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傾国の鉄宰〜ロストジェネレーション、ふざけた名前つけやがって。奪われ続けた俺たちが異世界で全てを取り戻す〜  作者: 高梨京司
第二章 サクヤの街

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傾国の鉄宰 第四十六話 【同じ釜の飯】 〜

 ケインがリムの手を引いて向かったのは、今居る建物の土台が比較的綺麗に残る場所の外れ、石階段だった。

 土台はリムの体をキレイにした時の水で濡れており、少し臭う。

 この場所なら風向きも良く、護衛をやりやすいだろうと階段を一段登った場所に腰を下ろす。

 そしてケインは懐から包みを二つ取り出した。

 中から出てきたのは、お世辞にもご馳走とは言えない、旅人や兵士の定番である携帯食──石のように硬く乾かしたパンと、黒ずんだ干し肉の塊だった。


「はい、これ。あまり上等なものじゃなくて申し訳ないんだけど」


「あ、ありがとうございます……」


 リムは差し出された硬いパンを小さな両手で受け取り、どう齧り付くべきか困惑したように見つめた。それもそのはず、まともな道具もなしに噛み砕こうとすれば、子供の歯など簡単に欠けてしまいそうな代物なのだ。

その様子を見ていたオーケンが、目尻を下げて穏やかに声を掛けた。


「ケイン様。そのパンは成長期の少年にそのまま食させるのは難しいと思います。ケイン様も無理に齧れば、歯が欠けてしまうおそれがありますよ。少々お待ちを」


 そう言うとオーケンは腰のナイフを抜き、自らの懐から出した硬パンを見事な手際で薄く、まるで木屑のように削り始めた。


「リュカ殿、腰に下げた魔筒にお湯は入っているかな?」


「へいへい、野営用の魔導水筒でやすからね。温度もバッチリでさぁ。基本、食事以外には湯は使いやせんので量も充分にありやすよ」


 後方からオーケンの元に進み出たリュカが、腰に下げた金属製の水筒を取り出す。器用に蓋を外すと、中からは白く温かい湯気が立ち上った。

リュカは器代わりの小さな鉄椀にオーケンが削ったパンの粉を入れ、そこに干し肉をナイフで細かく刻んで放り込む。そして、熱々の湯を惜しみなく注ぎ入れた。

 それだけの作業をこなしながらも、リュカの視線は一箇所に留まらず辺りを常に警戒している。同じように辺りを見回すオーケンが、黙々と作業するリュカの代わりに説明をした。


「こうして少し待つと、干し肉の旨味がじわっと溶け出して、硬いパンが歯ごたえのある粥擬(かゆもど)きに変ります。お湯がない場合の干し肉は、火を熾せる時はナイフの腹で徹底的に叩いてから炙れば柔らかくなります。パンも薄く削いで口に入れれば腹を満たしてくれます。旅の基本ですから覚えておいて損はないでしょう」


 オーケンの説明が終わる頃に、リュカが鉄椀を粗布で包み、木匙を添えてケインに手渡す。椀の中からは干し肉の塩気と野性味のある、どこか懐かしい香りが漂ってきた。


「さあ、冷めないうちに食べてくださいな、ケイン様」


それを大事そうに受け取ったケインだったが、椀をそのままリムに差し出した。


「えっ?」


「僕はさっき串焼きを食べたから、リムが食べなよ」


「けど…」


 お互いが気を遣い合う風景を目の前に、オーケンは考える。

(ケイン様の周りには才能豊かな家臣や側近がいる。皆が若き主を支えるために生命を賭けることも辞さない。今の状況で、ここまで忠節を誓う人間が揃うのは何者にも代え難い幸運だ。だが、大人びた雰囲気と思考でつい忘れてしまうが、ケイン様はまだ若い……というよりも幼さを残していて当たり前の年齢なのだ。このまま大人たちで周りを固めてしまっては、いずれ歪みが生じるだろう。それ以上に、友もなく大人になるのはあまりに不憫だ。リムの人となりは分からないし、友となるかは分からないが、歳の近い者と触れ合うことはよい刺激となるだろう)

素早く考えをまとめると、オーケンは直ぐに行動をおこした。


「ケイン様はこちらをお使い下さい」


オーケンが突然、差し出したのは鉄製の二本の串だった。


「オーケン、これは?どこから出したの?」


戸惑うケインにオーケンは穏やかに微笑み答える。


「これは、私が諸国を流浪している時に出会った食事のための道具で、掴んだり割いたりと大変便利な道具です」


(あ、これって……!『箸』だよね?二本一組ニホンだけにね)


差し出された金属の串を見て、裕翔の記憶が脳裏に閃く。前世の世界で慣れ親しんだ、あの食卓の光景。彼は懐かしい文化との再会に少し興奮していた。


「私はこれを常に小手の内側に携帯しておりまして。武器としてのバランスも中々に取れていて、こちらを遠間の魔物に手裏剣として投げて仕留めたこともあります。食事中に襲ってきた盗賊崩れの男どもを制圧する際、この串を喉元に突きつけて一瞬で大人しくさせたこともございます。私にとっては食事用具というよりも、食事にも使い回せる便利な暗器といったところでしょうか。……ああ、安心して下さい。これは新品ですから」


(手裏剣……。あと食事中に人を制圧……。これは絶対に『箸』ではない。箸でそんなアクロバティックな殺生はしない……!)


あまりに物騒な使用実績に冷や汗を流すケインをよそに、オーケンは何事もないように穏やかな笑みに戻って説明を続けた。


「ただ、使いこなすには修練が必要なので、ケイン様は先が尖っている部分をフォークのように刺して使って下さい。同じ器から食事をとるというのは互いを理解するにはいいことだと私は思いますよ」


 主君が身分の低い平民の少年と同じ椀を囲むなど、身分制度や礼儀を重んじる側近からすれば有り得ない光景なのだろう。シモーヌから突き刺さる、信じられないものを見るような冷ややかな視線に耐えながら、オーケンはケインに食事を促した。


「はい!……リム、御飯を少し分けてもらえるかな?」


「はい。もちろんです」


 リムが椀をしっかりと握りしめ、二人は渡された串でふやけたパンや肉を突き刺し、温かいスープを交互に口へと運んだ。温かい液体が喉を通った瞬間、リムの身体が驚いたように微かに震え、その瞳から一筋の涙がポロポロと零れ落ちた。


「おいしい……。すごく、温かいです……ケイン……様」


「本当だ、美味しいね。温かいと、なんだかホッとするよね」


 一口ずつ噛み締めるようにスープを啜るリムを、ケインは優しく見守った。そして少しだけ血色が戻ってきた少年の横顔を見つめながら、ケインは静かに問いかけた。


「リム。読み書きや計算の勉強は、お父さんが教えてくれたの?」


スープを口に含んだまま、リムは小さく頷いた。


「はい……。父さんは昔、小さな商会で記録係をしていたんですけど、その商会が潰れてしまってからは、露店を借りて商売をしているんです」


 リムの言葉が進むにつれ、その背景にある厳しい現実が浮き彫りになっていく。

記録係という「文字が読める中途半端な知識層」は、時として周囲の無学な肉体労働者から嫉妬や嫌がらせの対象になった。中町や露店街の人間からは『気取った似非(えせ)学者』と難癖をつけられることもあったという。


「それでも、父さんも母さんも、絶対に他人の悪口を言わなかったし、物乞いもしませんでした。どれだけお腹が減っていても、着るものがツギハギだらけでも、いつも服を綺麗に洗って、背筋を伸ばして歩けって。……僕たち兄弟の食事を最優先にして、自分たちは泥水をすするような生活をしながら、夜はすり減った蝋燭に火を灯して、僕に勉強を教えてくれたんです」


他人に頭を下げて施しを受けるくらいなら露店で必死に働き、質素倹約を突き詰めて誇り高く生きる。

周囲の理不尽な嫌がらせから子供たちを守り抜き、いつか這い上がるための武器として『知識』を授けようとした両親の、静かな、しかし絶対的なプライドがそこにはあった。


「父さんはいつも言ってました。『どれだけ貧しくとも、己の尊厳まで売り渡すな。学ぶことを諦めなければ、お前たちの未来は誰にも奪えない』って。そして『街の未来を変えるには子供たち皆が読み書き計算が出来た方がいい』と言って、近所の子供たちにも勉強を教えるようになったんです。そしたら街の皆の雰囲気が変わって、友達もいっぱい出来たんです。近所の露店の店主のおじさんが『うちは子宝に恵まれなかったから』って、僕を養子にしてくれるって……」


「じゃあ、どうして……」


今日の惨劇を目の当たりにしたケインは、思わず言葉を漏らした。


「わかりません。二カ月ぐらい前に突然、『養子の話は忘れてくれ』って言われて……。それから父さんの勉強会にも、急にみんな来なくなっちゃったんです」


(商家なのか、代官なのか、どこかしらから圧力がかかったんだろうね)

〈うむ。自分たちに不都合になる潮流が生まれる前に潰すのは、豪商や官僚の得意技だからな〉

『そんな……』


「その後も父さんや母さんは、色々なところで僕の養子の話をしたり、勉強会を色々な場所で開いたりしたんです。僕だって勉強も頑張ったし、友達になれた子に会いに行ったりもしました。みんなで必死に頑張ったんです。だけど……街の人たちは、誰も父さんや母さんの話を聞いてくれなくなって、僕の知識なんて誰も見てくれなくて……。それでも、家族五人で生きて行こうって……」


最後は悔しさに声を詰まらせたリムの頭に、ケインはそっと手を置いた。


(……すごいな。どんなに社会から不遇な扱いを受けても、自分の芯を曲げずに子供を育て上げたんだ。泥水をすすりながらも、子供の未来のために必死に働いてくれた、俺たちの世界の親父や母親たちと同じだ……)

〈うむ。実に見事な原則(プリンシプル)だ。環境の不条理を呪う暇があるなら、己の矜持を保ち、今できる最善を尽くす。その両親に育てられたことこそが、この少年の幸運だ。ケイン、この家族は丸ごと抱え込んでも損はなかろう?〉

『ええ、次郎さん。損得抜きにしても、そんな誇り高い人たちを放っておけるはずがありません』


ケインは深く息を吐き出し、脳内の意識から目の前の現実へと視線を戻した。

スープを飲み干し、少しだけ表情の和らいだリムに向かって、ケインはこれまでになく力強い声で告げた。


「リム。君のお父さんとお母さんは、本当に素晴らしい人たちだ。その教えを守って、ここまで必死に努力してきた君も、最高に格好いいよ」


「ケイン、さん……」


「君の努力は無駄なんかじゃない。その『読み書き計算』の力、僕のところで思いっきり振るってみないか? もちろん、君の誇り高い家族全員を、僕のところへ迎える準備を整えた上でね」


ケインの言葉に、リムの瞳が今度は驚きと、小さな希望の光で大きく見開かれるのだった。

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