも南の村に辿り着くには、まだまだ時間が掛かる。南の村は広大なレイティア平原を渡りきったその先にあるのだ。
大森林を東に進んでいれば数時間前には王都に到着して、今頃は買い出しを終えているはずだ。そう考えるとオーケンの口から自然と愚痴が漏れる。
「東の国々が平和なら、王都から東へ伸びるまともな街道を進めたのになぁ」
西の大陸には二つの強大な国家がある。大陸の北方に覇を唱えるモキワ帝国と、大陸の中央に一大勢力を持つキタ王国だ。
互いの国力は拮抗しており、長らく戦争のない平和な時代が続いたが、大陸南部の小国間で戦争が起こり状況が一変した。キタ王国はモキワ帝国との国境に兵を配しつつ、二国間に不戦条約を結んだのだ。その後南部に介入して勢力を広げようと進軍を開始した。時を同じくしてモキワ帝国は中央大陸の西岸に進出。本格的に中央大陸への橋頭堡確保に動き出した。
そのため大陸西部の介入を警戒した二大国によって弱小国家レイティア王国からの入国さえも制限がかかるようになったのだ。
「このペースで歩いてもあと二日半は掛かるな。三日掛かるペース配分で体力を温存するべきか。明日からは昼に休憩を取ることにしよう」
その後、歩くこと数十分。
街道近くで野営に適した場所を見つけたオーケン。周辺を見て回り、簡単な罠をいくつか仕掛ける。その後に土の生活魔法を使って竈門を作り、大森林で仕込んできたオークの干し肉と干し麦をお湯で柔らかくした粥もどきを食べる。食後に魔法で竈門前に風除けの小さな壁を作る。竈門に干し草を泥と混ぜて練った虫除けを投入する。虫除けの青白い煙が上がるのを確認して風除けの壁と竈門の間に横になり、空を見上げる。大森林で見上げた星空と何ら変わりはない星々が瞬いていた。
「レイティア人の祖先が住んでいた国の空は全く違う星空だったと御祖母様は言うが、星空が違うなんて、どれほど離れた場所なのだろうか」
遥か彼方の祖国を後にして、祖先たちは何を思ったのだろうか。大森林を出てわずか一日目の自分の感想などと比べるべくもないが、旅とは色々感じるものだと改めて実感するオーケンだった。




