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傾国の鉄宰〜ロストジェネレーション、ふざけた名前つけやがって。奪われ続けた俺たちが異世界で全てを取り戻す〜  作者: 高梨京司
第二章 サクヤの街

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傾国の鉄宰 第四十四話 【悪巧み】 〜ロストジェネレーションって何だ!〜

「最初から、僕を下町に捨てるつもりだったんだ……」


 暗がりのなか、少年――リムの震える声が響く。その瞳から溢れる涙は、不条理に未来を、すべてを奪われた絶望そのものだった。


「一度ここに落とされたら、人知れず街を出るか、泥水をすすって一生を終えるか、スラムの底でのたれ死ぬしかない。中町に戻ろうとしても、見つかれば『駆除』される。親や兄弟にまで迷惑がかかるって……うっ、うう……」


 少年の悲痛な告白を聞きながら、ケインは拳を握りしめたまま、深く暗い思考の海へと沈み込んでいった。表情は怒りと落胆で険しく歪んでいる。


『……これが、この街の剥き出しの現実なんですね』


 ケインの脳裏に、冷徹な現実が重くのしかかる。そのとき、心の内に吐き捨てるような、しかし重みのある声が響いた。


〈小手先の理屈や、その場の空気で物事を決めるなど、統治と呼べる代物ではないな。真の統治とは、揺るぎない背骨(プリンシプル)──明確な信念を持ってなされるべきだ〉


厳格に政治の世界を生き抜いてきた次郎の言葉は、この街のシステムへの純粋な嫌悪に満ちていた。その言葉に応えるようにケインも意見を口にする。


『三番手以降に生まれたというだけで、人間をここまで残酷に扱う制度など、帝国法はもちろん、我が子爵領の法律でも絶対に認められていません!』


 珍しく感情を昂ぶらせるケイン。

その熱を冷ますように、裕翔が穏やかな声で返す。


(もちろん、ケイン君の言う通りだよ。……でもね、この、人々の営みにまったく寄り添おうとしない冷酷な空気。僕には、もの凄い既視感があるんだ)


穏やかな口調の裕翔だが、言葉の奥底には、激しい怒りと、分析、打算が含まれている。それを今までに培ってきた狂気的なまでの精神耐性で冷徹にコントロールしているのだ。魂の同じ場所に居並ぶ二人にはそのことが理解できた。


〈既視感?〉


 次郎の問いかけに、裕翔の意識が苦々しく疼く。


(これって、僕がいた現代日本で起きていた『社会的弱者の切り捨て』と、まったく同じ構造なんだよ。セーフティネットから完全にこぼれ落ちた非正規労働者を、都合のいい捨て駒として搾取し、用が済んだらポイ捨てる。この街のやり方は、それと何一つ変わらない)


〈ふん……なるほどな。外国の圧力だの、一瞬の社会情勢だの、そんな不確かなものに右往左往した愚かな政治家と、目の前の数字しか見ない馬鹿な官僚が生み出す悲劇というわけか。どこの世界も、上に立つ者の無能は罪だな〉


次郎の容赦のない言葉が、裕翔の凍った記憶を溶かしていく。


 裕翔は、自分の半生を振り返っていた。どれだけ努力しても報われず、ただ社会の調整弁としてすり潰されていった、あの時代。あの、奪い合いの地獄。

 先を急がせる者のない緩やかな沈黙のなか、裕翔は静かに、しかし地熱のような熱を帯びた声で語り始めた。


(俺たち氷河期世代には、胸が張り裂けるほどよく分かるんだ……)


 裕翔の記憶が、ケインの心に濁流のように流れ込んでくる。そこに溢れていたのは、大人の都合でハシゴを外され、「自己責任」という冷たい言葉だけで社会の隅へと追いやられた者たちの、深い痛みと孤独だった。


【君たちは未来を担う金の卵だ】


そう言われて必死に勉強し、教育環境整備の失敗で、過去最高の倍率を叩き出した受験戦争を戦い抜いた。ところがゴールに辿り着いた瞬間にバブルが弾け、【頭でっかちの生意気な若者は要らない】と手のひらを返された。

 どこにも書かれていない、大人の身勝手なルール。抵抗する術を持つにはあまりに若過ぎた。子供のように駄々を捏ねるには、大きく成り過ぎた。二十歳そこそこの自分たちをすり潰して、自らの失敗の身代わりに立てる。それが、彼らが初めて味わった社会の正体だった。


 裕翔の過去の痛みを我がことのように感じ取り、ケインの胸にも激しい怒りが込み上げる。


『社会が停滞したから、人数が多いから世代が邪魔になるなんて……要らないなんて! 僕は、人は宝で、子供こそが未来だと教わってきました。その人たちは……あまりにも身勝手です!』


 ケインの真っ直ぐな怒りを受け止め、裕翔の唇が不敵に歪んだ。


(そうだよ、ケイン君。その通りだ。けどね、今回はそこが狙いどころなのさ。今の支配者たちと、俺たちの決定的な違い。それはね、彼らが『お荷物』だと切り捨てた、この『圧倒的な人口の多さ』こそが、俺たちにとって最強の武器(パワー)にできるってことさ)


裕翔の瞳に力強い光が宿る。


(俺たちの世代は『上が詰まっているから、お前らは余り物だ』と安く叩き売られ、一つの席を奪い合わされてきた。でもね、その地獄のような椅子取りゲームを生き抜いてきた奴らはどうなったと思う? 個人の生き抜く力が、バケモノみたいに高くなったんだよ。おまけに、誰にも頼れない環境だったからこそ、『自分の力で稼いでやる』っていう独立心が異常に強い。男も女も、組織に依存せず、いくつもの仕事を掛け持ちしてでも生き抜こうとする、エネルギーの塊みたいな奴らばかりなんだ)


 ケインの頭の中で、バラバラだったピースが急激に繋がり始める。


『……分かりました。つまり僕たちは、この下町に捨てられた『三番手以降』の、光の当たらない仲間たちを集めるのですね? それだけで、街を牛耳る特権階級すら無視できない巨大な勢力を築き上げることができる……』


(いや、それだけじゃ足りないよ、ケイン君)


裕翔の言葉に、さらに熱がこもる。


(まともな暮らしをしているはずの、中心街や中町の『一番手』や『二番手』の連中でさえ、実は息が詰まるような閉塞感に怯えて暮らしているんだ。もし、この理不尽な現状で、下町の者たちが牙を研ぎ続け、自立して下町の仲間たちだけでコミュニティを成立させたなら? その熱を知った中心街や中町の連中も、必ず俺たちに共鳴するはずさ。その力を一つに束ねられたなら、俺たちはこの街のどの組織よりも巨大な最大勢力になれる。この歪んだシステムを根底からひっくり返す、構造改革を起こすことだって夢じゃない)


〈中々に攻めた意見だな。自分たちを必要としない国など、自分たちには必要がない……そう言っているように聞こえるが?〉


 声の主は次郎だ。いつもは一歩引いて静観している彼が、底知れない愉しさをにじませて声を上げる。

裕翔はいつも通り穏やかに、けれど恐ろしいほど冷徹に聞き返した。


(自分たちを虐げる国に、律儀に付き合う義務なんてないでしょう? ……これは、攻めた意見ですかね?)


これまでは国や社会をどう「改善」すべきかを語り合っていた二人だったが、今の裕翔は違う。この国の定義そのものを、根底から否定しているかのようにも思える。いつもと違う、肌がヒリつくようなスリリングな空気に、ケインは思わず息を呑んだ。


〈ククク……まぁ、言いたいことは分かる。国や街とは民を守るための組織だ。それを忘れ、国のために民をすり潰す中心街や中町の連中への意趣返しとしては最高だな。奴らはお偉方気取りで、子供たちを『無駄な人口』として下町一箇所に放り込んだつもりだろうが……わざわざ一箇所に『濃縮』してくれたわけだ。下町の環境が改善されれば、下町・スラム(吹き溜まり)は街で燻っている『一番手・二番手』すら引き寄せる宝の山に変わる。こんな大盤振る舞い、乗らない手はないな〉


二人が、暗闇の中で不敵な笑みを交わし合う気配が伝わってくる。ケインとしては自分の魂の一角で繰り広げられる展開が少し恐ろしくあり、大いに頼もしくも思った。


(そういうことです。やってみる価値は大いにあるでしょう? ──力を貸して貰えますか?)


〈無辜の民を救うことができるなら、私の手を……知恵を貸すことにやぶさかではない。……だが……っ!〉


──その瞬間、ケインの魂の温度が急激に下がった。

ケインの魂の一部を間借りしているに過ぎないはずの次郎の意識から、肌を刺すような、圧倒的な圧力が膨れ上がっていく。


〈今回の件を遊びの如く簡単に考えてもらっては困る。政治、そして統治とは、『人の命そのもの』を扱う行為だ〉


次郎の声は、地鳴りのような重みを伴ってケインたちの芯を揺さぶる。


〈こちらも己の原則(プリンシプル)に則って、命がけで挑まねばならない。その過酷な道を進む覚悟が、少年、君にあるのか? そして、その少年を泥をすすってでも全力でサポートする気概が、裕翔、お前にあるのか!? それがなければ、どんな高尚な理想も演説も、ただの甘い寝言だ〉


凄まじい威圧感。それは暴力的な恐怖ではない。己の信念をミリ単位すら曲げず、数々の激動の政治を生き抜いてきた者だけが持つ、「本物の覚悟と自負」による迫力だった。


 裕翔は、その気迫に押されることもなく、真っ直ぐに次郎の言葉を受け止める。


(──ええ、もちろんです。ケイン君がその天寿を全うし、老衰で亡くなるその日まで……僕は彼の『頭脳』として、生涯支え続けるよ)


 裕翔の言葉には、一寸の迷いもなかった。その言葉が、ケインの胸の奥深くに突き刺さる。つい最近まで敵対勢力の策略により、父や兄に疎まれていると思い込んでいた。親しいと思っていた、信じていた多くの人に裏切られ、離れていった。

「自分はいつか、たった一人で孤立して死んでいくのではないか」という根源的な恐怖に、ケインはずっと怯え続けていた。

 誤解は解け家族は皆、自分を大切に思っていることを知った。マイヤーやヴォルターを始め信頼出来る家臣もいる。

だが、これからも多くの人間が自分を見捨て、裏切り、離れていくかも知れない。

だが、今、裕翔ははっきりと「生涯を共にする」と誓ってくれたのだ。

 魂の中にいる記憶と思考だけの存在。だが、だからこそ、共に居てくれたなら、これほど心強いものはない。

自分には、生涯をかけて寄り添い、導いてくれる最高の味方がいる。なら、何に怯える必要がある?

 ケインは胸を張り、次郎の威圧感を跳ね返すように、毅然と言い放った。


『僕も、僕が考える正しい事を成すために、自身の原則(プリンシプル)を曲げずに突き進みます! お二方が手助けをするに足る、代官になってみせます……!』


下町の片隅で、歪んだ世界を覆すための、小さな、しかし絶対に消えない革命の火が灯った瞬間だった。


〈よし、話はまとまったな。御託の時間は終わりだ〉


 ──すっと、脳内を満たしていた熱波のような気配が引き、ケインの意識は現実の暗がりへと戻ってくる。


 脳内会議(悪巧み)を終えたケインは、目の前でいまだ涙を堪えている少年──リムに向き直り、静かに問いかけた。


「もしかしてだけど、リムって読み書き計算ができるんじゃない?」

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