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傾国の鉄宰〜ロストジェネレーション、ふざけた名前つけやがって。奪われ続けた俺たちが異世界で全てを取り戻す〜  作者: 高梨京司
第二章 サクヤの街

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傾国の鉄宰 第三十九話 【街歩:偏り】 〜

 黎明の盾のリーダー、ガルドと魔法士のミレイユ、弓士のエルと共に魔法具の店や、装飾品の店を見て回る。

真新しい品々を見て、話は盛り上がるが、シモーヌは言いようのない違和感を覚えていた。そんなおり。


「ねぇシモーヌ。このあたりは活気があるのはいいけど……なんだか、選別されたみたいに、いる人が偏ってない?」


「偏りですか?」


ケインの指摘を受けてシモーヌは改めて周りを見渡す。


――大通りの繁華街――


 行き交うのは、艶やかな絹を纏った老人や中高年の者たちだ。彼らは皆、満面の笑みで、高価な魔導具や宝石を品定めしている。店員とおぼしき歳若い女性が恭しく対応している。

旅装束の人間も多く、通りは賑わっている。その中を街の人間であろう若者が忙しく走り回っている。同じ通りに幼い子供たちの姿もちらほら見られる。小綺麗な服装をしており、皆が笑顔だ。外壁の工事だろう、手際よく若い職人が石を切り欠いている。一見すれば、賑わいのある街の風景だ。ケインが指摘した『偏り』は見つけられない。見つけられないが違和感が確かにある。


――中通り、商店街――


 恰幅の良い老人や中高年が多い。幼い子供たちの姿もちらほらと見える。祖父母らしき人に抱き上げられて雑貨などを見ており、皆楽しそうだ。棚持ちの商人は老人の比率が高いが活気に満ち溢れており皆が微笑みを絶やさない。露天商の若い男は声を張り上げ、十代半ばに見える洗濯女は洗い物を汗だくで運んでいる。大通り沿いは商人らしき旅装束が多かったが、この辺りは冒険者らしき旅装束の人間をよく見かける。

シモーヌにも、姿なき違和感の影が少しずつ見え始めた。


(どういうことなの? 活気もあるし、働く人もいる。なのに、この妙な空気は……)


 違和感の影が見えてくる、と今度は疑問が頭をもたげる。そんなシモーヌの戸惑いを知ってか知らずか、ケインはマイペースに通りを進んで行く。先を歩いていたガルドとミレイユは左右に分かれて、露店周辺をそれとなく警戒している。弓士のエルはいつの間にか人混みに消えていた。


「ねぇ。オーケンあの店の串焼きを頼みたいんだけど、大丈夫そうかな?」


「そうですね。……大丈夫でしょう。地元の人間も買っていますし、店も片付いて清潔そうです」


しばらく露店を眺めたオーケンから合格が出た瞬間、ケインは足を踏み出した。

オーケンは特に気にするでもなく後をついて行く。シモーヌは色々気になることはあるが黙って二人に付き従う。

少し離れた場所で雑貨を物色する振りをしていたガルドは笑いを噛み殺しながらケインたちの隣の露店に移動する。


「大将。オークの串焼きを三本ください」


「はい。辛い串と甘い串がございますが、どちらになさいますか?」


「え?味が選べるの?」


その言葉に、店主が初めてケインを見つめた。


「旅装。……なんだ()()、うちの串は初めてか?」


歳若い露店の店主には不似合いな丁寧な口調が、ケインの服装を見た途端、砕けたものに変わる。だが不快感はない、この口調が地なのだろう。


「はい。旅の途中に立ち寄ったのですが 味が選べる屋台には今まで出会ったことがなかったので、驚いてしまいました。この街では味が選べるのは普通なんですか?」


「いや。そうでもないぞ。 これは俺が始めたんだ。どうにかして売り上げを上げてぇからな」


「へぇ~。努力家なんですね」


ケインの言葉に、店主はゴブリンが生活魔法をくらったような、キョトンとした顔をした。


「そんな大したもんじゃねぇよ。売り上げを上げねぇと、この屋台の賃料も、街への諸場代も払えねぇからな。下町落ちだけは嫌だからな」


「下町落ち?」


「あぁ。…余計なおしゃべりだったな」


少し気まずげに視線を落とす店主。


「そんなことありません。大将はお話上手ですね。串焼き、甘いの三本と辛いのも三本ください」


「お、毎度あり。…この街じゃ仕事の取り合いなんだよ。ほかの街よりも数段きびしいんだ。はいよ。銀貨四枚と銅貨……五枚でいいぞ」


「ありがとうございます。また食べに来ますね」


満面の笑みでケインは答える。

その笑顔を眩しげに見て、店主も笑顔になる。


「あぁ、頼むぜ」


串焼きの露店を離れ、オーケンと二人で新しい串焼きに食らいつきながらケインが頷く。


「さっき食べた串焼きより、こっちのオークの串焼きの方が美味しいね。甘いタレも辛いタレもほどよいスパイスが効いているし、あの露店は贔屓(ひいき)にしよう」


(いいね。行きつけの店を持つなんて、ケイン君はませてるなぁ)

〈串焼き屋の常連となれば、ませていると言うよりも老成していると言うべきだな〉


「ケイン様。……再三申し上げますが、歩きながらの買い食いはご令息としての品位を損ないます。……ですが、それ以上に」


シモーヌはハンカチをケインの口元に当てながら、声のトーンを一段落とした。今一度、周囲を見渡し確信を口にした。


「……見当たりませんね。『食い詰めた幼子』と『裕福な若者』が、一人も」


 その言葉は周辺を警戒するために、風の魔道具で話を共有している黎明の盾のメンバーにはその声がハッキリと聞こえた。


 ケインたちから少し離れて護衛をしていたガルドとミレイユは顔を見合わせた。   

 後方から周辺を索敵していたリュカは周囲に悟られないよう低く唸るようにグラントとノアに伝える。


「ああ。さっきから見てるが、この街は赤ん坊が少な過ぎる。たまにいると思えば、皆が裕福そうな祖父母に連れられている。買い物をしている若い奴は服装や行動、会話からすると皆、外から来た人間のようだ。地元の人間とおぼしき若いやつらは全員働いている。この時間だから働き盛りの若い奴らが少ないのはわかるが…」


考えがまとまらないリュカの言葉を継ぐようにグラントが続ける。


「なぜだか若者たちは、老人と幼子に怯えているように見えるな」


グラントのその言葉が、通信魔導具を通じてケインの耳に届いた瞬間。

喉を通りかけのオーク肉が、ひどく冷たい塊に変わったような気がした。


(……あぁ、そういうことか。既視感の正体はこれだね)


 ケインの脳裏に、――裕翔の記憶が、岩清水のようにじんわりと蘇る。

サクヤの街を支配する、不気味なほどの「偏り」。その正体は、大戦後という時代が生み出した残酷な人口構造のバグだった。

――艶やかな絹を纏い、満面の笑みで消費を謳歌する老人や中高年たち。

彼らは二つの大陸を巻き込んだ『大戦』を生き抜き、何もない焼け野原からこの街を復興させた「功労者」だ。街のあらゆる利権、ギルドの要職、一等地の不動産、それら富の多くが老人世代の手の中にある。ただ商店やギルド等の実質の運営は中高年の世代がガッチリと握っているのだろう。


――そして、今なお富を手中に収める老人たちが壮年期にあり、中高年たちがまだ若かりし頃。当時の戦後復興の勢いに乗って爆発的に増えたのが、今この街で汗水垂らして働く子供・孫(若者たち)の世代だった。

この世代の人口は急激に増大し過ぎた。

もし今まで通りの価値観が維持され、景気が昇り調子のままであったなら、この膨大な労働力もすべて経済の原動力として吸収され、人余りという問題の表面化はもう少し先延ばしになったかもしれない。

だが実際には、大陸規模どころか世界規模で価値観は変質した。大陸中の復興が進み、世界が復興期から転換期もしくは変革期を迎えた。食料を増産すれば良い時代、物を大量に作れば良い時代は終わり、労働力(人口)の増大が有利だった前提そのものが終焉を迎えつつある。


――帝国や経済に求められることが多種多様に変化した。復興に手間取っていた他国が復興期に入り、人や物の流れも大きく変わった。だが帝国は変革の波に乗り遅れた。


――結果、待っていたのは地獄のような席の奪い合いだ。経済の成長が鈍化すれば、当然、労働力は過剰になる。屋台の店主が言った「仕事の取り合い」「数段きびしい」という言葉。それは、代わりがいくらでもいることを理由に、利権を持つ老人たちから過酷な賃料や諸場代を課され、徹底的に労働力を搾取されていることの裏返しだった。少しでも脱落すれば、待っているのは「下町落ち」という名の容赦のない破滅。


――人数が多いからと否定され続け、不条理を押し付けられる搾取世代(氷河期世代)。その静かなる絶望は深刻だ。その結果として訪れたのが急激な少子化。今この街にいる僅かな「幼子」たちは、将来の貴重な労働力であり、老人たちの利権を維持するための、次代へ繋ぐための、『絶滅危惧種(Z世代)』なのだ。だからこそ彼らは、裕福な祖父母に連れられ、甘やかされ、小綺麗な格好をしている。


「若者が、老人と幼子に怯えている」


――グラントの見立ては、悲しいほどに核心を突いていた。

この街の氷河期世代は、富と権力を握る「過去の功労者(老人)」や「今の実力者」の顔色を窺い、同時に、彼らが盲愛する「未来の宝(幼子)」を傷つければ社会的に抹殺されるため、その存在にも怯えているのだ。

 強者である老人と、弱者でありながら特権を持つ幼子。その二つに挟まれ、ペコペコと媚びへつらいながら、今日を生き延びるために擦り切れるまで働く若者たち。


(サクヤの街のこれまでの発展は、彼らの血と涙の犠牲の上に成り立っているんだ。……だからこそ、この街――この国は恐ろしいスピードで衰退する)


 裕翔の経験が警鐘を鳴らす。

 『絶滅危惧種(Z世代)』が、この先大人になったとしても、どんなに優遇されようが多産になることはない。何故なら、自分たちの価値も分からず、自信もないからだ。

「人数が多い」ただそれだけの理由ですり潰されていく搾取世代(氷河期世代)を目の当たりにして、自分たちの能力でも努力でもなく、ただ「人数が少ない」という理由だけで優遇される。そんな不安の中で、次の子供を作れるはずがない。


 裕翔の記憶の中で「人余り」を理由に使い潰され、未来を奪われた氷河期世代の不条理。

それが今、在りし日の繁栄をわずかに残す美しい街で、再現されつつある。

ケインは手元の串焼きを見つめた。スパイスの効いた甘辛いタレは確かに美味だったが、今の彼には、その奥に血の味が混ざっているように感じるのだった。


「下町へ、スラム街へ行こう。この街の――この国の病巣を見なくちゃ駄目だ」


ケインの言葉に皆言い知れぬ不安をつのらせた。

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