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傾国の鉄宰〜ロストジェネレーション、ふざけた名前つけやがって。奪われ続けた俺たちが異世界で全てを取り戻す〜  作者: 高梨京司
第二章 サクヤの街

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傾国の鉄宰 第五十一話 【接触】 〜ロストジェネレーションって何だ!〜

度々の修正、申し訳ありません。

続きの文を書くのにどうしても必要でした。

深夜に思いつきで書いた文章を読み返すと中々に拙い表現が乱発しております。

反省反省。

「――そこまでにしてもらおうか、余所者(よそもの)


 崩壊した建物の影から、衣服こそ薄汚れているものの、鍛え上げられた体躯を持つ壮年の男が音もなく現れ、ケインたちの正面に立ちはだかった。

 そのすぐ後ろには、鋭い眼光を放つ若い女性がぴたりと控えている。

 二人が纏う革のベストや外套は、どれも泥や煤にまみれ、繊維がほつれており、見るからに草臥(くたび)れていた。

しかし、そんな貧相な装いなど目くらましにもならないほどに、その下に隠された肉体が圧倒的な存在感を放っている。

 男の分厚い胸板と、衣服越しにもわかる丸太のような腕。そして女の、無駄な脂肪を削ぎ落とした豹のようにしなやかな四肢。動くたびに服の隙間から覗く首筋や手首の筋肉は、男女の違いはあるが鋼を思わせるほど強固に引き締まっていた。

 わずかにウェーブがかった硬そうな黒髪や、浅黒く日に焼けた骨格の形、そして獲物を射抜くような酷似した鋭い眼光。他者を寄せ付けない特有の冷徹な佇まいまで、二人の特徴は驚くほどに似通っている。血縁者――兄妹だろうか。

 

 予期せぬ二人の登場に応じて、一瞬でケインの前にシモーヌが進み出る。その手はすでに腰の細剣の柄にかかっており、いつでも相手の喉笛を掻き切れるだけの殺気が路地裏の空気を凍らせた。オーケンもまた、ショートソードの鞘をいつでも弾き飛ばせる構えを取る。


 その一触即発の空間で、リムだけが完全に置き去りにされていた。


「ひっ……、あ……」


 肌を刺すような濃密な殺気の渦に、リムの心臓は跳ね上がる。ついさっきスラム街(この街)に打ち捨てられたばかりの、ただの一般人でしかないリムにとって、目の前の不審者たちも、それを迎え撃つシモーヌたちも、等しく命を脅かす恐怖の対象でしかなかった。

 息の吸い方すら忘れたように胸を上下させ、ガタガタと震える足を引きずって、なんとかケインの背後へと隠れる。たった数歩の距離が、恐ろしく遠く感じられた。縋るように服の裾を強く握り締め、ただ嵐が過ぎ去るのを待つように身を縮めるリム。

ケインは、自らの裾を握るその小さな手に、そっと優しく手を添えた。


「大丈夫だよ。リム、ごめんね、怖い思いをさせて」


 対する壮年の男も初見の印象通り、侮れない手練れである。シモーヌたちの威圧感を前にしながらも、一切怯む様子はなかった。

しかし、ケインと、その背後で小さく震えるリムの姿に気づくと、わずかに眉をひそめ、その鋭い眼光を和らげる。背後を守る若い女性に目配せをして警戒を1段階緩めさせると、男自身も肩の力を抜き、自らが放っていた威圧感を完全に霧散させた。


 男はシモーヌたちの剣幕をいなすように、地を這うような、だが先ほどよりは幾分か穏やかな声を向けた。


「無駄な殺生は好まねえ。……『ザグレ爺さん』が呼んでるから、ついて来い」


主の代わりにシモーヌが声をあげる。


「ザグレ翁とは何者ですか?なぜ私たちがついて行かねばならないのですか!」


男の発言に返答をするシモーヌの肩に、ケインがそっと手を置いた。


「待って、シモーヌ。大丈夫だよ、多分。……僕たちはこの街の人間と争いに来たわけじゃない。ここは二人に案内してもらって『ザグレ爺さん』と呼ばれる人物と話をしてみようよ。――というわけで、同行させて貰いますが連れに子供がいますので少しゆっくり歩いて貰えますか?」


 ケインの要望に男はリムを一瞥してから頷く。


「ガキがガキの心配か……。まぁいい、怪我とかしてねぇだろうな?体調が悪いようなら、下の奴に運ばせるが…?」


 言葉は荒いが男の紳士的な態度にケインは微笑む。

(下の奴…配下か。流石に二人だけでは来ていないかぁ)

〈こちらの態度を見定めるために、最低限の人間で接触してきたのだろう。中々に周到で、よく訓練されているようだな〉

『でも、悪い人では無さそうですが。少し、態度を軟化させて話をしましょう』

脳内で対応を決めるとケインは自分に縋りついている少年を見つめる。身長はケインの胸のあたりだろうか。本当に幼い体格だ、疲れで体調を崩すこともありそうだ。


「リムどうする?疲れているなら、お言葉に甘えて、運んでもらう?」


「えっ!?いえ、僕は大丈夫です。ケインさんと一緒がいいです」


 リムはブンブンと激しく首を横に振った。見ず知らずの、それもついさっきまで恐ろしい殺気を放っていた男たちの仲間に抱きかかえられるなんて、想像しただけでも恐ろしい。

ギュッとケインの服を握る手に力を込め、必死な眼差しで訴えかける。


 そんなリムの様子を見て、ケインは「そっか」と嬉しそうに目を細めた。

ケインの反応を見た、周囲の反応は微妙だ。

 これまで散々、周囲からの凄絶な悪意や謀略に晒され続けてきたせいで、ケインの「危機感の基準」は一般人から大きくズレていた。そのため、リムがどれほどの恐怖を感じたのか、ケインは今ひとつ実感できていない。その認識のズレに本人が気付いておらず、シモーヌも頭が痛いところだ。


 ケインは、ただ、自分を信頼して「一緒がいい」と言ってくれたリムの、幼くも真っ直ぐな言葉が純粋に嬉しかった。


『あはは、なんか可愛いなぁ。弟ができたみたいだ。欲しかったんです、弟』


 心の底からご満悦といった様子で、ケインはリムの小さな手を優しく包み込むように繋いだ。


「…まぁいい。ついて来い」


 ケインの雰囲気に当てられ、毒気の抜かれた男が身を翻して歩き出す。


 能天気とも言える依頼主の背中を見つめながら、リュカが呆れたように小さく呟く。


「……善人か悪人かもわからねえ連中に、おいそれと抱き抱えられたい人間なんて居る訳がねえでしょうに」


「そう? いい人そうだよ?」


 繋いだ手を少し揺らしながら振り返るケインに、オーケンもリュカも「はぁ」と揃って肩を落とした。 


「はぁ…、ケイン様は昔から弟君を欲しがっていらっしゃいましたからねぇ」


 諦めたようにケインに答えた後、シモーヌは歩きながらそっとオーケンとリュカに囁く。


「幼い頃からお仕えするマイヤー様や私たち以外で、ケイン様が『いい人』と認めた方々を思い出してください。ヴォルター様、ランゼル様、黎明の盾の方々、そしてオーケン様……。いずれも人間性が素晴らしく、かつ有能な傑物ばかりです。それはケイン様が持つ一種の『人を見る才能』だと思うのですが……ご本人には全く自覚が無いのが問題なんです」


 シモーヌの言葉に、オーケンは気恥ずかしそうに頭を掻き、リュカもふいっと視線を逸らした。エルは無表情だが口の端が、わずかに上がっている。自分たちもまた、その「信頼に足る素晴らしい人間」の中に含まれているのだと突きつけられ、悪い気はしない。


「……ふん、まったく。先が思いやられやすね」


 口を尖らせるリュカだったが、その声のトーンはどこか嬉しそうで、明らかな照れ隠しを含んでいた。


 男の後ろ姿を追い、一行はスラムのさらに奥深くへと歩みを進めていった。

 周囲の景色は、進めば進むほど荒廃の度合いを増していく。完全に崩壊して瓦礫の山と化した建物、引き裂かれたように抉れた地面。かつてここで凄惨な事態が起きたことを物語るには十分すぎる光景が広がる。

 だが、相変わらず奇妙な状況が続いており、ケインは直接聞いてみることにした。


「ひとつお聞きしても?」


「あん? なんだ」


「これだけ派手に街が壊れているのに、不思議と死人が見当たらないし、腐敗臭もしないんですね。これだけの規模なら、普通はもっと……その、大変なことになっていそうなものですけど」


 ケインの鋭い疑問に、男の背中が一瞬、わずかに強張る。

 だがそれだけだった。スラムの男は何ごともないように、ぶっきらぼうに鼻を鳴らした。


「フンッ……さあな。死体なんざ、放っておけばネズミや野良犬がきれいに片付ける。それだけのことだろ」


 あからさまなはぐらかしだった。これほどの壊滅状態で、ネズミや犬だけで処理しきれるはずがない。ケインの両脇を歩くシモーヌやオーケンが鋭い視線を交わし合う。

 その後もケインたちが投げかける質問を、男は適当な嘘や沈黙でうんざりしたようにあしらい続けた。

 やがて、これ以上の詮索をしても核心はつけないだろうと見切りをつけたケインは、ふと思いついたように、世間話のトーンで男の横顔を見上げた。


「そういえば、まだお名前を聞いていませんでしたね。僕はケインです」


「シャハムだ。……隣のは妹のミナ。名前なんて覚えても、すぐに忘れるような関係だろうがな」


 吐き捨てるように答えるシャハム。そのぶっきらぼうな態度にもケインは全く怯むことなく、今度はさらに何気ない口調で、問いかけた。


「それでも今はよろしくお願いします、シャハムさん。ザハートさんはお元気なんですか?」


「……ああ。体中、傷だらけだが。今も昔も、あのクソ頑固な性格だけは健在だ」


 呆れたように肩をすくめ、息を吐きながら答えるシャハム。

 しかし、言葉が口から出た直後――シャハムは弾かれたように足を止め、もの凄い勢いで顔をケインへと向けた。その顔は驚愕に染まり、鋭い眼光がケインを射抜く。


「……待て。お前、なぜ爺さんの『ザハート(本名)』を知っている!?」


 隣のミナもまた、驚きに目を見張り、瞬時に腰の得手に手をかけんばかりの緊張感を走らせた。

 この街の誰もが、あの老人を敬意を込めて『ザグレ(偉大な)爺さん』、あるいは単に『爺さん』としか呼ばない。外から来たばかりの、それもこんな年若い少年が、その真の名を口にするなど絶対にあり得ないことだった。

 一触即発の空気が再び路地裏に満ちる。

 だが、当のケインは、突き刺さるような警戒の視線を真っ向から受けながらも、ただ穏やかに、そしてどこか懐かしむような笑みを浮かべてシャハムを見つめ返すのだった。

 シャハムは目の前の少年の正体をつかめずにいた。怯える年下の少年を気遣う優しさを見せたかと思えば、刃を突きつけ合う一触即発のこの状況で、まるで旧知の仲の家にでも招かれたかのような落ち着きを払っている。

 シャハムとミナの間に、困惑が混じった奇妙な沈黙が流れた。

 シモーヌたちのような戦士の殺気なら、こちらも相応の覚悟でねじ伏せるか、あるいは切り伏せるだけだ。シャハムの戦士としての勘では剣を背負い一見隙を見せる傭兵のような風体の男は自分より強く、ケインに付き従う細剣に手を添えながら身軽に動く女は、妹のミナより強いだろう。自分たちよりも強い者が目の前に現れる。それは今までにない経験だが、それでも戦士として受け入れ、対策を講じることはできる。

しかし、ケインが放つ「少年らしからぬ泰然とした空気」は、戦い慣れた彼らからしても、不気味な底知れなさを感じさせるものだった。


「……お前、何者だ? ただの迷い込んだ余所者じゃねえな」


 男の問いかけは、敵意というよりも戸惑いと警戒に満ちていた。しばし静寂が支配する 。ケインは相変わらず、敵意の欠片もない少年らしい笑顔を浮かべている。

その笑顔はあどけない少年のものだが泰然としたその態度に、シャハムは自分の手に余る食わせ者だと結論付けた。


「ふぅ〜。今考えると爺さんもお前に心当たりがありそうな口振りだったしな」


 張り詰めていた殺気を霧散させるシャハム。「ついてきな」と短く告げて、再びスラムの暗がりの奥へと歩き出した。


 案内された先は、スラム街の中心部にあたる、比較的形の残った大建物の跡地だった。

 かつてサクヤの街が大戦時の終末、敵との最前線だった頃、防衛の中枢を担った関係施設、そして祈りを捧げた教会大聖堂の遺構だろう。周囲は世の終末を予感させるほどに激しく荒廃しており、シャハムは複雑に倒壊した重厚な外壁の死角を縫うように、慎重に回り込んでいく。

 ケインがその後に続くと、目の前に何枚も重ねられた薄汚れた大きな布が現れた。辺りを見回すと、倒壊を免れた巨大な石柱の間に太い麻紐が渡され、そこに布がくくりつけられている。どうやら、この奥を外敵から遮断する目隠しとして使われているようだ。

 シャハムに続き、その重い布の奥へと足を踏み入れたケインの目に飛び込んできたのは、予想だにしない光景だった。


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